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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
最終章

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83/121

恩を返しにきました

 王太子の部屋は豪華絢爛。なんかよくわからない豪華な物がオブジェとして置かれているかと思えば、意外にも質素。


 最低限のメンツは保てる程度で、これなら自尊心と見栄の塊しかない貴族のほうが良い部屋なのでは?


 私としてはめっちゃ好感度が高い。国民の税金を無駄遣いしてないってことなんだし。でもまぁ、もうちょっとお金かけてもいいんじゃないかな。


 一人で寝るには大きすぎるベッドの上には、荒々しい呼吸で苦しむ王太子の姿。激しく咳き込んでは血を吐く。


 ブレット達はそこまで重症ではなかったのに。


 多くの黒い斑点は影のように王太子を覆っていた。


 最後に会ってから一年も経っていないのに随分と痩せこけている。食事が喉を通っていない。ポーションで補おうにも口にするだけで体は拒絶反応を起こす。


 何も食べなければ衰弱死してしまう。このままでは王太子は……。


 「どうすれば助けられる!!?」

 「祈ればいい。聖女が持つのは魔法ではなく祈りの力なのだからな」


 祈りは簡単で、とても難しいものだ。助けたい想いが百%でなければ願いは届かず奇跡は起きない。


 膝を付き胸の前で手を組む。


 どうか王太子を助けて。私はまだこの人に恩を返せていない。


 「シオン。もう大丈夫」


 肩に手を置かれ、閉じていた目を開いた。


 王太子の顔や体から黒い斑点は消え、呼吸も正常に戻る。寝たままゆっくりと首だけを動かし部屋を見渡した。


 力なのない金眼が私達を捉えるや否や、徐々に見開かれ病み上がりの体を勢いよく起こす。


 状況判断の理解に費やした時間は一秒にも満たない。


 ずっと寝たきりだった体を急に動かしたせいで痛かったのか、背中を丸めて声にならない悲鳴を上げた。


 見るからに大丈夫じゃなさそうなので、「大丈夫ですか」と聞くのは気が引ける。


 スウェロだけが笑顔なのはどう解釈するべきか。


 淡い金色の光が王太子を包む。光魔法で痛みを和らげた。


 「えっと……座って」


 水の椅子が四つ。肘掛けも付いていて、座り心地は最高。


 「あ、あの。もしかして貴方は、レイアークス・リーネット様ではありませんか」

 「いかにも。お初にお目にかかります。アース殿下」


 胸に手を当て一礼。仕草がいちいち絵になるな。なにこの、完璧超人。


 王太子は憧れの人と会えたかのような表情。隣国の王太子にまで崇拝されているとは。流石を通り越して怖い。


 「体調はどうですか、アース殿下」

 「グレンジャー嬢のおかげで随分と楽になったよ。本当にありがとう。でも、どうして?私は君に……」

 「恩を返せていないから」

 「恩?」


 私の婚約破棄に一役買ってくれたのは、借りがあったから。


 王太子の言葉は私の背中を押してくれた。あれがなければ私はまだ国に留まっていたのかも。


 もちろん、出て行く準備は着々と進めて。


 ノアールと二人だけの生活を願いながらも、出会う人全員から否定される未来を想像して胸を痛めなかったわけではない。


 否定も拒絶も嫌と言うほど味わった。私だけではなくノアールの存在まで、そんな扱いをされ続けたら。


 心が黒くなる。溜まった負の感情が爆発したら、私にもどうなるかなんてわからない。


 「優しいね、グレンジャー嬢は」

 「アース殿下。私はもうグレンジャーではありません」


 王太子はホッとしたような穏やかな笑みを浮かべながら、私に詫びた。


 そんな大袈裟なことじゃないんだけど。


 数秒、無言を貫いた王太子は驚いて私に向けた。口を開いては閉じ、スウェロを一瞥した後に俯く。


 震える声は私に謝罪した。事実確認を行わず、長期に渡り私を苦しめ続けてきたことへの。


 ………………ん?これはもしや、私が貴族ではなく平民であると知っている?


 どう返すのが正解なのだろうか。


 悩んでいるとスウェロが代わりに答えてくれる。


 「シオンはとっくに知っていたし、気にもしてない。だから、周りが意識するとシオンに気を遣わせてしまう」

 「知って……?いつ、から」

 「ユファン……公女様と初めて会ったときです。その前から、もしかしたらと疑問には思っていましたが」

 「ならばなぜ、あのとき私にそう言ってくれなかった。言ってくれたら……」


 この人は私を助けてくれただろう。何も悪くないのに謝罪を繰り返しては、私の望みを聞き叶えてくれる。


 潤んだ瞳からは今にも涙が溢れてしまいそうだ。


 痛みとは縁遠い人が、他人の痛みに敏感だなんて。こんなにも優しい人がいたのか。


 「アース殿下。玉座の間の会話を盗み聞くことは可能ですか?」


 この場に相応しくない発言。スウェロの目はよからぬことを企んでいる。


 王太子は大きく息をつき弱気を振り払った。


 玉座の間には魔道具を設置していて、王太子の部屋でのみ会話を聞くことが出来る。


 盗聴目的ではなく今回のように、やむを得ない状況で足を運べないときに人伝いに聞いて情報を一つも零さないようにするため。


 本来なら王太子も、国王陛下夫妻と共に、あの場にいたはずの人間。


 病の進行が早すぎたのか、ベッドの上で苦しむ結果となってしまった。


 丸い玉に手を置き魔力を流し込めば室内に声が広がる。


 グッドタイミング。全員が勢揃いしているところだ。


 「さて。グレンジャー公爵。此度の蔓延している病のことだが。どう収拾するつもりかね?」


 王様が公爵に問いただす。その声は怒っているわけでもなければ、純粋な質問。


 「陛下。私共には身に覚えがございません。ですが、もし陛下が何か不審に思われていることがあるのでしたら、屋敷から領地。私の執務室も全て調べて頂いて結構です」


 少しの間が開いて、公爵が答えた。


 その答えは望んでいたものとは違う。


 「まさか、其方の口からそのようなことが聞けるとは」


 王様はどんな顔をしているのか。罪を問われた公爵はどんな反応を見せるのか。とても気になる。


 「公爵。今一度問う。王宮からの手紙は全て、目を通したか?」


 それは最後の確認。声だけでも緊張感が漂ってくる。


 色っぽい、小さな呻き声が聞こえたかと思えば


 「ああ、すまない。これでは話せないな」


 悪びれることのない、まるで感情のこもっていない声で謝罪をした。


 巨大な魔力をぶつけたようだ。加護を失い魔力が格段に下がった今の公爵にはかなりキツい。


 咳き込んで、呼吸を整えようとする公爵を休ませるつもりはなく、どんどんと追い詰める。


 「シオン嬢の属性が判明したとき、私は其方に手紙を出した。その内容を覚えている限り、今ここで。言ってみてはくれないか」


 期待はしていない。


 公爵は自白している。手紙を読んでいないと。


 この人は……私のことなど何も知らない。


 沈黙は肯定。答えでもある。


 「おお、来たか」


 声がやや弾んだ。


 ヘリオンとユファンが到着したみたい。


 足音が多かったような……?それに一人は足がもたついていた。


 「シオン?気になることでもあった?」

 「うん。二人分の足音じゃなかったから」

 「あぁ、四人いたね。一人は退室したから騎士だと思う」

 「ユファンとヘリオン。あと一人は?」


 関係者は勢揃いしている。


 アルフレッドとか?攻略対象だし、呼ばれていても不思議ではないけど。彼は私に何もしていない。数えるだけしか会っていないのだ。


 私の考えを見抜いたレイは、確信を持ったように最後の一人が誰かを言い当てた。


 ユファン……いや、私の母親だろうと。


 答え合わせはいらない。きっと、そうだろうから。


 さっきよりも王様の声が響く。風魔法で行き渡るようにしているんだって。


 ──すごいね、魔法。


 正しい使い方をしたらこんなにも便利。


 凛とした声は二つの内容を告げた。知っていなくてはならない真実。知るべき真実。


 闇魔法と私とユファンの出生。


 明かされた真実(げんじつ)を聞き、一番最初に声を出したのはユファン。取り乱すわけでもなく、絞り出したように「お母さん」と呟く。


 どこか納得もしていて、ユファンも母親に対して不信感を抱いていた。


 「違う!!そんなこと、あるわけが……!!」


 空気をぶち壊したのはクローラー。声を荒らげ、国で一番偉い王の言葉を全否定。


 ──ま、否定しているのは前者のみでしょうけど。


 「闇魔法が……あんなおぞましい魔法が世界を救うなど、ありえない!!陛下、貴方は闇魔法に操られているんです!!」


 この期に及んでまだ、真実を受け入れ認めないクローラーに怒りを燃やす人が三名ほど。綺麗な瞳に影が落ちる。


 ──怖っ。


 「アース殿下。もういいよ」


 これ以上は聞くに絶えないと判断して魔道具を止めさせた。


 完全にクローラーのせいなのに、同じ空間にいることが嫌だ。


 生贄として本人を差し出せば、ちょっとは彼らの怒りも収まるだろうか?


 「え……?」


 ぐにゃりと視界が回れば、王太子の部屋にいたはずの私達は、恐らく玉座の間にいる。


 ノアールが空間魔法を使ったんだろうけど、このタイミングで?今じゃないよね。


 もう、そのドヤ顔、可愛いなぁ。


 あー、ほら。突然の乱入者に静まり返ってるよ。


 公爵はともかく、十六年間。嫌というほど顔を会わせてきたはずなのに私をシオンと認識する者はいない。


 変わったのは髪だけで、顔は弄ってないんだけどな。


 所詮、彼らにとって私はその程度。


 悲しくはない。最初からわかっていた。こんなことでいちいち悲しんでいたらキリがない。


 拘束され、この場に似つかわしくない女性はレイに釘付け。


 頬を赤らめうっとり。同年代の女性は初対面でレイに好意を抱くようだ。


 忌み嫌う黒でなければ、何でもいいのか。それとも単に顔が自分好み。


 言葉を失う、を見事に体現していた。確かにレイはイケメンである。外見だけではなく内面も。


 「シオン様、ですか……?」


 他人としてやり過ごそうとした私の名前を呼んだのは意外な人物。


 ユファンだ。


 「お久しぶりです、ユファンさん」


 そうだとは言わずに肯定した。


 クローラーの顔が醜く歪む。イケメンが台無し。


 「とうとう本性を現したな、魔女め!!」

 「叔父上。アイツ殺しません?殺していいですよね。殺しましょう」

 「やめろ」


 ため息混じりに止めた。止めた張本人でさえイラッとしているので、オルゼはいけるのではと思ったらしい。


 「貴方がどう思おうと勝手だけど、小公爵如きが陛下のお言葉を否定するのはやめたほうがよろしいのでは?」


 悪役(ほんもの)さながらの笑みを浮かべた。悪女として作られたシオンとは、切っても切り離せない。


 「卑しい平民風情が私を愚弄するつもりか!!?」


 ほらね。クローラーが信じたくないのは闇魔法の真実だけで、ユファンが妹であることはすっかり信じている。


 どんなに喚き散らしても過去は変わらないし、起こったことが事実。認めたくなくてもだ。


 「人を惑わせるお前が英雄だと!?笑わせるな!!」


 今度はラエル。


 人の話を聞かない連中の相手は疲れる。


 階段を降りて、一歩ずつ彼らとの距離を縮めていく。


 「私が英雄?一体、いつ、誰が、そんなことを言ったのよ!?」

 「はぁぁ!!?陛下が……」

 「陛下は世界を救ったのが闇魔法だと仰ったのよ」


 遠回しにバカと言ったのが伝わったらしく、顔を真っ赤にしながら肩を震わせる。


 頭に血が上って魔法ではなく、また暴力でも振るうのかと警戒していると狙ったかのように彼らに黒い斑点が浮き出た。


 急な体温上昇。体の痛み。息を吸う度に喉がやられ咳き込む。


 痛みに慣れていないおぼっちゃま達には耐え難い苦痛。


 ──罪のないユファンが苦しむのは可哀想だな。


 「満足か?」

 「はい?」

 「この病原菌を国中にバラ撒き、人々を苦しめて!!」


 この男はどこまでも私を悪者にしたいようだ。


 プライドなのか、私の前で無様に膝を付く真似はしない。それも時間の問題だろうけど。


 誰よ。イケメンの苦しむ姿はもっとセクシーだと嘘をついたのは。そうでもないんだけど。


 伸びてくる手は簡単に振り払える。子供のときはただ怖くて、体が硬直して動けなかったのに。


 私如きに手を振り払われることがよほど屈辱らしい。あんなにも羨ましかった鮮緑の瞳は濁り私への殺意にまみれている。


 衝撃のあまり力なく、ようやく膝が折れた。


 立場が逆転した。私がクローラーを見下し、クローラーが私を見上げる。


 「私は英雄でもなければ、国を滅ぼしたいわけでもない。ここに来たのは恩を返すためよ」

 「シオン!恩なら既に返したはずだ!!」


 鬼の形相で睨んでくるレイには悪いけど、まだ恩は返せていない。王太子を助けたのは、助けなければ願いを聞くことが出来なかったから。


 彼らに背を向けた。


 王様と王妃様も発症していたのに、人の上に立つ国のトップとして毅然とした態度で、誰にも悟られないようにしていた。


 黒い斑点は王妃様の土魔法をファンデーションのように使い、塗り隠していたのだ。


 発想が自由というか、突拍子もなさすぎて逆にすごい。


 威厳はもちろんのこと、王族が全員、倒れたとなれば国の終わりを示す。最後の最後まで隠し通そうとする覚悟。


 その精神力は見習いたい。


 「アース殿下の望みがもしも、私に叶えられるものなら喜んでお力をお貸しします」


 不機嫌なレイの「バカが」って声が聞こえたけど、私は自分でバカだと公言している。


 ──私がバカなのは、とっくに知っているでしょ?


 王太子は唇を噛み締めた。誤って願いを口にしてしまわないように。


 隣のスウェロからも、「まさか言わないよね」と無言の圧が飛ぶ。


 「すまなっ……すまない、シオン嬢。私達が不甲斐ないばかりに君を傷つけた。決して許されるべきではないのに……」


 恥も外聞も捨てた王太子は、深く私に頭に下げた。


 「一度だけでいい。助けてはくれないだろうか」

 「そんなの!虫が良すぎるだろ!!」

 「レック。言葉遣い」

 「わかっている。都合の良い願いであることは。この国が君にとっても恨むべき存在だということも。それでも……私にとっては愛すべき国であり民だ。この一度だけ助けてもらえるのなら、今後は二度と、君に縋ったりはしない」


 私にはこの国を助ける価値があるかどうかなんてわからない。クズのほうが多いし、いなくなったほうが世のためになるんだろうけど。


 こんな国でも愛している人がいる。それは奇跡でもあり、素晴らしいものだ。


 私は彼らを助けるのではなく、王太子の願いを聞き入れるだけ。


 両手を組み、苦しむ人々の解放を願えば私の体から光の輪が放出され、王宮を中心にみるみる国全体に広がっていく。


 輪に触れた者は斑点が消えた。呼吸も正常に戻り、感覚を確かめるかのように手を握ったり開いたりしている。


 「自業自得の連中など放っておけばいいだろう」

 「私に祈ってほしくなかったのなら、無理やりにでも連れて帰ったら良かったじゃない」

 「シオン嬢。あり、っ…ありがとう。この恩は一生忘れない」

 「いいえ。忘れてくれて構いません。私は英雄ではありませんので」

 「何度でも悲劇は繰り返す。最悪の結果にしたくないのであれば、せいぜい公女に特訓をさせることだ。帰るぞ、シオン」


 差し出された手を掴んだ。ほぼ無意識に。


 掴んでおいてあれだけど、行動の意味を聞いてみた。


 「聖女様が怪我をするといけないだろ?」


 少ない段差で転ぶと思われているのなら心外。降りるときは平気だったじゃんか。


 前言撤回。レイは外見だけがイケメン。内面は最低……でははいけど意地悪。


 ──絶対バカにしてる、私のこと。


 いいですよ。私はどうせ自他共に認めるバカだし。


 「……るな。シオンに……触れるな!!」


 雄叫びにも似た怒鳴り声と共に、炎の矢が何本も飛んできた。クローラーの魔法はいつも力を見せつけるように巨大で、こんな繊細な使い方はしない。


 声の主が魔法を発動した。それは、今までずっと喋ることをしなかったヘリオン。


 矢は一直線にレイを狙う。速すぎて私が魔法を使う暇もない。


 どうすればいいかと考えるよりも先に体は動く。盾のなるように私は、レイの前に立っていた。

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