等しく同じ罪【アルフレッド】
「え?王宮には行けない?」
「はい」
長期休暇も終わりに差し掛かってきたある日。グラン伯爵は申し訳なさそうに言った。
理由を聞いたら困らせてしまうのではと思い、素直に頷くと意外にも話してくれたことに驚く。
アース殿下が病にかかった。
明確な月日は覚えていないが、どこかの平民の村人が突如、発症した。
それからは早かったな。次々と感染……いや、感染ではない。アレは等しく平等に、体を蝕む。
発症するのが遅いか早いかだけ。
たまたま、最初が平民だっただけで、貴族だろうと王族だろうと決して逃れられない運命。
世界の真実を知っている王族ならアレが魔力暴走であることは疾うに気が付いているだろう。
体内を巡る魔力が荒れて、内側から激痛を走らせる。
重症ならば呼吸を奪うほど。人によっては高熱も出す。
魔力が多ければ多いほどに魔力は暴れて、高確率で死ぬ。魔力石で魔力を抜いても苦しみから解放されるわけではないので無駄に終わる。
今回のは死ぬことなく永遠に苦しむだけ。だがもしも、シオンが死んでいたら……。
苦しみの果てに皆が死ぬ。最後の最後まで熱にうなされ、死ぬ瞬間に痛みから解放される喜びに浸るのだろうか。
死ねないからこそ、痛みに耐え兼ねて自ら命を捨てる者が出てもおかしくはない。
黒い斑点は証。シオンが苦しんだという。
そして、その黒い斑点の出現により多くの者は魔力暴走という答えに辿り着けない。
僕を王宮に行かせたくないのは隣国からお預かりしている王太子で、万が一があったらいけないからだ。
感染経路も不明。本来なら一刻も早く、帰国して欲しいのかもしれない。
うん、そうだね。帰るべきなのだろう、僕は。
今の状況なら両親は仕方ないと許してくれる。学園の休校は決定していて、いつ開校するかもわからない。
あんなにも騒がしかった王都も今では静かだ。遂に王都にまで病は広がり、発症した者もいれば、感染に怯え屋敷から出ない者も増えた。
元凶でもあるグレンジャー家とケーレル家の息子は討伐から戻り次第、王宮へと呼び出されることが決まっている。
「国王陛下夫妻は大丈夫なの?」
「はい。今のとこは」
良かったと言うべきなのだろうか?お二人もいずれ病にかかるのに。
アース殿下は自室に隔離状態。
自らが望んだそうだ。
感染覚悟で看病をしたいと申し出た従者を優しく諭し、誰も入れないように水魔法で扉を抑えつけているとか。
すごいな。平常時よりかなり魔力は荒れて初級魔法ですら発動が困難なはずなのに。
感染しないとアース殿下はわかっているのに敢えて、自身を隔離したのは少しでもみんなを安心させたかったから。完全に孤立することで王宮内に病を広めないと。
どこまでも他人を気遣えるアース殿下の優しさは羨ましさとは別に、恨みもある。
そんなにも優しいのならなぜ、シオンを助けてくれなかったのか。真実を覆い隠すことばかりに必死になって、本人と向き合うことをしなかった。
病はシオンの苦しみだ。
苦しみは具現化され、人々を襲う。この国の人間だけを。
僕は……違うから。この国の人間ではないから病にかかることはない。
見ているだけ。苦しむ人々を。自業自得だと、時には哀れだと思いながら。
「このまま病が広がればいずれ国外にも被害が……」
「それは大丈夫。きっと……」
「アルフレッド殿下は何かご存知なのですか?」
「…………いや。ただ、光魔法なら助けられるかもね」
これは光を絶対的正義とする彼らへの嫌味ではない。事実。
光の最上級魔法ならどんな病も、たちまち治してしまう。後遺症を残すことなく。
魔法を使えればの話だけど。
上級魔法は才能と、努力で誰でも使えるようになるが、最上級魔法だけは違う。
才能なんてものは必要ないし、努力もいらない。想いの強さと使うに相応しい器かどうか。ただそれだけ。
ハースト王国の王族は代々、光魔法を受け継ぎながらも傷を癒す上級魔法までしか習得してこなかった。
最上級魔法は癒しとは別に魅了がある。恐れているんだ。魅了を手にしてしまったとき、歴史の過ちを繰り返すことを。
兄上は才能の塊なのに最上級魔法が使えない。父上は……使えたな、雷の最上級魔法。
その属性故にかなり攻撃型の魔法だ。危険だということで実際に見せてもらったことはないが、大樹を真っ二つに割くほどの落雷を落とせることが出来るらしい。
初級、中級、上級の魔法は使い手が違えば扱い方も全然変わってくるが、最上級魔法だけは常に変わらない。
紅蓮の炎は全てを焼き尽くし灰と化す。
濁流はひとたび流れ出せば全てを飲み込んでも尚、止まることもなく水の中に閉じ込めたまま。
人間の体を持ち上げる突風に巻き込まれたら最後、浮かび上がった体が落ちてくることはない。
大剣のように巨大な落雷は大樹だけではなく巨大な岩や、一説には海までもを割いたとも。
荒れて乾いた土地を、元の広大な大地へと戻してしまう。
どれも魔力が少なければ叶わない魔法ではあるが。
小公爵なら炎の最上級魔法を使えるのではと期待のようなものがあった。
三年間、共に学園で過ごしてわかったのは、小公爵は器ではないということ。
上級貴族らしい振る舞いは大事だが、自分より下の階級の人間を無意識に見下す。それは最低なことだ。
無意識にってとこが特に。
器以上に大切なのは想い。プラスの感情、誰かを助けたい想いが強ければ強いほど最上級魔法は発動する。
口で言うよりずっと難しいもので、最上級魔法を使える魔法使いは世界の歴史を見ても多くはない。
今、各領地は災害に見舞われてどこも他人を気にかけている暇などない。国からの補償もその場凌ぎ。永遠に続くわけではない。でも、災害は続く。
この間なんて、ブルーメル侯爵領が復興不可能なほどのひどい天災に襲われた。グレンジャー家からの手厚い支援のおかげで完全には終わっていないだけで、一ヵ月持つかどうかも怪しい。
幸い、僕からしたら残念なことに、小公爵達が魔物討伐に出向いた後の出来事だったため被害は領地のみ。
そんな中で病の蔓延。みんな冷静を装っているだけで、内心ではパニック状態。
死者が出ていないのが救いではあるけど、いずれ死ぬのではないかと恐怖は常に付きまとう。
「そうだ。アース殿下からお手紙が届いていましたよ」
「ありがとう」
内容は調査結果。おかしな女の子、ユファンの。
あまりにも衝撃的な内容だったため、もう一度最初から読み返す。
待て待て、どういう……。は?シオンとユファンは身分が入れ替わっていて、本当のグレンジャー公女はユファン。シオンが平民?
──ありえない、そんなこと。
綴られた事実を否定しても何も変わらない。アース殿下は公爵夫人が公爵邸ではなく自宅出産を強く希望し、そこで子供を生んだことに多少の疑問を抱いた。
夫である公爵が仕事人間で心細かったのだろうと決めつけるにはおかしすぎる。
なぜなら、公爵は出産時期には休みを取りずっと屋敷にいたのだから。
一人目は不安から自身が生まれ育った屋敷で出産したい気持ちがあったのかもそれない。
だとしたら。頑なに公爵を侯爵家に来させないようにした理由が気になる。
二人目も三人目も同じように自宅出産し、公爵も息子も屋敷で待っているようにと念を押した。専属の侍女だけは常に連れて戻るのに。
その侍女なら何かを知っている。そう睨んだアース殿下は侍女を呼び出し問いただした。
初めの内は口を閉ざしたままの侍女だったが、王族からの手加減なしの圧に真実を告げたのだ。
アース殿下達は耳を疑いながらも、溢れる怒りを抑えながら静かに聞く。
愛する夫からの愛を試すためだけに、子供を入れ替える機会をずっと狙っていたと。
ずっと……?
疑問はすぐに解けた。公爵夫人は最初、小公爵でそんなバカなことをしようとしていたが大切な跡取りとなるためにやめた。
次は次男。こちらは単に平民に魔力持ちが生まれなかったから。
そうまでして平民にこだわるのは、成長した子供が他の貴族と似ていたら噂の的になるからだろう。
グレンジャー家と敵対し陥れようとする勢力はないものの、噂というものは尾ヒレがついて広がっていく。
事態の収拾がつかなくなる頃には不名誉な噂だけが流れることとなる。
どんな噂になるかなんて想像もしたくないので、何も考えずに最後まで読むことにした。
出生の秘密を知っているのは侍女を除けばブルーメル侯爵夫妻。他の娘達に教えているかまでは確認していない。
シオンの本当の父親は事故に見せかけて殺した。提案したのは公爵夫人ではなくシオンの母親。
勘が良すぎて早い段階で実子でないとバレる恐れがあるからと。
公爵夫人としても不安要素は一つでも消しておきたかったらしく、人当たりが良く誠実の塊のような男爵の馬車目掛けて突き飛ばした。
本人はかなり泥酔していて事故として処理をされてしまっている。
はねてしまったのは酒に酔った平民。しかも向こうから飛び出してきたのだ。
普通の貴族なら馬車が汚れた、行く手を阻んだなどのバカみたいな理由から理不尽に罰するところ。鞭打ちや、運が悪ければ親子共々奴隷商人に売り飛ばされていた。
この真実を受け入れたとして。
じゃあ!!シオンが受けてきた暴力の数々は何だったのか。
運悪く公女と同日に生まれたシオンに罪はないはずなのに。
生まれたことが罪であるかのような仕打ちを受け、疎まれ憎まれ。存在を否定されてきた。
自分勝手な夫人に怒りを覚えた。
政略結婚に愛を求めることがそもそもの間違いなんだ。家門の力を強くするためだけの結婚なのだから。
公爵夫人ならそのことを理解しているんじゃないのか。
婚約の時期がまだ幼い子供だったとしても、愛に夢を見ていい立場ではなかった。
取り替えられたことを本人が知らないことがせめてもの救い?そんなわけあるものか。理不尽に暴力を受けてきたことに変わりないんだ。
過去に戻りたい。
僕は泣いているあの女の子に声をかけるべきだった。たった一言「どうしたの?」って。
バカだ、僕は。運命は自分で作るべきだったんだ。
どうして僕はあの日の行動が正しいなんて思ってしまったのだろうか。
何かに縛られるように恋をしただけの日だった。
僕達は出会ってはいけないと、押さえ付けられるような感覚。馬車を飛び出して駆け寄りたい衝動は目に見えない歪んだ何かに飲み込まれた。
深い後悔が突き刺さる。胸の痛みはシオンが味わってきたものとは比にならない。
僕がグレンジャー家に遊びに行く日、シオンはいつもいなかった。どこかに隠されていたんだ。家族の誰とも似ていない妹が恥ずかしかったから。
信じなければ良かった。シオンは出掛けているなんて、小公爵の言葉なんて。
手紙を持つ指に力が入りグシャリと握り潰す。ぽたぽたと落ちる涙が文字を滲ませる。
「ごめ、っ……ごめんね、シオン」
シオンを助けられなかった罪は、シオンを傷つけてきた奴らと同罪なのに。僕だけがシオンの痛みから逃れている。
大好きなのに、愛しているのに、どうして僕はシオンの傍にいないのだろうか。
その答えはとっくに出ている。
僕が間違えたからだ。
ここにはいないシオンに謝罪と懺悔を繰り返す。相手に届いていないのなら、自己満足でしかないのに。




