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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第四章

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番外編 予想外の訪問者 【レイアークス】

 シオンが眠ってもう一週間か。


 まさか一角の森にシオンまでもが入っていたとはな。子供だけなら魔物も姿を現すことなく、洞窟の奥で眠っていたのだが。


 起きてしまった過去を、とやかく言っても仕方がない。誰も怪我をしていなかったのは不幸中の幸いだった。


 「くそっ……」


 シオンは諦めていた。ノアールと子供二人を助けるために囮となり、逃げ切れなくなれば命が危機に晒されようとも抵抗をしない。助けを求めることさえしなかったのは、これまでの劣悪な環境のせいだとしても。


 あの状況でただ黙って死を待つだけだったシオンに助けを求めてくれと言いたくなって。


 最悪の未来になる前に助けられたのは奇跡に近い。


 足跡の発見が数分、いや、あと数秒でも遅れていたら間違いなくシオンは……。


 ──ああ、嫌だ。大切な人を失うのはもう。


 三十年以上も前のことなのに、未だにあの惨劇を思い出す。


 隊を率いり、命を預かるのだ。私は強く在らねばならなかった。


 あの頃と比べると大分、落ち着いてはいる。毎日のように悪夢にうなされては生きていることが苦しくなった。


 なぜ私を生かすために彼らが犠牲にならなくてはならなかったのか。後悔の渦に飲み込まれた私は外の世界に出ることが出来ずに部屋に引きこもった。


 洗浄の魔道具があったため風呂に入る必要も着替える必要もない。ポーションがあれば食事を摂らなくても平気だった。部屋の中で過ごすには充分。


 息をするのも苦しくて、心臓が脈打つ度に底知れぬ痛みが走る。


 生きていることを実感することが何よりも辛かった。死ぬことは難しくない。心臓が止まり息をしなくなれば、人は死ぬ。


 死だけが償いであり、私を救う唯一の方法。


 生きることをやめたくて、魔剣に魔力を注いでいた。黒い剣はいつにも増して輝いている。


 切っ先を左胸に押し当て、心の臓を貫くために力を込めた。そのとき。扉が開いた。


 たった数センチ。外に繋がる一枚の扉。それを壊したのは陛下だった。


 太陽のように眩しい笑顔は私には毒で、敢えて見ないように視線を逸らす。


 いつも私の背中に隠れていた弱々しい兄ではおらず、王太子として自信をつけ始めた強い兄は私から魔剣を奪う。私が何をしようとしていたのか察したらしく本気で怒り怒鳴りつけた。


 死ぬことは報いることではない、と。


 だが、それしかないのだ。償える方法は。


 優しさの化身のような兄は暴力が嫌いだ。争うなんて……。平和的に話し合いで物事を解決したがる。そんな兄が私の頬を殴り胸ぐらを掴んだ。


 痛みも苦しみを背負い、時には押し潰されることもあるだろう。それでも抗いながら生きていく。守られた私が償える方法は生きることである。


 涙ながらに説得する兄を押し退けようとした手は無意識に背中に回り、唇を噛み締めた。兄の肩を濡らしているのは私の涙で。


 「心配ですね。シオン様、まだ目が覚めていないようですし」


 古い記憶を思い出しているとルイセが心配そうな声を上げた。


 「魔力切れと疲労で眠っているだけだ」


 外傷はない。鑑定もした。命に別状はない。


 眠りが長い理由が他にもあるとすれば緊張から解放され安心しているからだろう。


 今日か明日にでも目覚めるはずだ。


 「レイアークス様は命が無事なら、それでいいのですか?」

 「生きてさえいれば、それ以上は望まない」


 死んでしまえば終わりなのだ。全てが。


 手足がなくなろうと、起き上がれなくなっても、必ず私が治療薬を探し出す。生涯をかけて。


 そう、生きてさえ、くれたのなら……。それに勝る喜びはない。


 胸の痛みは薄れることなく今も尚、締め付けてくる。生きることは絶望で、死こそが希望。


 「お気持ちはわかります。私とナンシーの父も討伐隊でしたから」

 「そうだな」

 「いつもカッコ良かった貴方が、生気のない目で、これしか取り戻せなかったと言いながら瓶に入った砂を渡してきたとき、どうしてこの人は赤の他人の命を背負えるのだろうと子供ながらに不思議でした」


 死ぬことがは償いではない。そう言われたとき、生きるために恨まれたかった。恨まれていなければならなかった。それだけが私の存在理由だったから。


 「お前もナンシーも、私を恨むことなく忠誠を誓ってくれたのだな」

 「当然ではありませんか。貴方様にお仕え出来て私は幸せです」


 私の側近候補は多かった。能力は申し分なかったが全員を選ぶわけにはいかない。最初から決めてきた。誰を側近にするかは。名前を聞いたときから。


 ルイセ・ライコット。かつて討伐隊で共に戦い、私を守るために命を賭した部下の息子。


 まだ若いが面影があった。私を恨んで復讐のために近づいてきたのだと思い込んだ。かつての部下の息子に殺されるなら悪くはない。


 ルイセは本当に父親に似ている。緊張して挨拶の声が大きなとこ、こちらが挨拶を返せば口を閉ざし号泣することも。


 ナンシーも同じ理由で側近にした。副隊長、シーレン・エルディアの娘。彼女は母親似だったが、最後に見た幼い少女がそのまま大人になったようだった。


 「ルイセ。入ってきたとき扉は締めなかったのか」


 ふと、入り口に目をやると人が通れない程度に少し扉が開いていた。きちんと締めたと思ったが気のせいだったか。


 扉を締めに行ったルイセは小さな悲鳴を上げた。


 「ノアール?」


 隙間から入ってきたのはノアールだった。


 トテトテと歩いてきては、リンゴを咥えたまま軽々しく机の上に飛ぶ。


 人間からしたら大したことはなくとも、リンゴ一個は充分に大きく重たい。よくもまぁ華麗に飛べるな。


 感心しているとノアールはリンゴを前足で押し出してきた。


【みゃー】

 「ルイセ。悪いが厨房で切ってもらってくれ」

 「かしこまりました」

【みゃー!!うみゃー!!】


 持って行こうとすると守るようにリンゴに抱きついては威嚇する。


 ──食べたいから持ってきたんじゃないのか?


 謎の行動に困惑しつつも、切って持ってくる時間さえ待てないのだと推測する。水で洗えば皮ごと食べられないこともない。


 洗浄の魔道具なんて普段は使わないため執務室には置いておらず、それを持ってきてもらおうとすれば、またも怒ったように鳴く。


 力強い瞳が揺れることなく私を見つめる。


 何を求められているのかがわからず、不用意に動けないでいると小さな頭が私の手を押す。リンゴに向かって。手の力を抜き、されるがままでいると私の手はリンゴに乗った。


 「……くれるのか?」

【みゃー!】


 なんとも良い笑顔。私もつい笑みが零れた。


 ノアールはリンゴを届けに来ただけではないようで、ずっと何かを訴えるように鳴いている。


 動物の言葉がわかる特殊能力を身に付けているわけではないため、ノアールが私に何かを求めていることしかわからない。


 レーツェルの森から採ってきてくれたリンゴを食べればいいのか?


 そうだとしたら切ることや洗浄することを止めないはず。ならばリンゴはあくまでも土産であり、私に求めていることは別にある。


 私がノアールにしてやれること。


 小さな体を撫でると耳が動き尻尾が揺れる。シオンが眠っていて寂しかったのかもしれないな。


【みゃー、みゃー】

 「みゃーみゃー鳴いて可愛いですね」

 「それはそうだが。書類の上に乗られると困る」


 今日中に提出しなくてはならない書類のど真ん中に乗ったまま動こうとしない。抱き上げれば済む話なのだが。


 「遊んで欲しいのではないですか?シオン様はまだお目覚めになられていませんし」

【みゃー!!】

 「遊びというか。私には何かを抗議しているように見えるのだが」


 鑑定したら何かわかるだろうか。


 「ノアール。鑑定魔法を使ってもいいか?」

【うみゃあ】


 嫌がる素振りはないので、良いということなのだろう。多分。


 かねてよりノアールのことは鑑定してみかった。


 レーツェルの森への瞬間移動、採取したリンゴが増え続ける謎。それらはノアールが関係しているのではないか。


 触れて、魔法を発動した。


 魔法属性は闇。最上級魔法は腐敗。それとは別に空間魔法と増殖魔法の記載。予想通りだな。


 空間魔法は偶然の産物。リンゴを食べたい想いが強く発現した。空間を繋がずに移動出来るのは画期的ではあるが、その場にいる全員を巻き込む。特訓次第でどうにでもなるか。


 増殖魔法は……シオンに楽をさせるため?増えているのはどれもシオンが採取した物ばかり。ノアールにとってシオンのためは、何より大切なこと。優先順位を付けるまでもない。


 ──これから使える魔法が増えそうだな。


 その都度、鑑定する楽しみが増えた。


 他に記載されていることは……母猫が死んだのか。それも悪意ある子供に石を投げられて。黒く生まれた。たったそれだけの理由で。


 疎まれ、憎まれ。くだらない正義感に駆り立てられた善悪のつかない子供は、黒を傷つけることに達成感と快感を覚えた。


 ノアールにとってシオンは命の恩人でもあるわけか。


 怖いはずの人間に、それでもシオンが私達を好いているから、ノアールも交友的だ。


 苦労なんて言葉で表せないほど、二人とも頑張って生きてきた。


 生きることが辛くても、誰かが傍にいてくれたなら。生きなくてはと思考が少しだけ変わる。


 「シオンは王妃殿下から満月花を貰ったと言っていたな」

【うみゃ?】

 「わからないか、満月花。んー、そうだな。花、ならわかるか?」

【みゃー!】

 「ふっ」


 頭を雑に撫でた。


 立ち上がって本棚の上に置いてある鉢植えを取り、窓辺に置いて太陽の光を当てる。


 太陽花。太陽の光で花を咲かせる異種花。満月花と合わせてこの世界で二つしかない種類だ。かなり希少価値が高く、持ち主に幸運を呼ぶとまで言われているが定かではない。


 光を集めた蕾は花を咲かす。透明で、陽光によりキラキラと光る。美しいその姿から別名「女神の花」と呼ばれていた。


 太陽花は私が部屋から出られなくなった時期、陛下が見つけて採ってきてくれたもの。滅多にお目にかかれる代物ではなく、少なくともリーネットには咲いていなかった。私のためにわざわざ近隣諸国を回って探してくれたのだ。


 周りの意見なんて聞かずに、私のためだけに。


 私がまだ王太子を望まれていた時期。


 一度でいいから幻と呼ばれる太陽花を見てみたいと。つい本音が零れたときがあった。兄はずっと覚えていてくれたんだ。私でさえ忘れていたことを。


 透明の花に心が浄化されたわけではなかったが、私が死んだらこの人は悲しむのだろうと、漠然と思った。他人事のように。


 「この花はあげられないが、いつでもシオンと見に来るといい」


 異種花に分類される太陽花に水は厳禁。すぐに枯れてしまう。その名の通り、太陽の光のみを養分とする。


 他の花と一緒に育てることも不可能。別々の鉢で一つずつ育てるしかない。


 「花は嫌いだったか?」


 喜んでいた表情は段々と暗くなる。耳も尻尾も垂れて、落ち込んでいるようだ。


 「ルイセ。少し出てくる」

 「え、書類は」

 「期限は今日中だ。夕方までには終わらせる」


 スウェロは毎日、私の補佐に来るわけではない。週に二日、休みを振り分けているにも関わらず、わざわざ休みの日にも私の元に来るのだから頭も痛くなる。


婚約者をほったらかしていると噂になっても擁護するつもりはない。事実だからな。


 その婚約者の許可は得ているらしいが、二人の時間も大切にして欲しいのだ。政略結婚ではない、好き同士なのだから。


 後ろをついてくるノアールの歩幅に合わせて移動していると、すれ違う人から微笑ましい視線が飛んでくる。私ではなくノアールに対してだと思いたいが、どう見ても私のことも捉えていた。


 嫌ではないのだが……。生温かい視線が単純に、ノアールのことをシオンが大切にしているから私もノアールを大切にしているのだと意味が含まれているのは嫌だ。


 どうしたらシオンのことが好きではないと皆に伝わるのだろうか。こうなった原因は考えるまでもなく帰還パーティー。あれから私を見る目が変わったと断言してもいい。


 これまでは何かと理由をつけてはダンスを断っていた私が、シオンとだけは踊りテラスで二人きりになるのだから、あらぬ噂が流れるのは当然の原理。


 あれが王命であったと、どうにか広まって欲しいものだ。


 騎士寮に着くと心ここにあらずのレクシオルゼが訓練場をひたすら走っていた。かれこれ二時間は走っているらしく、団員達の声は届いていない。


 あのままだといずれは倒れる。放っておいても問題はないな。倒れた後に部屋まで運べばいい。


 「レイアークス様、止めて下さいよ」

 「好きにさせておけ。シオンに助けを求められなかった無力さを痛感しているだけだ」


 友人だからこそ、助けたい思いは人一倍強い。


 不甲斐なさに打ちのめされながら今より強くなれば頼ってもらえると信じている。


 誰かのために強くなりたい姿は、あの頃の私と重なった。


 それでも。私と違って絶望はしていない。シオンを助けられた。それが大きい。


 怖かった。異種魔物と対峙したシオンが諦めて殺されようとしている姿を見て心臓が締め付けられる痛みに襲われた。ぬかるんだ地面で走りずらかっただろうが愛馬には頑張ってもらい。ギリギリの所で間に合った。


 シオンは……。美人で優しい。誰にでも平等。見ていて飽きない。一緒にいて楽しい、のだろう。それでも。恋愛対象にはならないのは私に問題があるように思える。


 歳の差が一番の理由なんだろうが、私の特別は陛下を支えると決めたあの日から、決まっていた。


 そもそも、自分都合で多くの女性を泣かせ傷つけてきた私が今更、意中の相手と幸せになるなんて、そんなこと。許されるはずがない。


 「レック!!」


 声をかければ走るスピードは落ち、信念が揺らぐ瞳が私を見る。


 「団長ともあろうお前が部下を心配させるな」

 「俺がもっと強かったら、シオンは助けを求められてはずなんだ。俺が弱いせいでシオンは……!!」

 「その理屈なら私も弱いということになるな」

 「叔父上は強いです!!強くてカッコ良くて騎士の憧れです!!」

 「そんな力説しなくてもいいのだが」


 息が乱れることなく、流れる汗を拭う。


 「ノアールもお前が無茶をすることは望んでいない」

【みゃあぁ!】


 タイミング良く鳴いてくれたおかげで、レクシオルゼは口を尖らせながら心配をかけたことを謝った。


 こういうとこがまだまだ子供なのだ。いつになったら大人扱いさせてくれるのか。


 心身共に未熟なレクシオルゼが急に大人になる未来の想像がつかない。


 ──当分はまだずっと先になりそうだな。


 「私はレクシオルゼと稽古しているから、お前達はノアールを退屈させないように遊んでやれ」


 小動物でもあるノアールのことを気に入った団員達は、癒しのノアールを遠巻きに見てはうずうずしている。触れたいが、近づいたら怖がらせてしまう。そんな思いから中途半端な距離感を保つ。


 「レクシオルゼ、昼までなら稽古をつけてやる」

 「本当ですか!?ありがとうございます」

【うみゃ!みゃみゃ!!】

 「ノアール。こっちは危ないから、向こうにいるんだ」


 足元に縋るようなノアールの背中を押して団員達のほうに行かせるがすぐに戻ってくる。


 抱き上げて、エノクに手渡した。


 誤って踏んだりしたら痛い思いをするのはノアール。安全な場所で安全に遊んでいたほうがいい。


【み、みゃゃーーーー!!!!】


 久しぶりに遊べることへの喜びを感じさせないような鳴き声。悲痛な叫びに振り向くと、今にも泣きそうだった。


 遊びの気分でなかったのなら、悪いことをしたな。そう思いつつも今日は体を動かしたい気分だったので、稽古が終わってからナンシーに送るように頼むことにした。

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