最初で最後。再び自国へ
あれから、私の日常は更に退屈となった。
リンゴの採取がなくなり、魔法の特訓も
「は?ついこの間まで倒れていた人間が何を言っている?バカなのか君は。あぁ、バカだったな」
なんて、悪態をついてくるどこかの宰相様が許可をしてくれない。今では週に一度の特訓のみ。
オルゼもキツく言われているみたいで、私の頼みでも許可出来ないと。あまりにもしつこいようなら魔力封じの魔道具を付けると脅されたので、すぐさま口を閉ざした。
──魔力は回復したし体調も万全なのに。
てか、友達認定してくれてから態度変わりすぎじゃないかな。親しい人にしか見せない“素”なんだろうけど、これなら前の優しいままで良かった。
後悔先に立たず。まさにその通り。
ノアールにだけは前と変わらず優しいままで接しているのが納得いかない。
この猫好きめ!!とツッコミたくなるのを抑えて大人しく従う。
魔法を自在に扱えるようになれば、誰かが大怪我をしたときに助けられる。私はただ、そのときに備えてたいだけ。
魔力コントロールは家でこっそり特訓中。ルイセに貰った木の置き物で夜な夜な。
レイにバレたらどんな特大雷を落とされるのか。バレないようにしなくては。
「王子が普通に街中を歩くのも面白いよね」
変装なんてせずに堂々と私の隣を歩く。
目を引く綺麗な顔立ちをしているため、王子でなくても注目を集める。
私が住まわせてもらっているモーイの街は常に賑わっていて人の出入りが多い。王都の次に大きい街で、平民が住む街としては汚れもなくゴミも一切落ちていない綺麗な街並み。
王都に向かうにはモーイの街を通るしかない。隣国と繋がっている魔物の住む森も街に繋がっている。そこは国境になるため警備隊が配置されていて、街の人は近づくことさえしない。
特に今は私のために、かなり厳重。
「団長だー」
街の人に声をかけられると笑顔で手を振り返し、子供が駆け寄ってきたら順番に抱き上げてはその場でクルクル回る。それが面白いらしく何度も「もう一回」と強請られていた。
よく目が回らないなぁと感心しながら、私はその様子を遠くから見るだけ。ノアールは子供達にもみくちゃにされなくないようで、私の腕の中で丸くなる。
末っ子オルゼは、自分より小さい子にはお兄ちゃんになるらしく、子供達が飽きるまで付き合っていた。
「お疲れ様」
「ふう、子供は元気だね」
「年齢だけなら私達も子供だけどね」
成人するまでは未成年、子供だ。
まだまだ体力が有り余っているオルゼは座ることなく、立ったままぐーっと背を伸ばす。
ノアールは脅威が去ったと言わんばかりにホッとしていた。
これといって、やりたいことがあるわけでもなく、どうやって一日を過ごすか毎度のことながら頭を悩ませる。
怠惰のような日々を過ごすのも最初のうちは楽しいけど、飽きがくるのが早い。週に一度の特訓以外は、図書館で読書をするか、エノクを誘ってカフェでランチをするか。
部下のプライベートに干渉するつもりのないオルゼも、恋愛が絡むと協力一択となる。店内で他のお客さんの迷惑にならないように声量を抑えてエノクがいかに頼りになるかを私に語りながらも、メイに聞かせていた。
毎日のように飽きもせず部下自慢をする団長の話に興味を持ってか、家にいるときに私から見たエノクはどんな人かと聞かれたこともあった。
ここで誇張してしまうと私が気があるみたいに思われるかもしれないので、あくまでも自然に私が感じたことをそのまま伝えるだけ。
最近ではメイに顔を覚えてもらい名前で呼ばれるようになった。
好意があるかどうは別として、たまにエノクと二人で食事に出掛けるようにもなったので、何事もなければ付き合うのではないだろうか。
メイは贖罪のために私についてきた。とても良くしてくれているし、約束通り、私を裏切る行動も見せていない。献身的にその身を捧げてくれている。
誠意は充分に伝わった。残りの人生、全てを私のために使うのは些か。添い遂げたい人がいるなら、その手を取っても構わない。私は祝福する。
「そうだ。シオン。空間部屋に行ってみない?」
「何それ」
「王宮内にある一室なんだ。ほら以前、叔父上と兄様がいた部屋だよ」
「時間がこないと出られない部屋?」
「そう!そこ。ちょっと覗くだけなら許可はいらないからさ」
空間部屋というのは先々代の王様が作ったらしい。王宮の地下に眠っていた魔道具を引っ張り出しては改良した。
当時はかなり魔力暴走が頻繁に起こり魔法の制御が効かなくなり被害を最小限に抑えるため部屋に組み込んだ。試行錯誤を繰り返し、今の部屋へと完成させた。
色々とやりすぎたせいで当初、思い浮かべていた部屋とは多少、かけ離れてしまっている。
中から扉を閉める際には必ず魔力を流さなくてはならない。それが鍵となるからだ。
そのことを忘れて閉じ込められた人もいる。ちなみに、現王。
随分と昔、幼少期の頃の出来事で先々代の息子でもあった先王がどうにか助け出すことに成功。ほぼ力任せに破壊したらしいけど。
そういうこともあり、空間部屋に入るためには王様と王妃様の許可が必要となった。今現在は二人とプラス、レイ。
「後で怒られない?それ」
「んー、微妙かな」
「オルゼだけが怒られてくれるならいいけど」
「え、それはやだ。一蓮托生でしょ、俺達」
二人して顔を見合わせて、素直に許可を貰おうということになった。
王様と王妃様は基本、いつでも誰でも入っていいと公言してくれているので、実質レイの許可があればいい。
何者でもない私が、顔パスで王宮に出入りしているのだから、世の中なにが起こるかわからないものだ。
官僚や使用人はまるで私が主かのように深々と頭を下げてくれる。人間とは恐ろしいもので、同じことを繰り返していくうちに慣れてしまう。私には違和感のある光景ではあるけど、私が慣れなくてはいけないのだと諦めた。
私は偉くないので偉そうな態度を取るわけではない。返し方の正解がわからないので「お疲れ様です」と声をかける。するとなぜか、みんなパッと笑顔で「ありがとうございます」と言う。
「叔父上。アース殿下が例の病にかかったみたいです」
執務室に到着すると、なにやらレイとスウェロが話をしていた。扉を開けようとした手は自然と止まる。盗み聞きをするため、つい息を殺す。耳をすませた。
「フェルバー夫妻が発症して、約一ヵ月。そろそろ王都の人間もかかる頃か。アース殿下本人から手紙でも届いたか」
「ええ、昨夜。今のとこ誰かが治ったと報告が上がっていないらしく」
ブレット達に症状が現れたのは、このリーネットで。偶然とはいえ病は完治した。
国民一人一人の動向を常に把握してない限りはわかり得ぬこと。
一ヵ月と少し前から流行り出した謎の病。一部の平民の村から徐々に広がっていく。
原因不明、感染方法不明。何から何まで不明だらけ。奇病だよ、もう。
黒い斑点、高熱、体の激痛を引き起こす。体が急激に熱くなることで大量の汗をかき、その結果、喉の乾きが尋常ではなくなる。心臓が握り潰されるような痛みからか、胸を抑えていた。
あれが初期症状だと言うのだから、重症患者は一体どうなるのか。
ブレット達は大丈夫かな。また発症してなきゃいいけど。
「お見舞いに行ってもいいですか」
「友人の見舞いに私の許可は必要ないだろう」
「それもそうですね。では、今日にでも出発しますね」
「顔が笑っている。本当に見舞いだけか?」
「もちろん。あ、ついでにちょっとした嫌がらせでもしてこようかなと。アース殿下からの手紙では、病の原因でもあるグレンジャー家とケールレル家を招集すると書いてありましたので」
「「あ……」」
部屋を出ようとしたスウェロと鉢合わせ。
「聞いてた?今の」
「うん」
ここ最近はあまり王宮に顔を出していなかったから油断していたのだろう。
聞かれても困る内容ではない(私以外)から防音魔法の発動もしていなかった。
中に入れてくれたスウェロは悩みながらも、王太子からの伝言を伝えてくれる。
「“シオン嬢のありえない噂が流れたときに君と会うべきだった。自由にする、つまりは君に干渉しないということに囚われすぎて辛く苦しい思いをさせてしまい本当に申し訳ない。私達は君に償うことは出来ないけど、君が幸せになれるよう祈らせて欲しい”」
まるで死にゆく人からの遺言のようだ。死期を悟っているかのような言い回し。
「シオン。君は過去に体験しているんじゃないか、彼らと同じ苦しみを」
高熱と体の痛み……。
記憶を探る。触れてしまえば当時の感情が流れ込んできて泣きたくなるのを我慢して。
そして、見つけた。
魔力暴走。
「待って。黒い斑点は?」
私の体にそんな物はなかった。
「それが何かと聞かれても困るな。闇魔法に関して、我々も詳しいことはわかっていないからな」
今度はレイが答えた。
これまでに闇魔法の使い手が生まれたのは英雄ヘルトを除けば六人。
内三人は私と南の国に生まれた少女、西の国に生まれ大蛇と生涯を共にした少年。残り三人のことは何百年も昔のことで、しかもかなり遠国の生まれでもあり詳しい情報はほとんど入ってきていない。
ただ、一人の使い手は国を出たそうだ。世界の真実を知り、私を違って迫害を受けていたわけでもないのに。むしろその逆。貧乏な下級貴族の生まれで、王族からはとても良くしてもらった。妹の良縁も結んでくれた王には感謝してもしきれない。
ではなぜ、出たのか。
巨大な闇魔法を使い近隣の国を侵略しろと命じられたからだ。そんなことを出来るわけもなく、断れば目の前で妹の首をはねた。両親は生きたまま焼き殺された。
信じていた王は……ただの一度として彼女を人間として見たことはない。道具として扱い、逆らうのであれば不要。その血を引く者に生きる価値はない。
襲い来る兵から傷だらけになりながらも逃げ果せた翌日、その国の民は家族と同じ死に方で命を落とした。
異変に気付いた周辺の国が様子を見に行ったところ、体に黒い斑点が浮かび上がった無数の死体を発見。
一つの国に留まり生きていくのであれば感謝の意味が込められた加護が与えられる。反対に心が荒む苦しみを経験させてしまったのなら、苦しみは痛みとなり人々を襲う。
私は……孤独だった。貴族なら誰にでも起こりうる魔力暴走。加えて高熱。
不謹慎にも一人くらいは心配して見舞ってれるのではと嬉しさもあった。
結局、無視されてはバイ菌扱い。私が部屋から出ないことに喜び、病死してくれたら公爵家にとってめでたいことはないと。
体が弱れば心も弱る。いつも以上に悲しくなり、泣くばかり。
ノアールだけが傍にいてくれた。そこに温もりがなければ生きることを諦めていたかもしれない。
彼らはあの苦しみを体験しているのか。
でも、看病してもらえるだけマシだ。私は見放されて、あまつさえ、死を望まれた。まだ八歳の子供だったのに……!!
ありとあらゆる暴言を吐かれ、言葉の意味なんてわからなくても悪意しかないことはわかった。成長するにつれて言葉の意味を知り、あのときこんな酷いことを言われていたのだと気付く。
「私も一緒に行ったらダメかな。助け……たいの。アース殿下のこと」
「シオンがあの国の人間を助ける理由なんてないんだよ?アース殿下だって君を無視していたんだから」
「うん。そうだね」
スウェロの言い分はきっと正しい。
でもね。彼は悔いてくれていたわ。私と関わらなかったことを。それは優しいってことでしょ?
優しい人が苦しんでいるのに見て見ぬふりはしたくない。
「…………シオンが行くなら正面から尋ねるのはやめておこう」
「はいはい。俺も行く!」
「見舞い行くだけだよ?」
「だって俺はシオンと行動しなきゃいけないから」
「そうだったね」
正面からじゃなければ、どうやって行くつもりなのだろうか。
「それならレイも同行してくれ」
「陛下!?どこから聞いて……それよりも。私に行けとはどういう」
「あの二人をシオンで止められると思うか?」
「無理ですね」
悩まず即答。失礼だな。
オルゼはともかくスウェロには言いくるめられる気がしないけどさ。
王様の心配は王宮に彼らがいて、偶然を装い出会ってしまい、正当防衛を理由に手を出すのではと胃を痛めている。
妙な胸騒ぎがしたから来て良かったと。
こんなに恐ろしいことが知らない内に起ころうとしていた。寿命が数年は縮まる思いがしたとボヤく。
命令に逆らうことはなく、レイは嫌々ながらに頷いた。
くれぐれも何事もなくお見舞いを済ませて帰ってきて欲しいとお願いされたレイは、返事に数秒を費やしたのはなぜか。
「レクシオルゼ。せめて剣は置いて行け」
「いついかなるときも騎士の誇りは手放せません。それに、叔父上だって魔剣を常に所持しているではありませんか」
「私は首から下げているだけだ」
「だけ、ねぇ」
疑わしい眼差しを向けるオルゼにデコピンを喰らわせた。かなり重たい一撃だったらしくその場に蹲る。
「剣ぐらい、いいじゃないか」
「陛下。何かさせない気ありますか?」
何かを期待しているようにも見える王様を横目に、ナンシーに空間を繋ぐように指示を出した。
──え……?いいの、それ。
交友関係があろうとも何の連絡もなく王宮に勝手に入り込むなんて。国際問題に発展するんじゃ。
「ちゃんと許可は貰ってるよ。アース殿下の部屋限定で」
「だてしても。やめておいたほうが」
私の不安なんてそっちのけで、既にナンシーは空間を繋いでいた。
国内とは訳が違うので、長距離はかなり辛く冷や汗をかく始末。最低でも大人一人が通れる大きさでなくてはならないのが堪えていた。距離と大きさによって使う魔力は変わってくる。平均よりも多いとはいえ、長く維持するのは簡単ではない。
何かを言うより早く空間を通ったほうがナンシーのため。
先陣を切って飛び越えるノアールを追うように、繋がれた空間のその先へと足を踏み入れた。




