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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第四章

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断罪ではなく天災。人は自然には抗えない【スウェロ】

 昼食を終えて午後の業務が始まる前に、父上と母上に謁見をした。実の息子でも仕事中に気軽に会えるわけではない。むしろ、息子だからこそ、甘やかすことなく他の人より厳しくするものだ。


 「珍しいな。業務中に会いたいとは」

 「期待を削ぐようで申し訳ありませんが、私は国王陛下と王妃殿下に謁見しているのです」

 「ほう?余程、重要な案件なのだろう」

 「シオンのことであり、隣国のことです」


 陛下の眉が動く。今はかなり敏感になっているからな。家臣達もなるべく話題には気を付けている。


 「シオンはブルーメル侯爵のことが一番嫌いだそうです」


 重々しい空気は苦手で、いつもみたいに笑顔を作った。


 するとどうだろう。私が何かを企んでいるのではと、警戒されている。


 ええー……企むだなんて、そんな。私はただ報告をしに来ただけ。何かをするつもりはない。


 「指切りをしましたから」

 「指切り?」

 「シオンが教えてくれた約束を破らない誓いです。指切りと言うくらいですからね。約束を違え(たがえ)ば指を切るのでしょう」


 中々に重たい罰だ。もしもこれが流行れば、小指がない人は嘘つきになってしまう。


 シオンが発案者となれば瞬く間に広がり、どんな小さな嘘でも切りを交わした者はその小指を相手に差し出す。それほどまでにシオンへの信頼は厚い。


 私としては小指一本を失うだけでブルーメル侯爵にシオンの仕返しが出来るなら安い対価。失いたくないのは大切な人達であり私自身ではない。この体が朽ちても、大切な人達や愛している人が無事なら私は笑顔で「さよなら」を言える。


 ぼんやりと手を見つめていると王妃殿下の凛とした声に呼ばれた。


 「スウェロ。貴方は私達に何を望んでいるのかしら?」

 「望む?ただの報告です。ただ……」


 テーブルに地図を広げた。リーネットのではない。ハースト国のを。


 とある箇所を指差した。


 「ここがブルーメル侯爵の領地です」


 私が何を言っているのか理解してくれたのに、目頭を抑えてはため息をつく。地図を折り畳み片付けようとしたから、つい勢いよく手を置き止めた。


 王妃殿下の金色にも近い黄色い瞳は優しく諭すように私を見据える。ゆっくりと首を横に振っては頭を冷せと訴えかけてきた。


 国王自らが他国に魔法を使い、あまつさえ、上級貴族の領地を攻撃するのだ。向こうからしたら宣戦布告。戦争の火蓋を切る。仮にそうなったとしても、魔物の脅威が遠ざかり、戦う訓練をしていない隣国に負けるつもりもなければ、こちら側の人間が一人だろうと殺される未来はない。


 私は王太子ではないが第一王子。下の二人に負わせたくない責任を率先して負うのが役目。


 頭なら充分に冷えているし、私は至って冷静。なんなら頭の中はスッキリしている。


 私も引くつもりはなく手を退けるつもりはない。


 「私達に侯爵を断罪しろと言いたいのか」

 「まさか!そんな物騒なこと、とんでもない!!」


 手を離し、空中に手の平を向けた。

 雨が降り、雷が鳴り、風が吹く。土砂は崩れ、炎は燃え盛る。


 魔力コントロールと発動イメージをしっかりしているため部屋に被害はない。


 「これから起きることは天災です。違いますか?」


 闇魔法の加護を失った隣国には、これまで守ってきたもらった天災や厄災が一度に押し寄せてきても不思議ではない。アース殿下達もそのことは肝に銘じている。これから起きることは全て、今の、そして、これからのハースト国が背負っていく責任であると。


 どちらも目を離さない。物音一つしない静寂さは心地良くて。


 目を離したら負けなんて勝負をしているわけでもなく。お互い意地になっているだけ。信念と覚悟を貫くために。


 「先程も仰いましたが、私は国王陛下と王妃殿下にお話をしています」


 シオンと出会ったのは春の代名詞でもある桜が散りかける頃。森の中で魔物に襲われていたところを助けてもらった。


 名乗ることもせず先を進もうとするシオンをカッコ良いと思ったのは秘密。


 女性への褒め言葉で「カッコ良い」はあまり使わない。綺麗とか可愛いとか、ありきたりな言葉よりも、その日の髪型や新しく買ったであろうアクセサリーに気付いたり、不慣れなお菓子作りを頑張ってくれる婚約者に感謝を忘れたりしないこと。


 そういう何気ないことに気付くのが好きだ。だって、私のためにその日一番可愛い恰好をしてくれるのだから。何も言わなかったり、そもそも、気付かないなんてこと自体が失礼すぎる。


 「シオンは我がリーネットに移住したいと言ってくれました。それはつまり、この国の父である陛下の、母である王妃殿下の娘ということではありませんか」


 身内に最も甘いのは陛下。性格は優しく温厚。


 父親としての顔と国王としての顔にほとんど違いはない。自分が父親似であることは自他共に認めるところ。


 ──ま、父親は他人に厳しく出来る人だけどね。


 自分の大切な人を傷つけた人になら許さない選択肢は選べるが、そうでなければ許していいのではと思う。裁く側が私情で動くなんて以ての外。人生に大きく深く関わるのだから、物事を公平に見なくてはならない。


 身内贔屓になってしまう私は徹底して裏方に回り、君主をサポートするほうが性に合っている。


 「もちろん、グレンジャー家やケールレルも対象ではあります。ですが、幼きシオンを傷つけ泣かせ、あまつさえ娘が死んだ責任を擦り付けた。あんまりではありませんか」


 公爵夫人が何をもってして子供の入れ替えなんて思いつき実行したのかは、亡くなった今となっては知る術はない。


 夫人は自宅出産だったな。もしも奇妙な動きをする人がいたら誰かが気付き報告するはず。


 亡くなったことを嘆き悲しみ、シオンを責め立てたのが演技ではなければ、娘である夫人を愛しているということになる。


 愛娘がお腹を痛めて子供を産んでいるときに、まさか出掛けるなんてないだろうし。


 残念ながら騎士からの報告でブルーメル侯爵が家族を溺愛していたことはわかりきっている。侯爵はブルーメルの血を引く孫の誕生を心待ちにしていた。夫人だけではない。他の娘が妊娠したときも前祝いと小規模なパーティーまで開いている。


 夫人がどのタイミングで亡くなったのかは私達には知る由もない。一目だけでも我が子を目にし抱きしめられたのなら……。そう思うのはいいだろう。罪人だろうと悪人だろうと、等しく“人”なのだから。


 「ブルーメル侯爵はシオンの出生を知りながら罵詈雑言を浴びせた。それは罪ではないのですか」

 「スウェロ。貴方の気持ちはわかります。ですが、一国の王が国を攻撃したとなれば」

 「王妃殿下。侯爵領で起きることは天災です。そうですよね、国王陛下?」


 こちらが何かをしたところで、誰にもバレるはずはない。いつでも起こり得る自然災害よりも、原因不明の病をどうするか。アース殿下達の意識はそっちに向いている。病の原因はそろそろ突き止めてはいるだろうけど、対策は練れない。救える魔法は闇と光の二つのみ。


 発症したらどんな薬も効かない。永遠に苦しむだけ。


 災害被害でいつまでも補償が続くわけではないので、これからの領地は領主を核として復興を行わなくてはならない。


 隣国の地形をしっかりと確認した陛下は背筋を凍らせる冷たい目をした。震える手を咄嗟に後ろに隠す。


 遥か遠くの侯爵領に暗雲が広がる。不定期に鳴り響く雷鳴。嵐の前触れのように風が止む。


 王妃殿下の魔法は個人を主張しないサポートに徹底していた。どんなに魔力が優れていても何百キロと離れた場所に魔法を使うのは不安定となる。本来の半分も発揮しない。だが、王妃殿下が力を貸してくれるのであれば。問題にすらならない。


 陛下の手の上にそっと手を重ねる。


 生温い風が吹き荒れ、地面を打つ雨は段々と強くなっていく。視界が霞むほど。雨音をかき消す雷は人々に恐怖を与えた。


 王宮から派遣された魔法使いのおかけで、多少なりとも以前のような土地を取り戻していた侯爵領は再び天災により大荒れ。


 雨粒は大きく、肌に当たれば突き刺さる痛みが襲う。屋根を叩きつける雨は心の恐怖と不安を煽った。


 川の氾濫は大洪水となる。コントロールしているため家や人を飲み込むことはない。


 農業に必要な道具は壊れ、飢えを凌げる木の実がなる樹は根っこから流される。資源でもある材木はもう使い物にならない。


 復興の目処は立たないまま借金だけが膨れ上がっていく。家族のよしみで公爵家や他の娘が嫁いだ家門が無償でお金や物資を提供してくれるのであれば話は別。額も量もとんでもないため、期待をするだけ無駄になるだろう。


 このタイミングで彼らが討伐に訪れてくれていたら最高だけど、そんなに上手くは行かないよね。


 ま、侯爵領に大ダメージを与えられただけでも良しとしよう。欲張りすぎるのは良くないな。多くを望むだけならまだしも、全てを手にしようとすれば必ず破滅する。


 何事も謙虚が一番。


 たった数分の嵐は侯爵の心を折るには充分。魔法を発動していた二人には侯爵領の様子が目に映る。やりすぎないようキリのいいとこで魔法を止めた。


 領地だけでなく国全体に嵐を広げたら……簡単に滅んでしまうのだろう。抗う術もなく。


 人は自然には勝てない。五大属性が持つ最上級魔法なら完全ではないものの防げはするが。


 自然を止めることが出来るのは闇魔法。加護の力ではなく最上級魔法である全てを闇に飲み込む魔法。


 千年前には英雄ヘルトは大嵐や竜巻を飲み込んだ逸話がある。だからこそ、闇魔法は偉大なのだ。尊敬し感謝しなくてはならない。この世に生まれてきてくれたことを。


 「これで侯爵領は終わりですね」


 例え終わっていなくても。他の領地と格段に差がつき、下級貴族の領地よりも悲惨な未来しかない。


 今回、侯爵本人ではなく侯爵領に天災(ばつ)が下った理由、それは。



 領民までもがシオンを侮辱していたのだ。



 恩恵を与えられているとも知らずに。領主である侯爵の言葉を真に受けて、実際には会ったこともないくせに。


 「気持ちの悪い髪をしている」や「前世は醜い魔物だった、そんな化け物を生む羽目になって夫人が可哀想」などと。他にもシオンの容姿を貶すことを平然と口にする。純粋無垢であるべきはずの子供までもが!!


 木の板をシオンに見立てて、石を投げつけ、壊れたら化け物を倒したと大喜び。


 思い知ればいいんだ。誰にも助けてもらえない苦しみを。手を伸ばしても無視される辛さを。


 シオンが十六年、理不尽に与えられた痛みはこんなものではない。心身共にボロボロになるまで痛めつけられた。この程度で済んだことに感謝するべきだ。


 「スウェロ。段々とレイに似てきたな」

 「えっ!!?」

 「なぜ嬉しそうなのだ?」


 憧れの叔父上と似ている。こんなに嬉しいことはない。


 ずっとその背中を追いかけ続けた。


 宰相の仕事だって忙しいはずなのに、一人で多くの仕事をこなし、私達の教育や特訓まで引き受けてくれて。叔父上はまさに理想そのもの。憧れてしまえば、叔父上のようになりたいと強く思う。


 実兄でもある陛下……父上にそう言われると叔父上みたいになれたと自信がつく。つい笑みが零れた。


 「陛下。レイはもっと残酷ですよ。侯爵の爵位を奪い、這い上がれないほどに破滅させることでしょう。領民も一人一人確実に。死よりも苦しい絶望の底に突き落とし、希望さえ与えません」


 言われてみれば。叔父上と比べたら私の考えなど甘く可愛いもの。


 私はまだまだ叔父上に遠く及ばないのか。もっと精進しなくては。


 「国王陛下、王妃殿下。貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました」


 叔父上の手伝いは粗方終わっているため、今ではほとんどの日が休みみたいなもの。


 日課でもある体力作りのため外に出た。剣の才能がなくとも続けることに意味はある。


 魔法は便利ではあるが万能ではない。頼りすぎると、いつか痛い目を見る。


 事実、魔法の効かない異種魔物だって発見された。

 いざというとき、魔法ではなく剣が使えたら。護衛の負担も減らせるのではないか。


 扱える武器は多いに越したことはない。剣は身を守る最終手段。どんなに才能がなくても、やってきたことが無駄になるわけではないのだ。


 ふと見上げると、青々とした空が広がり、今日はとても天気が良かった。


 「よし。頑張ろう」


 気合いを入れて空間部屋へと向かう。


 空間部屋は古代の魔道具が敷き詰められた特別な空間。一見、部屋の形はしているがそこは部屋ではない。


 どんなに魔法を使おうと壁は無傷。


 入って扉の横に時計が貼り付けられ、中にいたい時間の分、針を回すともう扉は開かない。時間設定を間違えると、とんでもない大惨事になりかねないので、万が一のためにポーションを持つことが義務付けられた。


 最近ではよく、叔父上とこの部屋を使う。予定のない日は毎日。


 何をしても完璧な叔父上は二~三日、部屋に篭れば私なんかを必要としない。それなのに、まだ私を呼んでくれる。頼りにされているんだと嬉しくて、私には魔法の才能があるのだと信じられるようになっていく。


 「シオン様は本当にお美しい」

 「悪女などと噂されていたが、どうせ公爵家が流した嘘だろう」

 「きっとそうだ。闇魔法を妬んで、シオン様の評判を地に落としたかったんだ。卑怯な連中め」


 王宮内に出入りする人間がシオンと会うことは珍しくない。


 レックの帰還パーティーから注目を浴びたシオンは男女問わず人々の心を虜にした。見た目の美しさだけでなく、心の優しさがそうさせてしまう。


 シオンに交際を申し込む人がいないのは、恐らく……きっと、叔父上がシオンを好きだと勘違いしているから。仕事一筋で、パーティーでも女性と踊ることのなかった叔父上から自分から誘っただけでなく、他の男性と踊らせないように阻止した。


 ──あのときのノアールは可愛かったな。赤いリボンでお洒落をして。


 その後もシオンとテラスで談笑していたな。父上の命令なんだろうけど。


 来たばかりのシオンを気遣ってのこと。


 まぁ、それなら叔父上ではなく私やレックの友達ということにしたほうが無駄な注目を浴びずに済んだのではないだろうか?


 叔父上なら虫除けとして完璧かもしれないけど、そのせいで今では二人の……叔父上の恋を応援する者が続出。


 悪女。初めてその噂を耳にしたとき、彼女はとても優しい人なんだろうと思った。


 隣国では唯一、闇魔法の真実が明かされていない。だが、本人にと家族には伝える。アース殿下は確かにそう言った。その言葉は嘘ではなかった。アース殿下はそんな幼稚な嘘をつくような人ではないから。


 英雄となり人々から崇められる魔法を持った彼女は、国民のために国民の望む自分を演じているのだろうと勝手に感心していた。その後、アルの想い人であると判明したときには驚いたな。



『私はノアールを世界で一番愛しているの。』



 そう言った君はとても嬉しそうだった。きっとそれは、ノアールだけが君を愛しているから。ずっと傍にいて、苦しみを分かち合えた特別。


 私は別にシオンのノアールに対する想いがまやかしであるとは思っていない。二人が相思相愛なのは見ていればわかる。



 ただ、どうするんだろうと。



 ノアール以外にも君を愛する人はいて、色や魔法に左右されることなく、ただの君を好きだと、愛していると言ってくれる人が現れたら。君はどんな顔をするだろうか。


 その人はきっと気付く。髪が短くなって、色が変わった君にさえ一目で。


 愛しく名前を呼んで、愛おしそうに見つめる。君の幸せを願いながらも、幸せにするのは自分であると自信を掲げて。


 好きなものへの一途さは尊敬するがそれ故に、自分の意見を押し通そうとするのは頂けない。


 ──それは傲慢だよ、アル。


 能力や才能を過信するのはいい。しすぎるのはダメだ。シオンにとっての幸せがアルと共にあるのであれば応援はする。


 でも、気持ちを蔑ろにするのは、これまでシオンの周りにいた人間達と同じ。そんなことを私は認めない。シオンの望む幸せを邪魔し奪えば、どんな手を使ってもアルの運命とやらは引き裂く。


 私もリズも、シオンには心から笑っていて欲しい。望んだ幸せを掴んで欲しいんだ。


 時計の針を三時間回すとカチャリと鍵が閉まる音がした。


 魔法で作った土人形を相手に剣を振る。

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