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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第四章

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闇魔法の偉大なる加護

 「あ、あの。レクシオルゼ団長」


 身なりの良い服を来た貴族であろう少年少女数人が迷惑にならないよう小声で話しかけてきた。


 第三王子であるオルゼを団長と呼ぶのは、それだけ騎士としての能力が高く国民に浸透しているから。本人も王子より団長と呼ばれるほうが嬉しいらしい。


 「団長はシオン様とお付き合いしているのでしょうか?」

 「……は?」


 その反応が正解だよね。


 「だってお二人、デートをされていたんですよね?」

 「はぁ!!?」


 図書館ではお静かに、という貼り紙はないものの、暗黙のルールとして利用する人は声を潜める。なので、今のオルゼのように大声を出すのはルール違反。


 本人もそれをわかっているらしく、周囲に頭を下げる律儀さ。


 彼らを立たせておくのも忍びなく、座ってもらおうと席を勧めるも、このままでいいと。話はすぐに終わるからと断られた。


 「俺とシオンは友達だよ。確かに。シオンは女神の如く美しくて慈愛に溢れた歴史に名を残すべき聖女ではあるが」

 「ちょ、ちょっと……」

 「人間は神に恋はしない。友達ということを除けば、俺はシオンを女神として崇めている」


 真顔で言い切った。


 ほら、彼らも困って……ないわね。なら良かった。いや、良くない。何よその表情。困るどころかパッと明るくなって、喜びを分かち合うかのように手を取り合う。


 「実は私達、シオン様はレイアークス様とお似合いだとずっと思っていて」

 「応援してます、シオン様」

 「はい!!!??」


 今度は私が大声を出す番。


 睨まれることはなかったけど、勉強や読書に勤しむ利用者の邪魔をしたことは事実なので頭を下げた。

 

 「ごめんなさい。どういう意味かしら?」

 「シオン様はレイアークス様をお慕いしているのですよね」

 「いいえ全然、全く。素敵な紳士ではあるけど、恋愛感情を抱いたことは一度も」


 曖昧な答えは事態をややこしくしかねないので、ハッキリと伝える。


 え、待って。気まずい空気が流れているんだけど。


 「好きになる予定とかは」

 「ないわ」


 兄のように慕う人に恋愛感情は抱けない。


 彼らは驚き、慌ててその場を立ち去った。デートの邪魔をしてごめんなさい、と謝りながら。


 デートじゃなくて勉強しに来てるだけなんだけどな。訂正する間もないまま図書館からも出て行ってしまった。


 「私ってレイを好きだと思われてるの?」


 そう言えば。前にも似たようなことを王妃様に聞かれたな。


 あのときは特に気にせず質問に答えただけだったけど、流石に二回目となると確認しておなくては。


 レイに限らずリーネットにはイケメンが多い。しかし、真のイケメンは容姿だけではないのだ。むしろ重要なのは中身。


 色だけで人を判断して見下し差別するような輩と違い、例え、闇魔法が本当に世界を滅ぼす巨悪だったとして。彼らは私自身と接してくれる。たかだか闇魔法を持っただけの私を憎み迫害するのはお門違いだと。


 私でさえ忌み嫌う色を否定することなく受け入れてくれる。


 「どっちかって言えば、シオンじゃなくて叔父上かな」

 「レイが?」

 「昔はどうだったか知らないけど、俺の記憶では叔父上が女性と踊ったのはシオンが初めて」

 「誘いとかあったよね、絶対」

 「んー……どうだろ。叔父上はいつも誰かしらと一緒にいたし、女性と話しているのは何度も見たけど、あれがダンスの誘いかどうかはちょっと」


 そっか。結婚するつもりのない人にダンスを申し込んだところで断られるに決まっている。


 紳士なレイが女性に恥をかかせることはしないだろうから、踊れないのは自分の責任(せい)だとやんわりと主張しそう。


 「でもさ。あのダンスだって、レイの意志ではなくて王命だったわけでしょ」

 「それは一部の人しか知らないからね」

 「広めようよ。レイのためにも」

 「今更?そんなことしたら余計に好きだって思われそうじゃない?」


 た、確かに。


 私、というよりかはレイのためにどうにか引っつけるために応援してくれていた彼らはレイのファン。女子だけでなく男子まで虜にするとは。


 ──恐るべし。レイアークス宰相閣下。


 私の心を見透かしたオルゼは数冊の本を持ってきた。タイトルはどれも“騎士物語”

 巻数だけが違う。


 一冊完結型の短編。騎士が主役ではあるけど、内容は友情ではなく恋愛もの。


 襲ってくる魔物から守ったり、時には連れ去られたヒロインを助け出す。


 文字が読めるようになった女の子はまず、この騎士物語を読むのだとか。


 話は口頭で何となく広がっているものの、自分で読むとまた別の感動がある。


 「これ、書かれている騎士は叔父上なんだ」


 サラッととんでも発言。


 しかも。モデルだけではなく実際の戦闘シーンを物語に組み込んでいるのだ。盛り上げるために多少の脚色はしているけど。


 ヒロインの公女や王女、平民の女の子も実在している。作者のローレイは偽名で、実は討伐隊のメンバーらしい。


 一冊をパラパラめくっていく。なるほど。描写がやけに細かい。


 魔物討伐に出向いた人でも、こんなに細かくは難しいはず。その場を目にしているからこそ仕草や表情がより鮮明になる。


 ずっと剣ばかりを握っていたと言う割に文章もしっかりしていて、とても面白い。あーだこーだと意見を出し合い完成させる姿が目に浮かぶ。

 世界が変わっても推しのために頑張るファンがいることに、オタクに国境はないのだと深く思い知る。


 物語の中心は騎士とヒロイン。隊員はモブに徹底していて、あまり出てこない。


 「これ、大丈夫?もしバレたら」

 「大丈夫じゃないかな。絶対とは言い切れないけど。この本は王立図書館にしかないから。叔父上の目に触れることもないし、ついうっかり口を滑らせない限りは耳に入ることもない」


 根拠のない大丈夫だ、これは。


 本人に本のことがバレてしまえば処分される恐れがあるため、国民は一致団結していた。


 当時の隊員はまだ一人だけ生きている。最上級魔物との戦いで生き残った三人は損傷が激しく、その内の二人は数日しか寿命が伸びなかった。魔道具では回復しきれない深手。


 物語を作ったのは悪ふざけでも、辱めるつもりでもなく、カッコ良いレイの勇姿を後世にまで残したい純粋たる想いで執筆。


 読む人が読めばレイをモデルにしていることが丸わかり。


 それ以外の人がなぜレイの虜になったかというと。カッコ良くヒロインを助ける騎士をレイに重ね合わせているから。


 挿絵が一枚もないのは騎士とヒロインを自分と好きな人に置き換えて、より物語に没頭させて楽しんでもらうため。


 貴族はパーティーで顔を会わせたり、平民の魔力持ちのため街に赴いたりして、本当に身分関係なく王弟を見る機会は誰にでもある。


 数冊でレイの魅力を全て語れるわけもない。


 作者の一人がいるので書こうと思えば書けるはず。でも、新作が世に出ることはもうないのだろう。一人で書くにはあまりにも、過去の時間が楽しすぎた。


 一瞬、公女はエイダのことかと閃いたけど、そんなはずはない。だってこれは私達が生まれる前の、一昔前の世代。


 魔剣に選ばれし騎士を一目だけでも見ようとリーネットを訪れる人は絶えなかった。


 レイはまさに世界を代表する偉人。歴史に名を刻むに相応しい逸材。


 「もう一つ聞いていいかな」

 「いいよ。何?」

 「さっきレイが言ってたでしょ。再び暗闇に迷い込むって。あれ、どういう意味?」

 「それは……」


 ここは人が多いからと図書館を出た。


 移動する前に祈りたいとワガママを言えば、時間はあると。


 祈るだけならここにこだわる必要はないんだけどね。この建物は特別。


 だから、みんなの幸せを願い、その願いを天に届かせるのであればここじゃなければダメなんだ。心からの願いになら、応えてくれる。


 一週間分の願いをまとめて祈る。

 健康に笑顔で暮らせるように。ノアールも同じように頭を下げる。


 「よし。行こっか」

【うみゃ】

 「お待たせ、オルゼ」

 「いくらでも待つよ。俺達のための時間なんだから」


 些細なことでさえ目くじらを立てることなく、寛容な心で受け止めてくれる。心の広さと器の大きさは等しい。


 噴水広場は見通しが良く、人もそんなにいないのでここで話をしてくれる。


 綺麗なハンカチを敷いてくれるオルゼにお礼を言った。


 「何年か前に……。きっと、シオンがブルーメル侯爵に酷いことを言われた日なんだろうね。人々を照らし導く光が消えたんだ」


 両手を組んで空を見上げた。雲は風に吹かれて日差しを遮る物は何もない。


 貴族令嬢だった頃は日焼けをしないように気を付けていたけど、今ではもう好きなだけ太陽を浴びれる。


 夏の日差しだというのに肌に刺さる暑さではない。子供のように走り回るのは無理だけど、じっとしているのは悪くないかも。日向ぼっこ、楽しい。


 「夜空に浮かぶ月と星は道標なんだ。暗闇の中で人々が迷わないように。それは太陽も同じだ」


 この世界では光の神とか闇の神とか、宗教的なものはいない。


 朝と昼が明るいのは太陽が空に昇っているから。時間が進み太陽が沈んでいくと空は暗くなる。季節によって長くなったり短くなったり。


 夜になるとバトンタッチしたかのように月が現れる。星は方角を調べられるんだっけ?北極星がどうのこうのって。学校で先生が説明してくれていたけど、興味なくて友達と手紙を回した記憶しかない。


 世界は太陽と月と星。この三つによって照らされる。


 特に月と星は重大や役割を担う。星が進むべき方向の道標となり、月が道を踏み外さず目的地に辿り着くための光。

 そして、その二つもまた闇魔法の恩恵。


 千年前に初代国王が暴走する前のこと。夜になると真っ暗になるため光魔法を夜空に散りばめた。


 このときはまだ良い人だったんだ。


 それがいつしか、唯一無二の自分に酔いしれて、特別になるために魅了し洗脳した。便利な魔法は使い方を間違えることで悪の根源となる。


 初代の負担が大きいと感じた英雄ヘルトは、似て異なる闇魔法を持つ自分なら、闇夜を照らせるのではないかと考えた。毎日のように祈り、願い。


 強い想いは空を突き抜け天に届く。


 光魔法ではなく点々とした数多の星が宝石の如く輝き、夜の象徴とも言える月が出現。千年経った今でも消えてなくならないのは、英雄ヘルトの想いの強さ。




 彼のように強く願い続ければ、私が死んだ後のリーネットでも加護は永遠に続く。二人の闇魔法使いが過去にそれを証明してくれた。私の祈りは無駄ではないと。


 「闇の加護によって現れた月と星は、闇魔法を使う人間の心によって左右されるのではないかと推測された」

 「当たってたの?」

 「それはシオンが知っていることだよ」

 「そうだね」


 左右されたかなんて知らない。深い絶望には落ちた。這い上がれない奈落の底。


 生まれたことを懺悔し、命の灯火を覆った。悪となるべく心を殺したんだ。ノアールを独りにしないため、せめて人の形を保ったまま。

 

 「ごめん。ごめんね、シオン」


 オルゼの両手が私の手を包み込む。悔いるような表情。なぜ……泣いているのか。


 「助けてあげられなくて、ごめん」


 涙が零れた。


 「……何言ってるのよ。助けるも何も、あの頃には私達、出会ってすらなかったじゃない」

 「君という人間がいることは知っていた。闇が訪れたあの日、君の身に何かあったと世界中の人間がわかっていたのに……!!」


 そこは認識の違いだ。


 外の人は死にたいほどに苦しい思いをしていたら国を出る選択肢があるけど、真実を明かされていない私からしたらどこに行っても同じ。今以上の苦痛を味合うかもしれないのに、見知らぬ土地に行くなんて。


 まさか本人にさえ、真実を明かしていないなんて、誰が予想するのだろうか。


 真実を教えてくれた王太子は後悔しているようだった。彼もまた誤解をしていたようだ。私に真実が伝えられていると。


 公爵に出した手紙に闇魔法の真実を記していたのだろう。


 古くから国に貢献してきた忠誠心の高いグレンジャー公爵が王族からの手紙に目を通さないなんて、ありえない。でも、公爵は断言した。手紙は読んだと。


 その上で私に対する仕打ち。無関心。


 せめて、読んでさえいなければ……と、王太子は思ったのだろうか?


 その後の私との会話で、公爵は当事者である私にさえ何も語らず、息子二人にだけ打ち明けたと考えた。


 いや、この際、どっちでもいい。クローラーとラエルのことは。私が知らなかったことこそが問題。


 手紙になんと綴られていたかなんて私が知る由もないけど、私に明かすべきとなっていないのなら黙っていても王命に背いたことにはならない。


 ──だからといって本当に黙ることはないでしょ。


 仕事にしか興味のない仕事人間のくせに、私が息子二人より目立つことを許さないとでも?


 ハッ、そんなお優しいお父様に愛されて、あの二人もさぞ満足でしょうね。


 過ぎたことをうだうだ言うつもりはない。被害者であるシオンはもうこの世には……。


 そうだ。ノアールにも早く本当のことを言わないと。いい加減、先延ばしにするのはやめて。辛いけど明かさなくてはいけない。


 私のことを軽蔑するだろうか。嫌われてしまうかも。


 ノアールに見放されたくなくて、孤独に生きていく自信がなかった。


 だってノアールが愛しているのは私ではなくシオン。愛している人がいないと知れば、私の元を去ってもおかしくはない。


 「もう泣かないで」


 オルゼのハンカチは私がお尻に敷いて使わせてもらっているので、私のハンカチで涙を拭った。


【おふせ、泣き虫はダメなんだよ】

 「ぶふっ!!」


 壮大な言い間違いに吹き出す。


 「ノアール。おふせじゃなくて、オルゼよ」

【おうぜ?】

 「惜しい。う、じゃなくて、ルよ」

【オルゼーー!!】


 ぺかーと眩しすぎる笑顔。泣く子も泣き止む威力。


 オルゼの涙は止まり癒されている。


 何気に初めてではないだろうか。私以外の名前を呼ぶのは。


 ノアールの声は私にしか聞こえないので、当の本人には「みゃあ」とか「うみゃ」といった可愛らしい鳴き声にしか聞こえない。


 はーー、やっぱり最強だわ、ノアール。何者も勝てやしない。


 ごめんねノアール。もう少しだけ一緒にいて。


 人の輪の中に入ることが許され、人として扱われた。尊厳を取り戻せて人生がガラリと変わる。


 生きることへの喜びを感じるようになった。人と繋がりたい。彼らから与えられた優しさを返す方法はあるのか。


 誰かの傍にいることさえも理由を探さなくてはならないことにガックリしつつも、一緒にいたい、それだけでいいのではと思うこともある。


 ノアールと一緒にいたいのは愛しているからと、独りになりたくない。冷遇しかされない冷たい世界で味方が一人もいなかったら。灯火を覆うどころかとっくに消えていた。


 沈黙を選び自分を優先することがいかに愚かで最低なことか。その身で体験したのに。


 良心の呵責に苛まれる。罪悪感と罪の意識が同時にのしかかってきた。


 心情を悟れないように上手く誤魔化さなくては。これは私のエゴなのだから。


 いつまでと明確な期限を設けるわけではないけど、せめて心が落ち着くまでは傍にいて欲しいのだ。


 寂しいを押し殺してノアールのいない毎日を過ごせるように誤魔化す(つよく)なるから。


 まだ、もう少しだけ……ごめんね(おねがい)、ノアール。

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