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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第四章

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約束の証

 「で、シオンは暇なのか?」


 お菓子も食べ終わって、しばらく執務室に居座っていると何とも失礼な質問が投げかけられた。


 一週間、ほぼ寝たきりで、すりおろしたリンゴを食べると健康状態は万全。元から悪くもなかったけど。


 胃も固形物を欲しがり、普通の食生活に戻るのは早かった。


 あのリンゴがなければ今こうして、バームクーヘンを完食出来ていたかどうか。


 「もっと他に聞き方なかった?」


 暇だよ。暇ですよ。めちゃくちゃ時間を持て余している。


 わかってて聞いてるよね。絶対に。


 この後の予定はリンゴの収穫だけで、お昼に行こうが夕方に行こうが、夜までに帰れたらそれでいい。


 オブラートに包むことなくド直球に聞いてくるような人に答えるのは癪。


 沈黙は肯定の証で、レイは深いため息をついた。


 ──なんで?どうゆこと?


 「シオン」


 私を呼ぶその声は怖いほどに上機嫌。忙しいと答えるべきだったと瞬時に理解した。


 ──ごめんねレイ!今ちょっと意地悪とか思って。


 訂正しようにも、スウェロの笑顔が不気味で鳥肌もの。


 これは無理。そう悟った。


 「シオンはさ。グレンジャー家、嫌いだよね?」

 「あ、うん」

 「ケールレル家も」

 「まぁ」

 「ブルーメルは?」


 金色の瞳が妖しく光る。質問の意図が読めない。


 小さく頷くとレイが頭を抱えていた。どうやらこれにも答えてはいけなかったようだ。


 「じゃあ……その三家で一番憎いのは?」


 ゾクリとした。得体の知れない怪物が口が裂けるくらいに大きく笑う。


 目の前にいるのはスウェロ。ノアールが威嚇をしていないのだから私の幻覚、或いは妄想にすぎない。


 冷たい空気が隅々にまで充満している。平気な顔をしているレイとオルゼが信じられない。


 二人に限って気付いてないはずもないので、敢えて無視している?何のために。


 静寂の中で、高鳴る鼓動が聴こえてしまいそう。血が沸騰したように熱いのだって気のせい、勘違い。


 鎮まれ、鎮まれ。


 怖がることはない。ここにいるのは顔の見えない怪物ではなくスウェロなのだ。


 気の抜けた笑顔が特徴で、あまり王子っぽくない第一王子。婚約者のことを愛している。


 私に恋の奇跡を見せてくれた。たまに物騒なことを言うけど、根は優しい私の、今は数少ない友達。


 これから友達は増えていく予定。


 深呼吸をして落ち着いて見るも、やはり黒い影に覆われたまま。


 「スウェロ。シオンはお前の魔力に慣れていない。やめろ」


 魔力を放出していたのか。冷たいと感じていたのは魔力で、部屋を包むだけではなく精神にまで介入してくるのはとても珍しく、それほどまでに私とスウェロの魔力の差は大きいということ。


 私は上級貴族並の魔力しか持たないし、魔力を増やす訓練もしていない。


 幼少期から並々ならぬ努力を重ねてきたスウェロ、いや、リーネットの人々と私を比べること自体が失礼。


 いつもの間の抜けたへらぁとした笑顔は気が抜ける。同時に安心した。これが私の知るスウェロである。


 「ごめんね?」

 「ううん、大丈夫。で、さっきの質問だけど。そうね、ブルーメル侯爵、かしら」


 暴力も蔑みも腹は立つ。


 真実を見ない己の正義のみを信じて、都合の良い悪役に都合の悪いことを押し付ける。


 無知は罪。それは私の前世でもよく使われていた言葉。無知な状態であることは問題、みたいな意味合い。


 では、その無知とはどこまでのことを指すのか。一般的には知恵がないこと、知識がないことを表す。愚かなことも含まれていたかな。


 真実を知ろうとしないのは果たして無知なのか。単純に愚かなだけか。私には判断がつかない。


 彼らのことは一旦置いておいて。ブルーメル侯爵はどうか。


 真実を知っていながら人殺し呼ばわりして追い詰める。あわよくば死を選択することを望んで。


 「そっか!ありがとう」

 「え、待って。何をするの?」

 「ええー、やだなぁ。何もしないよ、ほんと。指切りしてもいいよ」


 ──その笑顔は何かする人の顔だよ。


 出された小指を絡めても、レイは安心する様子はなく。


 ほんと何をしようとしているのか教えて。


 「そうだシオン。隣国で面白い情報仕入れたんだけど、聞く?」


 どうやって調べてるの。潜入でもさせているのだろうか。やりそうなんだよね、この人達なら。


 隠密機動ではなくとも、普通にしているだけで馴染むし怪しまれない。


 「聞きたいけど……」


 レイはもう口を挟む気もなく、静かに読者タイム。勝手にやってくれと言わんばかりの態度。


 「フェルバー商会の護衛が一昨日、帰ってきてね」

 「なんて?」


 リーネットとハーストは森を抜けて最短で一日。


 かれこれ一週間以上、帰って来なかった計算になるのでは?


 道に迷うような複雑さはない。ほぼ一直線だった気がする。


 遠回りの道なら時間はかかると言っていた。そっちを通るかは微妙なとこ。訓練をサボるために護衛を買って出たわけではないので、森を抜けてブレット達の安全を報告してくれるのだとばかり。


 魔法の国なら森の距離が伸びることだって……ないか。


 んー、となると。留まっている。それしかない。ほとんど屋敷で過ごしてきた私には、あの国が居心地が良いのかはわからない。


 悪役令嬢(わたし)を嫌っていることを除けば、人も国もかなり良いのだろう。ゲームの説明にも、心優しい国民に囲まれ、って書いてあったし。


 ──まぁ、優しいのはヒロインに対してなんだろうけど。


 ゲームや物語には必ず主人公がいて、どんな世界も主人公のために存在して主人公を中心とする。


 攻略対象が優しくてカッコ良いのも主人公に対してのみで、実物はゲーム以上にシオンのことを嫌っていた。


 上級貴族。唯一の公女。お金に困ることもない。誰もが羨むステータスを持つのに、孤独の胸の内が満たされることは一度もなかった。


 「クローラー・グレンジャー、ラエル・グレンジャー、ヘリオン・ケールレル、ユファン。この四人が討伐編成隊として魔物討伐に出向いたらしい」

 「彼らは死んだの?」


 以前のような魔力はなく、上級魔法も満足に使えないのだ。初級魔物にさえ苦戦しそう。


 プライドの塊のような人達で、 ユファンがいるなら見栄を張って大技連発するに決まっている。元の魔力の量にもよるけど、上級魔法二~三回が限界。


 魔力は増やす特訓をしなくても、成長期には勝手に増えていく。個人差ありきで。


 才能のある者は一が百にも千にもなるなんて言われているけど、実際にそこまで増えたら、それこそ化け物の類。


 「やっぱりシオンは連中に死んでほしいの!?」


 オルゼの声は弾む。こちらの金眼も光る。そうであってほしいかのように。


 爛々とした目は期待に満ちている。


 前にも言ったように私は、関わりを持たないだけで幸せ。罰はいずれ与えられる。何をしなくても、何も望まなくても。


 「聞いただけよ」

 「なぁんだ」


 つまらない、そう思っていた。


 「長期休暇を丸々、討伐に当てるみたいなことを言っていたらしい」

 「嘘でしょ」

 「ほんと」


 仕入れた情報は他にもある。クローラーは任期を終えることなく生徒会長を辞任。


 次期役員に決定していたラエルとヘリオンも外された。ブレットの噂は学園内にも影響を及ぼす。輝かしい経歴に深い傷痕を残した。


 各領地が水害に襲われ、グレンジャー家とケールレル家以外の領地は国が補償してくれた。


 古くから貢献してきた両家に対しては、あまりにも非礼すぎる。その場に居合わせた多くの当主は混乱して、補償を受け取るべきか悩ませたのではないかと推測。


 大雨は川を氾濫させ多くの物を飲み込んだ。家は無事であったものの、新たに復興させるとなると時間とお金が莫大にかかる。


 畑は土魔法を使えば簡単に作れるため、ラエルが名声を得るために畑を作り直してあげるのかな。


 誇りを信じ背負ってきたお坊ちゃん達には愚弄されるだけの人生など耐えられない。利用出来るものは何でも利用してでも、失ったものを取り戻そうと躍起になる。


 荒れた土地を直せるのは最上級の土魔法のみ。そして、ラエルは最上級魔法を使えない。大きな期待には応えられないけど、畑があるとないでは生活が違ってくる。


 護衛に向かった数人の内、三人はまだ残り監視を続けるらしい。新しい動きがあれば一人が戻り報告するという、効率の悪い方法で。


 離れているときに他領に移動していても、発信機のおかけで位置を見失うことはない。


 電話のように長距離でも相手の声がハッキリと伝えるための道具が通信魔道具に当たる。


 同じ国内にいれば便利ではあるけど、国境を超えてしまえばほとんど声は届かない。改良に改良を重ねた今の通信魔道具が最良。


 そう考えると私が住んでいた前世はかなり文明が発達していたと言える。


 魔法は便利であるけど万能ではない。


 「水害はさ。私がいなくなったから起きたんだよね」

 「そうだね」

 「これからも続くのかな」

 「続くよ。当たり前に保証されていた平和の時代は終わったんだから」

 「楽しそうだね。オルゼとスウェロは」


 この話題になってから終始笑顔。


 甥っ子が物騒なことを考えているであろう現場にいるのに、力を持つ叔父様は関心がない。極力、関わろうともしてないよね。


 何もしないと指切りをしたはいいけど、どこまで効果があるのか。私達がやっていたように「嘘ついたら針千本」とは約束していない。小指を絡めるだけ。


 だって物騒だし、本当に飲みそうなんだもん。針千本。


 「そろそろ私、帰るね。これ以上は仕事の邪魔だよね」

 「仕事はもう片付いている。スウェロが優秀だからな」

 「叔父上の教え方が上手なんですよ」


 この謙遜も嫌味には聞こえない。


 褒められること自体は嬉しいのか少し照れている。


 仕事がないなら尚更、長居するべきではない。何かと忙しいレイにとって今は休息時間。部外者がいては落ち着いて休めないだろう。


 「今回は助けてくれて本当にありがとう」

 「友人を失いたくなかった。それだけだ。あの森には二度と近づかないでくれ」

 「うん。わかってる」

 「シオン」


 退室のため扉を開けると、不意に呼ばれた。


 「シオンが再び暗闇に迷い込むのであれば、私達が光となり導いてみせる」


 再び?一体何のことやら。


 困ったら助けてくれる。その解釈で間違っていないはずなのに、誰も彼も真剣な眼差し。

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