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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第四章

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二人といっぴ……一人のお茶会

 私はレーツェルの森に向かっていた。リンゴを収穫するために。


 多くあって困る物ではないし、いざというときにないほうがもっと困る。


 腐らさずに保管出来る場所もあるので私もついつい張り切ってしまう。


 私に出来ることは小さなことでもやっておく。


 収穫前は意味はなく小さく意気込んでいる。よし、採るぞと。


 今日も気合いを入れようとした瞬間、私は抗えない力によって、今この場所に連れられた。


 花々が咲き誇る温室に用意された丸テーブルと椅子が二つ。紅茶が注がれたカップ。


 スコーンとマドレーヌ、なんとバームクーヘンまでが用意されていて好きな物を選べる。


 これは所謂、お茶会というやつでは?


 絶対そうだよね。紛うことなきお茶会だ。


 「ごめんなさい。侍女が手荒な真似をしたみたいで」

 「いえ。驚いただけで、えと……。大丈夫です」


 私を拉致……連れ去ったのは王妃様の侍女。


 私が王宮にいると聞きつけた王妃様が、私を丁重に温室に連れて来るように命じたところ、あのようなことになってしまった。


 侍女達にとって、距離のある温室まで私を歩かせるのが忍びなかったようだ。


 歩くよ!歩きますよ!


 移動手段が徒歩しかなかった私にとって、歩くことは苦ではない。


 そんなことを言ったらオルゼとスウェロ同様に怒りが身を包みそうで、咄嗟に黙った。


 勘の良い王妃様も私が何も言わなければ、そこには敢えて触れない。


 自分の発言にもっと責任を持たなくてはと妙な緊張感が走る。


 私のためを思い、悪気がなかったのだから侍女達を怒る理由はない。深々と頭を下げられる前に気にしてないことを伝えた。


 「なんと広いお心なのでしょう」

 「美しいのは外見だけではありませんわ」


 両手を組んで羨望の眼差しが向けられる。


 謝罪をされてから許すべきだったか。間違えたな。


 感動してくれているところ悪いけど、私は本当に怒っていない。故に許すとか許さないとかは関係ないのだ。


 崇拝にも似た眼差しは、どこかの誰かと重なる。


 ──オルゼのほうがもっと輝いていたかな。


 瞳の奥だけではなく、全身からオーラが出され無闇に近づきたくはなかった。


 目が合わないように斜め下辺りを見ていると、王妃様が手を合わせた音にふと顔を上げた。


 「シオン嬢が緊張しているようだから、三人は外で待っていてくれるかしら」

 「「かしこまりました」」


 横一列に並んでいた三人は寸分の狂いなく、見事なお辞儀の後に音を立てずに退室。


 残された私は王妃様と向かい合い、ノアールはお菓子に興味津々。


 ──実はノアール、食いしん坊だったんだ。


 皮肉なことにお金と地位があったあの頃は満足な食事を摂ることも出来ずに、全てを捨てた今では好きな物が好きなだけ食べられる。


 馴染みのお菓子とも再会を果たした。


 「ふふ。ノアールのお菓子はこっちよ」


 別の小皿に用意された専用のお菓子。


 なんと、レイはノアールを撫でたときに鑑定をしていて、何でも食べることが判明していた。


 好き嫌いがないどころか、ノアールにとって毒となる食べ物もない。私と同じ食事を摂っても大丈夫。


 王妃様御用達のお店は別格。口どけなめらかで、味がしっかりしているのに、しつこくない。


 一枚食べるとすぐに次が欲しくなる。気付けばお皿は空になっていた。


 私も食いしん坊だったのか。


 少食のはずなのに、美味しい物には胃が大きくなるなんて。贅沢だなぁ。


 これまでの人生。美味しい物とは縁がなったもんね。


 育ち盛りの五歳児でも見るかのように、王妃様は微笑む。


 色違いの花柄の四角い缶の中には、まだまだおかわりが用意されていた。今度はさっきよりも多くお皿に盛り付けくれる。


 ──食いしん坊キャラに認定されてしまった。


 ノアールは無我夢中で食べ進め、私は恥ずかしさのあまり手を膝の上に乗せたまま。


 こんなに美味しいお菓子を前に我慢なんて酷であるけど、私にも意地はある。これ以上の醜態は晒さない。


【シオン!これも食べていい!?】


 手付かずの私のお皿に狙いを定めた。うるうると上目遣いで強請られると嫌と言えるわけがない。


 このあざとさを自在に扱えるのだとしたら、なんて知能犯。


 「あら。ノアールはいっぱい食べるのね」


 王妃様は小さく笑いながら缶に入っているお菓子を全部取り出した。キラリと目を光らせながら飛びつく。


 幸せそうなノアールを見ているだけで胸がいっぱい。


 「ところで。なぜ私は連れて来られたのですか」

 「シオン嬢とお話がしたかったの」

 「私と、ですか」

 「招待状を出さなかったことはマナー違反だと自覚しているわ。ごめんなさい」

 「いえ。私なんかでよければ、あの……いくらでも時間作るので」


 特訓とリンゴの収穫だけの日々。


 ここはプライベート空間であり、これは完全なるお茶会。事前にお知らせをくれたら心の準備は出来る。


 いきなり拉致されたときはどうなることかと思ったけど、怖くはなかった。


 いざとなれば助けは求められたし、それに。リーネットの人々が私に危害を加えるはずがない。


 出された紅茶はそんなに甘くなかった。お菓子に合わせて少し渋みではあるけど、上品な味わい。味を整えられるようにミルクも用意してくれている。


 紅茶には詳しくないけど、かなりの種類があって、淹れ方も茶葉の量、蒸らし時間、湯量で味が全然違うことに感心と驚きの連続。


 私はせいぜい、レモンティーとミルクティーぐらいしか知らない。しかもペットボトルの。ティーバッグですら飲んだことはない。


 季節問わず炭酸ジュースばっかりで。ご飯前に飲むと、よくお母さんに怒られた。お母さんのご飯は美味しいから残さず完食していたけど。


 「シオン嬢はレイのこと好き?」

 「ゴホッ!っ……え!?」


 ──何を言い出すかな、このお方は。


 むせて咳き込んでいる間も王妃様の微笑みは変わらず。


 待って待って。私がレイを好きだと思われているの?


 好意を寄せた瞬間なんて一度もない。あ……いや、まぁ。それはそれでレイに失礼か。


 答え方を間違えたらレイに迷惑がかかる。文字通り、人生の全てを捧げ忠誠を誓った。


 ない頭をめいいっぱいフル回転させた。


 「好きですよ。オルゼもスウェロも。もちろん、国王陛下ご夫妻も。このリーネットに住む全員」


 嘘はついていない。私はみんな好き。恋愛ではなく人として。


 優しくて温かい。一人一人が太陽のように眩しくて。そんな幸せな笑顔を守りたい。


 「恋愛感情で聞いたつもりだったんだけど」

 「私は誰かを好きになったりしません。絶対に」

 「そう。私の勘違いだったようね」

 「…………ちなみに。好きに見えました?私がレイを」

 「全然」


 なんて愛らしい笑顔。無邪気で純粋無垢。オルゼとスウェロに似ていて、親子なんだと実感する。


 紅茶のおかわりを自分で淹れる王妃が、この世に何人いるのか。


 侍女を外に出したから自分でやるしかないんだろうけど。手馴れてるんだよね。淹れ方というか。


 国で国王と同率で偉い人が、自分のことを自分でやるのがなんとも。下級貴族にだって最低でも一人の侍女は付いているのに。


 私はいなかったけど。態度の悪いメイドが、代わる代わる鬱憤を晴らすように私に強く当たる。


 私に何をしても公爵家の後ろ盾があるから恐れるものがなかった。殺しさえしなければ何をしてもいい。


 侯爵家から来た使用人は侯爵から命令を受けて私をいじめていたんだろうな。


 公爵は政略結婚だとしても妻の実家を蔑ろにするようなバカではない。侯爵なら使い勝手もいいだろうし。


 それなりの地位にいるため権力もある。繋がっておいて損はない。実質、使用人をクビにしても角が立たないように侯爵家に返すという形を取るだろう。


 追い出されたメイドはただの雇われだったから、新しい働き口が見つかるはずもない。


 結婚するにしても既に無能の烙印を押された女性を迎え入れてくれる心の広い男性がいるかどうか。


 「シオン嬢の好きなタイプ。教えてくれる?」


 まさかの王妃様と恋バナ。逃げられるわけもないので観念する。


 好きなタイプか。ちゃんと考えたことはない。抽象的にカッコ良いとか優しいとか。ありきたりなことばかり。


 意外に難しい質問だ。


 私が愛しているのはノアールだけであっても。人間と恋をする、“もしも”があったとして。


 王妃様に聞かれたタイプとは別に思い浮かぶのはリーネットで出会った人達。


 優しいだけではない。私の気持ちに寄り添ってくれて、時には代わりに怒ってくれたり。傷つき苦しいときは手を添えてくれる。


 溢れんばかりの愛情(やさしさ)で包み込んでくれる彼らの魅力を表せない。


 みんながみんな良さがあり、それぞれの魅力に惹かれていく。


 彼らに恋人の一人もいないことが謎なぐらいだ。


 「ごめんなさい、王妃様。どうにも私の理想は高いみたいです」

 「あら。ノアール以外に心を射止められる殿方がいるなんて」

 「いいえ。私の愛はノアールだけのものです」

【みゃ?】

 「ただ、人と恋をするならと考えたら、レイやオルゼ、エノク。騎士団の方々、国民一人一人が真っ先に思い浮かぶんです。彼らの良さ全部を兼ね備えた完璧超人なんて、この世にいないんですけどね」


 好きになるなら彼らのような人がいい。


 単純に言ってしまえばそういうことだ。


 誰か一人と恋に落ちなければ世界が滅ぶとなったら、誰を選ぶのかは私にもわからない。


 もしかしたら、選べないかも。彼らがあまりにも魅力的すぎて。


 「シオン嬢にとってリーネットは心休まる場所ってことかしら」

 「心温まる場所でもあります」


 どこにいても誰といても楽しいと思える。


 大前提としてノアールが傍にいてくれるからなんだけど。


 ずっとずっと遠くの国なら、私を受け入れてくれる国があるだろうと、ふんわりとした考えだった。移住の許可さえ貰えたら、放置される覚悟だったのに。


 雨風が凌げて、その日の食事にさえ困らなければどこででも生きていける。


 ノアールと二人一緒。爪弾きには慣れっこ。


 想像もしていなかったんだ。こんな風に毎日、笑顔を絶やさない日がくるなんて。


 「シオン嬢が今の生活に満足していることはわかりました。それでも。私達に出来ることがあったら、何でも言って欲しいの」

 「お気持ちは嬉しいのですが。なぜそこまで、私に良くしてくれようとするのですか」

 「貴女の未来を幸せにしたいから」


 プロポーズにも似た言葉をくれる王妃様の微笑みはとても美しく、私が男だったら惚れたいレベル。


 同性の私がこんなにもドキドキしているのだ。夫である王様は毎日、惚れ直しているに違いない。


 好きな人をもっと好きになるのはこの上なく幸せ。


 熱を鎮めるべく冷めた紅茶を飲んだ。一息つきながら次の話題を探す。


 私と王妃様の共通する話題か。うーん。何があるだろ。


 「あ、そうだ。王妃様にお聞きしたいんですけど。どうやったらレイに、レディー呼びをやめさせられますか」

 「シオン嬢は名前で呼ばれたいの?」

 「出来るなら」


 顔には出さないだけで、実は恥ずかしいのだ。レディーと呼ばれるのは。


 接してわかったことは、レイはあまり女性と関わることがない。騎士団員にも女性騎士はいない。


 ナンシーのことは信頼出来る部下としか思っていないようで。


 「彼は私のことも、王妃殿下って呼ぶのよ。義姉様って呼んでくれたことは数えるほど」

 「嫌じゃないんですか?家族なのに」

 「嫌だったわ。彼はいつだって線を引くのよ。線の向こう側にいる私達に忠誠を誓い、敬意を払うことばかり。私も夫も家族として過ごしたいだけなのに」


 困ったようにため息をついた。


 こんなにも大切にされているのに、自分なりに線引きをして輪の中に入らないレイに怒りを覚える。相手が望んでくれているのだから、素直に甘えたらいいんだ。


 そりゃあさ。線引きは必要かもしれないけど、仕事のときだけでいいじゃん。プライベートにまで持ち込むなんてバカだよ。


 「嫌いになったかしら?レイのこと」

 「え?」

 「随分と怒っているようだから」

 「怒ってるだけです。私なら……。私がレイの立場なら泣いて喜ぶのに」


 夢にまで見た家族。


 共に食卓を囲み、兄と、父と呼ぶことを許される。


 憧れるだけだった家族になれるのだとしたら、一生分の幸せを神に還してもいい。


 自分の発言が失言だったと気付いたのは王妃様の笑顔がドス黒いオーラに包まれていたのを見てしまったとき。


 笑みを浮かべたまま、じっと紅茶を見つめる。何を考えているのか。菖蒲(あやめ)色の瞳は瞬きをせず、それが怖い。


 「後悔と懺悔。どうやって償わせようか」なんて物騒なことを呟く。スウェロの母親だと認識させられる。


 王妃様は水魔法だけしか持っていないけど、水は恐怖心を煽るには最適。


 わ、話題。話題を変えないと!


 温室を見渡してもあるのは花。異世界ならではの変わった花はなく、私もよく目にする普通の花が咲き誇る。


 今は夏なのに冬の花が咲いているのを見るに、季節はあまり関係ないみたい。


 色とりどりの春夏秋冬の花が並ぶのは圧巻。写真に収めなくても目に焼き付けてさえいれば、いつまでも思い出として記憶に残る。


 「あれ?」


 眠るような蕾のままの花がある。それらは全て白色。

 私の視線は既に蕾に釘付けなっている。


 どんな花が咲くのか。気になる。


 毎日、通うと王妃の迷惑になるよね。仕事だってあるだろうし。かと言って温室だけを見せてほしいと言うわけにもいかない。


 「その花が気になるの?」

 「はい。どうして咲いてないのかなって」

 「その花はね。満月花って呼ばれていて、満月の光に照らされたときにだけ花を咲かせるの。それ以外は蕾のまま」


 月ではなく満月。


 私の知っている満月花は月下美人って名前が付いていたような。


 実物を見たことはないけど一日しか咲かない花で、朝が一番綺麗に咲いて午後か夕方には萎んでしまう。


 ここにある満月花は萎むことなく、光に当たるまでは蕾のまま眠る。花が咲く時間は五分とかなり短い。


 ──夜の間ずっと咲いているわけではないのか。


 色は赤、青、黄、緑、ピンク、オレンジの五色。その日その日で色は代わり、全ての満月花が同じ色の花を咲かせる瞬間はごく稀で、満月花は別名「奇跡の花」


 満月の光でなく三日月の光だと、蕾はキラキラと光り、とても神秘的。その美しさに心を奪われない者はいないほどに。


 「もし良かったら満月花、持って帰る?」

 「え?いや……いやいや!そんな貴重な花を頂くわけには!!」

 「いいのよ。シオン嬢が嫌じゃなかったら、ぜひ貰って欲しいの」

 「ほんとに……いいんですか?」

 「もちろん」


 満月花の花の大きさはバラバラで、一番大きく咲く蕾を貰うことになった。


 別の植木鉢に植え替えて、後から従者が運んでくれる。


 注意しなくてはならない点があり、日中も窓辺に置くときは太陽の光に当たらないよう厚めの布を被せておかないといけない。


 花が咲く瞬間を独り占めするつもりはなく、夜になったら外に置いてノアールとメイと三人で見よう。


 「シオン嬢。また私とお茶をしてくれるかしら?」

 「はい。私でよければ。……あ、でも。次からは事前にお知らせしてくれると助かるのですが」

 「ええ。それはもちろん。私がどうしてもシオン嬢とお話したかったから、今日は無理に連れて来てしまったけど」


 予定らしい予定はないからいいんだけどね。


 私なんて日々忙しいみんなから比べたら、もう全然。


 「次からはシオン嬢の都合の良い日を聞いてからにするわ」

 「ありがとうございます」


 王妃様は目を細めて小さな笑みを浮かべた。


 「美味しいお菓子も沢山、用意しておくわね」


 それはどっちに言っているのだろう。


 やたらと私と目が合っているということは、私にだよね。


 うう、食いしん坊キャラ認定されてしまった。


 「ノアールと三人で、また楽しい時間が過ごせるなんて夢のようだわ」


 三人。


 王妃様の口から当たり前のように出たその単語に驚きと嬉しさがごっちゃになった。


 ノアールは動物で、数え方だって一匹になる。それが悪いわけではない。正しいのだから。


 私が勝手にモヤモヤするだけで。


 「ノアールのこと、あの……」

 「ノアールは大切な家族なんでしょう?」


 王妃様と細く長い指がノアールの頭を撫でる。優しく、そっと。大切な物を扱うかのように。


 ノアールも自分から頭を頭を押し付けるようにグリグリしている。


 「大切な家族を区別するような呼び方はしないわ」


 ──王妃様めっちゃ好き!!


 と、叫びたいのを我慢した。


 私がノアールを家族として大切に想う気持ちを、大切にしてくれる王妃様にキュンと胸が高鳴る。心臓を射抜かれるって、こういうことだ。


 私の感情はノアールにも充分に伝わり、愛らしい声で鳴いては王妃様の指をペロペロ舐める。


 「あら。私のこと気に入ってくれたのかしら?」


 嬉しそうに笑う王妃様にノアールも満面の笑みを向けた。言葉を失う可愛さに王妃様もやられてしまい、軽く咳払いをして対面を保つ。


 プライベート空間でもポーカーフェイスを崩さないなんて。


 ノアールの可愛さに勝るものなんて存在せず、感情を爆発させたところで引いたりはしない。


 思う存分、愛でてもいいのに。


 「シオン嬢。先程の質問だけど。レイに名前で呼んでほしいなら簡単よ」


 もうすっかり忘れていると思った。


 怒りに身を焼かれ、私の代わりに彼らにどうにか罰を与えようと思考を止めない。


 何気ない質問だったから、私自身も答えが返ってきたことに驚いている。


 「名前で呼んでくれないなら、これからは宰相閣下と呼ぶって、脅せばいいのよ」

 「そっか!なるほど」


 何とも簡単な答え。レイは王弟や宰相といった身分や役職で呼ばれることを好まない。脅しとしては効果覿面。


 私以外の女性は「レディー」と呼ばれることに抵抗はないらしく、むしろ、話が出来るだけで幸せなんだとか。


 魅力溢れるレイは、好意というよりかは憧れや尊敬の念が多く寄せられる。


 ──つまり“推し”ってことだね。


 どうりでリーネットの女性はレイの婚約者の座を狙わないわけだ。


 望まぬ結婚をしてほしくないファン……女性達は静かにレイを見守ることに決めた。


 誰にでも優しいレイだからこそ、誰も勘違いをしない。自分だけが特別であると。


 「じゃあ、行きましょう」

 「え?どこに……」


 立ち上がった王妃様はノアールを抱き上げ、私の手を取り嫌な予感しかしない、それはそれは美しい満面の笑みを浮かべていた。


 この手を早く離さなくては。


 頭ではわかっているのに体は動かない。


 なんとなく、次に言うであろう言葉は想像がつく。


 「レイのとこ」


 え、なんで?嫌だ。


 全力でお断りしたいのに、私にはそんな勇気がない。


 外で待機していた侍女に指示を出す。片付け、満月花を鉢に移して私の家に届ける準備。次のお茶会のために新しいお菓子の買い出し。


 王妃様の侍女に選ばれるだけあって、的確に動く。信頼に応えることが当たり前になっているのか、一切の無駄が感じられない。


 手は繋がれたままレイがいると断言した応接室へと進んで行く。

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