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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第三章

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番外編 世界から光が消えた日、悪女は生まれる

 部屋の扉の前に置かれた一通の手紙。差出人は書いてないけど、宛名は私。


 封を切り、中身を取り出す。


 「ノアール!見て!誕生日パーティーの招待状よ」

【みゃ?】


 初めてだ。貰ったの。お茶会の誘いは何度もあったけど、誕生日パーティーなんて。


 嬉しくて、はしたなくベッドの上で飛び跳ねる。


 しかも。クロフィリッツ・ブルーメル侯爵。お母様の父親、お祖父様の。


 私がお父様とお母様、どちらの属性も受け継ぐことなく闇魔法だと判明したあの日から。私の居場所は益々なくなった。


 ノアールがいてくれるから寂しい……わけでは……ないけど。


 ブルーメル侯爵はお母様を本当に大切にしていて、私を産んで亡くなったことをひどく嘆き悲しんでいた。何日も部屋に閉じこもり、お母様の後を追うのではないかと心配されるほど。


 気分転換にと、数年経てば屋敷に足を運ぶことが増えたけど私と顔を会わせることはない。


 クローラーお兄様とラエルお兄様だけが孫であると、私にも聞こえるように言っていた。


 お母様の子供でもあるお兄様達と接することで次第に元気と笑顔を取り戻した。


 パーティーは今日の夕方五時。場所はグレンジャー家の食堂。


 時計を見た。もうあまり時間がない。


 初めて招待されたのに遅刻したら失礼だ。


 最近買った新しい緑のドレスに着替えた。


 髪は可愛く編み込みをしたいけど、私は手先が器用ではない。使用人に頼んだら髪を引っ張られてボサボサにされるだけ。


 みすぼらしくならないようにクシで髪をとかす。


 好きではない自分の姿を鏡でチェックする。よし、おかしなところはない。


 ノアールも連れて来ていいと書いてあるから一緒に行く。


 抱っこすると毛が付いてしまうため、今日は自分で歩いてもらう。


 私の喜びが伝わっているかのようにノアールの足取りも軽い。


 食堂に着くと緊張で震える手でノックをした。声が裏返らないように、ゆっくりとハッキリと名前を告げる。


 私には大きな扉を自力で開けて中に入った。


 怖さからギュッと閉じていた目を開く。


 席が一つ空いている。でも、私の席ではない。


 「あら。本当に来たわ」

 「立場を理解していないのかしら」


 招待されたのはブルーメル侯爵夫妻を除くと、次女夫婦のティリー侯爵夫妻、三女夫婦のプレセルヴィ伯爵夫婦。


 ブルーメルの血筋は皆、お母様と同じ緑色の瞳をしていた。


 鮮やかな緑色は夏の訪れを感じさせるような爽やかな色でもある。


 「それに見て。あのドレス。まさか私達の瞳の色を表しているのかしら」

 「まぁ!なんていやらしい子なの。姉様を殺しておいて、よくもそんな無神経なことが出来るわね。信じられない」


 私は誰の色も受け継げなかったから、せめてドレスだけでもと思った。


 自分の色が醜いことぐらい、誰よりも私が一番よく理解している。


 体がやけに熱くて、心臓がいつもよりうるさい。


 「ふふ。しかもあれって、平民御用達の安物じゃない?」

 「公女のくせに、あんな物を好んで着るなんて」


 ──え……?


 平民?


 だってあの商会はお兄様が呼んでくれた。それに!商人だって一言もそんな……。


 ブレットと名乗った商人は初めての顔合わせで私と目が合わなかった。声や手が震えているのは緊張しているからだと思っていたけど、公女である私に平民用の商品を売りつけることへの恐怖。


 そんな大それたことを彼一人で出来るわけがなく。クローラーお兄様に命令されたのだと、嫌でも気付いてしまう。


 私には貴族が買う物の相場の値段なんてわかるわけもない。


 普段の恰好と比べたら上質で、すっかり国で一番の商会なのだとばかり。


 私にとって精一杯のお洒落は、叔母様達からしたら、みすぼらしいと何ら変わりない。


 途端に恥ずかしくなり俯く。下唇を噛みドレスをギュッと握った。


 アクセサリー一つない私は、貧乏の平民が無理をしてドレスを買ったようにしか見えない。


 そこに、一人分の影が近づいてきた。


 顔を上げるとクローラーお兄様がすぐ目の前に立っていた。


 「お兄、様」

 「誰がお前の兄だ?穢らわしいことを口にするな!!」


 怒りの感情に左右され、真っ赤な炎がクローラーお兄様を包む。


 炎属性を持つ人は怒りや憎しみが頂点に達すると、感情が可視出来るように炎が体を包むことがある。そんな現象は滅多に起きるものではない。


 人間の感情が頂点に達すること自体があまりないからだ。


 「お前のような者が生まれただけでもグレンジャー家の恥晒しだというのに、兄などと呼ばれると虫酸が走る!!」

【シャァーッ!】


 怒りの感情が爆発寸前、ノアールが間に割って入る。


 「まぁ!何なの、その穢らわしい獣は!?ただでさえ不気味な色をしているくせに、真っ黒な獣まで!私達に対する嫌がらせのつもり!?」


 お祖母様が叫ぶと、同調するように他の人もノアールの否定を始めた。


 連れて来ていいと招待状に書いてくれていたのに。


 心ない言葉の数々が飛んでくる。


 やめて。この子は何も悪くない。


 黒に生まれた。そんな理由だけで奪われそうな小さな命だったの。


 動物だって人の言葉は理解する。わかるわけがないと思うのは人間の傲慢。


 お願い。酷い言葉を投げないで。


 「嫌だわ。この獣、私達に威嚇してる」

 「ハッ。野蛮だな。まさか俺達を襲わせるつもりか?」

 「違っ……」


 声が出ない。


 心臓の音がこんなすぐ近くで聞こえるなんてなかった。


 鼓動が速い。目の前がグルグル回り始める。


 「お前のような欠陥品如きのせいで私の娘が死んだのだぞ!詫びることもなく、のうのうと生きよって。恥を知れ!!」


 お祖父様の目は本当に憎い者を見るように私を蔑む。


 祝いたかっただけなんだ。嫌われたままでもいいから、一言だけも「おめでとう」と。


 私もお母様の子供で、お祖父様の孫だから。


 「少しでも姉様に悪いと思っているなら、顔を出さないのが普通よね」

 「常識がないのよ。だって一度も謝罪の手紙一つ寄越さないんだもん。私が逆の立場なら、お父様に許されるまで毎日、何百通でも手紙を書くし、入れてもらえないとしても屋敷の前で頭を下げ続けることもするわ。それが人を殺した人間の取るべき行動じゃないの?」

 「衣食住を与えられて好き放題過ごして。公女だから何をしても許されるなんて思ってるんじゃないでしょうね?貴女が姉様を殺した事実は一生消えないのよ!!」

 「一体、何様のつもりなのよ」

 「公女様、だろ。何せ、この国でたった一人の公女ときた。さぞ、いいご身分なんだろうな。人殺しのくせによう」

 「ご……ごめん、なさい。生まれてきて……ごめんなさい。生きてて……ごめんなさい」


 やっとの思いで絞り出した言葉。それが精一杯だった。


 次に喋ってしまえば涙が溢れてしまいそうで、もう口が開けない。


 私は来るべきではなかったのか。


 向けられる冷ややかで鋭い視線は刃物となり体に突き刺さる。


 威嚇するノアールを抱き上げて踵を返す。


 食堂を出ようとすると使用人に足を引っ掛けられて、派手に転んだ。ノアールは潰れなかったけど、顔から倒れた。


 立ち上がって使用人を睨むと、嫌悪感をあらわにしたクローラーお兄様の手が近づいてきて、バチンという音と共に頬に痛みが走る。


 「自らの不注意を他人のせいにするな!!」


 見えて……いなかったのだろうか?


 そんなはずはない。私は今、ハッキリと転ばされたのだ。


 クスリと嫌な笑みを浮かべるメイドの顔は多分一生、忘れられない。


 もしここに顔も知らないお父様がいたら、あの使用人を罰してくれただろうか?


 つい期待をした(ゆめをみた)


 そんなわけないのに。


 私が生まれてから一度も会ってくれないお父様。


 まるで私の存在を認識していないかのように、たまに帰ってきてもお兄様二人としか顔を会わせない。


 きっと私だけだ。お父様と会ったことがないのは。


 ──私だって家族(むすめ)なのに……。


 今日は仕事を早く片付けてお祖父様のために駆け付けるのだろう。


 人の会話を盗み聞いて想像するだけ。


 仕事が出来てカッコ良くて。五大魔法を持ち王族からの信頼が厚い。


 お母様とは政略結婚で二人で一緒にいるとこはあまり見かけなかったけど、私が殺さなければ国王陛下夫妻に次ぐおしどり夫婦になっていたかもと。


 面と向かって言われたことはないけども。屋敷にいる全員が私を批判した。


 使用人の中にはブルーメル侯爵家からお母様が連れて来た人も何人かいる。


 その人達からは特に当たりがキツい。すれ違うとわざとぶつかってくるときも。


 私はお母様の子供である前に、お母様を殺した罪人。歩み寄ろうとしたところで、心を開いてもらえるわけもない。


 ──私さえ、いなければ……。


 何度もそう思うことはあった。


 私が生まれなければきっと、ここにいる全員、毎日を笑顔で幸せに暮らせていたのだと。


 「来なさいクローラー。そんな物を触れた手では食事は出来んだろ」


 お祖父様の透明な水魔法がクローラーお兄様の手を消毒した。


 私は人間扱いすらされない。明確な表現をするなら、汚い物。家畜以下。


 心臓が痛い。視界が歪む。


 ここにいたくない。


 私のことなど眼中にない様子で、まるで家族団欒のような温かい雰囲気が食堂に漂う。


 悲しい気持ちになりながらも、場違いである食堂から出ることが正しい行動。


 丸めて落ち込んでいた背中にお祖母様の土魔法が直撃する。強すぎる反動で体が吹っ飛んだ。


 手加減をしていたとはいえ、無防備だった私には充分すぎる威力。


 私が完全に出たところでお祖父様が水を張り空間そのものを消毒する。


 容姿は他の人と異なるけど、毎日お風呂には入っている。あそこまで拒絶反応を起こされるほど汚くはない。


 存在が穢らわしければ、汚いのかもしれないけど。


 席に着くことはおろか、来たことさえ否定されるのであれば、なぜ招待状を渡したのだろう。



『あら。本当に来たわ』



 叔母様の言葉を思い出す。


 私が来るかどうか賭けていたんだ。


 来た時点でどんな恰好をしていようとも貶すつもりで。


 来なかったら来なかったで批判される。人の厚意を無駄にしたと。


 ──どうして私だけがこんな目に……?


 私が生まれたことによりお母様が死んだから?


 それならば。私のことを殺せばいい。


 気の済むまで痛めつけた後に、罵詈雑言を浴びせながらひと思いに首でもはねてくれたのなら。


 あの人達は死の間際に呪われることを恐れているのだろうか。


 だとしたら心配しなくていい。


 死んでいく中で私は誰も呪ったりしないのに。


 魔法を使われることを恐れるのであれば、魔力封じの手錠をはめたらいい。罪人のために作られた魔道具。


 だって私は彼らからしたら罪人。かけられたところで、もう悲しくはない。


 殺してしまう正当な理由なんて、後からいくらでも作れる。


 私はそれを受け入れたらいいだけ。反論したところで、誰にも声は届かない。


 飲み込んで、受け入れて。最期の瞬間には目を閉じて何も見ないようにすればいい。


 空の青さも世界の広さも。私を恨み憎む人の顔さえ。


 最期の景色は暗くていい。


 そういう世界で私は生きている。


【みゃー…】


 泣いたらダメだ。


 心配そうに鳴いたノアールに笑顔を見せた。


 涙を我慢しているせいか、喉が焼けるように痛い。口を開いたら泣いてしうから、必死に堪える。


 肉球が頬に触れて、慰めてくれているみたい。


 クスクスと笑い声が聞こえる。


 振り向いて確かめる勇気はなく大人しく自分の部屋に戻ることを決めた。


 だってきっと、振り向いたらお祖母様だけじゃない。他の人からも攻撃される。


 お母様の瞳の色を受け継げなかった私の黒い忌み色。


 背中はヒリヒリ痛むけど、心の痛みとは比べ物にならない。


 バタンと閉められた扉。私は完全に除外された。


 嘲笑うためだけに作られた招待状は、クローラーお兄様の炎魔法で灰となった。


 もうこの世に存在していた証拠はない。これで、私は勝手に来てはパーティーを台無しにしようとした無礼者。


 扉の向こうからは私をバカにする会話が繰り広げられる。


 往生際悪く伸ばそうとした手は中途半端な所で止まった。


 開けてどうなるのだろう。同じことを繰り返すだけ。


 しばらくして、中の会話が聞こえないように魔道具が発動された。


 私は……。私だけが蚊帳の外だ。


 ──早く戻らなくては。


 いつまでもここにいたって、中に入れてもらえるわけではない。


 石のように重たくなった足でどうにか部屋に辿り着いた。


 少しでも繋がりを感じたくて選んだドレスを脱ぎ捨てて、いつもの部屋着に着替える。


 クローゼットにしまわれたドレスは平民のための物。貴族(わたし)が袖を通す代物ではない。


 ──私は生まれてくるべきではなかった。


 本当はもう、ずっと前から知っていたことなのに。


 期待をしていたのかな。いつかは時間が、全てを解決してくれると。


 伸ばした手を掴んでもらい、引かれた線の内側に引っ張ってくれると淡い夢を見ていた。


 心臓がうるさくなくなると、次第に感じていた痛みも消えていく。


 体の感覚がなくなる。


 ──もう……いいよね。


 生まれたこと、生きていることが罪である私なんかが今日まで……。


 恨まれることはあっても、殺されることはなく。


 生きることさえ許されないのに、生かされ続けるのはなぜ?


 私がいないほうが文字通りの幸せなのだから、好きなように殺せば気持ちはスッキリする。


 不安定な状態よりも心晴れやかのほうが生きやすい。


 「ねぇ、ノアール。お腹空いたの。悪いんだけど、果物を持って来てくれる?」

【みゃー!】


 とびきりの笑顔でいい返事。


 部屋が一階のおかげで、ノアールは窓から自由に出入り出来る。


 屋敷内を一人で出歩いていると、どんな目に合わされるかわかったもんじゃない。


 いちいち外に出るのは面倒だけど、ノアールが気にしていないのが幸い。


 どこから果物を採って来ているのかはわからないけど、使用人達が騒ぎ立てないってことは厨房から盗ってきているわけではないのか。


 部屋の鍵をかけてベッドに横になる。


 全身の力を抜いてリラックス状態。


 生まれたことよりも、生まれてくることを祝福されなかった私に存在価値はない。


 いつかはきっと、愛してもらえるのだと夢を見るのはやめた。


 認めてもらい、家族になる日はこない。永遠に。


 そんなこと、とっくに知っていたじゃないか。


 それなのに。バカの一つ覚えみたいに縋って。


 必死に手を伸ばしても振り払われ、最終的には見向きもされなくなったら終わり。


 引かれた線を私には超える資格がない。


 遠くから眺めて羨んで。


 私の人生に“幸せ”なんてものが存在するわけもなく、これからの未来は今と同じか、それ以上に、ただ苦しくて痛いだけ。


 一生痛みと共に生きていかなくてはならないのであれば、私は生きていけない。


 生を諦めるには、今日という日は充分すぎる。


 私なことが嫌いならいっそ、「死んでくれ」と言ってくれれば良かった。


 私に対して何かを望んでくれるのなら、喜んで死んであげるのに。


 誰にも愛されることなくこの世界に取り残されるぐらいなら……。


 心はとっくに限界を迎えていた。


 愛して欲しかった人達からの明確な拒絶は心を抉ったのではなく、バラバラに砕いた。粉々に踏み付けられた。


 元に戻そうと拾ったところで、形のなくなった物は消えてなくなる。


 どんな暴力よりも目に見えない言葉の数々が心臓を深く抉った。血なんて一滴も流れていないのに、痛みだけは鮮明に続く。


 数秒。息を止めただけで死が目の前に迫ってきた。


 大袈裟に空気を吸い込んでは生を確かめる。


 ──怖い怖い。


 死ぬことがではない。死んでノアールを独りにすることが。


 あの子には私しかいない。苦しく痛いだけの世界で巡り会った、唯一愛した存在。


 せっかく二人ぼっちになったのに、また独りぼっちになったら今度こそ、あの子は生きてはいけない。


 死にたいと死にたくない。二つの想いが激しくぶつかり合う。


 粉々になったはずの心が、黒い影に変化する。体の内側から徐々に広がっていく。


 それは闇。飲み込むのは私。


 世界が色褪せた。


 目を閉じると、そこは暗くて狭い。冷たい空っぽの世界。


 痛みはないはずなのに、涙が零れた。


 カタリと音がして、ノアールが帰って来たのがわかる。


 食べやすいブドウをくわえていた。私が好きだと言ったのを覚えていてくれたんだ。


 ポトリと落としてはベッドに飛び乗ったノアールは流れる涙を舐めた。


【シオン!ぼく!喋れるようになったんだよ!】

 「ノアール?ふふ、そっか」


 触れたくて手を伸ばす。


 この世界で私の傍にいてくれる唯一。


 頭を撫でるとノアールの瞳に一瞬の動揺が見て取れた。


【あのねシオン!ぼくね!シオンのこと、だぁーい好き!!世界で一番、愛してる!!】


 それは私がずっと欲しかった言葉。


 太陽のように眩しくキラキラとした笑顔につい目を細める。


 「私も……好きよ。愛してるわ、ノアール」


 走馬灯なんて綺麗な思い出はない。


 あるのは痛みと苦しみと、ノアールと出会った少しの喜びの日々。


 ──ごめんね、ノアール。


 貴方を一人置いて、私はもう二度と心が傷つかない、暗い闇の中で生きていく。


 いつか誰かが私を殺してくれると願い、壊れた人形のように。


 でもね。安心して。決して独りぼっちにだけはしないから。







 もう二度と貴方達を兄と、父とは呼ばない。家族になりたいとは言わないから。


 だからどうか私を……放っておいて。


 貴方達の世界に足を踏み入れない。世界が望む通り、私が悪となってあげる。


 嫌われて蔑まれるだけ。


 公女としてお金を使おう。対して欲しくもない宝石やドレスをいっぱい買って。


 私が攻撃される理由も作ってあげる。癇癪を起こしやすく、些細なことで怒って。平民出身である使用人に魔法を使うことも躊躇しない。 他人を踏みつけては嘲笑う。


 ──私の存在理由なんて、それしかないのでしょう?


 私はもう傷つかない。何を言われても、何をされても。


 だって相手(わたし)が悪なら全ての行動は正当化される。暴言も暴力も。正義として。


 正義を遂行するには崇高な理由がいる。


 その理由が、私なんだ。


 助けてなんて口にはしない。


 自分を守る言葉は飲み込んで、憎まれるだけの存在になるのなんて息をするよりも簡単。


 私はただ、生きていればいいのだから。


 膝を抱えて極限まで暗い世界を狭めた。


 何も見ないように目を閉じ、何も聞かないように耳を塞ぐ。


 閉じこもってさえいれば、誰かに助けてもらえるなんて、甘い考えは捨てられる。


 私は選んだ。暗くて黒い、ずっとずっと深い底に沈むことを。


 たった一つの願いは光を失う。


 ──何を願ったんだっけ?


 どうでもいいや、もう。どうせ願いは聞き届かない。叶うはずのない願いは、夢と同じ。


 一片の光もない世界は心地良いと同時に寂しさが心を覆う。あるはずのない心に冷たい風が吹き込む。


 もう一人の自分が神に願う。忘れてしまった、叶えて欲しい願いを。










 「どうか、私を……。愛して(ころして)










 その日の夜。世界中から月と星が一斉に消えたことを、私は知らない。

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涙とまんない………。・゜・(ノД`)・゜・。
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