二人の王太子【アルフレッド】
シオンがいなくなった。
一ヵ月以上が過ぎてもシオンの情報が一切入ってこない。
この国の人間は噂が大好きで、一度たりとも噂の中心となるシオンを見ようともしない。
一人の勇気ある商人の行動により、シオンの悪評は薄れ、同情の声が上がる。
味方という表現は違うかもしれないが、少なからず本当のシオンが根っからの悪女ではないと信じる者は多い。
噂が流れ始めたのはシオンの消息が絶った後。誰もシオンの姿が記憶にない。
──あんなにも美しい白銀の長髪と漆黒の瞳だ。嫌でも目立ってしまうんだが。
国を出たのか、出ていないのか。せめてそれさえわかれば。
わかって……どうするんだ?
僕にシオンを連れ戻す権利なんてないのに。
いなくなることを決めたのはシオン自身。ならば、その決断を否定して意見をぶつけた挙句に望まない不自由で拘束するのはルール違反。
秘密留学するに当たって僕を預かってくれたのはアース殿下の護衛騎士でもあるグラン伯爵。
結婚願望がないわけではないのに未だに独身。
貴族は必ずしも結婚しなくてはならないわけではない。独身でも悪いことはないんだけど。
後継者問題は本当の養子を迎えれば解決する。
「で。アース殿下はご存知なんですよね?シオンの居場所」
ただの小伯爵であれば王太子殿下と頻繁に会うことは難しいが、護衛騎士の息子という肩書きがあれば共に王宮に出向き顔を会わせて話をすることに大した疑問は持たれない。
アース殿下の部屋に招かれ、グラン伯爵は外で待機。部屋には二人きり。グラン伯爵は僕の正体を知っているからこそ、こうして二人でいることを許してくれる。
「えー。知らないよ」
満面の笑みで即答。それは知っている人間の反応。
息をするように防音魔法を発動するアース殿下には恐れ入る。
使い慣れた魔法の発動は意外と簡単ではないのだ。慣れているからこそ、イメージが雑になることも多い。
アース殿下の魔法は常に正確で的確。
──まぁ、兄上のほうが魔法使いとして優れていると、僕は思うけどね。
「ねぇアル。居場所を知ってどうするの?彼女を縛る権利は誰にも持ち合わせていないのに」
アース殿下の言う通りだ。
見つけて、会って。僕はシオンにどんな言葉をかけるつもりなんだろうか。
金眼を隠す魔道具を瞳から取り外した。僕が王族であることは、シオンにだけは知られてはいけない。他の人にもだけど。
周りからチヤホヤされたいわけではないし、僕はただ……シオンと仲良くなりたかった。
僕には一年しか時間がないから。シオンと同じ学園生活を送る時間。
その一年でどれだけ距離を縮められるか。僕の頭の中にあったのはそれだけ。
今でも思い出す。入学式の日。シオンの胸に花を付けたこと。
記憶の中にいる君は幼くて、泣いていて。あの日だけは、例え嘘でも、笑ってくれた。
心臓がうるさかった。全身に熱を帯びた。好きだと……言ってしまいたくなった。
元々、僕が生徒会に入ったのはシオンに花を付ける役目を誰にも取られたくなかったからだ。実兄だろうとも。
陽の下で見るシオンの髪はキラキラしていて、暗めの色だからこそ特に美しかった。
漆黒と謳われる瞳も、下手すれば金色よりも輝いている。
黒を忌色として蔑む連中に、あの神秘的美しさなど到底、理解は出来ない。
僕がこの国に生まれたとして。婚約者に選ばれて、顔合わせをしたらきっと。「美しい」と大袈裟なまでに褒める。
嫌味や皮肉ではなく、心の底から。
シオンの喜ぶ物を、したいことを一緒に探すのも楽しい。
──僕ならシオンを泣かせたりはしないのに。
そんなことを思う。
誰に対抗しているわけではない。本当にそう思っているんだ。
僕はケールレルと違ってシオンの傍を離れたりしない。全てを懸けて尽くすと決めている。
王妃になりたくないのなら王太子を辞する覚悟。
僕なんかより兄上のほうがよっぽど王太子に向いている。人の良いところしか見つけられないなんて、最高に素敵な能力。
人に厳しく出来ないなら、僕やレックに任せてくれてもいい。兄上が王となるのであれば全力でサポートする。叔父上のように。
叔父上は本当にカッコ良くて、「カッコ良い」の一言に、この世の全褒め言葉が含まれるほど。
──あんな完璧な存在、どうやったらなれるんだろうか?
レイアークス・リーネットという存在がカッコ良すぎだ。
兄上が憧れて目標にする理由もよくわかる。
「アル。君の百面相を見るのは面白いけど、自分の世界に入り込むのはやめてくれ」
「ごめんごめん。でも、シオンの居場所を教えてはくれないのだろう?」
「知らないものは教えられない」
アース殿下は頑固だ。
シオンが闇魔法の使い手だからでもある。
自由を奪ってはいけない。シオンが生きたい場所が居場所であり、暮らしたいと願う場所が国となる。
千年前。各国の王が集まり話し合った。これからの未来、闇魔法の使い手が生まれたとき。彼、彼女の自由を尊重すると。
ハースト国以外では闇魔法も黒色も讃えるべきもの。忌み嫌い拒絶するなんて考えられない。
真実を隠しているとはいえ、グレンジャー家には闇魔法の貴重さを王家から伝えられたはずなのに。
家族からの虐待。使用人からのいじめ。
クローラー・グレンジャーはプライドの塊。自分ではなく妹であるシオンが闇魔法を手にしたことを認めたくないのか。
だとしたら納得だな。
実にくだらない。たったそれだけの理由で、虐待なんて。
小公爵は自分こそが絶対であると信じて疑わない。僕のことも友人だと言ってくれているけど、実の所は格下だと見下している。
大公家と公爵家は一つしかない唯一の家門。故にあそこまで傲慢になってしまったのだろう。
人の良さは、身分でも容姿でも、魔法でもない。中身だ。どれだけ他人を思いやれるか。気持ちが大事だと僕は常々思っている。
上辺だけの良さなんて、所詮はハリボテ。いつかは崩壊する。
アース殿下は背もたれにもたれかかって深い息をついた。
用意してくれた飲み物は紅茶ではなくお茶。鮮やかな緑色が特徴。一口飲んで気分をスッキリさせた。
南の国では紅茶よりお茶のほうが好まれていて、初めて飲んだときの衝撃は忘れられない。
薄い緑色の液体に臆することなく口を付ける叔父上を見て、兄上も意を決して手を伸ばした。
それを見て、僕とレックも飲んだんだよな。
爽やかな香りからは想像もつかない、甘くてコクのある味わいが口の中に広がった。
向こうの王族がいるのについ「美味っ!」て子供すぎる反応をして、大笑いされたのがつい昨日のよう。
あのときは本当に恥ずかしかった。
僕の教育も担ってくれていた叔父上は頭を抱えて、兄上はやらかした自覚のある僕を慰めようと撫でてくれた。
南の国ミリアゼラの王は、僕がお茶を気に入ったことを喜んでくれていて毎月贈ってくれるようになった。
食後の一杯にうってつけで、親しくさせてもらっているアース殿下にも勧めたところ気に入ってくれた。
「例の彼女。ユファン嬢。どう?」
「あぁ、あの子ね。んー……変な子」
「具体的には?」
「レクリエーション事件のことをさ。グレンジャー家二人とケールレルが聞くと突き落としたって言うんだ。他の人が聞くと笑って誤魔化す。なのにさ。学園の外で聞くと助けようとしてくれたと答える。あ、三人以外ね」
「それは……変だね。場所によって答えを変えるなんて」
「ちなみに。僕が聞いても突き落としたって言ったよ」
アース殿下は魔法を解き、外で待機していたグラン伯爵を呼んだ。
「グランから見て、アル、クローラー・グレンジャー、ラエル・グレンジャー、ヘリオン・ケールレル。この四人の共通点は何だと思う?」
「はい?共通点ですか?」
顎に手を当て真剣に考えてくれる。
グラン伯爵は僕の顔をじっと見ながら、冗談ではなく本気のトーンで
「顔が良い、ではありませんか」
キョトンとした後に笑いを堪えるアース殿下の反応から、求めてられていた答えではないと察した。
真面目な人だから冗談のつもりではなかっただろう。
空気をリセットするかのように咳払いをして、また考えてくれる。
「ちなみにだけど。伯爵から見て一番は誰?」
「アル。それは最早、脅迫だよ」
純粋な疑問を脅迫と言われてしまった。
僕は、僕と言えなんて脅していない。一応、これでも。顔は整っているほうだと自覚しているからこそ、第三者からしたらどうなのか気になるだけ。
アース殿下の笑いは収まり、気持ちを落ち着かせるために新しく淹れたハーブティーを一口飲む。
「外見だけの話ですか」
「グラン。取り合わなくていいから」
グラン伯爵は真面目すぎるんだよな。いや、いいんだけどね。不真面目より。
頭が硬すぎて融通が効かないとアース殿下はよく愚痴をこぼす。
それは貴方が自由を求めて逃げ出したりするからでは?と、正論をぶつけたいがやめておく。
「うん。外見だけで」
「アールー」
「だって気になるじゃん」
容姿の好みは人それぞれ。それでも、グラン伯爵は誰を一番カッコ良いと思っているのか知りたい。
真面目な人の良いとこは、絶対に嘘をつかない。
忖度のない答えが聞ける。
「そうですね。悩みますが、クローラー・グレンジャーではないでしょうか」
「うわー。負けた」
確かに。彼は綺麗で凛々しい顔をしている。
見た目に反して性格は最低最悪ではあるが。
あんなにも見た目と中身が伴わない人間も珍しい。彼の辞書に謙虚という言葉が存在していない証拠。
「性格込みならアルフレッド殿下です」
「おお、やった」
って、そんな喜ぶことじゃない。
僕に限らず、普通の人は家族を虐待したり、婚約者を蔑ろにしたりはしない。絶対。
自分で聞いておいてなんだけど、あんな連中と比べられるほど僕は同じ土俵に上がっていないのだ。
──知りたかったのは事実だけど。
「共通点ならば四人共。二つの属性を持っているのではありませんか?」
「え?ケールレルも二つなの?」
「はい。炎と土を持っていたはずです」
それは本当に知らなかった。
僕はシオン以外には興味はなかった。ましてやシオンの婚約者なんかに。
グラン伯爵の推測は多分、間違っている。だって僕は、雷属性。雷をより強化する水と炎も持ち合わせているけど、属性を調べる水晶には映っていない。
あの水晶はあくまでも、その人間が持つ一番強い魔法に反応する。
複数持ちで同格だった場合は、二つ反応するけど、そんなこと滅多にない。
そういえば彼女。属性二つ持ちだって話題になってたような……?
──なんで?
だって普通、光と風なら光属性のほうが強いに決まっている。
魔道具の故障か、本当に同格だったのか。
どうでもいいや。シオン以外の女性に興味ないし。
僕は残りの二つに関して口外していない。知っているのは僕の身分を知っている者のみ。
──彼女が知っているわけがないんだ。
これからの人生に関わってこないであろう人間に、わざわざ教える必要性なんてない。
同じ学園に通いながら、顔を合わせたことなんてない人間。
──シオンになら聞かれずとも教えるけどね。
複数の魔法を持つのは大変珍しいこと。それも兄弟揃って。自慢したくなるのもわかるけども。精神年齢が幼すぎて笑える。
要はあれでしょ。お前達とはレベルが違うんだ。敬え、ひれ伏せってことでしょ。
あれが次期公爵と次期大公。ロクな人間がいなくて可哀想。アース殿下のこれからが大変であることに同情した。
「ところでさ。アルは帰国しないの?」
考えることを放棄した。
共通点があるとしても魔法の属性であるはずがない。考えるよりも先に彼女の調査をすることになった。
何を企んでいるのか見極める必要がある。
シオンを失脚させてケールレルの婚約者の座を狙っているのだとしたら、杜撰な計画。
「アース殿下には言ってなかったですかね。父上から留学中は何があろうと戻ってくるなと強く言われてまして。寂しいことに、手紙のやり取りも許可されませんでした」
たった三年間。家族の元を離れて暮らせないのであればシオンへの恋心は諦めろと言われた。
身分を隠すには徹底しなくてはならない。会えないのは寂しくても、自分で決めたことだ。
出せない手紙はこの三年間で溜まりに溜まった。卒業して帰国したら渡そうと思う。
帰れなくても、やることはある。
リーネットは魔物の出現が多く、王立学園に通っていれば魔物討伐の経験値は得られる。僕にとっての利点はそれだけ。
──王太子である僕が魔物討伐に行かせてもらえるかは怪しいとこ。
団長はレックだし頼み込めば同行はさせてもらえるが、護衛の傍を離れないことを条件にされそうだ。
人の上に立つべき王が民のために命を懸けることは変なのだろうか。
「なるほど。どうりで」
一人何かに納得したアース殿下はとても笑顔。
嬉しいというよりかは安心したような。
聞いても教えてくれないだろうから、聞くつもりはない。
最後の長期休暇は忙しくなりそうだ。
後輩育成に仕事の引き継ぎ。
リーネットの王太子とはいえ、今の僕は王立学園に通う生徒。最上級生として教えられることは教えておきたい。




