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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第二章

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番外編 二年前の夏。静かなる世界〜夢か現か〜

 目が覚めた。いつもより静かな目覚め。


 開けっ放しにしていたカーテン。窓から差し込む日差し。


 何かがおかしい。疑問を抱くのに時間はかからなかった。


 部屋を出ると、人の気配なんて一切感じない。


 半分寝ぼけているノアールを抱いて、寝巻きのまま屋敷内を歩き回る。


 私の部屋近くに人がいないのはいつものこと。


 いつもと違うのは、私を起こしに来るメイドがいなかった。


 毎朝、決められた時間に勝手に入ってきては、嫌がらせのような怒鳴り声で声をかける。深くぐっすり眠っているときは体を揺するのではなく、持ってきているタオルで顔を何度も叩く。


 私に直接触れたくないがための行動。


 「ふむ。本当に誰もいないみたいね」


 一通り見て回ると、一人もいないと確認出来た。


 ──願いが叶ったのかしら?


 ノアールと二人だけの世界に行きたい。


 自然と口角が上がり表情が緩む。


 「起きてノアール」


 耳元で囁いて、目が半分開いたままのノアールの頬にキスをした。


【にゃーう】


 いつもと違う鳴き声。


 今度こそ、しっかりと目覚めた。



 厨房に足を運んだ。


 期待を裏切らないように何もない。


 それどころか、私の部屋以外の全ての部屋には鍵がかけられている。私が入れないように。


 ──開いてても入るつもりなんてないわ。


 自室に戻り、とりあえず着替えた。


 色々と買わなくては。


 外は暑い。一年を通して最も暑い季節。


【おでかけ、おでかけ】


 リズム良く体を揺らすノアールの可愛さに暑さは吹き飛ぶ。


 私が歩いているだけで人は怪訝な目を向ける。


 理由は明らか。


 私が闇魔法の使い手であり、黒猫を連れているから。


 黒はなぜ、そこまで嫌われるのか。


 世界を滅ぼそうとした?それは、過去の出来事(はなし)であり現在(わたし)ではない。


 人は欲しいのだ。恨み憎み、まるで憂さを晴らすかのように誰かを傷付けていい正当な理由を。


 私達は生贄だ。人々の心を豊かにするための。


 ──世界から人がいなくなったわけではないのか。


 少し残念がりながら、目的の店に入る


 「いらっしゃいませ。ひっ!こ、公女様」


 私を見るなり顔を引き攣らせ後ずさる店員。


 接客のプロが客を不快な思いにさせるなんて。


 汚い物に触れたくないメイドを参考に、扇子で頬を叩いた。加減はしてあげたけど、すぐに赤くなる。


 奥にいた店長が騒ぎを聞き付け慌てて出てきた。


 「ど、どうされましたか。公女様」

 「この店員をクビにして」

 「彼女がなにか失礼を?」

 「私を見るなり嫌そうな顔をしたのよ」

 「申し訳ございません!ですが、彼女は新人でして。公女様がお買い物に来られたことに驚いただげで……」

 「私はクビにしろと言ったの。言い訳しろなんて、言ったかしら?」


 こんな小さな店、潰そうと思えば今日にでも潰せる。店員の失態を、本人にのみ取らせてあげるのだから、私の優しさに感謝して欲しい。


 「君の仕事は終わりだ。今日までの給料は支払う。すまないが、他の店に行ってくれ」

 「そ、そんな……。困ります!娘が王立学園に入学することが決まったので、お金が必要なんです!」


 平民の子供が学園に?


 ごく稀にそういう特例がいると聞いたことはある。すぐに必要ということは来年入学かしら。


 何にせよ、私と同じ学年でなければいい。ただでさえ面倒な学園生活に平民が混じれば、面倒事に巻き込まれるに決まっている。


 プライドの高い貴族が、平民如きが自分達と同じだなんて許せるはずがない。


 覆らない決定に年配の店員は肩を落としながら店を出た。


 「それで、公女様。本日は何をお求めで」

 「ここからここの魔石を全部頂戴」

 「魔石、ですか?」

 「ええ。代金は公爵家にツケておいて」


 この魔石は便利だ。青い魔石は魔力を注ぐだけで水になり、赤い魔石は水を温める。


 魔道具のように魔力がない平民でも魔力石さえあったら使える物とは違う。直接、魔力を注がないと使えない。


 それでいて安価。貧乏貴族がよく使う代物。


 ハースト国の技術で作られた唯一。他国へのお土産に喜ばれる一品。


 使い切りで、研究しても真似して作れないのが特徴。

 屋敷にないのは食べ物だけではない。


 水や電気。日常生活に必要不可欠な物は使えないようにされている。魔道具も鍵のかかった部屋に隠されているだろう。


 最低でも水は確保しておきたい。


 魔石を買い占めても布の小袋に入り切る大きさ。袋もお洒落で、手首にかける紐もあり邪魔にはならない。


 ──ついでだし、朝食でも食べようかしら。


 食べたい物があるわけでもなく、近場の店でいいや。


 「公女様?」

 「あら」


 彼のほうから声をかけてくるなんて。


 私が贔屓にしているフェルバー商会の店主。


 魔法の属性が判明するとお茶会を開くことが義務付けられている。お茶会用のドレスを新調するために呼ばれたのがブレット・フェルバー。


 私に対する嫌がらせのつもりだったのだろう。


 フェルバー商会は急成長を遂げているとはいえ、下級貴族や平民をターゲットにした店だ。公女である私に相応しいわけもない。


 今でこそ上級貴族向けの商品を取り扱うようになったとはいえ、客層に変化があったわけではなかった。


 多分、私だけだ。上級貴族でフェルバー商会から商品を買うのは。


 「この店でお買い物をされたのですか」

 「だったら?」


 この男は私を嫌い、私に怯えている。


 交わることのない視線。不快にさせないように慎重な言葉選び。


 ──話たくないなら、話しかけてこなければいいのに。


 「わざわざ公女様が自ら出向かなくても、私を呼んで下されば良かったのに」

 「貴方の店はドレスや小物を扱う店でしょう?」


 私が何を買ったかわかっているような口ぶり。


 あぁ、そうか。魔石を入れる袋は間違って魔力を流してしまっても大丈夫なように、魔力を断ち切る魔法陣が描かれている。


 それが魔法陣であるか、模様であるか。見分けられるのは魔法を使う者のみ。


 微力ではあるもの水魔法を使うこの男には、魔法陣だとわかるのか。


 「魔石も取り扱うようにしたんです」

 「なぜ?」


 魔道具や魔力石ならともかく、下級貴族があまり手を出さない魔石を?


 魔石は大きくはないし、スペースはあまり取らないけど。


 何を売るかは店主の自由。私が口を出すことではない。


 「いずれ公女様が必要になると思いまして」


 この男が何を言っているのかわからない。


 仮に私が必要になる状況に陥ったとして、それをフェルバー商会が用意する理由が見当たらない。


 気分が悪くなってきた。


 「あ……公女様。あの……他にご入り用の物がありましたらお届け致します」


 この世界で私の名前を呼んでくれるのはノアールだけ。


 顔も知らない父親は私の名前を知っているかも怪しい。


 小公爵様は「お前」

 次兄なんて「おい」

 国民は「公女様」


 もしも、いつか。私の名前を呼んでくれる日が来るとしたら。


 それは……どんなときなんだろうか。きっと、私がいなくなったときだ。


 そんなわかりきっていることに悲観ぶるつもりはない。


 大してお腹が減っているわけでもなく、今でも静かであろう屋敷に帰ることにした。


 「公女様……」

 「それなら。果物でも持って来てくれるかしら」


 果物なら日持ちする。栄養価の高い物もあるし、それだけ食べていれば飢える心配はない。


 それに何より。ノアールがお腹を好かせたら大変。


 「すぐにお届け致します」


 早く帰ろう。ここは私の居場所ではない。


 胸の奥がじんわりするのは、なぜだろう。


 きっと暑さにやられたんだ。体調不良で道端に倒れでもしたらみっともない。


 太陽は眩しくて、上を見上げるとつい目を細めてしまう。


 暑さでおかしくなってしまう前に帰路を急ぐ。


 もしもこのとき、振り向いていれば。あの男、ブレットがどんな表情を浮かべていたか見れたのに。


 見ていたら。言葉の意味を理解出来たのだろうか。



 屋敷は静かだった。無人。


 玄関に鍵をかけると、この屋敷だけは切り離されたように感じる。


 静かな世界は心地が良い。


 このまま本当に、人が居なくなれば私の心は晴れるのだろうか。


 いや、期待なんてするだけ無駄だ。


 この世界は私を嫌う。私を必要としない。


 冷たく暗い闇夜のような日常。


 伸ばした手は振り払われ、“誰か”に期待するのはやめた。


 世界はうるさい。世界は煩わしい。


 私の世界は……


【みゃー】


 ノアールさえいてくれたら、それでいい。


 抱き上げて、頭を撫でると嬉しそうに体を委ねてくれた。


 いつまで続くかわからない、静寂の世界。ノアールと二人きりの時間を存分に楽しもうと思う。


 「私もいつか誰かに、“生まれてきてくれてありがとう”なんて、夢みたいなこと。言ってもらえるのだろうか」


 いつだったか。退屈しのぎに読んだ物語。ありきたりな恋愛もの。苦難を乗り越えて王子と結ばれた主人公。

 生まれてきてくれたこと、出会ってくれたことに関して感謝をしながら、キスをして物語は終わる。


 ──反吐が出る。


 そんなご都合主義の展開、現実では絶対にありえない。


 貴族は政略結婚が当たり前。


 真実の愛?笑わせる。そんなものを貫いて王太子のままでいられるはずがない。


 王太子の愚行を止めない周りの人間にも腹が立つ。


 由緒正しき王家の血筋に平民なんて穢れた血が入り込むなんて。


 ──私の血も穢れているのだろう。


 薄汚れた髪色と漆黒の瞳がそれを物語っている。


 私のことを疎ましく思うのなら、生まれたその日に殺してしまえば良かったのに。


 「ヘリオン様は私を子供を生む道具としてしか見ていないのよね」


 物語のように甘い言葉を囁いて欲しいわけではない。ただ、ほんの少しだけ。生きていることではなく、生まれたことを許されるのであれば……。


 願っているわけではない。


 どうせ私はこの世界に弾き出されている。


 何かを望むだけ無駄。


 ベッドに横になるとノアールが顔のすぐ近くで丸くなる。


 例えば。例えばだ。


 このまま目を閉じたら、本当に二人だけの世界にいけるとしたら……。


 世界は黒くていい。静寂でも構わない。私の世界はノアールと共に在る。ノアールの温もりが私を生かしてくれていた。


 ノアールさえ傍にいてくれたら私は……。


 小さな体を撫でながら、ゆっくりと目を閉じた。


 明日のない今日がずっと続けばいいのに。


 誰もいない、何もない。このまま夢のような世界が。

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