番外編 闇魔法の使い手【レイアークス】
隣国の闇魔法の使い手が来た。伝えに来たのは側近のルイセ。
今は玉座の間で陛下に謁見中で、他の者は全員退室を命じられたと聞いた。
「私も出るしかないな」
最近、魔物の出現が増えてきたせいで討伐が間に合っていない。
私が討伐隊を率いていた頃に粗方は片付けたが、魔物も生き物。危険を察知し他の場所に逃げ、ほとぼりが冷めたらまた戻ってきた。
言葉は話せないが、知性のある上級魔物は予測不能な行動を取るのが厄介。
第二騎士団は魔物討伐がメインとなるため入隊条件を厳しめにしている。おかげで団員が増えない。今の人数でも全く回っていないわけではないが、最低でも今の倍はいてくれたほうが助かる。
「討伐ですか?ダメですよ!?仕事が終わってないのに」
二人がかりで止められた。仕事をサボる口実ではなく、本当に人手不足なだけ。
魔物の住む森はその名の通り、多くの魔物が目撃が相次いでいる。
森の中でのみ生息していて、国に入ってくる気配はない。あくまでも今のところは。
森に入る人間を襲うため、リーネットでは立ち入りを禁止した。隣国に行くための手段は他にもある。命を最優先に、原則として遠回りをするように命じた。
引き続き警戒はしているが、一番人員を手配しなくてはならないのは東西南北全て。特に東は上級魔物の住処が幾つもあり、どれだけ討伐に向かおうが、いつの間にかまた新しい魔物は誕生していた。
上級の中でも個体差はあり、団長のレクシオルゼでなければ倒せないような魔物も存在している。
住処と隣接している領地には常に騎士団を派遣しておかなければ、いつか取り返しのつかない被害に遭う。そうなってからでは遅い。荒らされた土地は人の手で何度も直せるが、命は違う。失くしてしまえば二度と元には戻らない。
救えず零れ落ちた命は数え切れないほど。
出来る限りの手は打っておかなくては。
その結果が人手不足となった。命の危険があるからこそ、臨時に雇えないのが第二騎士団。
第一と第三の団長、副団長なら実力も申し分なく、本当に困ったときには手を借りる。
「って。そうではなくて。闇魔法ですよ!あの!!」
──あの、と言われてもな。
隣国であろうと他国の魔法使いに興味はない。持とうと思ったことも。自国のことで手一杯なのだ。
私の跡を引き継ぐスウェロは最近、有名になってきたフェルバー商会に婚約者へのプレゼントを買いに出掛けたきり、未だに戻ってこない。
どこかで道草を食っているか、プレゼントをまだ迷っているか。どちらの線も濃厚であるから頭が痛くなる。
留学しているアルフレッドと会って会話が弾んでいる、なんてことはない。
一人の少女に告白するためだけに陛下を説得し、隣国への留学が許された。
正体を明かさないことと、三年間。自国に帰ってこないことを条件に。アルフレッドの想いを応援しているスウェロが、自分から会いに行くはずがないのだ。
「ふぅ……」
簡単な書類だけではあったが、スウェロが手伝ってくれると仕事が早く片付く。一度説明すれば理解する頭の持ち主。魔法の才能もある。王太子の座を辞退しなければ陛下をも超える逸材だったというのに。
辞退したその日に、宰相になりたいと私の元にきたのは驚いた。まぁ、断ったが。
王になりたくないのなら無理強いすることはない。本人の性格上、人の上に立つことは出来ても何かあったときに切り捨てるなんて非道にはなれない。
だが。スウェロは最初からそのつもりだった。
宰相になりたい理由が私と同じ、“国王陛下を支える”ことが目的だとわかってはいたが。理由を話さず、ただ宰相になりたいと頑ななスウェロを門前払いし続けた。
温厚で穏やか。超がつくほどのお人好し。自分のことなど二の次。いつだって他人を優先し、他人の人生を妨げることはしない。スウェロはそういう人間だ。
誰もがそう思っていた。
三日間ずっと。執務室の前で正座をしたまま動かないスウェロを見るまでは。
なりたい理由を言いたくないのであれば、陛下に頼んで命令を出してもらえばいい。私は命令ならば従う。
それが家臣というもの。
あの頃はちょうど、私も激務だったために三日後に外に出て、スウェロと目が合ったときは思考が停止した。
三日過ぎたと思っていたのは勘違いで、実は数時間しか流れていないのではないか。
疲れすぎていたが、そんなはずはないと瞬時に否定した。
状況を理解するよりも先に部屋に入れて、事情を聞くことに。
スウェロは揺るがない芯の強い瞳で真っ直ぐと私を見た。
「私には人を導き率いる才はありません」
そんなことはない、違うと、言ってもスウェロの考えが変わることがなかった。
「ですが。宰相となり他の大臣達をまとめ、共に陛下を支えることは出来ます」
その言葉がどれだけ大層なことか。率いる才能がないと言ったばかりのその口で、自負していた。自らの才能を。無意識に。
だから私は、スウェロに教育をすることを決めた。
本格的に教えるのは、私の真似をやめたときだがな。
宰相の仕事だけならともかく、私の仕事の全てを引き継ごうとしている。
正直、それでもいいとは思う。
騎士団に関わることがなければ。
人には向き不向きがあり、あの子は剣術が向いていない。
努力している姿は知っている。手にマメが出来、潰れるまで剣を振っている姿を幾度となく目にしてきた。
それでも。望みはない。
事実を突き付けなくともスウェロ自身は自覚している。
第三者に言われることにより諦めてくれるかもしれないが。
だが。それはスウェロの努力を否定するのと同義。
兄上ではなく私に憧れている理由は知らないが、スウェロなりに頑張っていることを否定はしたくない。
努力が必ずしも実るわけではないが、やり続けることに意味はある。
剣を振り、最低でも一時間は走ることを心掛ける。それも毎日。勉強も疎かにしない。
──まさに理想の王太子だな。
ちょっとだけ別の未来を想像してみた。もしも、スウェロが王になれば、国はどんな風に変わるのか。
優しさに溢れた王はきっと、強いのだろう。
私にとって兄上こそ絶対の王の姿であった。まさか、それ以上が現れるなんて。夢にも思っていなかった。
アルフレッドが悪いわけではない。才能はある。無論、それはレクシオルゼにも。
──残念ながら私は、スウェロこそ王の器に相応しいと判断した。
私が何を言ったところでスウェロの心は動かせない。
「あの……スウェロ殿下も一緒にお帰りになられています」
「は?」
一緒に、の部分がよくわからない。
──向こうで仲良くなり、そのまま招待したということか?
スウェロならありえる。
初対面の人間に対しても交友的で敵より味方を作ることが上手いスウェロなら。
あくまでも私の推測であり、どういう経緯で一緒なのかはまだわかっていない。
気になってしまうと仕事どころではなくなった。
粗方の仕事を終わらせて、スウェロの無事を確認するという名目で玉座の間に向かう。
というのは、あくまでも建前。自分の時間が欲しいため、早く仕事をスウェロに押し付けたい。
出掛け先からいつも私の元に一番に来ていたスウェロが、陛下の元に行くことが少し不思議な感覚だった。
全員を退室させたということは、私の側近も立ち入りを許可されない。二人には部屋で待機を命じた。
私はあまり、初対面の人間と会うのは好きではない。
王族が持つべき金眼を持たないからだ。せめて赤色ならばまだ良かったのだが、赤紫とかなり特殊な色合い。私自身、この色は嫌いではないが、金眼でないことを母上がとても気にしていた。
朧気な記憶の中で抱きしめて謝る母上の声は震えていて、私が自暴自棄にならないように沢山の「愛している」をくれた。
王族だから金眼でないといけないなんて誰が決めたのだろうか。その色を持たぬ者は王族でないというのなら、私は王族でなくともいい。愛している家族がいて、そんな家族を私も愛している。
大人になった今こそ、からかわれることはなくなったが、昔は瞳の色でよく他国の人間に陰口を叩かれた。加えて私の魔法は異質。
見下すには丁度いい。一人一人を相手にしていたらキリがないため、聞き流すスキルを手に入れた。
「そういえば……」
最初に私の色を綺麗だと言ってくれたのは、兄上だった。
太陽にも似た美しい金色は、太陽よりもキラキラ輝いていた。
人は太陽に近づきすぎると、その身を焦がすと言い伝えられているが、まさにその通り。
太陽を人間に置き換えれば、より納得させられる。
自分にはない物を持った憧れの人に、憧れを通り越し嫉妬してしまえば、心が歪み黒い感情に支配されてしまう。どんな手を使ってでも同じになりたくて。同じになったら今度は、コピーから唯一になりたいと執着心に囚われることは明白。
欲せずに、憧れているだけでいれば、何事もなく平穏無事な日常を送れる。
私が腐らず真っ当に生きてこられたのは兄上の存在があったから。
私を否定せずに、いつも真っ向から受け止めてくれる。兄上に何度救われたことか。
──私が宰相として兄上を支えたいのは、恩返しだ。
玉座の間に着き、扉に手をかけると陛下が千年前の真実を語っていた。
──今ではないな。
話の腰を折るわけにはいかず、タイミングを待つことに。
そうか。隣国では事の真相は隠されていたな。英雄の最初で最後の願いを叶えるべく、千年経った今でも律儀に蓋をしているわけか。
辛いだろうな。
感謝をし称えるべき存在を悪にするのは。
聞こえてくる会話からリーネットに訪れたシオン・グレンジャーは国を出たらしい。理由は明かさなかったが、自分の居場所が知られることを恐れていた。
「シオン嬢。君がこの国に住むということは、加護によって守られる。当然、いずれは隣国であるハースト国の王族はそのことに気付く」
「いいではありませんか。彼女がここに住みたいと言ってくれているのであれば」
扉を開けて中に入ると視線が一斉に飛んできた。
見慣れない少女。彼女がシオン・グレンジャー。
自分以外にも暗い髪色をした人間を初めて見た。
白というよりかは白銀だな。驚いたのは貴族女性だったはずの彼女の髪が短いこと。
不揃いな切り目。漆黒の瞳の奥に悲しい色が隠されている。
彼女は逃げてきたのではないかと思ってしまう。
隣にいるのは侍女か。立っているだけで気品が溢れているな。
腕に抱かれている黒い子猫。美しい毛並みだ。触りたい。
私より先に陛下が私の自己紹介をしてくれた。
「は、初めまして。レイアークス宰相閣下」
「初めましてレディー。レイアークスだ」
握手のために差し出した手を迷いなく掴んだ。
自国の者ならともかく、他国の人間も私が鑑定魔法の持ち主であることを知っている。王族に生まれながらも王族の色を持たず、五大魔法のいずれも受け継いでいない。そのため、私に触れられることを嫌う。
──誰彼構わず鑑定なんてしていないのだが。
魔力のコントロールが出来ていなかった昔は、触れるだけで勝手に鑑定してしまっていた。
私の魔力は異例すぎるほど多い。それ故に、私は魔法が発覚した翌週から、魔力コントロールに励んだ。
多すぎる魔力を自分の意思で扱うのは口で言うより難しい。もっと簡単だと思っていたあの頃は、なぜ出来ないのか。理解に苦しんでいた。
コントロールが出来るようになるまで、他人と距離を置くことにした。身の回りのことは自分でやるようにして、とにかく一人の時間を増やした。
物理的な距離は心の距離。再び、彼らの前に出るとき私の立場はどうなっているのか。
どうでも良かった。金眼ではない私に忠誠を誓う者などいない。諦めていた。最初から、全てを。
一人に慣れることはなかった。兄上が毎日のように顔を出してくれたからだ。
篭ってばかりでは体に悪いと、外に連れ出してくれる。私の手を引いて。
温もりが伝わってくる。私は独りではないと、そう言ってくれているような気がした。
数日後のことだった。
魔力のコントロールが完璧に出来、皆の前に出ると従者を含めた全員が膝を付く。
世界は私が思っているよりも私に厳しくはない。もっと早くに気付くべきことから目を逸らし、逃げていたのは私自身。
彼らが触れられることを怖がっていたのではない。私が触れることを怖がっていたのだ。
私を見る彼らの目が歪んでいたことなど一度もない。私がそう思い込んでいただけ。
兄上はそんな私の本心を見抜き、手を取ってくれた。
俯いて生きるのはもったいない。彼らの些細な変化にも気付かなければ。
その日から私は下を向くことがなくなった。
彼女……いや、レディーは。私が何者かを知らないようだ。
それなら、わざわざ身分を明かさず対等に接してもらえるかもと抱いた淡い期待は、陛下が私を「弟」と言ったことでいとも簡単に崩れ去った。




