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いざ学園へ

「いつまでそうしてるつもり?これから私、入学式に行くんだけど。まさか主人の部屋に残って物色するわけじゃないでしょうね」

 「と、とんでもございません!わ、私……これで失礼します!」


 大層な浪費家であるシオンの部屋には彼女が百年働いても手に入れることの出来ない宝石の数々がある。


 全てを把握してるわけじゃなから盗まれたところでわからない。欲しいから買っていたわけでもないしね。


 盗まれたところでって感じだ。


 実際、幾つかはなくなっていると思う。


 いくらシオンを嫌ってるといっても主人のいない部屋に留まることはしない。


 そこは最低限のルール。


 私が出掛けているときに、掃除という目的なら人目を気にすることなく部屋に入れる。


 この世界に監視カメラはなく、人の出入りをチェック出来る優れた物は存在しない。


 彼女達の部屋を調べて宝石が出てきたとしても、私の物である証拠がなければ咎められるのは私。


 無実の人間を盗っ人呼ばわりした最低な悪女。


 立ち去るメイドの顔色は悪く、ようやく今までしてきたことの重大さを理解したようだ。


 メイドならメイドらしく、らしい振る舞いをしていれば良かったものを。


 小公爵様に泣きつきたくても今日は、入学式のために早くから出掛けている。次男もだ。


 つまり、ここに彼女の味方はいないということだ。

 こんな居心地の悪い家にいたくないから私も今から行こう。


 メイン舞台となる学校も見ておきたいし。


 それに上手くいけば友達できるかも!!


 闇魔法ってだけでシオンには友達が一人もいなかった。取り巻きはいたけど公爵家のおこぼれにあずかりたい下の階級の人ばかり。


 闇魔法はその気になれば世界から一欠片の光りさえ奪ってしまうほど強力。


 そのことを知っているのは王族のみ。


 色々と隠していることが多いのだ。この国は。


 国民を不安にさせたくない昔の王様の配慮でもある。


 情報共有をしてたらしてたで、嫌がらせはないにしても腫れ物扱いされていた。


 毎日、上辺だけの張り付いた笑顔を向けられ、機嫌を取るためだけのゴマすり。


 私の言葉には決して逆らわず、肯定するのみ。


 どっちにしても人生最悪ってこと。


 公爵様の部屋にメモを挟んで待機していた馬車に乗り込んだ。


 御者はあからさまに嫌そうな顔をしている。乗るのを手伝おうともしない。


 勢いよく扉を閉められた。外から中が見えないように窓には布が貼り付けられている。


 私を運んでいるのは恥ずかしく、御者としてのプライドが許さないのだろう。


 制服を汚すように掃除のされていない座席にハンカチを敷く。こんなこともあろうかと、二枚用意していたのだ。


 陽が入らないため朝だというのに薄暗いな。布は四方全てをピッタリと貼り付けられていて、ちょっとも外が見えない。


 私にはこれがお似合いだと、心の中で笑っている。


 馬車の中は一人ですることがない。ノアールも連れて来られたら良かったんだけど。神聖な学び舎とされる学園に同伴の許可は下りなかった。


 権力を振りかざせば無理やりにでも許可は取れたけど、シオンはそんなことをしなかった。例え、全く興味のない学園生活を送ろうとも、定められたルールは守る。


 本当は心細いのに我慢を選んだ。


 今のうちにゲーム内容を思い出しておかないと。


 シオンはゲーム内だけでなく、プレイする私達の間でも嫌われていた。嫌いなキャラランキングでぶっちぎって一位。他者を寄せ付けない不人気。


 見た目が綺麗すぎるのも嫌われていた要因の一つ。


 ユファンをいじめたり、浪費家になった理由は至ってシンプル。


 愛されたかったんだ。家族に。


 だからこそ、ユファンが許せなかった。


 自分を愛してくれない兄弟に愛されていることが。自分には侮蔑と憎しみの目しか向けないのに、愛おしいと表情や態度が語っていた。


 喉から手が出るほど望み欲したものを、何の努力もなく簡単に手にするユファンに嫉妬するのも無理はない。


 無駄遣いしているのは、そうすることによって嫌でも顔を合わせて家族喧嘩に発展させるため。


 同じ屋根の下にいるのだから、せめて無視はしないで。悲痛な願いから、幼稚で子供じみた行動ばかり取ってしまう。


 シオンは孤独だったからこそ、愛に飢えて悪役令嬢なんかになってしまった。


 それなら良い子でいろよっていうド正論の書き込みが後を絶たなかった。私だって思ってたよ。


 嫌われ者がいる世界は面白く、ゲームをプレイしている全員がシオンが否定する。味方なんて一人もいない。自業自得。因果応報。シオンにピッタリの言葉。


 せめてユファンをいじめなければあんな未来にならなかったのに。


 ゲームの設定上、それは無理な話かもしれないけどさ。


 結末を知ってる私は同じ道を歩むつもりはない。


 完全ではないけどある程度のことは覚えているし、私の頑張り次第でどうにかなる。未来は変えられる。


 あ……、でも。ユファンとヘリオンが同じクラスだ。


 流石に婚約者を無視し続けるのは悪い噂が流れて不利益を被る(こうむる)。記憶さえ取り戻さなかったから一つや二つ、噂が増えたところで気にはしなかった。

 今はもうとにかく、どれだけ敵を作らないか。それが鍵である。


 善行なんて裏があると思われてもっと警戒されるだけ。ならば、良いことも悪いこともせず、平穏な学園生活を送っていればいいはず。


 「待てよ?」


 何も複雑に難しく考える必要はない。


 ヘリオンはユファンを好きになるし婚約破棄しちゃえばいいじゃん。


 元は政略結婚なんだし、すぐに承諾してくれるはず。


 ヘリオンはシオンのことをあまり好いていない。必要最低限の交流はあったみたいだけど。その交流だって対面を気にした親に言われたから。ヘリオン自身が望んで相手をしてくれていたわけではなかった。


 不貞腐れた態度を取っていたわけではないけど、いつもつまらなそうに、冷たく当たられていた記憶しかない。


 政略結婚なんだから愛がないのは当然。期待なんて、これっぽちもしていない。


 いくら政略結婚とはいえ、肝心の相手が私であることに不満しかないんだ。


 ──悪女との結婚なんて、余程のことない限り断るに決まっている。


 私との結婚にどんなメリットを見出したんだか。


 シオンだってヘリオンに《《あまり》》好意があったわけではない。自分を見てくれない家族から離れ、自分だけの家庭を持つための道具。


 シオンにとって相手は誰でもいい。自分の血を引く子供がいて、その子を愛して。愛される人生を切望していた。


 いきなり言うのは裏があると思われるから、ヘリオンがユファンを気にしだす半年後にしよう。


「お嬢様。着きましたよ」


 急に開かれた扉。早く降りろと命令するようなふてぶてしい態度。


 降りる際に睨むと顔を引き攣らせながら早々に帰っていく。


 で、ここどこ?


 私の目が正常であるなら、門なんてどこにもない。白く高い塀が何メートルにも続いている。


 角を曲がると正門が見えた。


 あの御者。人に見られたくないからって、わざわざあんな所で降ろしたのね。


 一生の内に馬車を使う機会なんてなく、彼は小公爵様にも気に入られている。無能であると公爵様に報告したところで、クビになる確率は低い。


 ──デカ……。まさに金持ち学校の名に相応しい。


 門の前には生徒会の人が新入生の胸に花を付けていた。


 これぞ入学式の醍醐味。


 小公爵様と目が合うも無視をされた。


 ──こっちだってあんたなんかに祝って欲しくないわよ。


 麗しの小公爵様に付けてもらおうと長蛇の列。並ぶほどのことだろうか?


 花なんてどれも一緒じゃん。


 頬を紅潮させながらうっとりした表情を浮かべる令嬢達は、ギリギリまで小公爵様を目に焼き付けようと立ち止まる。


 私からしてみれば、このイケメンは十秒で見飽きる顔立ち。


 ──それはそうと誰も来ないんだけど!?


 ポツンと一人で佇んで待っているのに、誰も近寄って来る気配がない。


 悪評だけじゃなく、私は公爵令嬢。


 いくら先輩とはいえ、機嫌を損ねようものなら潰されると身を案じている。これまでのシオンを考えればわからなくもない。


 花を付けるときに針が刺してしまうかも。手元が狂って肌に触れてしまうかも。


 すぐ近くに小公爵様がいるため、この場では庇ってもらえるかもしれないが、後々で仕返しをされるかもと恐れられている。


 ──そんなことしないのに。


 私だけ花はなしか。欲しいわけじゃないからいいけど。


 少し憧れていただけ。高校への入学を。


 赤い花を胸に付けて、友達と写真を撮って高校生活最初の思い出を飾ることを。


 待っていても虚しいだけ。誰も彼もが私を空気として扱う。


「貴女の三年間が実りあるものになりますように」


 そのまま行こうとすると金髪の生徒が微笑んだ。


 太陽の光が後光のように彼を照らす。


 この人は確か生徒会副会長のアルフレッド。小公爵様と同じ歳。同じクラスでもあったな。


 プロフィールにそう書いてあった。欄はかなり小さかったけど。


 ──モブなのにイケメンだなぁ。


 彼のほうが見飽きない顔をしている。

 ゲームでもちょこっと出てくる役だから印象はない。

 伯爵家だっけ?小公爵様の友達だし、あまり関わりたくはない。


 一年と三年なら接点もないし、こちらが気を付けていればもう会うことはないか。


 私はどうせ生徒会に推薦もされないだろうし。


「心より感謝致します。学園に恥じぬよう淑女としての務めを果たします」


 スカートの裾を持ち上げ頭を下げた。


 哀れにでも思ったんだろう。そうでなければ好き好んで私に近づいてくるわけがない。


 可哀想な人を放っておけないタイプ。根は優しい良い人なのかも。


 私が礼儀正しくお礼を返すとは思っていなかったのか、少し驚いていた。でも、すぐにまた笑顔に戻る。


 「私はこれで失礼致します」


 ヘリオンを乗せた馬車が向こうから来るのが見えた。

 会いたくもない。あの男にも。


 「待っ……」


 急いでその場を立ち去ろうと自然に足が早くなる。後ろから呼び止める声につい、立ち止まった。


 私はどうするのが正解なのだろうか。


 振り返って声の持ち主と話をしていたらヘリオンと顔を会わせてしまう。


 避けられる接触は避けておかないと。これからは嫌でも教室で会うことになるんだから。


 余計な一言や行動のせいで、自分の首を絞めることになったらシャレにならない。


 何も聞こえなかったと言い聞かせれば、風に背中を押されて今度こそ校舎へと足を踏み入れた。


 このときの私の行動が正しかったのかは、今の私にも、未来の私にもわからない。


 せめて振り向いていればと、後悔するのは今ではなく未来でだった。

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