魔力コントロール
リーネットの暮らしは楽しいの毎日。まだ一ヵ月も経ってないんだけどね。
王子は死にかけたにもかかわらず、魔物討伐のために訓練に励む。
時々、騎士寮にお邪魔させてもらうと騎士全員で出迎えてくれる。
やめて欲しいと言えば次から出迎えはなくなった。
街を歩いていると必ず名前のごとく「聖女様」と呼ばれるのには全く慣れない。
女の子、エルメが呼ぶから、みんな私の顔を見るとそう呼ぶようになった。
私の魔法を知っているからではなく、黒髪で黒猫を連れているから。加えて祈ることにより、また母親の目が見えるようになった。
祈ったことで治ったかは定かではない。医師の言う通り奇跡が起きただけかもしれないし。
なので「聖女」と呼ばれるのは恥ずかしいし、多少の罪悪感はある。
リーネットで暮らしていると、ある一つの疑問……というか不思議に思う。
本来、魔力を持ち魔法を使うのは貴族の専売特許。稀に平民が持つことはあるけど、リーネットはその“稀”が多いような。
魔道具を扱えるほど魔力は高くないため、結局は魔石に頼っている。
魔法は使えても魔力が微力すぎるため日常生活に使えないのが現状。
「聖女様。お出掛けかい」
「ええ。王宮に」
「送って行こうか」
「ううん。歩くの好きだから」
今日から週に四日、一~三時間程度。魔法の訓練をすることになった。
闇魔法のことを何も知らない自分では私に何も教えられないからと、メイが頭を下げてくれていた。断られる覚悟で。
「教えるのは構わないけど、私が教わりたいかどうか」と予想に反して前向きな答え。
どこまでも私のことを考えてくれている。
何かを選べる幸せ。私が選んでいいのだ。
小難しいことをしなくても魔法が使えるとはいえ、巨大な魔力を持った物は用途に応じて魔力調整をしなくてはならない。
上級魔法を考えなしに、そのままの魔力で発動すれば大惨事。
腹立たしいことに長男は魔力コントロールが上手かったんだ。私だけを燃やそうとしたぐらいだしね。
「本当に来たのか」
授業のことはきちんと伝達されていたため、すんなりと部屋に案内してくれた。
講師がレイであることは今、初めて知った。
スウェロ殿下もいるけど、反応したのがレイであることから、レイが教えてくれるのだと想像がつく。
恐らくここは宰相の執務室。仕事机があり、一人掛けのソファーが向かい合い、その間にテーブルが置かれている。
来客を招くときは一人ずつにして、きちんと話し合うことを目的にしているのだろう。
本棚の一番上に鉢植えが置かれているのは気にしたら負けなのだろうか?花は咲いておらず白い蕾のまま。
「魔力コントロールはね、叔父上が一番なんだよ。シオン嬢」
「なるほど」
当の本人はちょっと嫌そうなんですけど。
事ある毎に私の世話係みたいなことを命じられたらそうなるか。
だって絶対に。宰相の仕事ではないよね。
王様の命令だから仕方なく首を縦に振っただけ。
丸一日、教わるわけではないとはいえ、忙しい宰相が仕事を抜けるのは痛手ではないだろうか。
あからさまに嫌な顔をされているとなんかもう清々しい。私が嫌いで拒絶しているからではないとわかっているから傷つくこともない。
傷つく心がボロボロで、粉々に砕けてなくなっているだけかもしれないけど。
優しさと温かさに包まれたリーネットでなら、シオンの心も元に戻るかな。
「スウェロ。私が戻るまで頼んでもいいか」
「もちろんです!叔父上の代わりなんて、こんなにも嬉しいことはありません!!」
引くぐらい生き生きしている。
レイは盛大なため息をついた。あの反応は断って欲しかったんだろうな。
大量に積まれた書類に視線を移したあと、諦めたように
「わからないことは側近の二人に聞くといい」
スウェロ殿下は第一王子ではあるけど王太子ではなく、次期宰相を目指している。レイの跡を継ぎたいんだとか。
憧れの存在で、レイのような大人になりたいらしい。
憧れる気持ちはよくわかる。人間として完璧なんだよね。レイって。
そのため毎日、仕事を見学して、時には教わり、簡単な仕事なら任せてもらえるようになった。
頼られることが何よりも嬉しくて、やる気に満ち溢れている。
頑張りすぎて空回りしないか心配だけど、優秀な側近がフォローしてくれると信じるしかない。
「レディー。こっちだ」
私のためにわざわざ訓練用の部屋を用意してくれたのか。
なるべくレイの時間を奪わないように、早めに習得しないと。
「先に言っておくが、私も闇魔法の全てを知っているわけではない。闇魔法は色々と特別なため、文献には残さずに口頭で伝えるのが決まりとなっている」
世界の共通として、魔法の特徴のみを記した本だけは誰でも閲覧可能にするため図書館に置いておく。
闇魔法の使い手がいるだけで国に加護が与えられるのであれば、その人を巡って戦争が起きる。そのため、詳しい概要は王族だけしか知らない。
自由を奪わないため、尊厳を守るため。あらゆる事柄で縛らないために。
大昔から色んな国では闇魔法を持って生まれた人のために考えてくれていたんだ。
「で。レディーがどんな魔法を使うのか見せてもらいたい」
「実際に?それとも鑑定?」
「鑑定のほうが早そうだ」
レイの鑑定魔法はゲームのプロフィール画面のような四角い形で空中に現れる。
魔法の属性と名前や誕生日、その他諸々、個人情報は同じページには記載されない。言ってしまえばプロフィールなのに、なんでだろ。
横にスワイプすると交友関係。相関図みたいにわかりやすく図になっている。友達が多いとごちゃごちゃしていて意外と複雑に見えてしまう。
たった一ページで全てわかってしまうほど人間とは簡単ではない。
「初級、中級、最上級が一つずつか。ん?初級魔法はコントロール出来ているみたいだな」
それは食事を食べやすいようにカットするのに習得しただけ。中級、人を操る魔法も使ったのは一度だけ。ユファンを守るために。
人の目はなく、全神経を集中させていたから成功したようなもの。ま、偶然だ。
「レディーさえ良ければ先に最上級の魔法を扱えるように訓練するのはどうだろうか」
「私は教えてもらえるなら何でも」
「前回同様に治癒魔道具では治せない騎士団の怪我を治して欲しいんだ」
この人は、この国の人達は、為す術なく失われていく命を何度も目の当たりにしてきた。
不甲斐なさ。無力さ。
光魔法がなくても高度な魔道具さえあれば最悪は防げるかもしれない。
改良を加え新しい魔道具を作るも理想が現実になるのはまだまだ先。
テーブルの上に大きさの違う木の置き物が置かれた。
顔のないマトリョーシカみたい。
「まずは真ん中だけを飲み込んでみてくれ」
コクリと頷き、両手を向ける。
焦らずに気持ちを落ち着かせて。
「あの……。すごく気になって集中出来ない」
レイは腕を組んで真正面に座り、じっと私を見る。
それが仕事だと理解はしているよ!?でもね!無自覚に鬼教官のような鋭い目付きは耐えられない。
失敗したら罵声が飛んでくるかもと身構えてしまう。私の被害妄想なんだけどね。
理不尽なワガママ、要望にもかかわらず席を移動してくれた。
圧もかけないように視線は私ではなく置き物。
五つある内の真ん中。
あの日の感覚を思い出しながら強くイメージをした。
「あれ?」
真ん中どころか五つ全て、しかもテーブルまで消えていた。
もしかしなくても私って、魔力コントロール下手?
レイのほうを見られない。
あまりの出来の悪さに失望されていたらどうしよう。
優しさに触れすぎたせいか、見放されることが恐い。
最初から独りだったあの頃と、今では辛いの意味合いが違う。
「レディーは魔力が多いからな。こうなるとは予想していた」
新しい置き物を置く。床に。
テーブル消しちゃったからね。
あとで弁償しなきゃ。
「いくらでも失敗はしていい。これも大量にあるからな」
「手作り?」
「いや。ルイセの創造魔法だ」
名前から既にすごそうな名前。
創り出すって最高の魔法じゃない?
期待に胸を膨らませていると、創造魔法について説明をされた。
まず第一に、この世に存在しない物は創れない。私の世界にあった物は無理なのか。
漫画でもあればと思ってたんだけどな。
魔物に襲われないように結界を創ってみてはと提案したところ、既に試していたがダメだったらしい。
あくまでも物理的な物に限る。
理想とする治癒魔道具に関しては未知の物にカウントされるため、実在しない物としてやはり創造は出来ない。
第二に、物にもよるけど創造した後、数日は魔法が使えない。特別な魔法にはそれなりの制約がある。
私のときは一週間は使えなかった。
もしも普通の一軒家ではなく貴族の屋敷なんて思い浮かべていたら、もっと多くの日数、ルイセから魔法を奪う所だった。
心からあの家にして良かったと思う。
木の置き物のように大量に必要な物は一度に創造することが出来る。これは代償として支払う日数は少ない。
普通とは異なる魔法故にルイセはとにかく勉強を頑張った。五大魔法のように常に使えないため、誰かの役に立つために知識を広げる。
努力が報われたのは王弟殿下でもあり、宰相のレイの側近に選ばれたとき。
「レディー。真ん中を狙うんだ」
今度はちょっと抑え気味で魔法を使うと、何もなくなっていなかった。
自分の不出来さが恥ずかしい。
丁度良いバランスがわからないんだけど。
どんなにイメージが完璧でも魔力コントロールだけで上手くいかないものだな。
だから貴族は王立学園入学前に、家庭教師に魔法や魔力を習っておく。
うん。勉強になった。
【あふ~。シオン。遊ぼ】
退屈になってきたのだろう。体を伸ばした後、擦り寄ってくる。
この可愛さに負けて遊んだらダメだ。
自然と上目遣いになり、期待からウルウルした目は誘惑でしかない。
「ノアール!レイと遊んでて」
【シオンは?】
「私は……。ほら。今は勉強中だから」
【べんきょー?】
いつものようにノアールと会話をしていると、レイの視線にハッとした。
恐る恐る振り向くと気にする素振りはない。
「神獣と話せるのは聖女の特権だ。気にすることはない」
「あ……あー。そっ……か。そうなんだ」
「少し肩の力を抜いたほうがいい。休憩にしよう」
「始めてまだ三十分も経ってないけど」
「いいから。リラックス状態のほうが上手くいくこともある」
【遊ぶ!?シオン!遊ぼ!!】
半ば無理やりに休憩を取らされる。
遊ぶといっても道具は何もない。
あるのは訓練用の置き物。
ノアールは置き物を足で転がしながら一人で遊び、時には咥えて投げて欲しそうな目で見つめてくる。
「レイも一緒にノアールと遊ばない?」
眉がピクリと動いた。
レイを敵として認識していないノアールはわざとか、それとも無意識なのか。あざとく上目遣いでレイに擦り寄る。
前足をポンとレイの手の上に置く。あれはもう猫好きじゃなくても、やられるよね。
【シオンのこと、いじめないから遊んであげる!】
「ふふ、レイ。ノアールが遊んでくれるって」
「私は……」
遠慮しようとするレイの頬に猫パンチがヒットした。ただ、ノアールは猫パンチに関しては力が弱く痛みはない。
本人はクリーンヒットしたつもりでいる。
小さく息をつきながらノアールの頭を撫で、ゴロンと横たわると背中やお腹と体全体を優しく撫で回す。かなり手馴れた様子。
やっぱり猫好きなのでは?




