ほんの少し、見る目が変わった世界
本当に招待状が届いた。しかもドレス付きで。
凝った作りではなく一般の令嬢が着るようなドレスではあるけど。
黒とは大胆な。着る人を選びそうだな。
パーティー開始の鐘がなる前にレイの側近が迎えに来てくれる。
侍女も一緒にとのことだったから遠慮なく来てもらった。
ただ、メイは侍女ではなくメイド。
メイを平民と言うには所作は美しく、貴族と勘違いされていてもおかしくはない。
私としては侍女でもメイドでも、どちらでもいいのだ。だから、訂正するつもりもない。
会場は広くて多くの貴族が集まっている。
煌びやかで、まるで物語の世界。
独身(と思われる)女性はレイが参加していることに驚きながらも、そのカッコ良さに頬を赤らめていた。
王弟ともなれば玉の輿だもんね。イケメンで優しくて。非の打ち所がない完璧。狙いたくなるわ。
王様の挨拶。騎士団への労いの言葉。
金髪の青年は集まる貴族に見えるように、剣を高らかに掲げた。キラリと光が反射する。
私には一瞬、黄金に輝いて見えた。本当に一瞬の出来事で、周りは特に気にしていない様子から見間違いだったのかも。
全てが終わるとダンスの時間。
もしも気のせいでないのなら、周りの視線が痛い。
黒髪、しかもショート。黒色ドレスは派手で目立つ。
令嬢や夫人達はみんな、サラサラ艶々の長い髪。
どんな手入れをしたらあんな風になるのか。
昔は羨ましかった。普通でいられることに。
誰かに羨ましがれなくても、否定的な目を向けられないだけで良かった。あんな色じゃなくて、赤とか青とかさ。
パーティーには興味ないと参加を断れば良かったな。
「あんな美しいご令嬢、見たことないな」
「どこの家門だ?」
「ファーストダンスを申し込んでもいいのか」
「なっ、俺だって彼女を誘いたい!」
私を見ながらコソコソ言われている。
目は良いけど耳は普通だからな。何を言われているのか聞こえない。
こんなめでたい日にわざわざ陰口を叩く陰険な人がいるわけないのに。
私は場違いで、来ないほうがみんなのためだったのかも。失敗したな。招待状につい甘えてしまった。
ドレスまで貰って、パーティーが始まってすぐに帰るのは失礼すぎる。中盤に差し掛かったら抜けさせてもらおう。
体調不良と嘘をつくのは申し訳ないけど、無難な理由はそれしかない。
人の多さに酔ったと言えば豪華な部屋で休憩を進められるかもしれないから、確実に帰れる方向で。
メイは四十代とはいっても、気品に溢れていて同年代の男性に囲まれていた。
───ダンスを申し込まれているのかな?
既にペアになっているのは婚約者や恋人。
必ずしも踊らなければならないわけでもなく、食事を楽しむ人、見るに徹する人も少なくはない。
──私は壁の花にでもなっていよう。
大人しく隅っこで。存在感を消すことを徹底すると決めた。
皆さんどうぞ、パーティーを存分に楽しんで下さい。
「レディー。私と踊ってはくれないか」
移動しようとすると多くの視線を集めながらレイが私にダンスを申し込んできた。
会場にいる全女性が驚いている。私とメイを除いた、だけど。
「というか、踊って欲しい」
レイの声は疲れている。王様を気にしているらしく、命令なんだと納得した。
この手を掴まなければレイに恥をかかせてしまう。
引かれない程度の笑みを浮かべて、手を重ねた。
「ちなみに私、踊れませんよ」
貴族の作法を教えてくれる家庭教師はおらず、身近にいたメイの行動を見て覚えるしかなかった。それでも、淑女とは程遠い悪役令嬢になってしまったけどね。
学園に通っていればダンスも習えたかもしれない。
習ったところで踊る相手はいないんだけど。婚約者の義理で踊ってくれる人はいたとしても、すぐに愛する女性の元に行ってしまう。
同じ相手と二度は踊れないと、貴族のマナーを理由に。
私が一人で佇んでいても気にも止めることなく、婚約者ではない女性の傍を離れようともしない。
私には見せない柔らかな笑みを浮かべながら、優しくリードしてあげて、ダンスが終わればその後は誰とも踊ることはなく婚約者を放ったらかし、楽しくお喋りでもするんだろうな。
「気にしなくていい。私も最後に踊ったのは四十年以上も昔だ」
腰に手を回され密着度が増す。
音楽はゆっくりで、ペースも速くない。私をリードしてくれるレイはブランクなんて感じさせない。
私はただ力を抜いて完全にレイに身を任せているだけ。
踊っていないと言ったのは嘘ではない。そんな嘘をつく必要はないし。
私の緊張を解かせ肩の力を抜かせるためだろう。
「私と踊ってくれるのは王様の命令ですか」
「本当は自分が踊りたいと言っていたが、陛下のファーストダンスの相手は王妃だと代々決まっているのだ」
「あら。私ってば王様に気に入られていたのですね」
わざとらしい物言いにレイはポカンとした後、小さく笑う。私の発言に乗るように「そのようだな」と返してくれた。
私が腫れ物扱いされないように、王様がかなり気を利かせてくれていることがわかる。
招待した側としては私が壁の花になるのは避けたかったのかも。
黒髪に偏見がないとはいえ、見ない顔は遠巻きにされてもおかしくはない。陰口はないにしても、私が嫌な思いをしないための配慮。
──巻き込まれたレイは可哀想だけどね。
「レイアークス様はいいのですか。婚約者を放っておいて」
「私の心配をしてくれるのか」
「自分の心配です。恨まれて刺されるのが嫌ですから」
こんなに魅力しかない人と付き合っていたら、彼女も不安の種が尽きないだろう。
結婚してもモテることは絶対だし。
嫉妬と不安で彼女の心が壊れてしまないかが心配。
でも、レイって一途そうだし余計なお世話かも。
「私には婚約者も恋人もいないから安心するといい」
「意外ですね」
「女性とは一度も付き合ったことはない」
「そうなんで……え?」
今、とんでもなく恐ろしいことを聞いたような。
レイは至って普通。
うん。聞き間違いだ。絶対そう!
この歳まで付き合ったことないって、それって……そういうことになるよね。
だって、そんなことあるわけ……。
「王族なら政略結婚とかあるんじゃないですか」
関係を結べば両国に利益がもたらされる。それを蹴ってまで独身を貫く理由。
かつては婚約していた令嬢がいたけど、病か事故で若くして命を落とした。それからずっと、彼女のことを想っている。
切ない片想いのようなロマンチックな展開に胸が高鳴る。物語で読むよりリアルに目の前にあるワクワクが止まらない。
「最初は国の利益のために、そうするつもりだった」
私の予想という名の妄想は大ハズレ。
結婚願望がないわけでも、女性に興味がないわけではないのか。
王族として国のことを考えていたわけだし。
それがなぜ、誰とも付き合ったことがないのか。
一番の謎を聞こうと思っていたらダンスは終わった。
「それではレディー。パーティーを楽しんでくれ」
私に背を向けたレイは一歩もそこから動かず、王様を見ては項垂れていた。
言葉なく会話する貴方達はエスパーですか。
「あ、あの!ご令嬢。次は私と踊って頂けませんか」
「先に私と!」
さっき向こうでヒソヒソ話していた男性陣が勢いよく走ってきた。勢いがありすぎて思わず後ずさってしまう。
ポカンとする私をよそに彼らの熱はすごい。
誘いを受けることは別にいいんだけど、レイのように完璧にリードしてくれないと足を踏む。最悪、転倒もありえるだろう。
恥をかくとわかっているのに申し出は受けられない。
いや!別に!彼らのダンスが下手と決まったわけではなくて!!
私の中でレイが最高で完璧になってしまっているから、恐らくもう更新はされない。
「すまないがレディーの両手は先約済みだ」
そう言いながら私の手にはノアールが乗せられた。
──か……可愛い!!
首には赤い蝶ネクタイ。お洒落のつもりなのかな。可愛すぎるんだけど!
毛並みもいつもよりサラッとして、念入りにブラッシングされたことがわかる。
何がなんだかわかっていないノアールはキョトンとしたまま。
無性に撫で回したいけど、そんなことをしたら折角の毛並みが。
【シオン~。これとって】
前足でどうにか解こうとするノアールは蝶ネクタイがお気に召していない。
首が締まる感覚が苦しいのかも。首輪は嫌がる素振りなかったのに。ゆったりじゃなくて、キュッと締まってるのが苦しいのかな。
嫌がるノアールでさえ可愛すぎる。
「ふふ。ノアール。可愛いよ。似合ってる」
【ほんと!?じゃあ、とらなくていいよ】
ドヤ顔で蝶ネクタイを見せてくるノアールがほんともう可愛い。
「それとレディー。良ければ少し話さないか」
レイの表情は断らないでくれと言っていて、王様から念を送られているのが原因。
めちゃくちゃ気を遣ってくれている。私が困らないように。
そしてやっぱり、巻き込まれたレイが可哀想。
優しさを無下には出来ずに小さく頷く。さっきまで囲まれていたのに自然と道が作られる。
男性陣には断りを入れると、激しく首を振りながら身を引いた。
王弟殿下で宰相。身内でもない限り割って入ってくるのは難しい。
よっぽど鈍感か無神経か、自信があって勇敢を無謀と履き違えている人でないと。
これ以上ないガード。
会場内は騒がしいからと、テラスに移動した。
レイはアルコールを、私はカクテルを持って。
カクテルといってもお酒ではない。
成人がアルコールに対して未成年がジュースというのは響き的に……という制作側の意見から炭酸ジュースをカクテルと呼ぶようにしたとネットで読んだことがある。
二種類しかないけど。青と緑。両方ともサイダー。
わかりやすく言うとクリームソーダのアイスが乗っていないバージョン。
確かにジュースよりもカクテルのほうがお洒落ではあるし、大人びてはいるけども。
ただのジュースもこんな綺麗なグラスに入ってるだけで高級な飲み物にしか見えない。
「ノアール。飲んだらダメよ」
匂いを嗅いで舐めようとするノアールをグラスから離す。
じっと私を見つめたあと、ぴょんとレイの肩に飛び乗った。
珍しい。私以外の人に乗るなんて。
体が小さく体幹がしっかりしているノアールはトテトテと腕を歩く。
今度はレイの飲み物をロックオン。アルコールはもっとダメなのに。
匂いを嗅いだノアールは顔を赤くしながらバタンと倒れた。
落ちる前に受け止めたおかげでノアールに怪我はない。
すっかりダウンしたノアールを抱いたまま、レイと肩を並べて街の明かりを眺める。
ここからの景色も綺麗だな。
「レイアークス様が未だに独身なのはなぜですか?」
今なら時間はあるし、聞いてもいいかなと思った。
レイは視線だけ動かして私を一瞥して、夜景を見ながらお酒を一口飲む。
無視された……よね。今。
もしかして地雷だった?
プライベートすぎることに赤の他人が踏み込みすぎるのは良くないか。
話題を変えよう。
「王族主催のパーティーって豪華ですね」
また一口飲んだ。それだけ。
そっか。身分があまり好きではないレイからしたら、この話題もNG。
となると、王子のことも触れないほうがいいか。
遠目からだったけど功績を称えられた王子は元気そうだったし。
丈夫というのはあながち嘘ではない。
「いや、てか!おかしいですよね!?急に無視される意味がわからないんですけど」
踊ってるときは普通に会話してくれていたのに、二人になった瞬間に口を閉ざす理由って何?
私の発言が気に入らなかったとかなら、言ってくれないとわからない。
してはいけないこと、既にやってしまったことなら教えて……くれないと。
間違ってることを教えてもらえないのは辛い。見放されて切り捨てられる感じがする。
心が……痛い。
「公の場ではあるが、今は二人きりだ。呼び方も話し方も、かしこまる理由はあるのか」
「……え?まさか、そんなことで無視したんですか?」
「私にとっては重要だ。王弟でも宰相でもない。一個人として接して欲しい」
「わかりま……わかった」
子供っぽい一面がおかしくてつい笑みが零れる。
人の上に立つ身分で生まれた人は、早々その身分を手放せないし、奪われることもない。
私達が知らないだけで苦労していたんだな。
「レイはどうして独身のままなの?女性恐怖症とか?それとも初恋の人が忘れられないとか?」
「期待に応えられなくて悪いが、誰かを好きになったこともない」
「それは……ごめん」
「なぜ謝られたのかは敢えて聞かないが。そんなにおかしいか。恋愛経験がないのは」
「おかしいというか。理由は気になる」
レイは会場内にいる王様を見ながら、半分残ったお酒を飲み干した。
「私は器用な人間ではない。それだけだ」
そして、語ってくれた。
独身を貫くと決めた理由を。




