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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第二章

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生まれたくはなかった

 その日の夜。夢を見た。どうして夢とわかるのかは、わからない。ただ、夢であるとわかるのだ。


 夢……にしては体が自在に動く。


 背景は真っ黒。いや、全てがだ。目に映るもの全てが果てしない漆黒。


 体が光っているから周りが少し見えるだけで、ここは闇の中。


 手の感覚を確かめた後、続いているかもわからない暗闇を進む。


 時折、立ち止まっては振り向く。何もない。私が通った形跡すら。


 鳥肌が立つ。心做しか寒さを感じる。


 怖いのに早く夢から覚めて欲しいなんて思わない。むしろ、逆。まだ、目覚めないで。


 誰に祈ったのか。


 再び、歩き出す。進まなくてはならない。私はこの道を。ひたすら真っ直ぐ。


 根拠のない、謎の直感がなぜ、私の足を動かしたのか。答えを見つけた。


 目の前には膝を抱えて座り込むシオン。幼い。五~六歳ぐらいだろうか?


 彼女の体もまた、同じように光っている。一つ違うのは、光が薄く消えかかっている。


 向かい合うように正面に腰を下ろす。


 シオンは泣いていた。声を出さずに。一人静かに。


 頬を伝う涙があまりにも綺麗すぎて、息をするのを忘れてしまう。


 瞳には生気がなく、そっと触れてみた体は嘘のように冷たい。


 「生まれてこなければ良かった」


 ポツリと呟いた。


 悲痛な叫びに聞こえた。


 シオンの体が少しずつ成長していく。十六歳のシオンにも幼さが残る。


 美しい瞳に色はない。虚ろ。


 「誰からも愛されないとわかっていたら、生まれてきたくはなかった」


 触れていた手から、シオンの記憶や感情が流れ込んでくる。


 ──ああ、これは……痛い。


 辛いではなく痛いだ。


 ノアールとの日々は優しく愛おしいもので、幸せであったはずなのに。それさえを覆い隠してしまうほどの絶望。


 薄々感じていた真実から必死に目を背けてきたのに。

 そうでもしないと、あまりにもシオンが報われなさすぎる。


 子供の取り替えなんて公爵夫人一人では絶対に不可能。取り替える子供の母親の協力なくしては。


 夫人は実家で出産している。一人目も二人目もそうだったから、特に怪しまれることはなかった。どうせ公爵は、出産には立ち会わずに仕事ばかり。


 子供も実家に連れて行かなければまずバレることはない。


 ユファンが生まれる時期に運悪くシオンも生まれた。


 しかも魔力を持っていたから、尚のこと取り替えるにはちょうど良い。都合が良かったのだ。


 愛する夫の、自分への愛を確かめる道具として。


 親が平民の場合でも、子供は必ずどれかの属性を持つ。加えて公爵は五大魔法全てを持っているため、どんな属性になろうとも問題はない。はずだった。


 ──シオンが闇魔法でさえなければ。


 三人の魔力の高い子供を生んだことにより、公爵夫人の体は弱りそのまま……。上級貴族の子供は潜在魔力が高すぎるため、そういう死因は貴族では珍しくない。体の弱い人は一人生むので命懸け。体が丈夫だった公爵夫人も結局……。


 公爵夫人が死んでしまったことにより、侍女は口を噤むしかなかった。公爵夫人がいなければ子供の取り替えは侍女が勝手に行った(おこなった)こと。罰せられるのは侍女。


 いくら気に入られていたとはいえ、守ってくれる主人のいない一介の侍女なんて簡単に切り捨てられる。

 仕事をクビになるだけならマシ。最悪、公爵夫人の実家が再雇用してくれるから。


 が、問題はそれではなく公爵家への侮辱から死罪になっても、おかしくはない。迫り来る死に怯えながら一生懸命考えたのでしょう。その結果、(シオン)を生んで死んだことにすれば、全ての罪を着せられる。


 お腹を痛めてシオンを産んだ母親は口止め料として、一生遊んで暮らせる大金を手に入れた。


 母親はバカではない。欲をかいて毎月お金を要求して命を危うくするぐらいなら、お金の受け取りを一回だけにして、その額を増やした。


 元々、支払われるはずだった金額に公爵夫人の宝石も手渡した。


 一蓮托生。母親と侍女が共犯になった瞬間。


 その日のことを忘れて生きていくことを約束させることで、母親には今後一切、近づかないと誓った。


 恐ろしいのはその後だ。万が一にも娘のことがバレないように、事故に見せかけて殺したのだ。母親の夫、シオンの本当の父親を。


 ゲームにも描かれていない情報をなぜ私が知り得ているのか。


 私とシオン。決して触れ合うことのない二つの魂が交わることで、運命の日とでも呼ぼうか。その日の映像が鮮明に頭の中に浮かぶ。


 出産の場に男性が入ることは禁じられていて、助産師さんが子供が生まれたと父親を呼びに行った隙に赤子をすり替えた。


 お金で売られて、当然のことながら親の愛情なんて一ミリもなくて。


 忘れてしまっているわけがないんだ。本当の娘がシオンであると。


 公女が(わたし)と知りながら、本心として悪く言うのだから心が砕ける。良心の欠片もない。


 自分の娘はたった一人。ユファンだけであると、シオンを奈落の底に突き落とした。


 母親からしてみればシオンは金の成る木だったのかもしれない。大金が手に入ったら用済み。気にかける価値もない。


 それでも!!庇って欲しかった。


 ユファンを突き落とそうとしたと噂が一人歩きしたとき、決めつけるのではなくて……。


 もし、もしも。庇って信じてくれていたのなら、シオンは砕けた心の一欠片だけでも拾うことは出来たはずなんだ。


 ユファンを溺愛するのだって、いつの日か真実が明るみになったときに庇ってもらうため。


 平民は貴族に楯突けない。無理強いされたと言い張ればそれまで。


 ゲームのエンディングでも、母親の存在は受け入れられて今までユファンを育てたことを感謝されていた。


 ユファンの育ての母として全てを許されたのだ。そして……。ユファンの第二の母として幸せを手に入れた。


 貴族に仲間入りしたわけではないけど、公爵家に召し上げられたのだ。使用人として。


 なぜ?なぜなの!?


 生まれただけのシオンだけが、嫌われ罰せられるのは。


 ──何がいけなかった?


 分不相応に魔力を持って生まれたこと?


 おぞましいと中傷される姿だったから?


 生まれたことが罪ならば、シオンだけが罪人として裁かれるのはおかしい。


 等しく全員が、裁きを受けなければいけないのに。


 ──あ……だからシオンは、自分で自分を飲み込んだのか。


 生きているのが辛い。死ぬのは怖い。


 その結果、意識も思考も命以外の全てを闇で飲み込んだ。


 それだけが唯一、シオンに残された選択肢(みち)


 空っぽとなったシオンの中に私が転生した。


 そして……私が入ったことにより私の持つ知識がシオンに流れ込み、知ってしまった。


 自分が何者で、愛されない理由さえ。


 「確かに貴女の生まれた国は最低な人ばかりだった。でも、優しい人はいたよ?」


 優しさに疎かったシオンは、ブレットの優しさに気付けなかっただけ。


 もしも一度でも、目に見える形で誰かに優しく接してもらっていたのなら。きっとブレットの優しさにも触れることは出来た。


 笑い合えるような、それこそ友達のような関係性になっていたのかも。


 あらゆる可能性(みらい)は自己満足の愛のために奪われた。


 「ノアールはずっとシオンのことが大好きよ。愛してるって言ってくれてた」

 「ノアールが人間なら良かった」

 「うん。そうだね」


 ノアール以上にシオンを愛してくれる男は現れないだろう。


 先に死ぬことはなく、死ぬまで傍にいてくれる。愛しく名前を呼んでくれて、家族になってくれた。


 独りから二人になって、どんなときも変わらずに名前を呼んでくれることがどれだけ嬉しかったことか。


 誰にも呼ばれぬ名前ならいっそ、忘れてしまいたいと願う日もあった。


 愛おしい日常だった。


 初めて見つけた優しい世界。叶うなら生きていたかったのだろう。


 誰もいない、二人だけで。


 晴れやかな青空と太陽が輝いて。夜は月と星が照らす、そんなありきたりでシンプルな世界。


 「リーネットの人達は誰もシオンを否定しない。ねぇシオン。ここでもう一度、やり直してみない?」


 涙を流す瞳がゆっくりと私を捉えた。


 「自分が何を言っているかわかっているの。私が表に出たらアンタは死ぬのよ」

 「だってこの体はシオンの物なんだから、私がいなくなるのが筋だよ」


 私の心配をしてくれるシオンはやっぱり優しい。


 他人を思いやる気持ちを箱の中に詰め込んで、他人も自分も拒絶して。


 それはきっと、毎日のように吐き出される言葉の暴力と痛みと。


 生きていることを否定されながらも、生かされ続けた苦しみのせい。


 「私はシオンが嫌いだった。何コイツ!って悪態ついてた。シオンのことを何も知らないくせに」


 ゲームのキャラなんて作り物。小さな画面の中で、決められた台詞と行動を取るだけ。


 こんな風に世界があって、感情を持って動いているなんて想像もしていなかった。


 実際にシオンになってみると、目に見える設定だけじゃわからないことを体験した。


 シオンは愛されたいから悪女になったのではなく、愛されないから悪女になったのだ。


 悪は必ず断罪される運命。


 それは共通の認識。なぜ悪になったのかなんて、誰も考えない。私だってその一人。


 ヒロインのライバルは悪役令嬢と相場が決まっている。


 そう……思っていた。


 「私はもういい。疲れたんだ」

 「シオン!やり直せるんだよ!?ここから!!」


 涙を拭いたシオンは細く折れてしまいそうな腕で私を抱きしめた。


 「ありがとう、サクラ」


 優しくて温かい声。


 さっきまで冷たかった体は温かくなり、ポワッと光った。


 「お前は自由よ。この体を捨てるも良し。好きにしていい。私には未練などない」


 目が覚めると私は泣いていた。


 気のせいではない。ずっと私の中に在ったシオンはいなくなっていた。


【シオン?どうしたの?】


 流れる涙を舐めながらノアールは心配そうな顔を浮かべる。


 いつからシオン(わたし)(わたし)だったのだろうか。


 意識を取り戻したのは入学式の朝。シオンが全てを諦めたのはもっとずっと昔。


 私はシオンの記憶を頼りに、シオンで在っただけの偽物。


 ──私は偽物令嬢だったんだ。


 でも!これだけはハッキリしている。ノアールを見つけたのも助けのも私じゃなくてシオン。


 あぁ……無理だったんだ。ノアールがいてくれても、砕けたシオンの心が完全に元に戻ることはなく。


 人に、世界に、自分に。絶望した。


 ──もういない。この世界のどこにも。


 捜しても見つからない。


 シオンは殺された。殺したのは世界であり人であり、私。


 ごめんね。ごめんねシオン。


 何も知ろうとしないのにシオンを悪者と決め付けて。


 どんなに話をしてもシオンの決意は変わらなかった。だってシオンは、家族に愛されたかったのだから。


 もっと早くに気付くべきだった。私がここにいるなら、本物のシオンはどこにいるのか。


 シオンはずっと砕けた心の中で独り泣いていた。


 ごめんだけでは足りない。どんな言葉で謝ればいいのか。


 泣いて泣いて泣きじゃくる私をノアールは必死に慰めてくれるけど涙は止まらない。


 シオンは私に好きにしていいと言った。本物が消えても、この体はシオンでしかない。これまでの行いが一緒に消えるわけではなく、私がシオンとして生きていく必要はないと別の道を用意してくれたんだ。


 解釈違いでなければ、私は死ねばまた別の誰かに転生する。


 第三の人生を歩めるということ。


 真っ当な人物。誰にも嫌われない普通の人間として。


 シオンからのささやかなプレゼント。


 ──誰がそんなことするもんか。


 私はシオンとして生きていくことを決めた。


 痛いも苦しいも全部、背負って生きる。シオンが自分自身にさえ未練がないように、私もシオンを虐げてきたあの国も人々にも未練はない。


 新しい人生を歩むのはこの国で。


 溢れる涙を拭いて、ノアールを抱き上げた。


 「もう大丈夫。心配かけてごめんね」

【こわい夢、見たの?】

 「ううん。悲しい夢よ」


 ノアールはじっと私の目を見つめた後、顔をスリスリしてきた。


 何も言わずに慰めてくれる紳士なノアールの可愛さにキュンとする。


 心の寂しさがすぐに埋まることはないけれど。


 しばらくは胸の痛みを抱えながら、生きていけたらと思った。


 私だけは覚えている。この世界で生きた優しくて不器用な、愛を求めた悲しい少女のことを。


 まずは昨日の女の子の家に行こう。私には誰かを治し癒す力はない。嘘をついて期待させてしまったことを謝らなければ。


 下に降りると朝食の用意がされていた。まだ材料がないため私が起きる前に買ってきてくれていた。


 「お嬢様。目が赤いですが、何かあったのですか」

 「夢を見ただけ。大丈夫だから心配しないで」


 どうか神様。


 次にシオンが新しい命として生まれてくるときは、世界中の人に愛されなくていい。家族と友達と、大好きな人に愛されるような普通の女の子にしてあげて。


 魔法も、もちろん戦争もなくて。多少の争いは仕方ない。


 生まれたことを否定されずに、生きることを拒絶されない。人間が持って生まれる当たり前の特権(ふつう)に囲まれて。


 家族は両親が揃っていて、兄弟は……兄はいらない。妹か弟。姉でもいいな。めいっぱい甘やかしてくれるような。


 そんな、ここではないどこか別の世界で生きて欲しいと願う。


 シオン。貴女が私にくれたプレゼント。自分のために使って。


 風が吹いた。私の体をすり抜けたような気がした。


 大丈夫よ。私はもう泣いていない。


 心配してくれてありがとう。


 忘れないからね。ここで生きた、不器用で優しい女の子。

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