無能な聖女
平民が暮らす街はどこも同じ。そこそこ広くて、人々は活気に溢れている。
違うことが一つあるとすれば、それは……。
「わぁー!猫だぁー!可愛い!!」
黒を嫌わないこと。
ノアールに子供が集まる。
【シオン。助けてーー】
「みゃあみゃあ言ってる」
子供というのは加減を知らないもので、ノアールがもみくちゃにされるのが面白い。
紳士なノアールが子供相手に手を出すわけもなく、されるがまま。
懐かれすぎて困惑しているのも事実。
自国にいた頃は怪訝な目を向けられ、石を投げられていたノアールもここでは愛される。
「お姉ちゃんは聖女様なの?」
気配なく後ろに立っていた女の子は裾を引っ張った。
女の子はボロボロの服を着てやつれている。
今でも私を公女と思ってくれているメイは女の子を引き剥がそうとするも、それは止めた。
目線を合わせて、どうしたのか聞くと目に涙をいっぱい溜めて、すぐに流れ出す。
「ママを助けて下さい」
ノアールはまだ子供達に囲まれたまま。この場はメイに任せて私は女の子の家に行ってみることにした。
一人で出歩くのは危険だと言われたけど、この国に危険はないと思う。むしろ、加減を知らない子供達によってノアールが潰されないかだけが心配。
私の魔法を知るわけでもない、恐らく、髪の色だけで聖女だと思っている必死な女の子。放ってはおけない。
女の子の家は近くで、中に入ればすぐ大人の女性がベッドで横になっていた。周りには幼い男の子が二人。
家の中はかなり埃っぽく満足に掃除が行き届いていない。
ベッドの女性は母親。母娘共にやつれて食事を摂っていないのがわかる。
近寄ってみるの、母親の両目には深い傷跡があり、そのせいで目が閉ざされてしまっていた。
この世界には食べられる薬草があり(美味しいわけではない)、それを採りに行ったとき魔獣に襲われた。そこは今まで魔獣が目撃されたことのない高原で、平民がよく薬草を採取する場所。
見回りのために騎士がいてくれたおかげで命は助かったけど……。
父親はいないのか。
母親が働けなくなったことによりお金を稼ぐことも出来ずに、こんなにやつれてしまった。
近所の人が料理を分けてくれるも、母親と下の子にあげて自分は何も食べない。
小さな体で一生懸命母親の代わりを務めようと努力している。
「聖女様。お母さんをまた、見えるようにして下さい」
私は聖女ではない。
言おうとしてやめた。この子は藁にもすがる思いなんだ。
目の前に現れた希望に手を伸ばさずにはいられない。
私だって助けられるものなら助けたいよ。
でも、私の魔法は闇であり光ではない。回復は使えないのだ。
ここにユファンがいたらすぐにでも治してあげるんだろうな。
簡単に「出来ない」と言えるわけもなく。レイが言ってくれた、私は聖女という言葉を信じて祈るしかなかった。
ただの気休めなのに女の子は泣きながら何度もお礼を言ってくれた。なけなしのお金を払おうとしたから、それはもう全力でお断りした。
──見えるわけないのに……。
私が祈ったところで何かが変わるわけではない。
加護?
そんなものあったって、怪我の一つも治してあげられないのなら、そんなの……。
私は無能だ。
助けられないことが苦しい。
私は特別なんかじゃないと思い知らされる。
助けてと差し伸べられた手を掴むも、助けられなかったと突き放すぐらいなら最初から関わらなければ良かった。
ありもしない希望に縋らせてしまった罪悪感が重くのしかかる。
【シオン~】
大通りに戻ってくるとノアールは解放されていた。ボロボロの状態で。
疲れ切ってしまい私の腕の中で存分に甘えてくるノアールを褒めた。
「お嬢様?どうかなさいましたか?」
「何でもないわ。丘に行きましょ。レイの側近が待っててくれてるかもしれないし」
噴水広場から続く階段を上がっていくと丘があり、そこには緑が一面に広がっていた。
転落防止の小さな柵の向こうからは国全体が見渡せる。ここには明かりがないから夜も星空が輝く。
「お待ちしておりました。レイアークス様の側近、ルイセと申します」
礼儀正しい青年は距離感を保ちながら話かけてくれる。
いや、遠いな。ニメートルぐらい離れてるんだけど。
「あの……。もう少しこっち来ませんか?」
「レイアークス様からシオン様とは距離を取るようにと言われているもので」
そんな物理的な距離を取らないとダメなの。
適切な距離感ってのがあるはず。彼にとっての適切がニメートルなら私には何も言えない。
嫌われているわけではなさそうなので、そこは安心。
単に真面目すぎるだけなのかも。
「シオン様はどんな家を建てたいのか希望はありますか」
「はい。一応は」
「では、頭に思い浮かべて下さい。出来るだけハッキリと細かく」
ルイセはその場にしゃがみ込み、地面に手を付いた。空に向かって一直線に光の柱が立つ。
一瞬の出来事で、光の柱が消えると同時にそこには二階建ての家が建っていた。
外壁は汚れのない真っ白。屋根は少し暗めの青色。
玄関を上がって左に部屋がある。そこで家族揃ってテレビを観る。奥にはキッチンがあって、いつも美味しいご飯の匂いがしていた。
二階には部屋が三つ。一番奥から順に、藤兄、私、お母さん。
家具が一切ないからか、とても広く感じる。
貴族が住むような屋敷ではなく平民が住むような家にメイは驚いていたものの、すぐに納得にした。これが私の住みたい家なのだと。
初めて見る家にノアールは玄関からちょっとだけ中を覗く。そっと前足を入れて、何もないとわかるとトテトテと中に入る。
ここは丘の上。日常で使う電気や水や火は魔道具を用いる。
魔道具を使うには魔力がいる。故にどの国も所有者のほとんどは貴族のみ。
魔力を溜めた石、魔力石があれば平民でも魔道具は扱える。
魔力石はとても高価で、結局は裕福な平民しか持っていないイメージだった。
リーネットは違う。魔道具を作る職人が大勢いて、王族や貴族が石に魔力を込めて無償で平民に配る。使い切るとまた返却して、魔力を込める。それの繰り返し。
中でも人気の魔力石は独身のレイらしい。人気すぎてレイの石は誰にも配ることなく保管されることとなった。
それなら王宮で使えばいいのにと思ったけど、王宮には多くの人がいて、彼らは皆貴族。そこまで石を必要とはしていない。
で、その石を魔道具とセットで私にくれるということは、不要な物を押し付けられたという認識でいいのかな?
文句を言うつもりはない。家を建ててもらって、魔道具や高価な魔力石をタダで貰えるんだから。
スウェロ殿下には婚約者がいてベタ惚れ。今年の冬に結婚するらしく、国民はソワソワしているとか。
「ルイセ様。リーネットには光魔法を使える人はいないのですか」
「残念ながら。怪我をされたのですか?」
「そういうわけではなくて……」
胸が痛い。
女の子はすっかり信じてしまっていた。母の目がまた見えるようになるのだと。
今日も明日も、その次の日もずっと。見えるようになるのを待つのだろう。
私の……気休めを本気で信じて。
本当のことを言ってあげるのが優しさだったのかもしれない。
今からでも行くべきなのだろうか。でも、絶望に突き落とすなんて私には出来ない。
町や領地には回復の魔道具が支給されているとはいえ、深すぎる怪我や病気が治るわけではない。
女の子の母親もすぐに治療したとはいえ、眼球を深く抉られてしまったため視力までは戻らなかった。
役目を終えたルイセはもう一人の側近、空間魔法の使い手ナンシーの迎えにより王宮へと戻る。
相談事があるならレイに伝えておくと言われたけど、「大丈夫」と笑って誤魔化した。
王宮側も魔物の被害にあった人達は把握しているはず。可能な限りの補償はしているだろうし、周りの人とも助け合って生きている。
それでも、限界というものがあり。
魔法は万能ではない。特別なのはこの世界のために作られたキャラ。主人公として生を受けたユファン達だけ。
助けを求められたのに、助けられない自分が情けなくて、嫌いになってしまいそうだ。




