闇魔法は忌むべきではない
隣国、リーネットは全体的に爽やか。
負の感情が全くないわけではない。人の人に対する態度。
常に相手のことを思いやるように接する。
どんな国なのか、もっと見て回りたかったけど、森の中で助けた金髪金眼の男性スウェロにお礼がしたいから是非にと、半ば強制的に馬車に乗せられた。
メイにも厚意に甘えておいたほうが言われた。
馬車が向かった先は、王都の中で一番大きく高い、所謂、王宮。
──………王子か!スウェロ!
金髪金眼の時点で気付くべきだった。
綺麗な顔立ち。騎士に守られる立場。私達の前で一度も名前を呼ばない。
王族要素強め。
この世界は髪や瞳は黒以外の色を用いられている。私のように暗色はなく、淡い感じの色合いは多い。
金髪はさほど珍しいわけでもないけど、金眼はほとんどの確率で王族の場合が多い。それは国に関わらず。
案内されたのは玉座の間(だと思う)。
奥の椅子には王様と王妃様が座っていて、部屋の隅には偉い役職であろう人達がズラリと並んでいる。
スウェロ……殿下の態度から勝手に、私は安全圏にいるものだと勘違いしていた。
闇魔法の使い手というだけで、蔑まれ見下されることも忘れて。
「もしや其方は、シオン・グレンジャーではないか」
王様に問われた。嘘をつくわけにもいかず、帽子を脱いで素顔を見せた。
髪を切っているため一瞬、私とは認識していなかったけど、髪の色を見て私だと認識みたい。
「あの方が《《あの》》……」
ザワつく空気の中で、ヒソヒソと話す声が聞こえる。
あのって、どの、あのよ。
唯一の公女?闇魔法の使い手?悪女?
私を表す言葉が多すぎる。
私のために怒ってくれようとするメイを止めた。
あれは当然の反応。いちいち怒る理由はない。
「噂には聞いていましたが、なんて美しい方なんでしょう」
王妃様は両手を合わせて、なんというか……そう。無邪気に喜んでいる、みたいな。
周りの人も同意したように頷く。
私達だけ状況についていけていない。
闇魔法だから疎まれ……え?
気のせいではない。ここにいる誰も、私を怖がることも、蔑んでさえいない。
──どういうこと?
説明を求めたいけど、許可なく喋るのはマナー違反。
「かしこまらなくていい。気楽にしてくれ」
スウェロ殿下は締まりのない、ヘラっとした笑顔。
威厳なんてあったもんじゃない。彼が第一王子なんてとても信じられないな。
「そうか。そちらの国では真実は公になっていないのだったな」
王様が片手を上げると部屋にいた人達は退室。私達が残された。
「真実というのは、闇ではなく光が世界を滅ぼそうとした、ということでしょうか」
そのことを知らなかったメイの目は見開かれた。
──わかるよ。その気持ち。
私だってつい最近知ったことだし。
「ほう、知っていたのか」
王様は驚き混じりに関心した。
「滅ぼそうというのは誇張しすぎかもしれんが。初代光魔法の使い手、初代国王は唯一無二の光魔法を使い世界を魅了し、自らを神と崇めさせた」
語られた千年も前の真実は難しいことはなく。
光という特別な魔法を持った初代が自分こそが特別であると思い込み、太陽を利用して人々の意識を変化させた。
誰もが初代を神と崇め崇拝する。初代のために自身の体も、命さえも差し出すほどに。
世界は狂っていた。人々は壊れていた。
自らの意志に反して行ってしまうだけで、魅了された人々の意識は完全に飲み込まれていたわけではない。
誰でもいいから助けて欲しい。声に出せない願いはいつも、人々の心の中で叫んでいた。
ある日、願いは叶えられた。
闇が世界を覆い、一切の光を奪ったのだ。
まるで世界の終焉のような。
光が閉ざされたことにより、魅了は段々と薄れていく。
強力な光魔法を完全に打ち消す方法は一つ。
平民である自分を対等だと言ってくれた、優しいかつての友を殺すこと。
闇は飲み込んだ。一人の人間と魔法を。
闇が晴れる。陽が差す。
平民は……言った。
此度の騒動は全て、この闇魔法で初代を操ったことによる、自分の責任にするべきだと。
それはつまり、世界を救った英雄を巨悪の根源とするのと同じ。
世界は闇に覆われるべきではなく、光に照らされるもの。人々の心は光が必要なのだ。
英雄はずっと信じていた。光こそが希望となることを。
「あれが最初で最後だっただろう。世界中の王が集まるのは」
王様は笑う。面白いからではない。
ただ、笑った。力なく。
英雄はありもしない自らの罪を世界に発信したのちに命を絶った。
誰が信じたのだろう。闇によって救われ守られた世界の未来。その日だけは大人から子供まで、声を上げて泣いた。
忘れない。忘れない。多くの想いは英雄と共に天に還る。
真実が隠蔽されたのは、英雄の死を無駄にしたくなかったから。死を悼むことも許されず。
百年も経てば光と闇の立場は逆転した。というのも、光魔法の奇跡が起きたのだ。
当時の王子が魔物に襲われた国民を一斉に治した。体の一部が損傷したり、毒を食らい死が迫っている者。全員を。それも何百という数を一度に。
美しい光の奇跡に魅せられた国民はいつしか、黒く不吉な闇を憎むようになった。それまでは闇魔法が世界を滅ぼそうとした、なんて古い言い伝えがあるという認識しかしていなかったのに。
誰かが「闇は悪の象徴だ」と声を荒らげたことにより、瞬く間に国全体に広がった。王族でさえ噂の訂正が出来ないほど人々は闇を表す黒、そして。黒と同列の暗い色は闇の仲間だと心底毛嫌いするようになった。
英雄が否定されていくのを見過ごせなかった王子は、国民に向かって闇魔法が世界を滅ぼそうとした事実はないと訴えた。それでも、国民は変わることはない。闇魔法は悪で、黒は忌み色。生まれてくる価値のない穢らわしいものであると。
真実を話そうとする度に英雄の最期の想いに胸を締め付けられ、言葉が出ることはなかった。
話せないことに苦しみながらも、全てを打ち明けて誤解を解こうと立ち上がっては、英雄がどんな思いで願いを託したのかを考える。
裏切れない。未来のために、自分の未来を差し出した英雄を。
願いは呪いとなり彼らを縛った。英雄は王族を苦しめるために罪を背負ったわけではない。純粋に人々を照らす象徴として、太陽のような道標となって欲しかった。
千年経った今でも王族だけが毎年、ひっそりと英雄に感謝を捧げる。真実を正せないことに涙しながら。
「シオン・グレンジャー嬢。闇魔法とは忌むべき魔法ではない。少なくとも我々は、そう思っている」
優しい微笑んでくれた。
その言葉だけで心は救われる。シオンの存在は悪ではなかった。
心を縛りつけていた鎖が一つ外れたような気がした。
「シオン・グレンジャー嬢」
「シオンで構いません。私はもう、グレンジャーではありませんので」
国を捨てた。身分を捨てた。貴族ですらない。
私はただのシオン。
あんなにも家族になりたかったはずなのに、グレンジャーと呼ばれることにこんなにも嫌悪感を示す日がくるなんて。
「……待ってくれ。君は国を出た……?ここには観光で来たのではなく?」
スウェロ殿下は聞いた。私はハッキリと答えた。「そうだ」と。
もし迷惑でなければ移住させて欲しいことも。
一同は顔を見合わせた。
いくら偏見がないとはいえ、やはり私は厄介者なのだろうか。
向こうでは嫌われ者だったし、魔法を否定していないだけで、私という存在が受け入れられるかは別問題。
悪女なんて国にとっても損害しかない。断られる覚悟はあるし、ここがダメなら別の国に行けばいいだけ。
落ち込む必要はない。
「シオン嬢。国を出たということは貴女は、自分の居場所を自国に知られたくないということでしょうか」
「出来れば」
「それは難しいですね。一年もすれば貴女がここにいることはバレる」
「なぜ、でしょうか」
「闇魔法の使い手がいる国は絶対に魔物に襲われないからです。それだけではありません。厄災や天災から守ってくれるのです」
ブレットが言っていた。
正確にはわからないけど十年以上前から魔物に襲われることがなくなったと。
魔法の属性は生まれてすぐに判明するものではない。
ある程度、成長するとその人と体に合った魔法が自然に決まるのが普通。
ごく稀に公爵のように遺伝関係なく、他属性の魔法を扱う人が現れる。
シオンが闇属性だとわかったのは四~五歳の頃。
あのときから私は、国を守っていたのか。
私を虐げるだけの国を。
「闇の加護は絶大だ。近くにいる者の魔力を何十倍に引き上げることも証明されている」
は、はは……。
魔力の質や量ならいずれ王族をも凌ぐとまで言われた二人の才能がまさか、私のおかげだったなんて。
「シオン嬢。君がこの国に住むということは、加護によって守られる。当然、いずれは隣国であるハースト国の王族はそのことに気付く」
「いいではありませんか。彼女がここに住みたいと言ってくれているのであれば」
声は後ろから聞こえた。
振り返ると、この世界では珍しい暗い色、かなり深くて渋い茶色の髪と、赤紫の瞳をしたオジサマと呼ばれそうな男性が入ってきた。
左耳にはイヤーカフをしている。何かの紋様が入っていて、あれは多分、王家の紋様。
若いイケメンばかりを見てきたせいか、歳上のイケメンは新鮮。
王様はホワンとしているからか、イケメンってイメージにならないだけ。あくまでも私の感性ではある。
上の上にカウントされる顔立ちはイケメンの部類。
公爵も顔も良いほうだけど、こちらのオジサマのほうが断然カッコ良さがあった。
ただ立っているだけなのに、イケメンオーラが漂う。
「シオン嬢。彼はレイアークス。宰相だ」
「は、初めまして。レイアークス宰相閣下」
「初めましてレディー。レイアークスだ」
握手を求められるなんて新鮮。私に触れようとしてくる人はいなかったから。
差し出された手を戸惑いながらも握った。
大きな手。大人って感じ。指も長くて綺麗。
「それと。すまないが、その呼び方はやめてくれ。嫌いなんだ」
「で、では。レイアークス様」
「レイで構わない」
「し、しかし……」
「弟が無茶を言ってすまない。シオン嬢。無視してくれて構わないから」
弟?王様の弟?
それは……王弟殿下というやつでは?
勢いよく王様を見てしまった。
うん。どうやら嘘ではなさそうだ。
「私はたまたま陛下の弟に生まれ、そのために宰相の役職に就いた。言わば運が良かっただけだ」
仕事が出来ないのだろうか。権力を持つ人の身内って、それだけで偉いし。
「王弟というだけで慕われているわけではないよ。仕事も出来るから皆は敬意を表すんだ」
──出来るんかい。
出来そうな雰囲気ではあるから、失礼なことを思った自覚はある。
「それではレイ様ではいかがでしょう」
「様はいらない」
粘っても良いことはなさそうだ。
不機嫌にさせてしまうより、彼の希望を聞いたほうがいいのかも。
王様は無視していいと言ってくれたけど、今後も付き合っていくのであれば素直に従ったほうが良いだろう。
ネチネチタイプには見えないけど、名前を呼ぶ度に不快な思いをさせたくはない。
「わかりました。今後はレイとお呼び致します。ですが、公の場ではレイアークス様とお呼びすることをお許し下さい」
国民から慕われるお方を、余所者なんかが愛称で呼ぶなんて良い気分はしないはず。
レイ……は渋々ながらにも許可してくれた。交換条件付きで。
敬語も外すようにと。
──この人は身分が嫌いなのか。
「それで?レイアークス。シオン嬢を迎え入れるというのは、どういう魂胆だ」
「魂胆だなんて、そんな……。レディーの意志を尊重しているだけですよ」
「シオン嬢の存在を隠すのは不可能ですが、どうするつもりですか」
「グレンジャー家とケールレル家の人間は問答無用で門前払いして国に入れなければいい。王族が直々に訪れるようなら私が国境に出向きますよ」
「なるほど。父上。叔父上の案ならシオン嬢を守ることが出来るのでは」
──守る?私を?
そんなこと言われたのは初めて。
闇魔法の加護が欲しいからではなく、あくまでも私が平穏に暮らせるように力を貸してくれているだけ。
リーネット国はこれといった特産や名産があるわけではない。
大きく豊かな国。それが特徴。
私はそれでいいと思う。ここの民は貴族と平民に差別はなく、身分なんてあってないようなもの。
人が温かいだけで、良い国である証拠。
人の厚意は素直に受け取ると決めたけど、相手に迷惑をかけるのであれば悩んでしまう。
私がリーネットで暮らすようになれば、国境警備隊はグレンジャー家とケールレル家が来てしまったときに戦わなければならないかもしれない。
あんな奴らでも強い力を持っていることに変わりはない。
怪我をしたらどうしよう。最悪、死んでしまうかも。
回避出来る未来を無理に歩む必要はない。
「そんなに心配ならレディーの加護を我々に与えてくれればいい」
「加護を与える?」
「ハースト国は英雄の意志を汲んで真実を公には出来ない。だが、世界は違う。闇魔法を持って生まれたレディーは聖女だ」
悪女とは真逆の存在。
清く美しいとされ、平和の象徴。
力強く真剣な瞳。からかっているわけではない。
少しぐらいなら、自惚れてもいいだろうか。
私には誰かを治すだけの力はないし、世界を救うなんて大それた使命もないけど。
理不尽に攻撃されることも、虐げられることもなくなるのであれば……。
普通に生きることを望んでいた。
ここでならそれが叶う。
望みを口にしたら叶えてくれる人達がいる。
「私はリーネットで暮らしたいです。迷惑で、ないのなら……」
「迷惑ではないよ。シオン嬢。約束する。必ず君を守ると。君が望まぬことを強要もしない」
最大限、私のことを考えてくれている発言。
いるんだ。損得勘定なしに他人を思いやれる人。
だから、この国の人はみんな温かいのか。人の上に立つべき王族が、決して驕ることなく対等に見てくれている。
こんなに有難いことはない。
「国王陛下。恐れながらも発言してもよろしいでしょうか」
「何かね」
「お嬢様の魔法がそんなに特別であるのなら、国としてはお嬢様を手放したくはないはず。なぜ、婚姻で縛ばらなかったのでしょうか」
「権利がないからだ。彼女を縛る権利は誰にも持ち合わせていない」
「自由なんだよ。侍女殿。闇魔法の使い手は。決して縛ってはならない。行動の制限をさせてはならない。どの国にいるのか、全ては本人の意志で決める」
『君を縛るものなど存在しない。君は自由だ。君の決断を受け入れこそするが、否定し責任を擦り付けることはしない。絶対に』
王太子はそう言ってくれた。
闇魔法を使う私は自由。どこに行くにも誰の許可もいらない。
わかっていたんだ。私が国を出て行きたがっていたことを。
文字通り、背中を押してくれた。私の迷いを断ち切るように。王太子には感謝しかない。
──いつか恩返しが出来たらいいな。
「私からも一つ。この子……ノアールのことなんですが。動物も魔法を使ったりするのでしょうか」
ゲームのメインは人間。当然のことながら、ノアールの描写は一度として描かれていない。
もしかしたら、王立学園で習うことだったのかもしれないけど、私はもう通っていない。退学届(出してない)も受理されてるだろうし。
闇魔法に詳しい王族なら何か、ノアールのことについて知っているかも。
疑問に思うようになった原因を話した。
またまた一同は顔を見合わせた。というよりは、レイに視線が集まる。
「私の鑑定魔法で見てみよう」
鑑定魔法?初めて聞く。
魔法とは五大属性にプラス光と闇。そんなどこにも分類されない魔法があるんだ。
補足として付け加えられた情報として、レイは鑑定魔法を嘘発見器と呼んでいるらしい。
だからか。レイ自らが国境に出向くと言ったのは。鑑定魔法を使えば相手の本心さえも見抜く。
交友とか、そういう建前に隠した本音を暴くことにより、私を連れ戻そうとするなら追い返すつもりなんだ。
「触れても構わないか」
「はい!どうぞ」
ノアールを差し出すと、目を丸くしながらもレイの指は私の頬に触れた。
──私か……!!
顔が笑ってる。いたずらっ子のように。
敢えて私に、って言わなかったな。この人。
良い性格をしている。
「なるほど」
指を離したレイはノアールの頭を無でた。
「この子は神獣だ」
「…………はい?」
「とは言っても、元はただの動物。レディーの傍にいたことにより、加護を受け闇魔法の恩恵を一番受けた。そのおかげで、神獣にランクアップしたのだろう。驚くことではない。遥か昔。西の国に生まれた闇魔法の少年は、巨大な大蛇と生涯を共にしたと聞いたことがある」
恩恵を受け、進化したことにより私が得るはずだった最上級魔法をノアールが習得した。
それは不思議なことではなく、よくあることだとか。
中級魔法を習得するのが一般的であり、上級を超えた最上級は余程、心が通じ合っていなければならないらしい。
ノアールはシオンに拾われてから、ずっと一緒にいた。苦しくて辛いときに、誰よりも傍に。
その時間が反映されてノアールは特別となった。
ノアールが人間の言葉を喋り、私にだけ聞こえる理由もまさにそれ。
私が望み、ノアールが望んだ。
意思の疎通が出来たらと。
もちろん、傍にいてくれるだけで心は安らいでいたけど、時々、どうしようもなく思う。
──もしも、話が出来たらノアールとの時間がもっと愛しくなる。
初めて会ったときからノアールはずっと私を愛して、好きだと言ってくれていた。
想いが伝わらないことがもどしくて。
初めて言葉が通じた日。一生分の「大好き」をノアールがくれた。誰よりも多く私の名前を呼んでくれた。
愛される喜びを知っていたノアールだからこそ、私を愛してくれた。
「シオン嬢は知り合いがこちらの国にいるのかね?」
「いいえ。ただ、ここは豊かで良い国だと聞いたから。それでその……家を建てたいのですが土地をお譲り頂けないでしょうか。お金は払います!」
「土地の一つや二つ、差し上げることは構わない。わざわざ建てなくても、王宮に部屋を用意させるが」
「丘から見る景色が綺麗だと。そこに家を建てて、静かに暮らせたらいいと思って」
「……なるほど」
「レディーが言っているのはモーイの街のことだろう」
レイは小さく息をつき、王様よりも先に家を建てるための魔法使いを丘に向かわせてくれると約束してくれた。
その人はレイの側近で、やはり五大属性を持たない者。
闇魔法の加護は今すぐじゃなくていいらしく。居場所がバレるまでは時間はある。
半年から一年。それぐらいの猶予があれば、加護は国全体に働きそれぞれの魔力は今より増える。
特定の人の魔力を増幅されるなら、祈ればいい。
魔法が貴族の専売特許なら、祈りの力こそ聖女の専売特許。
何をどんな風に祈るかは私次第。
私はただ、怪我をしないように、彼らや彼女らが幸せに暮らせるように、そう祈るだけ。
「そうだ。レディー。正体を隠したいならその髪色は目立つ。希望の色があれば変えよう」
レイは鑑定魔法と自在に色を変え操る色彩魔法の二つを持っているらしい。
特別な魔法を持っているなんて、普通に感心してしまう。
「黒。ノアールとお揃いの黒がいいです」
「承った」
右手で私、左手でノアールに触れた。
ノアールの体が光り、ポワンと黒いシャボン玉のような物が浮き出る。ユラユラと飛んできては私の頭上で破裂。
王妃様の作られた水鏡に映る私は黒い髪をしていた。
【お揃い!?シオンとぼく、お揃いだぁ!!】
パタパタと尻尾を振って喜ぶノアールに癒される。
私だけでなく、全員がホンワカしていた。
ノアールの可愛さが証明されたことが嬉しくてつい笑みが零れる。
闇魔法を嫌悪しないこの国の人は黒を嫌わない。
黒髪になっても変わらない態度に安心さえ覚えた。
髪の色を変えられるなら瞳の色も変えられるのではないだろうか?レイは王族には珍しい金色の瞳を持たない。
──嫌な思いをしていなければいいんだけど。
普通と違うだけで、人は人を嫌う。集団心理は恐ろしい。
周りが否定するから自分も否定していいと錯覚する。
「レイの髪は温かみがあって、とても素敵な色ね。それに瞳も。赤色の暖かさに紫の穏やかさ。優しい人にピッタリの色だわ」
つい、偉そうなことを言ってしまった。うわー、何様だよ私。
心の中で激しく反省していると、レイは怒ることなく褒められたことに対してお礼を口にした。
怒ってないなら良かった。
「シオン嬢。街を見てくるといい。君が暮らす街を。気に入ってもらえるかはわからないが、差別のない平等な国を私達は目指しているつもりだ」
街は見て回る予定だった。
これからお世話になるし、挨拶もしておきたい。
私の身を案じて護衛を付けてくれようとするスウェロ殿下には申し訳ないが、全力で却下させてもらった。
王都を出て五分ほど歩けば着く。そんなに遠くはないのに馬車を用意するなんて言うから、心遣いだけを貰い断った。
私は名字を持たない平民。特別扱いをされる理由はない。
優しくて温かくて良い人に囲まれたこのリーネット国でなら、前世のようにまた、人を好きになれる気がした。
恋愛的にではなく人として。厚意的な意味としてだ。
やはり私は人を嫌いなままでいたくない。




