番外編 忌むべき色、大好きな人【ノアール】
ぼくのお母さんは真っ白。フワフワしてる。
ぼくは……真っ黒。フワフワしてる。けど……。
「ごめんね。貴方は連れて行けないの」
お母さんは悲しそうにそう言った。
待って。置いて行かないで。
鳴きながら必死に後をついて行く。
一緒にいたいよ。
黒く生まれたから、ぼくのこと、きらいになったの?ごめんね!お母さんと一緒の色に生まれてこれなくて。
どんどんと進んで行くお母さん。どんなに足を動かしても追いつけない。
置いていかれることが寂しくて、目からポロポロと淚が流れる。
独りぼっちになってしまって、どこに行っていいのかわからずフラフラと彷徨う。
人間に見つかると追いかけられて、痛いことをされる。
ぼくは小さいけど、黒いから目立つ。
「あ!黒だ!!」
「こんなとこにいたぞ!」
「おぞましい!」
「あっちへ行け!」
「黒は化け物の色だ!」
多くの人間の目が一斉にこっちに向く。
生きるために大事な心臓が大きくはねた。
ぼくと同じ猫には笑顔で、優しい手で頭や体を撫でるのに。ご飯をあげるときだってある。
同じ生き物なのに、色が違うだけでそんな目を向けられる。
通せんぼをするみたいに道を塞ぐ。後ろは行き止まりで逃げ場はどこにもない。
漠然とした《《何か》》が迫ってくる。目には見えないような大きな力が、すぐ傍まできていて。
全身が震えた。
──いやだ。怖い。お母さん……!!
どんなに叫んでもお母さんはいない。
ぼくは独り。
黒いから置いて行かれた。ぼくがこんな色でなければ……。
「んしょっ」
大人の隙間を縫って前に出てきた子供は何かを握っている。
「「せーのっ!」」
【う゛みゃっ!】
投げ付けられた石がお腹に当たる。顔にも。
強い衝撃は全身に痛みを走らせた。
「やった!化け物を倒したぞ!」
「世界の平和は守られた!」
石をぶつけられたとこが痛くて、血もいっぱい出た。
息を吸うと体の内側が焼かれたように熱い。なるべく呼吸を浅くしても、熱さは収まってくれなかった。
意識が朦朧として、体に力が入らない。
このまま死んじゃうのかな。
「何をしているの」
「ひっ……こ、公女様…」
笑って見ていた人間と、ぼくに石を投げた人間達は何かに怯えるように逃げて行った。
人間がいなくなったことで、冷たい風が体に滲みる。
「貴方も独りなの?」
声がした。
ぼんやりとして視界に人間らしき子供が映った。
顔のない黒い影が大きく伸びてくる。どうして、ぼくだけがこんな目に……。
また痛いことをされる。
伸ばされた手を引っ掻いた。最後の力を振り絞った抵抗。
そこから流れる液体は痛いときに流れる血。
今のぼくと同じ。
どうしよう。まだ子供なのに、酷いことをしてしまった。
人間は痛いことをしたぼくを怒ることなく、体を持ち上げた。
「生まれただけなのに嫌われて……ただ、嫌われるのは辛いよね。独り者同士、仲良くしましょ」
人間は……泣いていた。夜空に輝く星のように、綺麗な涙を流して。
ぼくが泣かせてしまった。
【みゃー!みゃー!!】
ごめんね。ぼくも痛いのはいやなのに、傷つけて。
「一緒にいてくれるの?じゃあ、名前がいるわね。うーん……ノアール。貴方は今日からノアールよ。黒って意味なんだけど、可愛いでしょ?」
『あ!黒だ!!」
『こんなとこにいたぞ!』
『おぞましい!』
『あっちへ行け!』
『黒は化け物の色だ!』
黒はダメな色。
ぼくは世界から弾かれた。
ただ、黒く生まれただけなのに。
「これからよろしくね。ノアール」
人間は泣きながら笑った。
へんなの。
涙は痛いときに目から流れるもの。
笑顔は嬉しいときに浮かべるもの。
へんなのに……。体の痛みとは別の痛みが、胸をぎゅーってした。
【みゃー!!】
僕は呼んでもらえる名前を貰ったのに、人間の名前を知らない。
【みみみ!みゃゃぁー!】
名前は!?君の名前!!
誰にも呼んでもらえらないのは寂しい。
「大丈夫よ。すぐに手当てしてあげるからね」
連れて行かれたのは小さな建物。
ぼくみたいに怪我をした猫や犬がいっぱい。
「この子を看て!早く!」
「わ、わかりました。お預かり致します」
大きな両手にぼくを乗せた手は震えていた。
扉の奥にある部屋には台があって、そこに寝かされる。
「いいんですか?順番を抜かして」
「君は来たばかりで知らないのか。あの方は公女様だ。機嫌を損ねると殺されるから、常に優先するように」
「あぁ。闇魔法の」
「よりにもよって、こんな黒い猫を持ってくるなんていい迷惑だ。黒なんて不気味な。闇魔法を使う奴は頭もおかしいってことか」
ぼくを拾った人間に黒なんてないのに、すごく嫌われている。
言葉の意味こそわからないけど、とても酷いことを言ってるんだ。
ぼくのことを気味悪がらない優しい人間なのに。
ブクブクした水に包まれた。
「動物専用の治癒道具って何百年も昔に他国の光魔法を持った人が作ったんですよね」
「回復能力を持つのは光魔法だけだからな。我々のような凡人な人間にも治癒が行えるのは有難い」
「動物は人間よりデリケートですもんね」
「一回使えば、魔力が回復するまで二時間程かかるのが不便ではあるが」
体のあちこちが痛かったのに、水に包まれながら光を浴びたら、痛いのが消えた。
閉じられていた扉が開いた瞬間、ぼくを待ってくれてる人間の腕に飛び込んだ。
【みゃー!!】
治してくれてありがとう。
「元気になって良かった。お金は公爵家に取りに来て」
「か、かしこまりました」
これから、どこに行くんだろう。
どこでもいいや。ぼくはこの人間と一緒ならどこでも。
…………はっ、まだ人間の名前聞いてない。
【みゃー!!】
名前教えて!
腕を叩くと、優しく頭を撫でてくれた。
これ、気持ちいい。喉からゴロゴロってへんな声が出る。
「ノアール。貴方はもう独りじゃないからね」
【うみゃ?】
「私がずっと一緒にいるからね。母猫の分まで私がノアールを守ってあげる」
お母さんは泣いてた。
黒く生まれてしまったぼくと離れるのが、寂しくていやだと。
いっぱい頭をスリスリしてくれて、苦しいぐらいに体をギューって寄せてくれた。
ごめんねって謝りながら、何度も何度も振り返りながら、空に続く光った道を昇って行った。
──そっか……。お母さんはもう……。
生まれたときから真っ黒なぼくを、愛して愛して、守ってくれていた。
お母さんの真っ白で綺麗な体は赤黒く汚れていて、ぼくを庇って死んでしまったんだ。
どうして今まで気付かなかったんだろう。
地面に倒れたお母さんは最後の力を振り絞って、ぼくの頭を撫でてくれた。優しくて温かかった。
動かなくなったお母さんは人間に連れて行かれて、どこかの建物の庭みたいなところに埋められた。その上には綺麗な花が置かれた。
ずっと昔に誰かが言っていた。生き物は死んだら天国に行くと。
天国がどんな所かわからないけど、きっと良い場所。
だって優しいお母さんが行く場所なんだもん。
「そうだ。まだ教えてなかったね、私の名前。私はシオンって言うのよ」
【みゃーっ!!】
シオン。
覚えたよ。シオン。
あのねあのね、シオン。
ぼくはお母さんに、いっぱい愛してもらって、好きを貰ったよ。
だから今度はぼくが、シオンをいっぱいいっぱい愛して、好きって言うね!
──だから……だからね……。
シオンは独りじゃないんだよ。ぼくがいるから。
もしもぼくが、人間の言葉を話せたら。シオンはもう泣かなくて済むのかな。ずっと笑っていてくれるのかな。
叶わない夢を胸に抱きながら、ぼくはシオンと一緒にいられる時間を大切にすると決めた。
ぼく達はもう独りじゃなくなったんだ。




