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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第一章

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番外編 ある男の証言【ブレット】

 公女様に代金を支払った翌日。公女様は姿を消した。


 私は見送りには行けないが、幼馴染みに公女様を無事に送り届けるように頼んだので、心配はしていない。


 公女様がいなくなったというのに、大して騒ぎにならなかった。


 皆、公爵様を困らせたいだけの、いつもの迷惑行動としか思っていない。


 「それ、多分。少し違うと思いますよ」


 公女様の噂を楽しむ婦人方の会話に割り込んだ。


 「私、よく公女様に商品を買って頂くのですが…………。いえ、何でもありません。お話の邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

 「ちょっと。気になるじゃない」

 「何よ。教えてちょうだい」

 「実は公女様……使用人に嫌がらせを受けているようなんです」

 「それは逆よ。公女様がいじめてるんだから」


 この反応は想定内。


 実際、そういう噂が流れているのも事実。


 誰が流したかなんて、今となってはもうわからない。


 貴族から平民、王族にまで公女様の悪名は広まった。


 見てもいないのに真に受けて、批判して全てにおいて公女様が悪いと口々に言う。


 だからこそ私は、この目で見たことだけを伝える。


 「いいえ、違いますよ。私がグレンジャー家の屋敷を訪問したとき、メイドはいつも笑いながら話していました。今日は雑巾を絞った水で顔を洗わせてやった。明日は熱湯を用意してやろうか。中々起きない公女様の髪を引っ張ってやった。公女様の留守中に締め切った部屋で埃まみれのシーツを叩いて(はたいて)やった、など。もっと酷いのもありますよ」


 ここまででも充分に興味は引けた。


 噂なんかよりも私の言葉のほうが真実味がある。


 当然だ。ただ流れているだけの噂よりも、実際に見聞きした人間の言葉ほど信ぴょう性の高いものはない。


 公女様に対して随分と過激なことをしていると引いているようにも見えた。


 「私が公女様にお売りした宝石を幾つか盗んでは、換金しているようなんです」

 「まぁ!それは本当ですの!?」

 「由緒正しき公爵家のメイドが盗っ人だなんて」

 「でも、そのことを知っているのなら、報告するべきでは?」

 「とても公女様本人に言える内容ではないので、兄であるクローラー様とラエル様には言いました」


 本当だ。


 あまりにも酷い仕打ちに、つい一度だけ告げ口をしたことがあった。


 だが、あの二人は……


 「それがどうした?」


 たったそれだけ。


 心配する素振りなどない。関心がないんだ。恐ろしいほどに。


 当主である公爵様は忙しい方で、商人如きが容易く会える相手ではない。


 それでも!あんな幼い子供が苦しんでいるのに黙っていられなかった。


 使用人の態度を改めさせるようお願いするめ、クローラー様に食い下がるとため息混じりに一言


 「貴様は子爵だったな?」


 私は元平民だ。


 ごく稀に魔力を持って生まれる平民がいて、私はその例外だった。魔力があれば魔法が使える。私は水魔法を使うが、貴族のように派手で強い魔法ではない。


 日常生活の足しになる程度。


 魔力があったおかげで妻と結婚出来て、婿養子として貴族の仲間入りを果たした。


 余計なことを口にすれば実家も店も潰す。そういう脅し。


 元平民だからこそ、言葉の裏や本質を見抜くのは得意。


 見て見ぬふりを……するしかなかった。


 それが最低で愚かな行為だと知っていながら。


 助けを求める幼い少女がすぐそこにいたのに……。


 私の勝手な行動で、妻の大切な実家を潰されるわけにはいかない。


 自分に出来る精一杯で、守るしかなかった。


 春夏秋冬。最低でも年に四回は呼ばれる。


 一時期、黒い猫を拾った当初はまだ大丈夫だったが、会う公女様の瞳からあまり生気が感じられない。


 私が屋敷の人間ではない部外者だったからなのか、部屋の中で公女様はご自身の感情に蓋をするようになった。


 癇癪を起こすのも空元気に見えて、公女様は限界だったんだと思う。


 もしもあのとき、私が話しかけていれば、助けようとしていれば、公女様は救われたのだろうか。


 ──私は味方であると伝えてさえいれば……。


 貴女は私に許さないで欲しいと言ったが、最初から怪我のことなんて気にもしていなかった。


 あの程度の傷、公女様の痛みと比べたら、どうってことはない。


 貴女のほうがよっぽど痛かったはずなんだ。


 癒えることのない傷を抱えて生きていくにはあまりにも幼すぎた。


 「ええ。妹が酷い目に合っているのに無視するなんて、信じられないわ」

 「その兄二人が、公女様に手を上げていたとしたら、どうです?」


 残念ながら直接見たわけではないが、公女様の体には打撲の跡がよく見られた。


 流石に、使用人が体に傷が残ることをするわけもなく、やったのは、どちらかか或いは両方。


 「グレンジャー家は名門です。真実を隠すために公女様一人に罪を擦り付けたとしても不思議ではありません」

 「た、確かにそうね。それに私、公女様を遠くからお見かけしたことがあるんだけど、噂に反して大人しい感じだったのよね」

 「それだけではありません。公女様がとある女子生徒を崖から突き落とそうとしたというのはご存知ですか?」

 「そりゃ有名だもの」

 「それも嘘なんです。噂の出処は婚約者だったヘリオン様なんですから」


 私はケールレル家の屋敷にも商品を売りに行く。お得意様なのだ。


 そこで夫人がヘリオン様と話しているのを聞いた。


 今、他国で魔力が釣り合う女性を探している。もう少しの辛抱だと。


 二人が政略結婚であることは周知の事実。他に良い条件の人がいれば、そちらに乗り換えるのが貴族。


 「ヘリオン様は婚約破棄の責任を公女様に押し付けることで、自分には何の非もないと我々に刷り込んでいるんですよ」


 本来なら守るべき婚約者の立場にいながら、あの方も公女様を嫌う。


 公女様が何をしたというのだろうか。嫌われ、蔑まれなくてはならない大罪でも犯したのだろうか。


 確かに、闇魔法はかつて世界を滅ぼそうとした巨悪かもしれないが、それは公女様ではない。


 見るべきは魔法ではなく公女様自身。一介の商人なんかよりも、ずっとずっと近くにいて、なぜ気付かない。


 公女様が寂しがっていることにも、両手いっぱいではなく少しの愛情しか求めていないことにさえ。


 癇癪を起こした公女様は手当り次第に物を投げ、それが運悪く私の額に当たりザックリと切れたことがあった。


 怪我をしたことにより、その日は早急に引き上げることになったが、帰り際公女様は小さな手を私に伸ばして呼び止めようとした。


 背中に隠れている手には止血するためのハンカチを持って。


 立ち止まれば良かった。公女様の「ごめんなさい」をちゃんと聞いてあげれば良かった。


 公女様が血を見たら、責任を感じてしまうと思い足を止めることはしなかったんだ。


 自分都合の解釈で、私も公女様を苦しめていた大人の一人だったと今更ながらに気が付くなんて遅すぎる。


 「痛みを知る公女様が人を傷つけるわけがない!」

 「そういえば私、ヘリオン様が光魔法を使う女性と一緒にいる姿を見たことが。随分と楽しそうでしたわ」

 「光魔法は貴重ですからね。大公家も取り込んでおきたいのかも」

 「でも、それって何だか……」


 夫人方の目の色が変わる。


 婚約者の悪い噂を流しておいて、自分は他の女性とデートを楽しむ。


 家族にも婚約者にも蔑ろにされる公女様への印象から「傲慢」が消えた。


 「公爵様はお仕事でお忙しいとはいえ、娘の苦しみをわかろうとしないなんて、あんまりですわ!」


 意外だった。夫人がそんなことを言うなんて。


 私の驚きに気付いた夫人は軽く咳払いをしたあと


 「自分の子供が闇魔法を使うとしたら接し方には困るかもしれませんが、使用人にいじめられているなら体を張って守ります!それが親というものですから」


 本当の公女様を多少なりとも理解したことにより意識変化が起きたのか、それとも、子を持つ母親として仕事を言い訳に子供を放置することが許せないのか。


 下級貴族の間で新しい噂が広まっていく。


 公女様は公爵家での不当な扱いにより居場所を奪われ、自らを守るために出て行ったのだと。


 公爵令嬢がその地位を捨ててまでも家を出るなんてよっぽどで、公女様がいかに苦しんでいたのかを物語っていた。


 隣国の人は皆、優しかった。余所者にも嫌な顔一つせずに歓迎してくれる。

 闇魔法は世界を滅ぼそうとした魔法。受け入れてもらえるかは別だ。


 でも、きっと。どこかにある。公女様の魔法を忌むべきではないと、公女様自身を見てくれる国がきっと。


 生まれてきたこと、生きていることを否定しない。生まれてきて良かったと思えるような温かい場所。


 ただそれは、公女様の生まれたこの国ではなかっただけ。


 ──どうか、貴女が幸せであるように。笑顔でいられるように。


 十六年間、ずっと苦しくて辛いことしかなかった。


 その何百、何千倍もの幸福が公女様に降り注いでくれるよう切に願う。

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