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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第一章

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出発前夜

【ねぇシオン。どうして今から行かないの】

 「馬車は明日の朝、来てくれるからよ」


 ブレットの厚意を無下にしたくはない。この国で私に優しくしてくれた数少ない人。


 与えられる優しさは受け入れて、甘えていいのだと知った。


 持っていく物は何もなく、明日のために体を休めるだけ。


 「お嬢様。メイでございます。お時間よろしいでしょうか」


 優しくされて心が広くなった。どうせもう会うことはないし、最後に話を聞くぐらい、どうってことない。


 メイは殺風景な部屋を見渡したあと、思いもよらない発言をした。


 「私も連れて行って欲しいと言えば、お嬢様を困らせてしまいますか?」


 しばらく沈黙が流れる。締め切った窓を風が叩く。


 メイは憶測ではなく確信を持っている。私がこの屋敷を出て行くと。


 「公爵様に私を見張れと命令でもされたのかしら?」

 「いいえ。恐らく誰一人てして気付いてはおりません。お嬢様のことには」

 「ではなぜ、貴女はそんなことを言ったの?」

 「前のお部屋にあった宝石やアクセサリーが全て消えていました。新しい部屋にも家具を入れる様子はなく。髪をお切りになられたのは商会に行くためだったのですよね」


 気付かないと思った。私が髪を切ったことなんて。冗談ではなく本気で。だって誰も。この屋敷の人間は私になんて興味はない。


 いつかの言葉が蘇る。


 私がユファンを突き落とそうとしてないと信じてる、と。


新しい部屋を決めているときに声をかけられたときにも、ふと思い出したんだ。


あのときは全く信じていなかった。


今だって信じているわけではない。


言葉だけなら何とでも言える。


 「答えて。貴女はずっと、私への行いを見て見ぬふりしてきた。それはなぜ?」

 「……クローラー様とラエル様に、そうしろと命じられたからです」


 頭を殴られた衝撃を受けた。


 「お嬢様がメイドに嫌がらせを受けていることは、すぐに報告致しました。しかしお二人は、その事実はなかったことにしろと。恐らく、身分も弁えず嫌がらせをしていたのも、お二人から命令があったからだと思われます」


 薄々感じてはいた。


 たかが使用人が仮にも公女に大して大胆な行動。決して咎められない理由があり、私というただの厄介者から守ってくれる存在が後ろにいることは。


 公爵に告げ口したところで、放っておけの一言。


 いくらメイが信頼されているとはいえ、正面から公爵家に逆らって無事でいられる保証もない。


 わかってる。誰だって自分が一番可愛いものだ。


 私だって逆の立場なら、後ろめたさを感じながらも見て見ぬふりをする。逆らって職を失うよりも、従ってある程度のことに目を瞑っておけば公爵家で住み込みとして働いていられる。選択の余地はない。手に取るべきカードは決まっている。


 メイだけを責めるのはお門違い。


【シオン。料理の犯人、これだよ】

 「料理……?メイ!貴女なの?私に温かいスープとパンを運んでくれていたのは」

【ぼくが気付いたんだよ。あのねシオン。足音が一緒だった】

 「本当はもっと、ちゃんとした料理をご用意したかったのですが。メイド長である私が自分で料理をするわけにもいかず、料理人に怪しまれないその二つしかご用意出来ませんでした」


 シオンの記憶が浮かび上がる。


 初めて置かれていたのは雪が降る寒い日。私に与えられていたのは冷めて固くなったお肉一枚。


 家族は温かい食事を温かい食堂で。


 ノアールを抱きしめてベッドの中で丸まって、寒さに耐えていたときに置かれた温かいスープと柔らかいパン。


 あの日の嬉しさに涙が零れた。


 毒が入っていても、どんな酷い味付けだろうと、初めて食べる温かい料理が本当に嬉しかったんだ。


体の内側から、心の奥底まで温かくなった。


シンプルな味付けではあったけど、世界で一番美味しい料理。私はそう感じた。


 「これまでの非道で無礼な数々を許して欲しいとは申しません。ただ、お嬢様の力となる最初で最後のチャンスを頂きたいのです」


 恥も外聞も捨てて床に頭を擦り付けた。顔を上げずにただ、私からの返答を待つ。


 ノアールは威嚇することなく、私とメイを交互に見る。敵視していないということは、メイの言葉に嘘偽りはない。


 ──シオン。貴女ならどうするのかしら。


 聞くまでもないか。


 涙を拭って、メイに顔を上げるように言った。


 「私は私を裏切る人は嫌い。理不尽な理由なら尚更」

 「返す言葉もございません」

 「だから、私を裏切らないと約束して。約束してくれるなら、連れて行くわ」


 メイを許すわけではない。でも、逆らえない理由があったのも事実。


 そして、シオンはずっとこの屋敷で自分に優しくしてくれる人の正体を知りたがっていた。


 メイの行動は確かにシオンの心を救っていたのだ。連れて行くのはそのお礼。


 裏切るようなら切り捨てればいい。


 「誓います。私の全てをお嬢様に捧げると」


 信じてみようと思った。


 私を信じてくれると言ったメイのことを。


 ごめんねノアール。二人だけじゃなくなって。


 頭を撫でると、体を擦り寄せてくる。メイの同行を認めてくれたのかな。

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