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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第一章

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最上級魔法

 他の生徒が登校してきた頃。珍しいことに一年の教室に次男がやって来た。すごい剣幕で。


 まだユファンのことで怒ってるの?器小さいなぁ。


 ここまでくると一途でも、気持ち悪い。


 「来い」


 多くの目がある中で腕を捕まれ、無理やりに引っ張られる。


 ───な、なんなのよ、ほんと。


 私が逃げないようになのか腕を掴む力は異常に強い。


 力ずくでユファンに謝らせるのかと思えば、笑顔で挨拶をしてくれるユファンには目もくれず校舎を出た。


 違和感を覚えるには充分すぎる出来事。


 門の前にはグレンジャーの紋章が入った馬車が一台停まっている。


 馬車の中に投げ飛ばされ、壁に頭を打ち付けた。


 次男の指示で馬車は動き出す。かなりのスピードだ。


 まさか、二度目に乗る家門の馬車が、こんな扱いでとは。


 腕を組んで正面に座る次男は、終始私を睨んでいた。


 予想通り、向かった先はグレンジャー家の屋敷。


 降りようとするといきなり、背中を蹴られて地面に倒れ込む。


 馬車を引いていた御者は見下した目を向けながら鼻で笑った。


 「チッ!さっさと立て!!」


 また、乱暴に腕を捕まれる。


 連れ戻される意味がわからないまま、次男の歩幅に合わせて転ばないように歩いていく。


 連れられたのが長男の部屋であるとわかったのは、開いている扉から中が見えたから。


 複数の使用人に囲まれた長男はベッドの上で苦しんでいる。額に汗をかきながら。


 「なんとお可哀想な」

 「クローラー様は何も悪いことなんてしていないのに」


 涙ながらに長男の苦しむ姿に胸を痛める使用人達。


 いや……ほんと、話が見えないんだけど。


 私はこの茶番劇を見せられるためたげに連れて来られたのだとしたら、はた迷惑すぎる。


 「兄貴のこんな姿を見ても、謝りもしないのか、お前は!!?」

 「謝る?」

 「お前が兄貴に魔法を使ったせいで、こうなったんだぞ!!!!」

 「ちょっと待って。どうして私のせいだと言い切れるの?」


 確かに私は魔法を使った。


 人体に影響を及ぼす魔法ではなく、魔法を飲み込む魔法を。


 しかも、あのときは。屋敷全体が包まれていたのだから、長兄だ男けが苦しんでいるのはおかしい。


 実際、次男はピンピンしている。


 どうせただの風邪でしょ。二~三日もすれば回復する。


 大切に育てられたお坊ちゃんは風邪如きでこんなに周りから心配されて役得ね。


 次男は長男の袖をめくった。


 「これって……」


 数センチだけとはいえ、腕が腐敗している。


 この魔法、私は知っている。


 どんな物も腐敗させ、存在していたことさえなかったことになる《《最上級》》闇魔法だ。


 シオンがこの魔法を発動したのは各攻略対象者のエンディングを迎える前の一度だけ。愛されるユファンが眩しくて、消し去ってしまいたいと負の感情が最高潮に達したとき偶然に生み出された魔法。


 ──おかしいな。そんな魔法、使った覚えはないんだけど。


 ユファンを庇ったキャラが腐敗するのを助けたのは、最上級光回復魔法。


 長男を助けたいならユファンに頼むしかない。


 今はゲーム序盤。魔法の訓練も受けていないユファンが最上級魔法を使える確率は低いだろう。


 このままでは長男は、間違いなく……死ぬ。


 ここはゲームでありながらも、ゲームと同じようには進まない。


 作られたキャラクターであるシオンが意志を持って動いているから。


 長男が死んでも、この世界に影響など何もない。


 ただ、死ぬだけ。


 世界の中心にいるのはヒロインであるユファン。攻略者の一人が消えたところで、代わりなどいくらでもいる。


 「お前!!なに笑ってんだ!!」


 次男の握り締められた拳が頬に当たった。頭に血が上り、グーで殴るなんて。


 周りの使用人は自業自得だとクスクスと笑う。


 鼻血は出ていない。幸いなことに歯も折れていない。ただ……痛いだけ。


 藤兄に刺された痛みと比べたら、どうってことないけど。


 あのときは心も痛かった。


 誰よりも信頼していた大好きな兄に裏切られた痛みは、苦しみにも似ている。


 「確かにこれは私の闇魔法ですね」


 泣くことも、痛みを訴えることもしない私に驚く。


 癇癪を起こすこともなく、冷静でいることが気に食わないのか。今度は胸ぐらを掴んできた。


 「小公爵様が先に攻撃をしてきたから、私は応戦しただけです。それなのに、私だけが責められるのは納得がいきません」

 「お前が兄貴を怒らせたんだろうが」

 「先に!手を出したのは向こうだと……」

 「は?兄貴はいつだって正しい。お前が余計なことをしたか言ったかしたから、兄貴は魔法を使っただけだ」


 正しい?


 その正しさの基準は誰が決めるの。


 貴方達の物差しでしか物事を測ろうともしないで。


 「私に……あのゴミが散乱した部屋で過ごせと言ったのに?それでも正しいと?」


 一瞬の動揺。


 聞こえているのに、聞こえないふりをして私を突き飛ばす。


 「お前の魔法だろうが!早く治せ!!」

 「無理です」

 「は?なんだと」

 「ご存知の通り、闇魔法に回復魔法はございませんので」

 「ふざけるな!!」

 「ふざけていません。私はこれで失礼します」


 残念ながら私にはどうすることも出来ず、出る幕はない。


 肝心のユファンだって魔法が使えないのだから。


 長男はこのまま深い眠につくのかも。そうなったら次男が次期公爵か。美味しい話なのに、それでも助けようとする。


 美しい兄弟愛。


 なぜ、その愛を、たったの一欠片でもシオンに分けてくれかったのか。


 物乞いのように両手を差し出し、地べたにはいつくばっていた女の子を見ようとさえしなかった。


 「クローラーの様子はどうだ」


 仕事人間の公爵が寝込んだ子供の様子を見に来るなんて。


 八歳のときに魔力の暴走で高熱を出した日があった。四十度近くはあったはず。


 なのに、誰も看病に来てくれないし、心配して顔を見せに来てくれる人もいなかった。


 薬も貰えず、部屋の外ではメイド達が菌を撒き散らされていい迷惑だと、わざと聞こるような大声で言っていた。


 苦しくて、痛くて。


 誰もいないとわかっていても「誰か」と泣いた。


 ずっと傍にいてくれたのはノアールだけ。


 十日もうなされ、ようやく治ったときに聞いてしまったのだ。


 魔力暴走で熱を出したことは伝えられていて、公爵は「放っておけ」と一言。


 それでも、私を哀れんだり、同情したりする人はいない。


 家族に関心のない公爵がここにいる。


 大事な跡取りだもんね。心配して当然か。


 私の道を塞ぐように入り口に立つ公爵の目は激しい嫌悪が見て取れる。


 違う。長男が跡取りだからじゃなくて、家族だから心配しているんだ。


 闇魔法を使う私は家族の輪に入ることも許されない。


 私は敵のようだ。彼らからしてみれば。


 仕事に忙しく、仕事が趣味の公爵も結局は、闇魔法を差別していた。そういうことか。


 「本気でどうにかしたいなら、私ではなくユファンさんに頭を下げて下さい」


 最低限のアドバイスはしてあげた。


 後をどうするからは彼らが決めること。


 私はどっちでもいい。長男が死のうが生きようが。


 「旦那様。お嬢様のご学友と名乗る女性が訪ねてきております。追い返しましょうか?」


 私の客人なのに私に意見は求められない。


 自由に生きられないことがこんなにも苦しいと思い知らされる。


 「噂の光魔法を使う生徒かと思われます」


 ユファンが来た?なんともタイミングの良いことで。


 屋敷内に通されたユファンは怯えていた。平民の家と段違いに広く、金持ち!って感じがするもんね。


 それだけが原因ではないようだけど。


 期待という名の圧に取り囲まれたら、そりゃ萎縮するわ。


 ユファンに長男は治せない。最愛の人を守りたい一心で発動した最上級(とくべつな)魔法なのだから。


 傷口を見たユファンは小さな悲鳴を上げた。光属性は闇属性特有のオーラに敏感。傷が深く闇魔法がもっと体に侵食していたら、ユファンは立っているのも精一杯だった。


 まだ魔法の基礎さえ習っていないユファンに縋らなければならない名門グレンジャー家に笑ってしまう。


 勝手に希望を押し付けられたユファンは責任を背負った。長男を助けなければと。


 膝を付き両手をかざす。真剣な表情に可愛らしさなどない。


 眩い温かな光が傷口を包む。


 多分、闇魔法なのだろう。黒いモヤが浮き出る。


 腐敗は止まり、苦悶の表情は次第に和らぐ。


 みんながホッと息をつき安心する中で、私だけが驚いていた。


 魔法をロクに使えないはずのユファンが最上級回復魔法を使えるなんて。


 そうか。あの魔法はユファンの強い想いで発動する。長男を助けたい想いが強かったんだ。


 「クローラー。気分はどうだ」

 「父上」

 「いい。寝ていろ」

 「ありがとうございます。体の中がスッキリしたように軽いです」

 「ユファン。兄貴を助けてくれてありがとな」

 「いえ。たまたま、上手くいっただけです」


 まるで家族の世界。


 ユファンは本物の公女だから、まるで、ではないか。


 全ての視線は一点に集中されていて、私は顔を冷やすために部屋を出た。

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