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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
第一章

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その日の夢

 今日一日で半年ほどの疲れが溜まった。何もする気にはなれずに、帰ってすぐに横になった。


 部屋には鍵をかけた。


 うるさい外の声が聞こえないように薄い膜も張った。

 魔法っていうのは実に便利だ。


 やりたいことを具体的にイメージするだけで再現出来てしまう。闇魔法だからというのも理由の一つなんだろう。


 他の魔法では完全に音を遮断するのは不可能。全てを飲み込む闇にしか成しえない。


 しまった。ノアールの遊び道具を買ってない。


 明日また行けばいいや。とにかく私はこの家にいる時間を一秒でも短くしたい。


【シオン。扉の向こうで誰かが呼んでる】

「あら~。ノアールは本当に耳がいいのね」


 扉を破壊しないとこから使用人ね。


 何にせよ開けるつもりはない。私は眠い。


 ノアールを抱きしめていると誰からも与えられない温もりに心が安らぐ。


 重たい瞼は閉じて私はすぐに落ちた。





 ん……?ここは……。グレンジャー家じゃない。


 小さくて庶民的で、懐かしさを思わせる。


 少し暗めの青い屋根。白い外壁。三人で暮らすには少し広めの二階建ての家。


 花村桜(わたし)が暮らしていた家だ。


 ここには楽しいや嬉しいといった、色んな感情が詰まった思い出の場所。


 私は空でも飛んでいるのだろうか。上から見てる感じ。


 視界が一瞬、暗くなった。多分、瞬きをしたんだ。


 今の私には体はなく、本当にただ見ているだけ。私自身がどうなっているのかは皆目見当もつかないけど、これは現実でないことだけは確か。

 景色が変わった。


「これって……」


 自分の死体を見るなんて。死んでいるのに目は開いたまま。最期に見たのは冷徹な藤兄の顔。


 冷たかった瞳からは大粒の涙が零れる。


 お母さんと私の死体に抱きつく藤兄。その後ろには哀れな目を向ける警察官。


 ぼやけていた景色が鮮明に映る。


 家の前にはパトカーが停まっていて、誰も入れないように刑事ドラマでよく見る黄色いテープが張られていた。


 ご近所さんは何事かと集まってくる。


 警察の話ではまだ死後硬直はまだ始まってなく、私達を殺してすぐに自分で通報してきた。駆け付けたとき、藤兄は血まみれの中でボーっも立ち尽くしていて、凶器の包丁は握ったまま。


 逆上させないよう慎重に声をかけると、握られていた手は解かれカランと乾いた音と共に包丁を手放した。


 冷たい瞳に温かさが戻る。目の前に広がる非現実に思わず足が一歩下がった。


 血で足は滑り、受け身も取れずに転ぶ。


 「違う……。違っ……こんなことを、望んだわけじゃなくて……」


 誰に対しての言い訳か。


 後悔にまみれた声は震えていた。


 ──もしかしてこれは、私が殺された日の続き?


「ごめ…ごめんな桜。ダメな兄でごめんな……!!」


 子供のように泣きじゃくる藤兄にはカッコ良さなんてなかった。


 二度と目が覚めることのない私達を力いっぱい抱きしめる。


 指一本も動かないのだとわかると、血溜まりの中に蹲り叫び声を上げた。それはとても悲しくて、現場に到着した刑事でさえ悲惨な状況に目を伏せる。


 藤兄の涙の訳はすぐに明かされた。


 天才だと言われ続けた藤兄はいつしか周りの期待がプレッシャーとなり、次第に心が潰れていった。


 出来て当たり前。失敗さえ許されない毎日が息苦しい。


 その結果が殺人(あれ)だ。


 今となっては後悔しているらしいけど、だから何?って感じ。


 それなら殺す前に相談してくれれば良かった。心が潰れてしまう前に。


 そりゃあさ。頼りになんてならないかもしれないよ。頭なんて全然良くないし。


 でもさ。家族なんだから、いくらでも一緒に悩んだよ。藤兄の心を守るためだもん。


 納得のいく答えがすぐに出るとは限らない。気の遠くなるような回り道をするかも。それでも、一緒に乗り越えるのが家族じゃないの?


 何も語らずに、目の前に突き付けられた死。それは恐怖。


 死んだら終わりなのよ。全て。


 私は一生、藤兄を許さない。





「ラエル様!!お待ち下さい!!」


 ん……?騒がしいわね。


 さっきまでと景色が違う。ここは……シオンの部屋か。


 目をこすりながら体を起こすと、土を槍の形に変えた魔法が私に向けられていた。


 どういう状況かはすぐに理解した。


 次男に殺されかけてるのね。はいはい。


 あれでしょ?この男はユファンに一目惚れした。そのユファンを崖から落とそうとした私を許すわけがない。


 このシーンはゲームにもあった。あくまでも脅しのための魔法であり、私に当てるつもりはない。


 ──大丈夫。私はここでは死なない。


 ゲームでは長男が次男を呼びに来て、盛大な舌打ちをしながら窓に魔法を放った。


 実際、その通りになった。


 わかっていても、怖いものだ。敵意ではなく殺意を向けられるのは。


 さっきまで夢を見ていたせいで、死に対する恐怖は最高潮。


 震える手の言い訳をしたくて大穴の開いた窓を見た。


 何してくれてんのあのバカは。寒いでしょうが。


 震えているのは寒いから。きっとそうだ。


「最悪」


 夢のせいもあってか気分は沈む。


 藤兄はどうなるんだろうか。罪の重さに耐えきれず、死んでしまったら?


 そんなの嫌だ。生きて欲しい。死ぬまで。


 生きて生きて、一生罪を背負ってくれなくては困る。


 寝落ちからまだ一時間も経っていない。ノアールはまだ夢の中。


 ピクピクと耳が動いたり、体を伸ばしたかと思えば瞬時に丸くなる予測不能な動きが可愛すぎる。


 たまたま通りがかったメイド達は、部屋の有様を見てクスクスと笑う。


 公女の部屋を勝手に覗き見るなんて、随分と悪趣味なメイドだこと。


 キッと睨みつけると、そそくさといなくなった。


「失礼しますお嬢様。公爵様より新しいメイドが決まるまで世話係を仰せつかりました」

「…………だから?」

「はい?」

「公爵様の命令だから何?婚約者のいる貴族令嬢の部屋に勝手に入っていい理由になるの?もし公女が若い執事を夜な夜な部屋に招いてると噂になったらどう責任を取るつもり」

「そんな……。私は公爵様の命令で」

「だーかーらー!!その公爵様が言ったの?私の部屋に勝手に入っていいと」

「い、いえ。それは……」

「立場を弁えなさい!!」


 顔を引っぱたいて部屋を追い出した。


 予想以上に腐ってるわ。グレンジャー家。


 その血を引く三人も仕える使用人達も。


 そんなに私のことが嫌いならさっさと殺してしまえばよかったのに。屋敷にいる人間全員が口裏を合わせれば完全犯罪が成立する。


 公爵家を疑う者はいない。いたとしても口にはしない。巨大な権力を敵に回すバカはいないということ。


 ショールをかけてノアールを抱き上げた。


 壊された窓から下に降りる。


 夜風に吹かれながら庭の花を眺める。ここにあるのは全部、公爵夫人が手塩に育てたもの。だから使用人もその思いを引き継いで大切に手入れをする。


 子供の頃はここに来るのを禁止されていた。闇魔法が花を枯らせると思われていたからだ。


 ここにはバカな大人しかいない。子供には何を言っても言葉の意味がわからないと思い、幼い頃シオンを貶めることを言ってはさっきみたいに笑っていた。


「普通ね」


 大切に育てているからどれほどのものか期待していたのに、これなら道に咲いてる花のほうが綺麗。


 こんな花のために名誉もプライドも傷つけられていた。


 悔しいのは今はまだそんな家に縋るしかない自分の弱さ。悪役令嬢(わたし)だけでは生きていけない。


「お願いよノアール。貴方だけはどこにも行かないで」


 星に願った。


 何を奪われてもいい。でもノアールだけは、私のたった一人の家族だけは奪わないでと。


 私を転生させた神様でもいいから。どうか……。

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