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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
その後の話 番外編

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ありがとう

 パーティーはつつがなく……ではないものの、大した騒ぎにはならずに終わった。


 というのも。彼女は父親の命令により帰国。

 リーネットに来ることは許されないし、会合にも呼ばれない。


 守ってもらっている立場からしたら、とんでもない大失態。


 むしろ、許されたほうが不思議なくらいだ。


 「レイ……」


 一刻も早く謝りたくてレイを訪ねた。


 気分が落ち込んだときには温室にいると教えてもらい、来てみると月明かりに照らされながら花に囲まれてる。


 屋根は自由に開閉出来るんだ。


 首元を緩めてセクシーな姿に、目のやり場にやや困る。


 「ごめんなさい!!」


 深く頭を下げた。


 「何に対しての謝罪だ」

 「あの……ごめん。まさかあんなことになるとは思ってなくて。純粋に祝いたかったっていうか」

 「別に怒ってはいない」

 「そうなの?」

 「あぁ。来年のシオンの誕生日はもっと派手にするつもりだが」

 「怒ってるよね!?それ絶対!!」

 「はは、冗談だ」


 冗談に聞こえないから怖いんだよね。


 やらかした私に怒る権利はなく、素直に受け入れるしかない。


 いつも通りを装うレイが嫌な思いをしているのか、判断が難しかった。


 「ノアールは一緒じゃないのか」

 「アルコールの匂いに酔って寝ちゃったからオルゼに任せてきた」

 「そうか」

 「私一人だけでは会いに来るなってこと?」

 「…………そんなことは言っていない」


 わざとらしい間。

 絶対にからかわれてるだけじゃん。


 隣に座ろうとすればハンカチを敷いてくれる。


 誰に対しても欠くことのない優しさ。


 「ちょっとは嬉しかったりした?キスされて」


 どうせレイのことだ。私とノアールがテラスから覗き見していたことくらい気付いている。


 ──まぁ、隠れず堂々と見てたけど。


 「していない」

 「してたじゃん」

 「そっちからそう見えていたかもしれないが、触れる前にレディーの口に手を当てた」

 「本当にしてないの?」

 「抱きつかれるのも嫌だったが、流石に突き飛ばせないからな」


 そうか。してないんだ、キス。


 安心した。


 感じていた胸のモヤモヤがほんの少しだけ解消される。

 小指の爪の欠片程度ではあるけど。


 「シオンは私にプレゼントはないのか」

 「欲しいの?みんなから貰ってたのに」

 「あぁ」


 迷いがなく即答。


 これはどっちだ?意地悪か本心か。


 「ノアールと一日、遊び放題。嬉しいでしょ」

 「確認だが、ノアールだけ、だな?」

 「そうだよ。そうなんだけど!それ聞く!?」


 私はいらないと捉えられる発言。


 ノアールの新しい一面を期待しつつも、邪魔者がいたら楽しめないだろうと、私は同席するつもりはなかった。


 子供っぽい無邪気な笑顔はギャップがあり、他の女性の前ですると勘違いしそう。


 「ねぇ。もしも、の話なんだけど」

 「それは今、聞かなくてはいけないことか?」

 「うん」


 茶化すつもりだったようで、レイは口元を手で覆う。

 私が真剣だったから。


 赤紫色の瞳が月明かりのせいで輝いて見える。


 「もしも、私がレイを好きになったらさ。レイは私の名前を呼んでくれなくなる?」

 「…………は?」

 「王女様に言ってたでしょ。自分を特別に想う人の名前は呼ばないって」

 「呼びはしないな。シオンの場合は……。わざわざ呼び方を変える必要はないと思っている」

 「仮に私が好きになったとしても?」

 「ありえないことだが、万が一にも好意を寄せられたとしてもだ」


 お互いの認識は一致している。

 だからこそ、この話は「もしも」


 「くだらない質問だな」

 「だよねぇ」


 この先、何があっても私の名前を呼んでくれると宣言してくれた。


 胸の奥がくすぐったい。


 シャボン玉みたいにふんわりとした温かい物が光る。


 誰かの隣にいて心地良いと思ったのは初めて。


 「ちょうどいいな」


 ポツリと呟く。


 薔薇の改良が終わったのかな?


 おもむろに立ち上がったレイは手を差し出す。


 掴むと優しく引っ張ってくれた。


 雪星花が置いてある部屋で待っているように言われたけど、ドレスで入ると絶対寒いよね。


 悩んでいたらそっと上着を着せてくれる。


 レイの香りに包まれるとむず痒い。


 ここまでしてもらうと行かないわけにはいかず、中に入って待っていると四種の異種花を運んできた。


 ──太陽花は執務室に置いてるんじゃ。


 「昨日の内に移動させたんだ」


 口にすることのなかった疑問を瞬時に解消してくれた。


 簡易テーブルを組み立てて、円を描くように異種花を並べる。


 それぞれの蕾に触れる仕草。


 白く眩い光に包まれたかと思えば蕾が開く。


 それぞれの形をした花が中央へと飛んでいき、五種全てが溶け込んだ。


 「これは……」


 溶け込んだ花から別の花が咲いた。


 「スターチス。別名、記憶の花。六種類目の異種花でもある」

 「え、だって……五種類って」

 「文献や図鑑にもそう記されている。恐らくこれは、誰も知らないことだ」


 世界中を捜しても、レイ以外に全ての異種花を持っている人がいないからとも付け足す。


 持っていたとしても。観賞用に置いておくだけで、レイのようにあらゆる手を尽くし研究したりしない。


 当の本人も六種類目があると知ったのは偶然。


 王妃様から満月花を貰い受け、並べてみて好奇心から鑑定をしてみたところ結果が変わった。


 どれか一つも欠けてはいけない。

 五種が揃って初めて明かされる真実。


 「記憶の花ってどういう意味?」

 「シオンの魔力を流してみてくれ」


 手渡された花に、ジョウロで水をあげる感覚で少しずつ流していく。


 向こう側が見えない純黒に包まれた後、一枚一枚の花びらに私の記憶が映し出される。


 それらは忘れることのない、幸せな日々。


 「幸せな記憶だけを映すから、記憶の花なんだ」


 その名に相応しい。


 懐かしい記憶の数々と一緒に、あの頃の感情も呼び起こされる。


 愛おしい世界が私を認め受け入れてくれた。


 生まれたことを祝福してくれる大切な人達。


 私に生きる希望と生まれてきた理由を与えてくれたのは……目の前にいる人だ。


 レイは知らないよね。


 あの日、あの言葉に、私がどれだけ救われたかなんて。


 生きてていいと言われたことより、共に暮らしたいと言ってもらえたことのほうが私には……。


 どんな魔法よりも魔法だった。


 「レイ。ありがとう」


 私と出会ってくれて。

 希望を与えてくれて。

 助けてくれて。

 約束を……忘れないで守ってくれて。


 たった一言に多くの感謝を込めた。


 「スターチスは何もしなくても枯れない。魔力を注けば、いつでも記憶は見られる」


 花のお礼は含んでなかったな。


 このタイミングだし勘違いさせてしまった。


 二度目のお礼は顔をしかめられそう。


 一枚の花びらに映った記憶に心臓が跳ねる。


 生きることを諦めて死を受け入れた。


 最初から私がいなければ、みんなが幸せになれる。


 いらない命を天に還すなんて愚行はしない。

 存在の消滅。


 恐怖はなかった。


 孤独に生きるのは慣れていたから。


 光のない暗闇に光を差し込んでくれた。


 帰るべき居場所を示してくれたのだ。


 レイがいなければ今の私もいない。


 懐かしい思い出(きおく)に、無意識に手が伸びた。


 触れた花びらから逆流してくるのは魔力ではなくて。


 温かくて、どこか切ないような。


 カチャリと鍵の閉まる音が聴こえた。


 空耳ではない。


 突風が吹いたかのように秘められた想いが突き抜けた。


 ──レイが私のことを……?


 私を見るその瞳に熱が帯びたことはなかった。

 意識するような態度も。


 特別を作らない私のために隠してくれた。想いそのものを。


 「あ……」


 魔力が切れると記憶は途絶えた。もうただの花。


 「スターチスのことは公表しないの」

 「いつか。今ではない、近いか遠いかわからない未来で気付く者がいると信じるさ」

 「ほんと意地悪だね、レイって」


 小さく笑って、花を元の位置に戻す。


 太陽花はまた執務室。

 一日の時間の中で長くいる場所でもあるから、癒しとして近くに置いておきたいのだろう。


 なんと言っても敬愛する兄上様からのプレゼントだしね。


 「シオン。今日はもう遅い。王宮に泊まっていくといい」

 「うん。そのつもり」


 酔って眠るノアールはオルゼにしがみついたまま離せない。


 信頼のおける人と一緒とはいえ、ノアールと離れ離れになりたくないから無理を言って部屋を用意してもらった。


 朝にはアルコールも抜けて起きれるだろうし。


 「部屋まで送ったほうがいいか」

 「もちろん」


 温室を出れば冷たい夜風に体が震える。


 レイに上着を借りていて良かった。


 「シオン。何をしている。置いて行かれたいのか」

 「ちょっと待ってよ」


 私達は何も変わらない。


 変わらないようにしているのだ。お互いが。


 生まれて初めてだった。


 ノアールではない、誰かと二人でいられることに幸せを感じたのは。


 名前のないこの感情が大きく膨らみ、いつの日か芽吹くときがくるかどうかなんて、私にもわからない。


 一つだけ言えることは、今この瞬間はこれまでに感じていた幸せとは別であるということ。


 スターチス(おもいで)をそっと、胸に抱きしめた。

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