意地悪の仕返……日頃のお礼
それは夏が終わり秋になって、涼しくなってきた頃。
第二騎士団が討伐から帰ってきた後の出来事。
私はいつものようにレイの執務室にいた。
顔を上げさせるために書類を奪い、レイを睨みながら。
「来週、誕生日なんだね」
「そうだが?」
「初めて聞いたんだけど」
「聞かれたことはなかったからな」
「聞いたら教えてくれた?」
「ないな」
書類を取り戻したレイは再び私を見なくなった。
毎年毎年、私の誕生日には嫌がらせのように国民をけしかけて祝ってくれるのに。
自分の誕生日を教えてくれないってどういうこと。
日当たりの良い場所で寝転がるノアールを連れて執務室を出た。
こうなったら私も盛大に祝ってやる!
ということで。叔父上大好きな甥っ子に協力を求めることにした。
「え?叔父上の誕生日パーティー?」
「うん。やりたいなって。他の国の人も大勢呼んでさ」
「いいけどさ。うーん……」
「不都合あったりする?」
「いや……まぁ、うん。準備するよ。」
随分と歯切れが悪いな。
目も泳いでる気がする。
極めつけが誤魔化すような笑顔。
来週ってことはあまり時間がないし、招待するほうに迷惑がかかるか。
その辺のこと何も考えてなかった。
「準備や招待はこっちでやっておくから、シオンはプレゼント選び頑張って」
「プレゼントはもう決めてる。きっと喜んでくれるはず」
ꕤ︎︎
そして迎えた誕生日当日。
時間がなかったにも関わらず会場は豪華。
今回は急だったために、近隣の王族のみを招待。
皆、久しぶりにレイを直接、祝えると楽しみにしていた。
信頼や人望がメーターを突き抜けてMAX以上。
レイのおかけで魔物被害が減ったのだから、感謝は欠かせない。
で、主役はとても不機嫌。
会場に入ればいつものレイではなく、ちょっとお堅いレイアークス様。
立ち振る舞いや言葉遣い。どれを取っても、ここにいるのは王弟殿下。
──私もそういう風に接しないとな。
とは思ったけど。ここに集まっているのは王族。
貴族ですらない私は場違い。
空気を読んで退室しようとすると、怒りが込められた手が私の肩を掴む。
「どこに行く?」
笑顔なのに目が笑っていない。
「いやー、ほら。私は……ね?いち国民だから」
喋れば喋るほどに掴む力が強くなっていく。
物理的にかなり痛いですけど!!?
骨が砕けそう。
ここは公の場。いつもの態度で接してはダメだ。
「レイアークス殿」
ナイスタイミングで誰かが話しかけてくれた。
手が離れても痛みはすぐに引かない。
「そちらは?」
ふくよかな気の良さそうな男性。
あまり歳上ではない感じ、王子かな?
美味しい料理をいっぱい食べていそう。
レイはニッコリと笑った。
それはそれは爽やかに。
私には胡散臭さを感じさせる。
「私の誕生日を祝ってくれるべく、今回のパーティーを主催してくれたシオン様です」
気のせいでなければ今、本音が垣間見えた。
さっきよりも目が笑っていない。怖いくらいに。
私だけ逃がすわけないだろう。大人しく会場にいろ、と。
そこまで怒られるようなことしてないでしょ。
確かに!ちょっとした嫌がらせ目的もあったけども。
純粋に祝いたい気持ちのほうが勝ってるよ!
ここまで盛大になるのは、ちょっと予想外だったけど。
「貴女がシオン様ですか。何ともお美しい」
「ありがとうございます?」
気の利いた受け答えなんて出来るはずがなく、つい疑問形になってしまう。
完璧なレイにとって、私の答えは気に障るものだったのかオルゼをお目付け役に付けられた。
会場を出なければ怒りは買わないだろうし、料理を堪能することにするか。
様々な形を用いたチョコは大人気。製法を聞かれるも上手く躱している。
遠くで見守っていると、レイの周りにどんどん人が集まっていく。
人の壁で見えなくなるのもあっという間。
一通りの料理を食べ終えて、カクテルで口直し。
「聞いてもいい?」
「いいよ」
「スウェロがね。あんまりこのパーティーを乗り気じゃなかったの。理由知ってる?」
「あーー、それねぇ。うん。まぁ……」
首筋に手を当てながら困ったように笑った。
「元々、叔父上はこういう場が好きじゃないんだ。昔から人気あって、あわよくばお近ずきになりたい女性が多かったから」
想像がつく。
国が違えば会える機会は限られる。
またとないチャンスを逃したくはないのだろう。
自分が主役のパーティーならともかく、それ以外の場所でも言い寄られることも少なくない。
──よくそれで女性不信にならなかったよね。
「俺達が生まれる前の話だけど」
「そうなんだ」
「うん。だから、なのかな。俺達も叔父上の誕生日パーティーをしたことはないよ。祝うことはあっても」
なるほど。
レイの周りに集まっている人達は皆、仕事ではなくプライベートな時間で会えることが嬉しいのか。
極力、仕事でしか会えなくなったレイが継続してモテるのは、プレゼントが届くとかならお礼の手紙を書くから。
人としての礼儀とはいえ、内容がまた……。
テンプレや使い回しではなく毎回毎回、丁寧に書き一輪の薔薇を添える。
そんなことをしてたらモテるに決まってるじゃん。
このプレゼントを最後に諦めようとしている女性からしたら心が揺らぐ。
罪作りをしている自覚があったら、もっと慎重な行動を取るはず。
根っこからの紳士は優しすぎてダメだね。
「まぁ、パーティーを開かない一番の理由は……」
口を閉じたオルゼの視線は、とある女性を捉えていた。
歳は私と近いかな。縦ロールで悪役令嬢をイメージさせるのに、レイに話しかける姿は恋する女の子。
──好きオーラが強すぎるような。
彼女の国とは古くから交流があり、一番仲が良いと言っても過言ではない。
一度や二度、邪険にしたくらいでヒビが入るような脆い関係性ではないものの、歳下の子供には気を遣うのか。
強く言いたいときがあっても、人前で泣かせてしまうのは忍びない。
成人していようがレイからしたら、子供は子供。
大人気ない真似はしたくない。
適切な距離感を大事にしてくれている。
好きを全開にされることで迷惑そうではあるけど、当の本人には伝わらない。
──表情や態度には出てないからな。
上辺だけの張り付いた笑顔ではあるけど、一緒にいる時間が長く、素のレイとだけ接してきたからこそ作られた人物像であることがわかる。
「私ってもしかして、最低な嫌がらせしてる?」
「え?まさか。だってシオンは彼女のことを知らなかったじゃないか」
こうなることは推測出来たはずなんだ。
私の考えが足りないせいで嫌な思いをさせてしまった。
年に一度の特別な記念日なのに。
明日にでも嫌味言われそう。
「ちょっと風に当たってくる」
「俺も行く」
「いいよいいよ。オルゼと話したい人はいっぱいいるみたいだし」
聖剣を持つオルゼは注目の的。
加えて異種魔物の討伐に成功。
評判はうなぎ登り。世界最強の騎士が二人になった歴史的瞬間。
「シオンにとっては知らない人ばかりだから心配なんだよ」
「大丈夫よ。私にはノアールがついてるもの」
【ぼくがシオンを守るの!】
ドヤ顔で胸を張るノアールの可愛さに誰もが言葉を失う。
私以外には猫の鳴き声にしか聞こえないから尚更。
カクテルを片手にテラスに移動。
夜風に当たりながら、どんな謝罪をするか考える。
土下座は必須として。
お詫びの品を渡すと、これで許してって感じで私は好きではない。
『例え悪気がなくても、相手が嫌な思いをしてしまったのならまずは、誠心誠意謝るべきだよ』
振り向いても……藤兄はいない。
あのときは言葉選びを間違えてしまったせいで、友達を傷つけてしまった。
謝りたい気持ちはあっても、どうやって謝るべきはわからなかったんだ。
深く傷ついているのに「ごめんなさい」の一言で片付けていいはずもない。
悩んでいたら藤兄が正論をくれた。
悩む暇があったら謝る。それだけ。
「うん、そうだよね。まずは謝らないと」
【シオン?】
「何でもないよ」
【あ!アークだ!】
レイを見つけたノアールは身を乗り出す。
テラスから中庭はよく見える。
一息つきたいレイを追ってか、彼女も一緒。
覗き見なんて趣味の悪いことはしたくないのに、興味を引かれてしまう。
「レイアークス様!愛しています!どうしたら、わたくしと結婚して下さいますか」
わぁお、直球。
周りに引かれても、一途にレイが好きなんだな。
今の私はノアールの聴覚を共有している。
私達は一心同体。
傍にいることで私の闇魔法の恩恵を一番に受け神獣となり、空間魔法と増殖魔法を手に入れた。
最近では新たに共鳴魔法なるものを使えるようになっていたのだ。
難しいことはなく要は、ノアールの五感を共有するってことだね。
「レディー。私は……」
「わたくし!魔物から助けて頂いたときからずっと、お慕い申しております」
やっぱりキッカケはそれなんだ。
好きになりやすいよね。命を助けてもらうと。
……………………あれ?
おかしいな。私も助けてもらったはず。
しかも、かなりピンチな所を。
白馬に乗った、まさに王子様だった。
女として終わっていることを証明された気分。
「わたくしにとってレイアークス様は理想の殿方なんです!」
レイに抱きついた彼女は、そのまま顔を近づけて……。
うわー。人の、しかも友達のキスを目撃してしまうとは。
大人しく中に戻っておけば良かったと後悔した。
【シオン。大丈夫?】
私の小さな変化を感じたノアールは顔を覗き込む。
一方的とはいえ、レイが誰かとキスをしたことに胸がモヤっとした。
二人が恋人じゃないからなのか、画面の向こうでしか見たことがなかったからか。
驚きとは別の感情が蠢く。
「レディー。私は物語に登場する王子ではない」
その声は冷たかった。
「そんなことありません!レイアークス様は王子様で、わたくしの運命の相手です!!」
「私の運命の相手は貴女ではなく、このリーネットです。どうか私のことは諦めて下さい」
「嫌です!!わたくしはレイアークス様が王族の色を持っていなかったとしても、それでも!!愛しているのです!!」
嫌だと、思った。
あんな無神経なことを平気で口にするような人が、レイを好きだなんて。
「確かに。私は昔、色のことで悩んでいた。が、今はこの色を好いているし、誇りにさえ思っている」
「ち、違……。わた、わたくしは、そういう……意味で言ったわけではなくて」
「申し訳ないがレディー。今後は私への接触は控えてくれ」
「なぜですか!?」
「なぜ?理由ならレディーがよくわかっているだろう」
「レディーなんて呼び方しないで!ちゃんと名前で……。わたくしは心からレイアークス様を……」
「私を特別に想っている女性の名前は呼ばない。そう決めている」
感情のない声は終わりを告げる。
「わたくしと結婚してくれないのでしたら、ここで死にます!!」
水のナイフを作り出し、喉元に押し当てた。
一瞥することなく、無情にも会場内へと戻って行く。
彼女に死ぬ勇気がないと見抜いていたのだろう。
その場で泣き崩れる彼女を慰めに行くか迷う。
行くべきなんだろうけども。
失恋した人の慰め方は本当にわからない。
他にも良い人がいるなんて言っても、彼女にとってはレイを超える人はいないわけで。
「ダーラ!またレイアークス様にご迷惑をかけたのか」
「うるさい!」
駆け寄ってきた男性が差し出した手を払い、自力で立ち上がる。
目にはまだ涙が浮かんだまま。
「わたくしはレイアークス様と結婚するの!」
「そんなの無理だ。君は僕の婚約者だろう」
…………はい?
え?待っ……え!?
頭が追いつかない。
婚約者がいるのに、婚約者をほっぽってレイに付きまとってるってこと?
──レイが疲れる理由がよくわかる。
全力で、誠心誠意謝らなくては。
「貴方は親が勝手に決めた相手よ!私とレイアークス様は真実の愛で結ばれてるんだから!!」
たった今、拒絶されていましたが?
頑なに認めようとしないのはなぜだろう。
諦めたところで、恋心がなかったことになるわけではない。
「ダーラ。君はもうレイアークス様とは会えないよ」
「そんなことない!!」
「これまでは!!善意と厚意で君のワガママは見逃されてきたが、陛下と交渉されていたよ。ダーラがレイアークス様の前に現れないことを条件に、魔物討伐の依頼は受けてくれると」
各国では魔物被害は深刻な問題。
討伐隊は編成されているだろうけど、異種魔物はどんな強者でも苦戦するらしい。
どんなに対策を練っていても、予想外の動きをするのが特徴。
命の危機に陥ったら特に。
彼女は泣いた。恋が成就しないどころか、愛しい人に二度と会えない悲しみで。
──リーネットに討伐依頼は必要なんだな。
「私は大丈夫、だよね……?」
もしも私が、レイを好きになってしまったら。
金輪際、名前は呼んでもらえないのか。
この世界がなくなるのと同じ確率で、ありえない未来だけども。
名前を呼ばれなくなることが寂しいと感じてしまった。




