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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
その後の話 番外編

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愛しい君と出会う前の話〜痛みの先に待っていた出会い〜

 私には母親がいない。

 父親と兄が二人。


 家族と呼べる人から向けられる目が好意的でないと気付いたのはすぐ。


 わからない。私だけが“家族”になれない理由が。


 最初は位の高い公爵家に生まれながらも、品格がないからだと思った。


 だからまずは、言葉遣いを意識して直す。


 恥ずかしいながらに「お兄様」と呼ぶと、これまでにない激しい怒りに包まれた。


 こんなにもハッキリと感情が目に映ることはなく、私は嫌われているのだと自覚して認めるしかない。


 振り払われた手の痛みより、もっと痛いのは心で。


 私には人並みに与えられるものでさえ求める権利はないのだ。


 あからさまに隠すことのない敵意は清々しく、悲しいや寂しいと思うよりも先に、私は家族になれないと突き放されたことのほうが胸が痛かった。


 なぜこんなにも、憎まれているのか。


 私がお母様を……殺したから。


 直接、手にかけたわけではないものの。

 私を産んだせいで亡くなったのであれば、私が殺したのと同じ。


 罪を認めて謝罪をしたところで許されるわけではない。


 「私が生まれてこなければ、みんな幸せに暮らせていたのかな」


 よく使用人が口にするのを聞く。


 私なんかを産んだせいで、この世を去らなくてはならなかったお母様が可哀想。

 悪とされる黒を持って生まれてきた私が命を奪った。

 死ぬべきは私だったと。


 こんなにも広くて、人だって大勢いるのに、私の世界は狭くて独りぼっち。


 話し相手は物を売りに来る商人くらい。


 私のことを怖がるくせに、私の目をしっかりと見る変わった人。


 悪の象徴である黒い瞳。汚らしい白銀の髪。


 人の形をした醜い化け物。


 家族や婚約者よりも私をもっと嫌う人がいる。


 それは……。ブルーメル侯爵、お祖父様。


 初めて会ったときのことは鮮明に覚えているし、死ぬまで忘れることはないだろう。






 ꕤ︎︎






 「は、初めまして。お祖父……」

 「これが私の娘を殺した化け物か。なるほど。見るに堪えない醜さだな」


 期待をしていたわけではない。


 家族の一員として温かく迎え入れてもらえると思ってはいなかったけど……。


 泣くべきか怒るべきか、わからなかった。


 心に刺さった抜けないナイフは容赦なく心臓を抉る。


 心が初めて死んだ日でもあった。


 「ご、ごめんな……」

 「喋るな!!穢らわしい!!」


 悪意を持って発せられた言葉は呪いだ。


 慌てて口を手で塞いだ。


 謝ることさえ許されないのであれば、私はどうすればいいのだろうか。


 お祖父様の目は他の誰よりも殺意の色が濃く、この世界で一番、私を嫌いな人。


 心臓を締め付けられる恐怖。


 突き放されたとか、そんな優しいものじゃない。


 私という人間に一切の興味を失くした。


 それ以来、お祖父様が私の前に姿を現すことはなくなり、私の存在をないものとしたのだろう。






 ꕤ︎︎






 「あぁ、でも。お祖父様と同じくらいにクローラーお兄さ……」


 頬の痛みを思い出す。

 兄と呼ぶことを拒絶され。


 私は何のために生きているのか。


 今ではすっかり治った火傷。


 暑い日に目を閉じると肌はジリジリと暑さを帯びる。


 思い出すのは初めて死が間近に迫ってきたあの昼。


 私は死ぬんだと、どこか他人事。


 熱いと感じるのに、痛みや死に対する恐怖は皆無。


 死んでいくことにホッとしていたんだ。





 ꕤ︎︎






 「きゃぁぁぁ!!」


 メイドの悲鳴から始まった。


 屋敷全体に響きそうな声。

 たちまちほとんどの者が集まる。


 「何事だ!」

 「クローラー様!急に公女様が私を突き落としたのです!」

 「違う!その人が勝手に!」

 「黙れ!!お前は公爵家の使用人が、見え透いた嘘をつくと思っているのか?」

 「私は突き落としていない!」

 「それがグレンジャー家を侮辱していると知っての発言なんだな」


 唯一の公女よりも、使用人のほうが信用するに値すると。


 不思議なことにこの屋敷では、私の悪事に関してのみ使用人の言葉が優先的に信じられる。


 そんなに疑うなら振り向けばいい。


 私を嘲笑うメイドの顔が見られるから。


 口にはしなかった。……出来なかった。


 現状だけを見たラエルお兄様が私を蹴り飛ばしたからだ。


 急激に視界に映る景色は変わり、咄嗟に頭を庇い転げ落ちる。


 全身の打撲と足の捻り以外に外傷はない。


 立ち上がると突然、足元から炎が燃え盛る。


 揺らめく炎は景色をも揺らす。


 悪を倒す、まるで勇者のような風貌に男女問わず羨望していた。


 ここで泣いて謝るなり、熱いと叫ぶなりすれば良かったのだろうか?


 皮膚が焼けていく感じは不快ではあるものの、全てを受け入れてしまおうと諦めた。


 その瞬間。


 「クローラー様!おやめ下さい!!」


 使用人の声なんて、いちいち覚えていない。


 私と話す物好きはいないから。


 「邪魔をするな。この女はあろうことか、由緒正しき公爵家に刃向かったのだぞ」

 「仮にそうだとしても、片方の意見しか聞かずに処罰するのは、次期公爵としてあるまじき行動です!どうか冷静になって下さいませ」


 家庭教師も兼ねていたメイド長の発言が効いたようで、炎は段々と弱まっていく。


 完全に消える頃には、私だけがその場に取り残されていて。


 酷くはないものの全身に火傷を負い、その姿はまさに醜い化け物。


 最初からこんな風に生まれていれば、きっと私は何も求めることなく、呆気ないほどに命を捨てられた。






 ꕤ︎︎





 「そうだ。その日の夜。誰かが魔道具を置いてくれたんだ」


 使うべきは迷いはしたものの、既に魔力は込められていて触れるだけで魔道具は発動した。


 瞬きの間に火傷は《《治ってしまい》》、私は……。


 醜いと揶揄されるのであれば、それなりの姿をしていなくてはならない。


 髪と瞳の色だけは足りないんだ。


 今よりももっと、自分で自分を嫌いになれるように。

 淡い期待など簡単に打ち砕くように。


 最下層よりも更に下に落ちていかなくては。


 生きる希望さえなくなれば、いつでも死が隣にいてくれる。


 死がすぐ近くに在れば、これから先の未来で何一つ勘違いをしなくて済む。


 その考えは今でもあまり変わっていない。


 だって私は、誰かのために生まれてきたなんてそんな、綺麗なことを言えるような人間ではないから。


 むしろその逆。生まれてくるべきではなかったから。


 何もない手を見つめていたら、黒い霧が発生して渦を巻く。


 黒くて……ただ黒いだけ。向こう側なんて見えもしない。


 この闇が世界を滅ぼそうとした。


 人々に恐怖を与え、命や尊厳を踏み躙る。


 私もいつか巨悪になってしまうのだろうか。


 そんなことになったら誰が、私を罰して(ころして)くれるのかな。


 「ほんと。どんな神経してるのかしら」

 「私だったら母親を殺した罪の意識から、家族と顔を会わせるなんて真似出来ないわ」

 「あたしは奥様に侯爵家から連れて来てもらったけど、未だに信じられない。あんな化け物のせいで命を落とすなんて」


 数人の使用人はお母様が実家から連れて来た。

 慣れない場所では心細いからと、お父様が提案したみたい。


 そんな彼女達は部屋の前を通る度、聞こえるような悪口を言う。


 私を嘲笑い見下して。


 彼女達にとって、蚊帳の外にいる私は公女ではないようだ。


 「ま、いい気味よね。生まれてから一度も、誕生日を祝ってもらってないんだもの」

 「自業自得でしょ。人殺しの分際で」

 「誰も祝福なんてしてないのに、祝うわけないわよ」

 「ふふ。惨めよね。今日がその誕生日なのに、一人虚しく部屋に引き篭って」


 その衝撃は計り知れなかった。


 命ある者は例外なく、生まれた日というものがある。


 当然、私にも。


 ただ……知らないだけ。自分の生まれた日を。


 知らなければ次第に記憶は薄れ、消えていく。


 つい、今しがたまでは。


 メイドの声が遠ざかり、人の気配がなくなった。


 空は……太陽が眩しい。雲は悠々と流れる。


 外に出たかった理由はわからない。


 行く宛も、行ける場所すらないのに。

 息苦しさを感じて屋敷にいたくなかっただけなのか。


 私の瞳には何も映らなくて……。


 だから、気付きもしなかった。


 門の前に商人の馬車が止まっていたことを。


 だって……思わない。


 私でさえずっと知らなかった誕生日を、お金の関係で繋がっているような一介の商人が祝いに来てくれたなんて、そんな……。


 何かに誘われ(いざなわれ)るかのように足はどんどん進む。


 私を見る人々の目は嫌悪。


 公女に対して敬意を払うつもりはない。


 早く厄が通り過ぎて欲しいと願うように、私を見る者は一人もいなくなる。


 どうでもいいんだ。もう、そんなこと。


 私のちっぽけな世界に他人はいらない。


 一人ではなく独りで生きるしかないんだ。


 独りで生きる覚悟を決めたのに、愛されたい気持ちだけは薄れ消えゆくことはない。


 醜いだけの化け物は愛なんて不確かものを求めるはずがないんだ。


 愛されたいと想い願うのは、私が人間だからではないだろうか?


 もしもいつか、来るはずはないけど。

 この醜く汚らしい髪を、いつか誰かが……叶わない現実(ゆめ)だもしても「綺麗」だと言ってくれる日がくるなら。


 私はほんの少しだけでも、生きてて良かったと思えるのかな。


 「バカみたい」


 妄想に期待するなんて。


 暗色を好む人はいない。

 世界を滅ぼそうとした黒の仲間。


 忌み色。


 愛されるなんてないんだ。絶対に。


 きっと太陽が暑いから。バカみたいなことを考えただけ。


【う゛みゃっ!】


 どこからか聞こえてきたのは猫の声。


 気のせいだと思うにはあまりにもハッキリと私に届いたんだ。


 ほとんど無意識に歩いた結果、私は平民が住む下町にいた。


 大人や子供が路地に集まっている。


 興味が引かれたわけではない。


 直感で、行かなくてはと思っただけ。


 「何をしているの」


 一番後ろにいる大人に声をかけた。


 面白いことでもあるかのような笑みで振り向き、私を見るなり顔が引きつる。


 質問に答えることもなく、その場の空気が凍ったのを肌で感じた。


 人々は私を見るなり怯えたように立ち去る。


 ──魔法で攻撃されると思った?そんなこと、するわけないのに。


 ほとんど外出しない私の顔なんて知っている人のほうが少ないのに、黒い瞳と髪色でわかってしまう。


 一歩、足を進めたらそこには息をするのも忘れてしまう真っ黒な子猫が倒れていた。


 黒。


 たったそれだけのことで……。


 忌み色だと言うならば。なぜ生まれたときから、私達を殺してくれないの?


 生きることを否定するのであれば、命を奪ってしまえば良かったんだ。


 子猫は石を投げられた。追いかけ回されて、ここしか逃げる所がなかったのか。


 陽の当たらない影。そこがお似合いだと言わんばかりに。


 ピクリと前足が動く。


 心が震えるほどの衝撃を受けた。


 酷い目に遭わされたのに、それでもこの、残酷な世界で生きようとする強い意志に。


 「貴方も独りなの?」


 これが出会い。


 独りから二人になった瞬間。


 私を独りにしない愛しい存在との。

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