たった一人の家族
「お、お客様。申し訳ございませんがペットの同伴はお断りさせて頂いております」
目的地の図書館に着くなり、受付の女性がおろおろしながら近づいてきた。
容姿から私が誰なのか知ったような反応。粗相をすればどうなるか分かったものじゃないからね。
その粗相なら、もうしてるんだけど。
「ペットって何のこと?まさかノアールのことを言ってるんじゃないでしょうね?」
「ひっ……」
「ふざけないで!!ノアールは私のたった一人の家族よ!!それをよくも侮辱してくれたわね」
「も、申し訳ありません!!」
「公爵への無礼な態度。処分は覚悟しておいて」
ああぁぁぁぁ!!何やってんの私!!
これじゃ完全に悪役令嬢じゃないの。自分で立場を悪くしてどうすんのよ。
頭を抱えたくなる事態を引き起こしているのに、ノアールは尻尾を振って嬉しそうに笑ってる。
──う。可愛い。
【んふふ。シオンの家族】
「そうよ。ノアールだけが私の家族。だから……私を独りにしないでね」
【しないよ。ぼくはずーーーーっとシオンと一緒】
「うん。約束よ」
そして私を裏切らないで。
大好きな家族に裏切られて殺されるのはもう嫌。
【シオン?泣いてるの?】
「ちょっとね。何でもないから安心して」
どんなに藤兄を恨んでも思い出すのは優しい記憶。
涙を拭いて魔法に関する本を集めた。
意外と少ないな。もっと多いと覚悟してたのに。
教科書より薄く、たったの三冊。
私としては助かるんだけど。国と共に長い歴史を刻んできたはずの魔法のことが、こんなものに全て記されているとは考えにくい。
これも国が隠しているとみて間違いない。もしそうなら下手すれば禁忌に触れる。
どの本もアカデミーで習うことばかり記されている。
闇魔法に関してはゲーム設定と同じ。
魔法を使う詠唱はなく魔法陣も必要ない。
頭の中でイメージすれば魔法は具現化され使える。
閉館まで繰り返し三冊を読み直す。もしかしたら何か発見できるかもしれない。
退屈になったノアールは熟睡中。
「こ、公女様。申し訳ありませんがもう閉館のお時間でして……」
「あらそう」
結局、何の収穫も得られなかった。
内容は全部写したから、もうこの図書館にも用はない。
陽が沈みかけている。これからどうしよう。
家に帰るのは嫌だしもっとどこかで時間を潰したい。
【あふ~】
体を伸ばすノアールから変な声が聞こえた。面白くてつい笑うと愛らしい肉球で頭をペシペシされる。
これは恥ずかしいのを誤魔化しているのだ。
このまま何もかも捨ててここから逃げ出せばどうなるだろう。
きっと誰も心配はしない。家の体面のために探しはする。それだけ。
唯一の公女なんていいことないな。
「あら、シオン様?やっぱりシオン様!!」
「ユファンさん?どうしてここに」
「お母様とお買い物に」
「こ、公女様!?このような恰好で申し訳ありません。あの……娘が大変お世話になったそうで……」
この人が私の本当の母親。こんな容姿の私を実の娘と思うには無理がある。
でもね。知ってるんだよ私。
シオンと母親。目元がそっくりなの。そこだけしか似てないけど、一つだけでも似てるとこはあるんだよ。
──あぁ……いいな。
幸せそうで。
今から温かい家に帰るんでしょうね。
家族で美味しいご飯を囲んで、他愛もない話をして。
私なんて人はたくさんいるのに冷たくて居心地の悪い、外観だけは立派な屋敷に帰るしかないのに。
「可愛い猫ちゃんですね」
「ノアールっていうのよ」
ユファンがノアールを撫でようと伸ばした手が引っかかれた。
威嚇のポーズを取っては敵意むき出し。
どうしたのかな。屋敷の人間でさえこんなことにならないのに。
「ごめんなさい、ユファンさん」
傷口から細菌が入らないようにハンカチで縛るも、あまり意味はない。
というのも、光魔法の最大の特徴は回復。
ゲームでも大怪我をしたシオンを治すという聖母マリアのような慈悲深さを見せた。どのエンディングも必ずシオンを庇う姿もあった。
良い子なんだ。その一言に尽きる。
それなのに私から何もかも奪っていくことに関しては悪びれもしない。
本物のシオンの心は心底ユファンを嫌い憎む気持ちでいっぱいだ。それに伴って私の心をも荒らす。
もう一度ユファンに謝ろうと追いかけると、嫌な現実を突きつけられた。
「やっぱり噂通りの人なのね。公女様って。ユファンは学園でいじめられていない?もし何かされたらすぐ先生に言うのよ。闇魔法の公女様より光魔法のユファンのほうがこの国では大切にされるのだから」
「シオン様はそういう人じゃありません!!」
「でも噂になってるじゃない。公女様がユファンを崖から突き落とそうとしたって」
私の言葉なんて誰にも届きはしないのに、悪行だけはしっかりと国中に広まるのか。
やってられない。
兄二人も婚約者も国民も、一体私の何を知ってるのよ。
表面だけを見て、痕の残らない言葉のナイフを無数に突き立ててくる。
──それは罪ではないの?
相手が悪女なら何を言ってもいいと思ってるの?
悪女だって人間。人間には等しく心というものがある。
それを平気で傷つけてくるなんてこの国の連中はみんな頭がおかしい。
【シオン?泣いてるの?】
「バカね。泣いてるわけ……」
ノアールは肩に降りてペロっと顔を舐めた。慰めてくれようとしてるのか体をスリスリしてくる。
この世界でノアールだけが私に優しい。ノアールだけが私の傍にいてくれる。
この子が人間だったなら、きっと恋をしていただろう。そして私を、連れ出してとお願いしただろう。
誰も知らない、どこか遠くへ。
今日のことはすぐに新たな噂となって流れる。
悪女のペットがユファンを攻撃した。
とか、そんな感じの内容が。
闇魔法と光魔法。
話題の二人が揃えば注目の的となるのは必然。
多くの目撃者がいた。
もう何も弁明するつもりはない。
誰も彼も私を信じない。期待を抱くだけ無駄。
この世界の全ては私の敵。それが正しい認識。
ノアールをギュッと抱きしめて涙を拭った。
私は知らない。私の痛みに同調するかのように、誰かが私を見ていてくれたことに。
「…………」




