優しさの勘違い、激しい思い込み【スウェロ】
叔父上は完璧だ。
最上級炎魔法を扱えるようになったのに、まだ私に魔法を教わりたいと言ってくれる。
驕ることのない姿勢は、いつまでも追いかけたい。
魔法の特訓に割く時間はあまりないため、月に一度か二度部屋にこもる。
今日はその貴重な日だったのに……。
「申し訳ありません、レイアークス様。我々では手に負えなくて」
「構わん」
隣国の人間がリーネットに入れろと押し寄せてきた。
貴族だったらともかく、彼らは生粋の平民。
魔法を持たない相手に魔法を使って追い返すのは気が引けるのだろう。
どんなに憎み嫌いだとしても、その辺の分別はある。
感情に任せて攻撃するのは愚か者か、よっぽどのバカだけ。
警備隊にはどうすることも出来ず、叔父上に連絡がきたというわけだ。
「私達はグレンジャー家の領民よ!!」
「俺らはブルーメルだ!!」
「あたしらはケールレルよ!」
ここに集まった衆は、グレンジャーとブルーメルの元領民。
森は抜けられないため、わざわざ数日かけて遠回りをしてやって来た。
平民とは思えない態度の大きさ。
国に入れるつもりがないならシオンを呼べと、何とも偉そうな。
顎を突き上げ、見下ろそうとする姿勢は私達が誰だかわかっていない。
「なぜシオンと会わせる必要がある」
「決まってるでしょう!私達がこんな理不尽な目に遭っているのだと、わかってもらうためよ!」
意味が……わからない。
理解力の問題か?
こっち側はもれなく全員、言葉の意味を理解するのに必死。
こんな目、に遭っているのは自業自得だし、シオンのせいではない。
責任転嫁をしようとしているのであれば、神経が図太いのではなく考える能力を失っている。
どこまでも被害者ぶって、助けを乞うなんて。
王子たるもの、感情に飲まれるなかれ。
物事を冷静に判断するには、何者にも支配されてはならない。
それは叔父上の教え。
公平さを欠かないための冷静さ。
グレンジャーもブルーメルも、ケールレルだって。
最悪の血筋だったのに、そこの領民までもが最低最悪なのか。
いざ、彼らと対面したときはシオンがいたから、どうにか怒りは抑えていたが今はもうその必要がない。
「シオンと会って責めるつもりか?」
「スウェ……」
私が対処する。
伝わったらしく、一歩下がった。
敵意も殺意も隠すつもりはないのに、鈍感なのか気付きもしない。
「責めるなんてとんでもない!」
「は?」
「シオン様があたしらを見捨てるはずがないんだ!」
一人を皮切りに、それぞれが一斉に喋り出す。
頭に響く声の塊。不快。
瞳に込められた熱。軽蔑しかない。
それぞれの言い分は聞く価値もなかった。
ある女性は言う。領地に来たシオンを手厚くもてなしたと。
別の女性は笑顔で言った。自分の作ったお菓子を美味しいと言いながら完食してくれたと。
痩せた男性は声を張る。畑を耕していたら婚約者と一緒に労ってくれたと。
他にも語られる多くの出来事。
笑ってしまわないように耐えた。
「反吐が出る」
思わず口から出ていた。
一瞬にして静寂に包まれる。
私の放つ殺気に押されて誰かが唾を飲む。
あんなに集中していた視線は、どこか宙を彷徨い私を見なくなった。
「いやー、皆さん。シオンのことをとても大切に想ってくれているんですね」
上っ面だけの笑顔を向ければ、安心したように胸を撫で下ろす。
まるで自分達の主張が通ったかのように上機嫌。
「シオンは一度も領地に行ったことがないのに」
感情を殺した。圧をかけるように冷たく見下ろす。
空気が凍った。彼らの表情は強ばり、たじろぐ。
「綺麗な捏造を語れば信じてもらえると思ったのか?」
それは全部、シオンがそうなりたいと願っていた世界。
夢を見るように憧れて。
憧れは叶わないのだと変化のない毎日を過ごすだけ。
辛いことを私達に話してくれたシオンは過去のことだからと、悲しむ素振りはなかった。
強がっているわけではない。隣国での出来事は向こう側に置いてきて、新しい幸せで記憶を埋め尽くすのだと意気込んでいる。
シオンがそれでいいならと、私達の怒りが収まるわけではない。
いつかまた、天災を起こせればと思う。
今度は父上ではなく私が。
国が滅んでしまわないように加減して。
「う……うるせぇ!!いいから入れろ!!」
「そうだそうだ!商人風情は良くて俺達はダメなのかよ!!」
「アイツらだって同じように蔑み見下していたんだぞ!」
「そうよ!むしろ知っていたなのに何もしなかったフェルバー商会のほうが罪は重いわ!」
「(チッ。今のスウェロにそれを言うとは)」
「黙れ。不愉快だ」
私は……。俺は王子として日々努力してきた。
言葉遣いと態度は一番最初に身に付けて、とにかく人に圧をかけないようと。
悲しいことに身分は絶対。王族の血を引いていれば尚更。
傲慢な態度は人を傷つける。言葉は凶器。
そんなこと……幼い頃から知っていた。
「お前如きが彼らを罪人呼ばわりするな」
父上に似て温厚な性格だった俺は、人と付き合うことは上手かった。
周りからも優しい第一王子として人気も得ていたと思う。
優しいイメージが定着すると、今度は感情のやり場がなくなった。
誰かを殺したいほどの激しい殺意に見舞われることはないけど、吐き出せないまま溜め込んでいくストレス。
体の内側に得体の知れない何かが蠢く感覚。
それらが切れた原因は、俺の婚約者の座を狙っていた他国の王女。
多くが集まるパーティーでリズを貶し侮辱した。
頭に血が上り、正直な話、自分でもよく覚えていない。
人伝いに状況を聞いた叔父上の勉強がより厳しくなっただけ。
一部始終を見ていた人に聞いても既に箝口令が敷かれた後だったのか、誰も答えてはくれない。
リズにはお礼を言われるだけ。
魔法を使っていたらその形跡は残るはず。何もなかったのは何かをしたのではなく、何かを言ったから。
それも、普段の優しいイメージを覆すような高圧的な態度で。
「な、なんだこの野郎!平民だからって見下してんのか!」
「犯罪者だから見下しているだけだが?」
彼らを取り囲むように氷の牢を作った。
魔法を持たないことを盾にしていたつもりみたいだが、要は傷つけなければいいだけ。
うるさくないように口を塞ぎ、しばらくの間ここに放置するのもいい。
この国境はよく商人が出入りしているから、すぐにでも噂は広まる。
「あたしらにこんなことをして、シオン様が黙っちゃいないよ!!」
「あの方は苦しむ私達を救ってくれた聖女様だ!あんたみたいな若造、すぐに罰してくれる!」
「なんと言っても王弟殿下の寵愛を受けているんだからな!!」
と、言っていますが?
「(知らん)」
視線を向ければ首を横に振る。
どこからそんなデマが流れたんだ?
あの日には俺とレックもいた。叔父上だけが噂の的になるはずがない。
「王族に逆らった罪でお前は死刑だ!ざまあみろ!!」
「王族への不敬でお前達を今ここで、死刑にしてもいいんだぞ」
「「はぁ?」」
「スウェロ・リーネットの友人でもあるフェルバー商会への侮辱は罪が重いがどうする」
ブレットは知っていた。小さな少女の苦しみを。
どうにかしたくて、勇気を出して兄に告発したのに何もしてくれないどころか、見て見ぬふりの強要。
知っているのに。シオンが助けを求められない現実に閉じ込められていると。
身分のせいで人を救えない。
正しくない行いが正しい空気は、ブレットの心を固め、決意させるには充分。
助けられない罪悪感を胸に、せめて自分だけは味方であると誓った。
ブレットがどんな想いでシオンと接してきたか。
顔を会わせる度に、声に出せない謝罪を繰り返す。
コイツらの発言はそんなブレットを否定している。
フェルバー商会がリーネットに迎え入れられたのはシオンの味方だったからだけではない。
幸せを願ってくれたからだ。
苦しんだ何百倍も幸せになって欲しと。
シオンが去った後、巨大な権力に立ち向かうかのように真実を流した。
定着したイメージは簡単に払拭されないが、“絶対なる悪”ではないとわかってくれる人々はいたのだ。
権力を振りかざす兄にも堂々と振る舞い、噂の撤回はしないと断言。
店が潰れることになったとしても、もう逃げないと決めた。
従業員を路頭に迷わせるなんて店主として失格。
それでも、選んだのは……。
そうするべきだとフェルバー商会の全員で話し合ったから。
シオンの噂は幾つもあり、嘘か本当かを見抜く術はない。
そんな中で真実はある。
メイドによるいじめ。兄からの虐待疑惑。
救い助けるべきシオンがいなくなってから、行動を移すのが卑怯だと自覚していながらも、この身に何かあったとき気を遣わせなくて済むと安心したとか。
優しい人の周りには優しい人が集まる。
──その通りだな。
俺が名乗るとようやく、置かれている状況を理解し青ざめる。
酸素を奪っていないのに、なぜか息苦しそうだった。
非礼を詫びるよりも先に、王族である俺が平民を出迎えてくれたと歓喜に包まれる。
「勘違いもここまでくると、目も当てられないな」
牢を炎で囲んだ。燃やす意志はないが、焼けるような暑さだけは感じている。
「確かにシオンは優しい。だが、虐げることしかしてこなかったお前達にまで、優しくしてくれると思っているのか?」
反論されるのも、とぼけられるのも面倒で、各領地でどれだけシオンを貶していたか語れば非を認めるかのように黙り込む。
アース殿下に頼んで、三家の領民についての調査も終えている。
こういう輩が来ると踏んで。
「シオンの優しさに付け込んで利用するなんて、許せるわけないだろ」
こんな奴らでも助けを求められたらシオンの心は揺れ動く。
優しいっていうのは、そういうことなんだ。
傷つけるつもりがないとはいえ、平民に魔法を使う俺とは違う。
「妄想は頭の中だけで留めておけば良かったものを」
「で、殿下。我々は被害者なのですよ!どうか寛大な心で迎え入れてはもらえないでしょうか」
「グレンジャーといい、領民といい。恥知らずもいいとこだな」
晴れた空に雷鳴が鳴り響く。
青白く光ると同時に耳を塞ぎたくなる音に、彼らは思わずしゃがみ込む。
「選ばせてやる。死刑か、俺の目の前から消えるか」
これは最初で最後の慈悲。
牢の扉を開ければ、蜘蛛の子を散らすよう一斉に走り出す。
これくらい脅しておけば金輪際、来ることはないだろう。
「落ち着いたか?」
「はい」
気分がスッキリした。
やり過ぎだと怒られることを覚悟したのに、叔父上はよくやったと褒めてくれる。
私がやらなければ叔父上が例の如く、最上級炎魔法を使うつもりだったらしい。
冗談ではなく本気だからこそ、警備隊からも全力の感謝をされた。
あの日も私もこんな風だったのだろうか。
記憶に残らないほど冷静さを失うなんて。
今なら私が何を言ったが答えてくれそうな雰囲気ではあるが、聞くのが怖いので知らないままでいることに決めた。




