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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
その後の話 番外編

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何度でも思い出す

 そして現在。


 雪が降ると、各家の前に雪だるまが置かれるようになった。


 店も開いており、子供達は元気に走り回る。


 訓練場では……雪合戦の大会が行われるようになった。


 優勝チームはレイと本気の手合わせが出来る権利があるみたいだけど、本人の許可は得てない。


 勝手に優勝商品になってしまったレイは結果を見届けるために下りてきた。


 「いっその事、レイも参加して優勝すればいいのに」

 「はぁぁ」

 「嫌なのはわかったけど、ため息で返事するのやめて」


 心を許せる友達になれたことは嬉しいけど、雑に扱われたくはない。


 宝物のように大切に扱って欲しいわけでもないよ。


 もっとこう…あるじゃん。友達の距離感。


 異性の友達がいないにしても、私に対する扱いは正解ではない。


 ノアールが器用にも雪玉を転がして大きくしていく。


 芸術作品として残しておきたいくらいに、綺麗な丸。


 ヤバい。ノアールが天才すぎる。


 「二人共、暇そうだな」

 「ちょっとだけね」

 「ふむ……。ちょうどいい。見せたい物がある」


 見物に飽きたのか、私達をどこかに連れ出す。


 最後まで見届けなくても、優勝はオルゼ率いる第二騎士団だと予想。


 これまでの戦績でも勝ち越しているしね。


 騎士団の中でも特に動ける団員が多い第二はやはり強い。


 「行こっか、ノアール」

【うん!】


 王宮の敷地内はかなり広く、改めて思う。


 私って執務室と訓練場と、たまにレーツェルの森にしか行ってないんだなと。


 一度だけ王妃様の温室に行ったことはあるけど、あれは行ったという表現ではない。


 連れて行かれた、だ。


 やや前を歩くレイは私の歩幅に合わせてくれて、足が雪に取られると転ばないように素早く支えてくれる。


 さりげない優しさ。周りへの気配り。


 ──だからモテるんだよ。


 なんてことは言わない。口が裂けても。


 睨まれるのがオチだから。


 これでもちゃんと、学習はしている。


 「ここは?」

 「私の温室だ」


 そっか。レイは花の品種改良が趣味だもんね。


 個人で温室を持っていると言っていたな。


 王妃様の温室と違ってあまり大きくはない。


 さりげなく開けた扉を抑えてくれるレイにお礼を言って、中にお邪魔させてもらう。


 ──ここで四つ葉を作ってくれたんだ。


 ある一角に植えられている花はどれも蕾のまま。


 「それらは異種花だ」


 気になって足を止めていると、どんな花かを教えてくれる。


 満月花、朝夜花(ちょうやか)炎水花(えんすいか)


 異種花は全部で五種類。


 ここにはないけど、執務室に太陽花がある。


 もう一種類はなんだろ。ここにはないのかな。


 洞窟にのみ咲く花は異種花には分類されないらしい。


 希少価値はあまりなく、洞光が当たらない洞窟の奥に進めば咲き誇っているからだ。


 「おお……」


 白い薔薇がこんなに揃うと圧巻。


 祈花祭のときには、これらを染め上げるのか。

 大変だな。


 「シオン。これが最後の異種花だ」


 試着室よりもやや広く、暗幕で覆われた一室があり、その中に花がある。


 他の異種花と違って温度管理が大切。

 そのため、こうして別で育てている。


 雪星花(せつしょうか)


 一本の木に星の形をした花が多数なっている。


 雪の日にしか咲かない花。


 普段から寒い場所に置いておかなければ、木は朽ちて塵となり花が溶ける。


 外よりもかなり気温が低く、吐く息は白い。


 そんな寒さなど忘れてしまうような、美しい輝きを放っていた。


 「ツリーみたい」


 クリスマスツリーのような緑色の木。


 鉢植えが赤というのもクリスマスを連想させる。


 「ツリー?これは聖樹だ」

 「そうなんだ」


 藤兄が言っていた。クリスマスツリーは知恵の樹と象徴され、俗称は聖樹。


 目に見えない所で現実の設定が活かされているな。


 「二種類あるんだね」


 金と銀。どちらも綺麗だ。


 「いや。本来の雪星花は金色だが、私は銀色のほうが綺麗で好きだからな。染めたんだ」


 思い出す。鮮明にあの日のことを。


 さっきまで普通に、いつも通りでいられたのに。


 「顔が赤いな。大丈夫か」

 「この中が寒すぎなの」


  逃げるように出ては、薔薇で心を落ち着かせる。


 これまでに何度もあったトキメキポイント。

 それらに耐えられたのはきっと、あの言葉にトキメいていたからだ。


 私にとって心動いた瞬間でもあったから。


 レイが兄のような存在っていうのも、間違ってはないんだけど。


 「薔薇が好きなのか?」

 「見てただけ」

 「なら良かった」


 二色の雪星花を差し出した。


 「え?え!?溶けるんじゃなかったの!?」

 「木から取ってしまえば形は保たれる。シオンとノアールにプレゼントだ。受け取って貰えると助かる」

 「あ、ありがとう」

【お花!】


 花は冷たくなかった。

 手の体温で溶けることもない。


 「それと。この薔薇もプレゼントしても構わないだろうか」

 「こんなに貰っても、何も返せないよ」

 「シオンが幸せでいてくれることが、私達にとって最大のお返しだ」


 二十五本の摘んだ薔薇は赤く染まる。


 もしも……この本数に意味があるとすればそれは……。


 私の幸せを願ってくれている。


 いつでも誰にでもすぐ渡せるようにか、色別の不織布が何枚か保管されていた。


 手馴れたようにオレンジ色で包んでは花束の出来上がり。


 こんなことをサラっとやってしまうからモテるんだよ。


 諦めて大人しくモテてしまえばいいのに。


 「花屋さんになれるよ」

 「王妃殿下の誕生日に毎年やっていることだからな。慣れただけだ」

 「薔薇をあげてるの?」

 「いや。百合の花だ。本人のリクエストだし、断る理由がなくてな」


 受け取った薔薇からは濃厚な甘い香りがするのに、どこか爽やか。


 ──この香り、どこかで……。


 今、この瞬間もどこからか漂う。


 答えがすぐそこまで出かかっているのに思い浮かばない。


【アークと同じ匂いがする】


 甘い匂いはしていないけど、この爽やかな香りは間違いなくレイ。


 「……ねぇレイ。この薔薇ってもしかして、香水の材料にしてたりする?」

 「しているが、それがどうした」

 「いやー、レイと同じ匂いはちょっと……。変えられる?」


 花は芳香剤代わりでもあるので、部屋に飾っておくと香りが広がる。


 品種改良されたこの温室の花は枯れることもない。


 花を替えない限りはずっとその香りが続く。


 せめて甘い匂いだけなら私も喜んで飾らせてもらう。


 無茶な要求をしていることは重々承知。


 「なら、誰と同じ香りがいい」


 もう、その質問がおかしいよ。普通に普通の香りでいいのに。


 「まさかと思うけど、全員分の香水作ってるの?」

 「これは仕事ではなく趣味でやっていることだ」


 ほんと……なんで休まないんだろ、この人。


 趣味で何かをするのはいいけどさ。休みなよ。


 そんなことばっかりしているから、強制休暇を取らされるんだからね。


【ぼくね。おひさまがいい】

 「お日様の匂いとかっていける?」

 「また無理難題を」

 「ノアールの希望なんだけど」

 「あぁ……。やってはみるが」

 「ちょっと。ノアールに甘すぎない?」

 「シオンほどではない」


 私達だけではない。猫好きじゃなくても、ノアールの可愛さは天下一品。


 お願いされたら断れないものである。


 「その薔薇は……」

 「これはこれでいい!」

 「は?香りを変えろと言ったのはそっちだぞ」

 「だって……もったいないじゃん。せっかく摘んでくれたのに」

 「食堂に飾るからいい」

 「あ……」


 取られた。無理やり。


 花の香りをどうやって変えるのかはわからないけど、私のために頑張ってくれるんだろうな。


 仕事を増やしている気がするのは気のせいではない。


 申し訳なさがあるので、そんなに急いでないから暇なときでいいと言っても、聞こえてはいなかった。


 顎に手を当てて考える様子は、趣味の世界に没頭する前触れ。


 レイの背中を押してすぐ温室から出た。


 あの調子では今日から取り掛かりそう。


 「そろそろ決着ついてると思うから戻ろう!!」

 「そうだな」


 何とか現実に引き戻せた。


 前回は目眩だけで済んだけど、今度は本当に倒れるかもしれない。


 ──週に二日は何もしない日を作るべきだ。


 レイが倒れたらみんなが心配する。


 私が選択を間違えて命を囮にしたときには、あんなに怒ったくせに。


 自分のこととなると無頓智。そんなの……おかしいよ。


 約束したじゃん。


 大丈夫じゃないときは大丈夫じゃないって言うってさ。


 「私に何か手伝えることがあったら言ってね」

 「ない」

 「即答やめて!?」


 するとレイは少し考えては「ない」と答えた。


 即答はやめてと言ったけど、そういうことじゃないんだよな。


 わざとやってるから意地悪なんだよ、レイは。


 優しさをプラスしても、どうしてモテるのか疑問を持ってしまう。


 そりゃさ。仕事の手伝いは無理だよ。

 その他色々とやっていることに関しても、私の力が必要になることもないだろう。


 わかってるんだ。そんなこと、最初から。


 「言っただろう。シオンは幸せでいてくれるだけでいいと」

 「代わりに誰かが不幸になるのは嫌よ」

 「不幸にはなっていない」


 どちらも譲らないまま言い合いながら、訓練場に到着した。


 とっくに決着はついていて、私の予想は外れて勝ったのは第一騎士団。


 住宅街ならクレームが止まらないレベルで大喜び。


 で。第二と第三で二位決定戦をやっているのはなぜ?


 知らぬ間にルールは追加されていて、二位にはレイが稽古をつけてくれるそうだ。


 手合わせと稽古の違いがわからない。要は本気か手を抜いているか。そういうこと?


 「今からでも飛び入り参加したら?レイが勝てば誰も何も言わないよ」

 「さっきから。やたらと参加させたがるな」

 「そ、そう?」


 だって見たいじゃん。


 レイが雪を丸めて、それを人にぶつけて。それを繰り返す姿。


 普段から真面目な人が遊びに全力を注いだらどうなるか。


 絶対に面白い。


 そう。私はレイの面白い姿を見たいだけ。


 それ以外に目的なんてない。


 「何かを企んでいそうな目だな」

 「私に対して失礼すぎない?」


 うっかり口を滑らせてしまわないように、感情を抑える。


 思考が読まれないようにポーカーフェイスを保つも、人の表情や行動を観察する癖があるレイは、僅かに視線がズレた瞬間を見逃さない。


 何を考えているのか読めなくても、何かしらを考えていることはバレた。


 絶対に参加しないと断言されてしまう。


 王命ならやってくれるだろうけど、嫌がる人に無理強いはよくない。


 興味を持ったらその内、自分から参加するはず。


 気長に待っていればいい。


 これからも雪は降るのだから。


 「レイ。雪星花、ありがとね。大事にする」


 雪が降ったらまた思い出すのだろうか。


 白銀が綺麗だと言ってくれた、レイのことを……。

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