ある雪の日の出来事
【シオン!シオン!見て見て!ゆき!!】
朝、起きるとノアールが窓の向こうを見て大はしゃぎ。
そこには白い雪が降り積もった景色が広がっている。
どうりで寒いわけだ。
雪を見ると思い出す。
私がリーネットに移住したある日のこと。
まだレイが私を名前ではなく「レディー」と呼んでいたとき。
ꕤ︎︎
雪が積もっていた。季節は冬でもないのに。
私だけが異常気象に驚き、メイはよくあることだと。
季節外の雪は明日になれば溶けてなくなるらしい。
初めて見る雪にノアールはワクワクとドキドキ。
ドアを開ければ一目散に飛び出す。
──猫って寒いの苦手じゃなかったっけ?
歌にもあったような。猫はコタツで丸くなるってさ。
めちゃくちゃ元気に走り回っては、雪の中に潜ったりもしている。
目が輝いて、本当に楽しそうなので私は何も言うまい。
温かいスープを飲みながら、ノアールの可愛さを堪能する。
黒い毛並みが真っ白になるまで目一杯遊んだノアールは、満足したように家の中に入ってきた。
体は氷よりも冷たくなっていて、雪を払いすぐにタオルに包む。
【シオン!楽しいね!】
満面の笑みは矢となり心臓を撃ち抜く。
可愛い!!
「今日は家でゆっくりなさいますか?」
「ううん。散歩してくる」
景色が変わったリーネットを見てみたい。
マフラーと手袋。耳当てをして準備完了。
ノアール用の小さなマフラーもあり、お揃いで巻いた。
肉球が冷えるといけないので抱っこしたまま、いつもと少しだけ違った道を歩く。
真っ白なまま誰の足跡も付いていない雪道に、私の足跡が刻まれる。
【シオン。あっち行こう。人がいるよ】
ノアールが示すのは王宮。
用もないのに行ってもいいのだろうか?
みんな忙しいだろうし、私が行くことで仕事を中断させたり、気を遣わせてしまったら嫌だな。
と、思いつつも足は王宮に向かう。
雪が積もると立派な王宮は絵画のような美しさを放つ。
ノアールを下ろして、まっさら雪を転がして大きさの違う二つの玉を作る。
小さい雪玉を上に重ねて、顔や体の一部となる素材がないことに気が付いた。
木の枝とか拾っておけば良かったな。
まぁいいか。これでも雪だるまに見えないこともないし。
二つを作って左右に置いた。
「あれ?シオン。何してるの?」
「雪だるま作ってた。オルゼは?」
「うん。暇だから散歩に行こうかなと思ってたらシオンがいた」
どんよりした空を吹き飛ばすような眩しい笑顔。
私に会えたことが今日一番の良いことなんだと。
「ところでさ。その雪だるまって何?」
なんと!!雪だるまを知らない!?
「作ってどうするの?」
雪だるまは雪が降って積もった日に作る物。
風習であり文化。
故に雪だるまが何で、なぜ作るのか。そんなこと私だって考えたこともない。
作ってしまったからには、理由がいるのか。
うーん。理由。
疑問を持たれず、それっぽくてすぐ納得してもらえる理由となると……。
「魔除け!」
「魔除け?ふーん……」
全然信じてないな。気持ちはわかるけど。
所詮は雪の塊だからね。それを口にしないオルゼは大人だ。
丸めた雪玉にそんな効果があったらみんな作ってるし、存在が知れ渡っている。
疑っているわけではないけど、未知との遭遇に困惑しているのだろう。
「シオンは誰かに用事?」
「ううん。ちょっと寄っただけ」
「じゃあ、特訓見てく?」
「やってるの!?こんな寒い中で!?」
流石に上半身裸ってわけではないよね。
魔力コントロールで連れられたときも、ちゃんと服着てたし。
「第二騎士団だけね。魔物と戦うのに、足場が不安定なことは多々あるから、いい特訓になるんだ」
「ということはだよ。オルゼもやるんだ」
「俺は昼から。それまでは暇だから、こうして散歩を」
私がもう少し遅く来たらオルゼの足を止めることもなかったのか。
貴重な時間を奪って申し訳ない。
雪の日はあまり外に出る習慣がないのか、ここに来るまでに人と出会わなかった。
寒いし、風邪を引いたら大変だもんね。
店も全部閉まっていたから、雪の日は外に出ないのが普通なのかも。
テンション上がらないのかな。
私なんて子供のとき、今のノアールみたいに目を輝かせながら外に飛び出したのに。
雪まみれになりながら友達とはしゃいで。
滅多に振る場所でもなかったから余計に楽しかった。
訓練場では本格的な打ち合いがされていた。
見ているこっちがハラハラする。
真剣じゃなくて木刀なのはいいんだけど、みんな本気すぎて危険。
彼らの熱で雪が溶けてしまいそう。
体を貫くことはなくても、下手をすれば重症にだってなり得る。
そうならないために回復魔道具は用意してあるけども。
──痛みがなければ強くなれないと思っているわけじゃないでしょ。
もっと自分の体は大切にしないと。
「あ!シオン様!!」
「どうされたんですか!?」
私に気が付いては駆け寄ってくる。
汗が光っていて爽やか。
隣のオルゼは見えていないかのように、私にしか話しかけない。
──わざとなんだろうな。
第二騎士団は顔は怖いけど、こういうお茶目な一面もある。
「みんな寒くないの?」
「ええ。体を動かしていれば暑くなりますから」
確かに。
防寒対策していても走り回ったら汗かいて、その辺に脱ぎ捨てたまま家に帰ってはよく怒られた。
木刀ってかすっても血とか出るんだ。
所々には打撲痕もあり、訓練だろうと一切の手は抜いていない。
魔物と戦うのだから訓練のやり過ぎなんてことはないんだろうけど。
こう……さ。雪の日でしか楽しめないことをするのも醍醐味。
訓練の代わりとなる雪遊びとなると、あれしかない!
「雪合戦、しよう!」
「「雪合戦?」」
全員が首を傾げた。
雪だるまの風習がないなら、雪合戦を知らなくても当然か。
チームに分かれて、丸めた雪玉をぶつけ合うと簡潔に説明。
正確なルールは私も把握してないので、当たった人は申告して自陣を出る。
相手を全滅させたほうの勝ち。
バカな私でも説明が出来るシンプルな遊びで良かった。
「なんか面白そう!他の団にも声をかけて、みんなでやろう!」
誰よりもオルゼが食い付いた。
早速、通信魔道具で各団長に連絡を入れる。
で、来るんだ。全員。
仕事中であろうレイまで。
──そこはもう仕事させてあげて。
王様と王妃様が見学に出て来ているということは、命令されて嫌々連れて来られたのだろう。
やや私が睨まれているのは気のせいであって欲しい。
「レイも参加する?」
「しない」
「ですよねー」
声と顔と態度が不機嫌を示す。
チーム分けはわかりやすく、第一、第二、第三。
人数に差があるから五人制。
開始早々、投げられた雪玉を魔法で防ぐものだから一旦、中断した。
「違う!魔法はダメ!避けるの!もしくは雪玉をぶつけて壊すか!とにかく魔法は禁止!使ったチームは負けだからね」
「そういうものなのか」
奥が深いと感心する。
魔法を使ったら魔力が高いオルゼ率いる第二騎士団が有利。
出来レースみたいな勝負は見たくない。
ルールを徹底したところで試合開始。
三つ巴バトルは白熱する。
大の大人が本気で雪遊びをする姿は面白く、童心に返ったかのようだ。
こういう休息も、たまには必要だよね。
時々、コントロールをミスして飛んでくる雪玉からレイが守ってくれる。
熱中しすぎて中々に決着がつかない。
動体視力や運動神経が抜群な騎士達である。
光速でない限り簡単に避けられるのだ。
自分で提案して何だけど、ちょっと飽きてきた。
「何をしている?」
「雪だるま作ってるの」
「雪……だるま?」
博識のレイに知識で勝ったかのような優越感。
いや!わかっている。この世界に雪だるまはない。
すなわち!レイが知っているはずがないと。
それでも……ね。うん。ちょっとだけ嬉しい。
私の心を見透かしたレイは怪訝そうな目を向けてくる。
「魔除けだよ」
「ただの雪の塊がか?」
オルゼでさえ口にしなかった正論。
「そうだよ。雪の日は何かと危ないでしょ?雪溶けとか滑りやすいし」
「それは……魔除け、なのか?」
「広い意味での魔除けなの」
疑いの眼差し。
鑑定している時点で信じようとすらしていない。
──酷いな!
魔除けなんて嘘だけども!
「確かに魔除けだな」
「え……?あ、そ、そうでしょ」
もしかして今、ちょっとだけ世界の常識を変えちゃった?
この世にない物を生み出してしまったせいで、私の嘘が常識となってしまったのだ。
嘘をついている罪悪感が重くのしかかってくる。
「玄関先に置いておくと厄を払ってくれるみたいだな」
そうなんだ。へぇー。
「レイも作る?」
「作るわけないだろ」
未だ決着のつきそうにない試合を見てはため息をつく。
応援するほうにも気合いが入りまくっている。
「レイってさ。雪が好きなの?」
「いいや。なぜだ?」
「ずっと見てるから」
踏み荒らされていない、綺麗なままの雪を、ひたすらに。
「見ていただけだ」
「そっか」
「レディーは。雪が好きなのか」
「うん!大好き。楽しいし」
幾つになっても、どこにいても雪は特別だ。
台風とかは別の意味で特別だったけどね。
学校が臨時休校になる喜び。天気予報を見ていたテレビの前で、両手を上げて踊っては藤兄に苦笑いされていた。
「綺麗だな」
小さく微笑んでは、冷たい風が髪をなびかせる。
「うん。雪景色は特別だかね」
季節外れに降ったということもあり、余計にそう感じてしまう。
「私はレディーのことを言ったのだが?」
「え……?」
「白銀はレディーの色だろう?」
それは……意地悪とか、そういう類ではなくて。
レイの本心。
醜く汚らしいと蔑まれてきた髪色を、美しい雪景色みたいだと言われるなんて思ってもいなかった。
言った本人に他意はない。
戸惑い、思考が回らないことによりお礼のタイミングを逃した。
「私は戻るが、あまり長居はするな。風を引く」
「あ……う、うん」
大きな手は髪が乱れないように優しく撫でてくれる。
他の人には声をかけることなく、戻っていく背中は大きくて男の人って感じがした。
【シオン。どうしたの?顔が赤いよ?】
「な、何でもないわ」
勘違いをしたくなるような……。
レイは髪の色が綺麗だと言っただけ。決して私個人のことではない。
明日にはどうせ、いつも通りに戻っている。
レイの顔を見ても緊張することなく、本当にいつも通りに。
言い聞かせてみるも、不意打すぎたせいで心拍数が爆上がり。
鼓動も激しく、顔から火が出るとはまさにこのこと。
ようやく、決着がついた向こうのほうではオルゼの歓喜の喜びが響く。
私の意識が現実に戻ってくるまで時間はかかり、熱くなった頭を冷やすために雪の中に埋もれた。




