もしも願いが叶うなら【ユファン】
あのまま、修道院に戻るのかと思いきや、私は王宮へと連れられた。
通された応接室にはアース殿下がいて、慌てて頭を下げる。
「ごめんね。急に呼び出して」
「い、いえ」
「実は君に治して欲しい人がいてね」
部屋の隅にいた大柄の二人はフードを外す。
彼らはグラン様の手を借りてソファーへと座る。
──目が見えていない?
「私達の光魔法は人には使えなくてね。君の力を貸してくれると助かるんだが」
話を聞くと二人は元リーネットの民でありレイアークス様の側近候補。
諸事情により遠くのエーフェリル国に移住した。
そして今回、これまた諸事情によりリーネットに足を運ぶことがあり、そこでシオン様に……。
イスク様とラント様は五感のほとんどの機能を失っている。
外傷はシオン様が綺麗に治した。
闇の最上級魔法を使って。
すごい。回復魔法のない闇魔法で、そんなことが出来ることに驚く。
発想が自由すぎる。
そしてそれを、実現してしまうシオン様はやっぱりすごい。
周りの反対を押し切って、私を頼ってくれた。
嬉しい反面、期待を裏切らないように必ず結果を出さなくては。
この一年で魔力は格段に増えて、最上級魔法も習得した。
何より。シオン様が信じてくれている。私なら出来ると。
両手をかざし、魔法を発動した。
治療を受けた人は皆、この光に包まれると温かいと言う。
穏やかな表情になり、身を委ねる。
怪我の具合によって魔法の発動時間はバラバラ。
正常な体に魔法をかけるのは逆に良くないことで、治ったら魔法を止めなくてはならない。
治療しているからなのか、その瞬間は私にだけわかる。
二人は感覚を確かめるように手を握ったり開いたりする。
ずっと感じていた違和感や不調も取り除けたのか大きな手が喉に触れた。
半分以上も失われていた視界が開けたことにより、大袈裟なまでに感謝をされる。
私はシオン様の期待に応えたかっただけに過ぎない。汚い人間だ。
感謝されるべきはシオン様だけ。
リーネットでのシオン様の様子を聞きたくて声をかけるよりも先にレイアークス様の側近であるナンシー様が
「申し訳ありませんが。レイアークス様より治療が終わり次第、速やかに戻るようにと命を受けておりますので」
一礼して、宙に大人が通れるくらいの亀裂が入る。
稀少価値の高い空間魔法。
国から国への移動は相当な負担になるらしく、額に汗をかきながら不安定な空間を維持している。
私に引き止める権利はなく、空間が閉じて姿が見えなくなるで瞬きをすることはなかった。
私の役目はこれで終わり。
早く修道院に戻なければ。国に危機をもたらした私が、いつまでも王宮に留まるのは場違い。
「ユファン嬢はどうしてシオン嬢のために、命を投げ出そうとしたの」
責めるわけでもない優しい問いかけ。
あの日を悔いるような表情。殿下は後悔している。
シオン様を傷つけていたことを。
「友達に……なりたかったから」
入学式で助けてもらってから私は。
分不相応にも夢を見ていた。
シオン様と友達になれるんじゃないかと。そんなこと、ありえるわけがないのに。
期待だけを胸に抱いて、来るはずのない未来に希望を見出した。
だって嬉しかったから。
目障りでしかないはずの私を助けてくれて。
本人にその気があったかと聞かれたら困るけど。
私が勝手にそう思うだけなら良いはず。
たったそれだけのことかもしれないけど、私には特別だったから。
友達じゃなくてもいい。仲良くなれたのなら……。
そんな叶わない夢を見ていたんだ。
シオン様の隣にいる令嬢を羨みながら。
「そう、か。君は……彼女を好きだったんだね」
「憧れなんです。誰にでも優しくて、誰かのためなら悪になれる、強くてカッコ良いシオン様が」
弱い心を隠して強く在ろうとした。
憧れないわけがない。
支えるなんて大層なことは無理でも、弱音を吐き出してもらえるような、そんな存在になりたかった。
「ユファン嬢。これを君に渡しておくよ」
「これは?」
魔道具であることはわかる。
ただ丸いだけで、どんな性能を持つのか想像がつかない。
「一度だけなら。君がシオン嬢と会うことを許可されているんだ」
「え……?」
「君は色々と忙しい身だし、気持ちの整理もあっただろうからもう少し後で渡そうと思っていたんだ」
これはリーネットに飛ぶ魔道具。
転移の魔道具は自国内でのみ使用する物。
禁止されているわけではないし、親交が深ければ行き来する国もある。
でも、リーネットとハーストは違う。
出入りは制限され、こちらから国境を超えることは許されない。
ましてや正規の手順を踏まずに私が行くなんて。
「往復の一回分しか使えないんだけどね」
「どうしてですか?私はシオン様に!!」
「君もまた被害者だからだよ」
アース殿下は悲しく笑った。
言葉に詰まり、自然と俯いてしまう。
私自身が被害者でも、私という存在は加害者。
会ってはならない。
すぐに返却しなくては。
強く思っても魔道具を手放せなかった。
願いが叶うなら、もう一度だけ会いたい。
これを最後に、分不相応なことは願わないから。
誰に言い訳しているのか。
本心は容易く理性の糸を断ち切る。
魔道具に魔力を流せば、視界が歪む。
一瞬のこととはいえ目が回るような気持ち悪さを覚えた。
てっきり王宮に繋がっているのかと思っていたけど、ここは屋外。
目の前に広がるのは四つ葉のクローバー畑。
幸運を呼ぶとされるクローバーは一枚を見つけるのだって大変。
それが一面に咲いているなんて。
家の横には桜の木が立っている。季節でもないのに満開。
突風が吹いて、まるで物語のように桜とクローバーが舞い視界を遮った。
それは一瞬のことで、すぐに視界は開けて、そこにいたのは……。
涙が零れた。その場にしゃがみこみ、必死に涙を拭うも止まらない。
──早く泣き止まないと。
人影が私を覆う。
顔を上げるとシオン様がハンカチを差し出してくれていた。
「久しぶりね。ユファンさん」
私の顔なんて見たくないだろうに、微笑んでくれた。
優しい声で名前を呼んでくれる。
いつまでも立ち上がらない私と同じ目線になるようにしゃがんでは、涙を拭ってくれた。
何も変わっていないことがあまりにも嬉しくて、拭ってくれた涙は溢れ出す。
「意外と泣き虫だったのね」
困ったように笑いながらも、私に対して嫌悪感みたいなものはない。
「わ、わた……ごめ……っ、なさ……」
「どうして謝るの?」
「ダメなのに……会いに、来たら」
「私とは会いたくなかった?」
「そん……なこと!!会いたかったです。でも……」
会ったところで何を話すわけでもない。
お互いの近況を報告し合う仲でもないし。
ならどうして私は、ここにいるんだろうか?
目の前にいるシオン様はあの日、生まれたことを深く後悔し懺悔したときとは違う。
幸せオーラに包まれ今を生きている。
会う目的は果たしたのだから、すぐにでも帰るべきだ。
手に握っている魔道具に魔力を流せばいいだけ。
息をするのと同じくらいに簡単なこと。
「もしこの後、予定がないなら少しだけ話さない?」
「いいんですか?」
笑って……くれるから。屈託のない、子供のような笑顔はリーネットの人々から沢山の幸せを貰っていることを物語っていた。
苦しんでいた面影なんてない。
生まれたことや生きていることを否定することなく、皆が出会ってくれたことを感謝してくれているんだ。
闇魔法の加護があるからではなく、シオン様という一人の人間が好きだから。
もし、もしも。ハーストにも真実が伝えられていたらシオン様の心は傷つかず国を出て行くこともなかったのかな。
そんな妄想は頭の中だけにしておく。
真実が語り継がれていたとして、グレンジャーとブルーメルはシオン様の存在を認めない。
私と入れ替えられていなければ尚更。
千年前の当主と同じことを言うのだろう。
それ以上に酷いかも。
ケールレルはどうだろうか?
あの家は身分で人を見下しているから、罵詈雑言を浴びせ、またあんなことを言わせてしまう。
ああ、そうか。変わらないんだ。
真実が公になろうが、隠されていようが。
シオン様は虐げられて、「生まれたくはなかった」と口にさせてしまう事実だけは。
「国はどう?」
「変わりました。これまでの平穏が嘘のように辺境では災害が続き、全体の天気も荒れ模様。農作物なんてほとんど育たないですよ」
「それは大変ね。ユファンさんは大丈夫?逆恨みとかされてない?」
「されてます。最初の内は石を投げられたり、襲われたりしましたけど。騎士様が護衛に付いてましたから平気です」
最近では直接、悪口を言う人は減ってきた。
代わりに噂が流れるようになっただけ。
強がりではなく本当に全く気にしていない。
「シオン様は幸せですか?」
「ええ。とても。私ね。リーネットに来て良かったわ」
愛する人を思い浮かべる笑顔。
風に吹かれた桜の花びらが舞うと、手を伸ばしたシオン様がそれを掴む。
宝物のように両手で包み込んでは、花びらを私にくれた。
黒い光を放っているということは、闇の加護を授かっている。
「気休め程度だけど。貰ってくれる?」
「はい。ありがとうございます」
優しさをくれるシオン様に私は何を返せばいいのだろうか。
光魔法にも加護があると教えてくれたけど、誰でも扱える簡単なものではない。
【うみゃぁー!!】
走ってきた黒猫がシオン様の膝に飛び乗った。
私に気付いてないのか、ゴロゴロと甘える姿にキュンとする。
可愛い。撫でたいけど……。
私は猫ちゃんに嫌われているから。
下手に触ろうとして刺激するのは良くない。
「ノアール。ユファンさんよ。挨拶して」
【みゃ?】
ゴロンと体を反転させて、大きな目が私を捉える。
警戒する様子はない。トテトテと歩み寄っては、差し出した私の手の匂いを嗅ぐ。
頭を擦り寄せてくれると、私は嫌われていないと都合の良い解釈をしてしまう。
「私ね。時々、思うの」
大の字に寝転んだシオン様は伸び伸びとして、自由を満喫している。
もう貴族ではないし、ここには人の目もない。
好きなように生きていけるんだ。
私も隣に寝転ぶと、猫ちゃんが間に入ってきた。
尻尾を振り回して何だか嬉しそう。
「私達の出会いは最悪だった。もしも、出会いが違っていたら友達になれたのかなって」
シオン様からそんなことを言われると思っていなくて、勢いよく体を起こす。
冗談じゃなく本気。
言葉が出かかっては詰まる。
地面いっぱいに咲き誇るクローバーを無意識に握っていた。
期待に胸を踊らせながらも、それは開けてはならないパンドラの箱。
「私も!!シオン様と友達に……」
頭でわかっていても想いは止められない。
隠しておきたい気持ちは簡単に内から出てきた。
「ずっと友達になりたくて……」
「本当に?」
「はい!!」
起き上がったシオン様は驚きで動揺が隠せていない。
どこか照れたように戸惑いながらも伸ばされた手は私を抱きしめた。
もう忘れてしまった人の体温。こんなにも温かかったんだ。
「ユファンさんは国を出ないの?リーネットは優しく迎えてくれるわ」
「私は、私の罪を背負ってあの国で生きていきます」
「そう……」
シオン様と折角、友達になれたのに今後会うことはない。
───これは罰だ。
寂しいけど私は現実を受け入れる。
逃げるつもりもなければ、しっかりと向き合う。
それが罪を償うということ。
「なら、転移の魔道具がいるわね。ちょっと待ってて」
聞き返す間もなくブレスレットに話しかけては、そこから男性の声が聞こえた。
シオン様が使っているあれは通信魔道具。
私の護衛をしてくれている騎士様は二人共、同じ形をしていた。
あんな風に好きな物に組み込める魔道具を開発したのはリーネットだけ。
その技術はどこの国にも真似出来ない。
会話が続くと男性の声が段々と不機嫌になっていく。
最終的には怒鳴られた。「バカ」と。
通信が切れると、ナンシー様の魔法を通り不機嫌極まりない男性が現れた。
レイアークス・リーネット様。
王弟であり宰相。
魔剣を持つ世界最強の騎士。
「シオン。自分が何を言っているのか、わかっているんだろうな?」
「だって友達と会えないなんて、寂しいでしょ?」
シオン様も思ってくれているんだ。寂しいって。
それだけがどうしようもなく嬉しくて、幸せで胸がいっぱい。
「こんなこと。レイにしか頼めないよ」
「こんなことばかり頼まれたくないんだが」
「まぁまぁ。そこを何とか」
「レディーは。どうなんだ?」
赤紫色の瞳は真っ直ぐに私を見ていた。
レイアークス様からしてみれば、私は彼らと同じ憎み軽蔑する存在。
それなのに。侮蔑の色はない。
暗色とされる赤紫はとても温かみがあり、優しい人であると認識させられる。
シオン様がこんなにも信用しているんだ。優しくないわけがない。
「会えなくなるのは寂しい、です」
何度、挫けそうになったことか。
どんな噂が流れるよりも、暴言を吐かれることよりも。
私にはシオン様と会えないことのほうが、ずっと辛かった。
修道院に入った頃、夜な夜な泣いては懺悔を繰り返す。
生まれてきてごめんなさい、と。
命を捨てようと思ったときも少なくはない。
その度に、私の命で償えるほど価値があるわけでもないから生きて、罪を償うことが罰であると自分に言い聞かせてきた。
レイアークス様はため息をつきながら、懐中時計に話しかける。
あれがレイアークス様の通信魔道具。
魔法を象徴するかのように、月と太陽。恐らく闇と光だ。
二つを囲むようにそれぞれの属性を表す色の星が描かれている。
ルイセ様という方に保管庫から転移の魔道具を執務室に運んでおくように頼む。
「すぐ使うんだからナンシーに持ってきてもらえばいいのに」
「何年も放置していた魔道具を手入れもなく使って、レディーの身に何があってもいいのならそうするが?」
惚れてしまいそうな爽やかな笑顔。
風が吹くと髪が揺れて、よりカッコ良さを引き立てる。
シオン様と並ぶと美男美女でお似合い。
「完璧な手入れお願いします!」
「素直でよろしい」
呆れて困ったような笑みを浮かべながらも、嫌がる素振りはない。
大きな手はシオン様の頭をコツンと叩き、寄ってきた猫ちゃんを抱き上げた。
懐いているらしく、肩に飛び乗ってはふみふみするように肉球を交互に押し付ける。
──う、羨ましい!!
つい羨望の眼差しを向けていると、小さく笑ったレイアークス様は猫ちゃんを私の頭の上に乗せてくれた。
大人の余裕。
色気が強くて顔に熱が帯びたのがわかる。
グラン様や騎士様と違った魅力。
「一時間で終わらせておく。後で取りに来なさい」
「ありがとう、レイ」
【みゃあ】
「ありがとうございます!」
「次はないぞ。本来であれば隣国の人間は極力、リーネットに入れない方針なんだぞ」
「ユファンさんは友達だからいいいのよ」
背中を押して無理やり返した。
「シオン様。これからも会いに来て……いいんですか」
「ええ。もちろんよ。敬称を外してくれたらね」
「……え!?」
「これからはユファンって呼ぶから、私のこともシオンって呼んで?友達でしょ」
仲良くなりたいと思った。
友達になりたかった。
口にすることは許されないから飲み込んで、何も思わなかったふりをする。
それが正しいと信じて。
「シ、シオン……」
緊張で声が震える。ちょっと裏返ったかも。
不格好な私の声は届いていた。
今なら伝えられそうな気がする。
「あの……シオン。入学式の日、庇ってくれてありがとう。いじめから守ってくれてありがとう。生まれてきてくれて、私と出会ってくれて……ありがとう!!」
こんなんでは足りない。感謝の想いは。
今日が最後じゃない。
これからも会うことが許されたから。
もっといっぱい、伝えていくんだ。
消えることのない想いを。




