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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
その後の話 番外編

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特別には蓋をして【レイアークス】

 「それで?」

 「はい?」


 訓練場に向かう途中、何も喋らないレクシオルゼに声をかけた。


 立ち止まっては、子供のようなキョトンとした顔で首を傾げる。


 「私に聞きたいことがあるんだろう?」


 提案は突然だったし、ルイセとナンシーにも同行して欲しくなさそうだった。


 休暇を命じられた私を訓練場に連れ出そうとするなんて、裏があると疑うのは必然。


 わざわざシオンを遠ざけたのは、シオンに関すること。

 ノアールが退屈していたのは事実ではあったが。


 レクシオルゼの思惑に乗るよう、スウェロも私の監視から外した。


 側近二人に関しては私に罪悪感でも感じているのか、見送るだけで付いてくるつもりはなかったようだ。


 ──私の自業自得だから気に病むことはなかったのに。


 「俺はシオンが好きです」

 「…………そうか」


 どっちの意味で。と、聞くまでもない。


 ここにはいないシオンを浮かべては、愛おしく思うその表情は……。


 「最初は女神だった」


 二人の出会い。


 上級異種魔物の攻撃から部下を守ったことにより命は危険に晒された。


 明確に殺す意志のある魔法は少し肌に触れただけでも、重症となる場合がある。


 全身に重度の火傷を負ったレクシオルゼは、本来なら死んでいた。


 魔道具はあくまでも傷を治し癒す物。生死が分かれる致命傷には使えない。


 死に慣れていたわけではないが、きっとレクシオルゼは死なないと思っていたんだ。


 最上級魔物は私が倒した。

 悲劇を繰り返さないように、魔物の図鑑を作り討伐隊が前身の第二騎士団への入団も私がテストをする。


 一人でも多くの命を守るために。


 未知の異種魔物は戦って情報を得るしかないため、あのときのレクシオルゼは……。


 務めを果たした。団長としての。


 そして……。


 諦めるしかなかった私達の前に、シオンが現れたんだ。


 治すことを引き受けてくれたものの、シオンはどこか魔法を使うことを恐れているようにも見えた。


 心の中が読めるわけではないが、私はその恐怖を体験し知っていたからこそ、気付けたんだと思う。


 とことん似ていた。私達は。


 暗色を持って生まれたことも、最上級魔法を使うことへの恐怖さえ。


 失敗する(すくえない)恐怖に支配され、魔力は暴走気味。


 嵐のように荒れた状態で魔法を使うのは危険。

 一歩間違えれば、魔法は跳ね返りシオン自身も命の危機に晒される。


 気持ちを落ち着かせる方法。そんなこと、五十年以上生きてきて、習った覚えもなく。


 私自身なら陛下との楽しかった頃を思い出すだけで、自然と気持ちは安定してくる。


 だが、第三者となると話は変わるもの。特にシオンは言葉選びを間違えてしまえば、取り返しのつかないことになると直感した。


 だからこそ私は、本心を伝えただけ。


 一人で背負わなくていい。苦しみは半分、私が背負うからと。


 私は……そうやって救われた。


 求め欲したのは、許されることではなくて。


 罪を背負った私と、それでも共に生きていくと、ただそうやって……言って欲しかった。


 「友達だったのに……。いつしか、シオンが呼んでくれる俺の名前が、特別に感じるんです」


 誤魔化せない。芽生えた恋心はレクシオルゼに戸惑いを与えた。


 これまでは気にしなかった距離感も、友人と好きな人では、大きく変わってくる。


 「告白はしないですけどね。シオンを困らせたくないし」

 「後悔しないのか」

 「しませんよ。だって俺はシオンの傍にいられるから」


 好きでいるだけでいい、か。欲がなさすぎる。


 レクシオルゼにも婚約の話は出ているので、伝えるなら早めにと思っていたのだが。


 本人の決めたことを部外者の私がとやかく言えるわけもない。


 「叔父上はないですか?シオンに名前を呼ばれて嬉しかったこと」

 「……」


 答えられなかった。


 目を閉じなくても頭の片隅で私を呼ぶシオンの声が聞こえる。


 私を愛称で呼ぶ者は多くない。交友的な笑顔を向けてけれる異性なら大勢いる。


 視線に熱がこもることはなく、まるで友人のように接してくれるシオンにどこか安心していた。


 ずっと傷つけられて生きてきた女の子を、また傷つけなくて済むと。


 私にとってシオンは、スウェロとレクシオルゼの命の恩人。


 それ以上でも以下でもない。


 時間が過ぎて友人へと変わり……。


 そのまま何も変わることがないと信じていた。

 変わってはいけなかったんだ。


 「叔父上はシオンのこと、好きですよね」

 「決め付けた言い方だな」

 「でなきゃ手紙を燃やしたりしない。あんなにも他人を思いやれる叔父上が、シオンに何の確認もしないで」

 「根拠が薄いな」

 「嫉妬に見えたんですよ。顔も知らなかったような男が、シオンに結婚を申し込むことに」


 確かにあの瞬間、胸がザワついた。

 決して特別を(だれも)選ばないと確信さえあったというのに。


 嫉妬。


 無縁だと思っていた感情が私にあったことに驚く。


 誰かを羨むことはあっても妬ましく思うことは一度もなかった。


 憎んでいる人間ならいたがな。

 最上級魔法を持ちながら、多くの命を守れなかった討伐(むのうな)隊長。


 百八十度反転する想いに戸惑いはあまりなく、淡々と現実を受け入れていく。


 泣いて欲しくないと最初に思ったのは、私が泣かせてきた多くの彼女達と重なるから。


 それは揺るぎない真実だった。


 ではいつから?その真実が変わってしまったのは。


 いつからなんて、そんなこと覚えてすらない。


 なぜなら、自覚したのが今この瞬間なのだから。


 きっと今ではない。鈍感な私が気付かなかっただけで、もっと前から……。


 それまでは漠然とした違和感さえもなかった。


 わからないからと考えることを放棄するつもりはなく、過去の自分と向き合うように考える。


 特別になるはずのなかった存在が、特別になった理由を。


 記憶を辿る。シオンと出会ってから、今日までの出来事を全て。


 自覚してしまったこの感情。それを感じた瞬間。


 それは…………。


 ──あのとき、か。


 隣国にアース殿下の願いを叶えに行ったあの日。


 私の失態でシオンの心を深く傷つけ、生を諦めさせてしまった。


 そんなつもりはなかったと言い訳をしたところで、傷つけた事実は真実で。


 どんな謝罪も意味を成さなかった。


 生まれたくはなかったなんて、そんな残酷なことを口にさせてしまった罪悪感。


 目の前でいなくなり、記憶からも消えていこうとして。


 怖かった。純粋なる恐怖。


 シオンを思い出せなくなることが。

  二度と名前を呼べないことも。


 帰りたかったんだ。シオンと一緒に、シオンが笑顔でいられるリーネットに。


 傷つき苦しんでいる女の子を救うためなら何でも出来た。


 私の命を差し出すことも厭わない。


 人を好きになるという初めての出来事にも、思考は正常に働く。


 私の名前を呼ばなくてもいい。


 ただ、私の知らないところで泣きさえしなければ、それで……。


 シオンが幸せだと笑ってくれることが、私にとっての幸せ。


 それは……。これまで私の中に存在していなかった恋心であると認めてしまうことに、抵抗すらなかった。


 これからの接し方をどうするか悩むまでもない。


 レクシオルゼ同様に伝えるつもりもないのだ。


 不意に私を好きだと勇気を出してくれたレディー達を思い出す。


 叶わぬ恋だと諦めるのではなく、叶わないとわかった上で想いを伝えてくれた。


 秘めておくだけでは、好きじゃないのと同義。


 優しくして、ありもしない希望に縋らせてしまうくらいなら、冷たく突き放したほうがいい。




『レイ』




 私の周りにはいつだって“好き”が溢れていた。


 その中心に自分が立つことになるとは。


 ほのかに灯る胸の温かさ。

 愛しさが溢れる。


 ──ああ、この想いは……。


 「バカなことを言っていないで行くぞ」


 表に出してはいけない。


 想いには蓋をする。自らの意志で。


 鍵もかけた。二度と気付いてしまわぬように。


 奥底にしまった想いのことは忘れて、なかったことにしよう。


 大丈夫。いつも通り、私は私でいられる。


 私の特別は、陛下が愛するリーネットだけ。


 この手で守れるものは限りがある。


 増やしてはならない。特別は……一つでいいんだ。


 家臣としての忠誠心でシオンへの想いを覆い隠す。


 これでいい。求め欲することなく私は、引いた線を飛び越えずに見守るだけ。


 私がリーネットを守り続ければ多くの人の笑顔が守られる。

 その中には当然、シオンも含まれていて。


 アルフレッドがシオンに想いを告げて、叶わなかったと聞いたとき、どこかでそうなる未来を予想している自分がいた。


 優しいシオンは人が好きだ。触れ合い、関わることをやめたくはない。


 それでも。常に一歩線を引いているシオンが、特別を作れるはずがなかった。


 痛みはまだ、完全に消えることなく、深い傷跡が癒えるのはずっと先。


 生まれてからの十六年。苦しみや痛みばかりの人生。


 楽しかった時間はノアールと過ごす瞬間だけ。


 偽物と見下され続けた私は、シオンの苦しみがわかると同時に、長年の痛みを理解することは出来ない。


 私には痛みを癒し、愛してくれる家族がいたから。


 恵まれた環境にいた私に、理解出来るなんて言われても信用ならないだろう。


 だからこそ、守ると誓った。


 何十年と続くシオンの人生(みらい)を。


 「叔父上はもっと、自分の時間は自分のために使わないと。ワガママ言っていいんですよ」


 それが許される立場にはいなかった。


 言うつもりもなかったが。


 「そうだな」

 「あ!その言い方は使わない!我慢するつもりでしょう」


 瞬時に見抜いたレクシオルゼは五歳児のような怒り方。


 感情的になると子供っぽくなるのはどうにかしないとな。


 成長はしているものの、私の教育が終わるのはずっと先になりそうだ。


 子供の成長は早いと聞くが、レクシオルゼに関しては遅い気がする。


 「行かないなら私は戻るぞ。本を読みたいのでな」

 「わー!ごめんなさい!行きます!行きますから!!」


 踵を返そうとすれば慌てた様子で腕にしがみつく。


 まだまだ力で私に適うはずがないレクシオルゼの手を払うことは簡単ではあるが、必死に止めようとする姿にこれ以上の意地悪はやめた。


 聖剣の持ち主になったことにより、鍛錬の量が増え世界で一番の騎士になると意気込んでいる。


 昔以上に仕事をスウェロに任せられるようになり、私もレクシオルゼとの稽古の時間が増えた。


 現役騎士団長の相手として役不足にならないように、私も鍛錬を怠らない。


 仕事中に目眩を起こしたのも量の問題ではなく、寝る時間を削って、あまつさえ食事をポーションだけで済ませた結果。


 一日休みを貰わなくても、食事を摂って仮眠を取れば体調も良くなっただろう。


 陛下からの鋭い圧に本当のことを言えば、一日だけの強制休暇だけじゃ済まなくなる。


 下手をすれば陛下が監視に付きそうだったから、何食わぬ顔で王命を聞き入れた。


 ──鍛錬のことは気付かれないようにしなくては。


 「レクシオルゼ。この話題はここだけにしておけ。いいな?」

 「うう、はい」


 この歳になって欲をかくつもりはない。


 シオンが泣かずに笑ってくれるのであれば、私の心は満たされる。


 心のどこかで私がシオンを好きであると勘づいていながらも、追求してこないレクシオルゼの頭を撫でた。


 気を遣わせてしまったことだし、ダメ出しは程々にしておくか。

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