噂は当てにならない
最悪だ。よりによってなぜこんなとこに。
見間違いではない。
この人は、いや、このお方は……紛れもなく王太子様。
一国の王太子が護衛も付けずに街をフラフラしてるなんて。
ゲームでもその存在は出てきはしたものの、攻略対象ではなかった。
彼には婚約者がいてラブラブだと噂はある。歳下で、お互いを尊重し合っているとか。
「ちょっとごめんね」
私が謝るよりも先に抱き寄せられ、魔法で透明になった。
──近っ!!
王太子めっちゃいい匂いしてる。髪もフワッもしてて綺麗。
「少し静かにしてて」
それはいいけど何なのこの状況!!?意味わかんないんですけど。
逆らわず大人しくしていると、王太子は鋭い目で遠くを見ていた。
「アース様!!隠れてないで出てきて下さい!!」
腰に剣を差した赤髪のイケメン。
王太子を探してるってことはあの人は護衛騎士。
なるほど。王太子はあの護衛から逃げてるわけね。
どう見ても彼は団長。その団長が見つけられないほどこの魔法はレベルが高い。
付近にはいないと判断したのか別の場所へと移動した。
「悪かったねグレンジャー嬢。いつもは別の護衛なんだけど今日は用事があってね。セインは融通の利かないとこがあって困ってたんだ」
「だから逃げたのですか?彼は職務を全うしているだけでは?」
「そうだよ。でもね。私だって一人になりたいときはある」
それはそうだ。
次期国王として色んなことを制限されて我慢している。たまの息抜きは大事だ。
護衛を困らせるのは違うでしょうに。私に口出し出来る問題ではないので、特に何も言うまい。
「グレンジャー嬢。君がユファン嬢を突き落としたと噂が流れ始めているが、弁明があるならその場を設けよう」
「大丈夫です。それでいいので」
「それでいい?それは自らの非を認めるということになるよ?」
「はい。ですから、それでいいんです。どうせ私の言葉は誰にも届かないので。それでは私はこれで。先を急ぎますので」
王太子の悪い噂は聞かないからぶつかっただけで死刑になるとは思ってないけど、相手が相手なだけに緊張してしまった。
このゲームって王太子は攻略対象に入ってないんだよね。普通は王族がいるものなのに。
私としてはラッキーだよ。ただでさえ他の三人が超絶めんどくさいのに王太子まで攻略者だったら既に死刑宣告を受けてるだろう。
どいつもこいつもユファンのために容赦なくシオンを断罪してくる。
──冤罪だけどね!!
私はユファンに危害を加えるつもりは一切ない。そんな暇はないし、人をいじめる趣味だって持ち合わせていないのだ。
過去の行いのせいで誰も私の言葉に耳を貸さず信じてはくれないから異議を唱えるつもりもない。
私が罪を被らない事には事態が収拾しないなら、受け入れるしかないじゃん。
信じて欲しい人がいるわけでもないし、信じてもらえなくたって……。
「ふむ……。世間の噂とは少し違うようだな。やはり君の悪女は“自作自演”なのかな?シオン・グレンジャー嬢」




