ソルラディアル物語 ~悲劇の末に転生した私は子犬系イケメン光の精霊に溺愛される。精霊のキスは優しい味~
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
私は必死に足を動かす。
とうに限界は超えていて、一度でも止まったらもう二度とその足を踏み出すことは出来ないだろう。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
それでも私は足を止めることが出来ない。
後ろからは獰猛な獣のうなり声。
その声は獲物を弄んでいるようにも聞こえる。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
ダメだ、息が続かない。酸素が足りなくて、肺が悲鳴を上げている。
獣は既に食事にありつけるのを確信しているのか、雄叫びを上げる。
『せっかく転生したのに、何の幸せも得られないで狼のご飯になっちゃうなんて・・・』
息が出来ず朦朧とする意識。
『ああ、前世でも今世でも不幸なことばかり』
そんなことを考えていると、いつの間にか明るい場所に出る。私はその眩しさに目がくらみ、足元にあった木の根に躓いてしまう。
「ははは、ほんとうに私の人生って・・・・」
目尻から一筋の涙が零れる。だが、そんなものはお構いなしに、獣はその口の端から涎を垂らし私の傍まで歩み寄り、大きく口を開け、
「ねえ、君、大丈夫かい?」
そんな声がどこからか聞こえ、獣はいつの間にか吹き飛ばされ、
私は綺麗な、そう、とても綺麗な人の腕の中に抱きしめられていた。
壊れ物を扱う様に繊細に、けれどその腕には確かなぬくもりがあって。
そして、その美しい唇が私の唇にゆっくりと・・・・・・
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さて、これまでのことをざっと説明しよう。
私、高崎玲奈は前世では30歳で亡くなった。高校の頃に両親が無くなり、その後は何とか企業に就職。しかし、残業の帰り道、駅への近道を通っていたら、会社でお世話をしている新人の西村君に愛の告白を受けた。
ナイフを持って詰め寄ってくる西村君。
抵抗空しく、私はお腹を刺され失血死。あー、とっても痛かったわ。西村君がまさかヤンデレだったとは。
次に目が覚めたのは真っ白な空間だった。ああ、私死んじゃったんだな、なんて思っていると。綺麗な女の子の神様が、他の世界に転生させてくれると言う。最初はえーって思ったけれど、
「僕に信じさせてよ。君がちゃんと幸せになれるんだって。」
と挑発的に言われたら応えないわけにいかなかった。ただし、了承した後にまさかのスキル無し。神様曰く、
「あ、ごめん。それは無理なんだ。最近他の世界の奴にちょっかいかけられてて、そこまで余力が無いんだよね。もしかしたら今回君がここに迷い込んできたのもそのせいかも」
なんておっしゃる。ただし、
「僕のカンだけど面白い運命をたどると思うよ」
だってさ。
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そんなこんなで、私はラディアルと言う小さな村に転生した。
周囲は魔物が出る森に囲まれ、行商も月に1度ぐらいしか来ない。
そこのとある夫婦、その間に私は生まれた。名前はスノー、苗字はまだない(漱石ドヤァ)、って貴族ではないので普通に苗字はない。
雪のような白髪に、綺麗な紅い瞳から雪兎を連想したんだそうだ。
当初は赤ちゃんになって混乱もしたけれど、両親の愛情を受けてすくすく成長し、今では10歳の立派なレディだ。
毎日元気に森をぴょんぴょん駆けまわっている。
「今日は森で薬草取ってくる」
本日は天気も良く絶好の採取日和。お母さんに元気に言うと。
「あまり遠くに行っちゃだめだからね」
と返してくれる。これだけでも私は幸せだ。
今日は傷によく効く薬草を集めよう。
「最近、お父さん怪我が多いからな~」
出来るだけ一杯薬草を取って、お父さんに褒めてもらおう。よしよししてもらうんだ。そう思うと元気が出る。そうして、薬草取りに夢中になっているとかなり奥まで来てしまった。
しまったと気づいた時には遅かった。
がさがさがさがさ
がさがさがさがさ
少し遠くの茂みから音が聞こえる。ハッとしてそちらに目を向ける。
そこには居た、一匹のやせ細った獣が。
濁った赤色の眼を爛々と輝やかせ、その口から涎を垂らし、こちらをじっと見ている。
やばい。
本能が叫ぶ。私はすぐに駆けだすが、その獣は私い襲い掛かってくる。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
獣は首筋目掛けとびかかってきた。私はそれを持っていた籠で何とか防ぎ、籠を放置して全速力で走る。
どれだけ走っただろうか。方向さえ分からない。
疲れ果て、息も絶え絶えで、最後には木の根に躓いて
「ははは、ほんとうに私の人生って・・・・」
目尻から一筋の涙が零れる。獣が迫る。そして、
「ねえ、君、大丈夫かい?」
獣は吹き飛ばされ、私はその人の腕の中に抱きしめられていた。
その人はとても綺麗な人だった。
豪奢な金の刺繡が入った白い衣装、腰まで伸ばしたサラサラの金髪、大きな両目は吸い込まれそうなほどに澄んだ金色で、だけど少し目尻が下がって優しそうな印象がある。鼻梁はすっと通っていて、唇は小ぶりだが潤いに満ちている。
正直男の人か女の人か判断に迷う。
だが、私を抱き留める感触から男の人だと分かる。
優し気な表情、私を気遣ってくれている。柔らかい微笑はそれだけでずっと見つめていたくなる。
「ねえ、本当に大丈夫かい?」
頬が赤くなり、息が止まる
「おーい。あれ?息してない?確か人間の場合こうゆう時・・・」
そう言って、唇を寄せてくる。その距離が鼻と鼻が触れ合う距離、唇から数センチのところで、
「だ、ダメーーー」
正気に戻った私はその人を思いっきり突き飛ばした。
「はあ、はあ、はあ」
私は両手でギュッと胸を掴み、荒い息をする。危ない、本当に危ない。あんな綺麗な人にキスなんてされたら心臓が止まって死んでしまうところだった。
まだ胸のドキドキが治まらない。火照った頬のまま心臓よ治まれと念じていると、
「あー、良かった。ちゃんと生きてたみたいだね。」
その綺麗な人が私ににっこりと人懐っこい笑顔を向けてきた。
私はさらに頬が熱くなるのを自覚したが、努めて冷静に返す。
「まずは助けてもらってありがとうございました。あなたは、一体。」
するとその人はその綺麗な金色の瞳でまっすぐ私を見つめて、
「どういたしまして。僕は光の精霊、この泉にもうずっと昔から住んでいる光の精霊だよ。名前はうーんそうだなソル。ソルって呼んでもらえるといいかな。よろしく、お嬢さん。」
そう言って、私の手をそっと持ち上げ、その甲にキスをしたのだった。
「きゅうぅぅぅ」
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目もくらむようなイケメンからのキスという強力な攻撃を食らい一瞬で気絶した私は、その後しばらくしてから目を覚ました。
「うーん、ここは。」
「あ、良かったやっと起きたんだね」
私はソルさんに膝枕をされていた。イケメンの太腿、意識した途端顔が赤くなる。でも、もぞもぞするふりをしてこっそり太腿を撫でてしまった。
「急に気を失ってびっくりしたよ」
「あー、えーと」
私はどもってしまう。そんな私を覗き込むソルさん。その瞳はとても綺麗。
「ふーん、君面白い魂の形をしているね」
ソルさんは急にそんなことを言い出した。あ、それ思い当たることしかない。
「ソルさん、分かるんですか!?」
「ソルでいいよ。えーとそうだね、君の魂はこの世界の人とは違うもので出来ているみたいだ。うん、雪の結晶の様でとても綺麗だね」
そんなことを至近距離のニッコリ笑顔で言われたものだから、また気を失いかける。
いや、ちがうちがう、気を失ってどうする。
「あ、もし気絶したならキスで起こしたほうがいいのかな?」
ソルさんもそんなことを言ってくる。
「いやいや、何言ってんですかあなた。」
「だって、そうすると人間は目覚めるんだろ?」
やばい、この人、いや精霊か。この精霊人間の文化を勘違いしておられる。
「そんなことない、そんなことないですって」
私は必死に訴えるがあまり納得していない様子だ。これはソルさんの前では絶対に気絶できない。
「でも、どうして君はこんなとこに居るんだい。」
この質問は恐らく森の奥に居ることだけを指しているのではないだろう。私は前世からのことを語った。
「そっか、それなら君に僕の加護をあげるよ」
「加護ですか?」
「そう加護。この世界には危険も多いからね、僕の加護があれば大体のことが解決できると思うよ。」
「ちなみどんなことが?」
「えーとね。元居た世界で言うところの、『光』が持っている性質は大体使えるかな。」
「『光』ですか。それなら、光の速さで移動したり、光の電磁波としての特性を利用してレールガンなんかも出せちゃったり?」
「うん出来る出来る」
「光の屈折を利用して姿を変えたり、ビームを出せちゃったり?」
「それも出来るね?」
私は両手をぐっと強く握りしめて、バッとそれを天高く掲げる。
「やっっっったぁーーーーーーーーーー」
歓喜のあまり大声で叫ぶ。
「やった、やった、やった。え、光ですか。素晴らしい。もしそうならあれも出来るこれも出来るもっと出来る」
興奮して思わずクルクル回って踊り出してしまう。
「ちょっと、ちょっと落ち着いて」
「うわー、どうしよう、どうしよう、どうしよう」
私はソルさんの声も聞こえないぐらい妄想に翼をはためかせる。それを見かねたのか
「まったくもう、しょうがないな」
そう言って、ソルさんは私の手を掴むと、ぐっと自分の方に引き寄せ、ほっぺたにキスをした。
・・・・・・・・・・・思考停止・・・・・・・・・・・・
ポクポクポク チーーーーン
ソルさんの顔を見て、キスをされた頬を触り、ソルさんの顔を見て、一気に顔が真っ赤になる。頭からは湯気も出ているかもしれない。
「うん、落ち着いた?」
「きゅうぅぅぅ」
本日二度目の失神。
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次に気付いたら自宅のベッドに居た。どうもソルさんが私を家まで運んでくれたようだ。
私が起きたことに気付いた両親に
「あのイケメンは誰なんだ」
と問いただされたけれど、その日は誤魔化しておいた。
そして翌日、私はまたソルさんが居る泉に来ていた。
「やあ、よく来たね」
ソルさんは泉のほとりに腰掛け、キラキラ光る湖面を見ていた。
くそぅ、なんて絵になる。
私に絵心があったならばこの情景を作品にして布教するのに!
「よし、それじゃあスノーも来たことだし練習を始めようか」
「練習ですか?」
え、何の練習。まさかキスですか??
「そう加護の練習。スノーには僕の加護を使いこなしてもらいたいからね」
なんだ加護か。ちょっと残念に思っている自分も居る。でも、それ以上に未知の力に対する興味が上回って、
「はいっっっ」
と私は元気よく返事をするのだった。
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1年後、11歳の私は去年より身長が5cmも伸びすっかり大人?の女性になった(自称)。
そして、ソルの光の加護もしっかりと扱えるようになった。
その中で便利なのは天候操作。
村で暮らす以上農作物の採取は必須だ。ソルの加護があれば日照不足なんかにも干渉できる。
他にも電磁波を利用した獣除けも有用だ。
両親や村の人達にお守りと言って渡した木彫りの人形のおかげで魔物被害も激減した。皆には狸の人形と言われたが、この人形はソルをモデルに作った。
くっ、ソルの綺麗さを1/1000も表現できない自分が悔しい。
あと何より良かったのは光の屈折を利用した衣装チェンジだ。
村の衣服は麻から作られた簡素なものしかない。だが、元異世界人の私としてはそんなものは服ではない。
私はおしゃれな服を着たいのだ。
だがそこは11歳の頭脳に引きずられたのか、日曜朝に登場するようなフワフワキラキラな服ばかりのチョイスになっていた。
でも私はこれで満足です!
黒とか白とか青とか紫とか色々衣装チェンジしたけれど、最終的には白+桃色が一番のお気に入りだ。ポージングの練習も欠かさない。
ちなみに、ソルは相変わらずキスが好きなようで、私が一つの加護を扱えるようになる度にほっぺたにキスをしようとしてくるので、それを押しとどめるのが大変だった。
そんな折、
「きゃあああああぁぁ」
森に悲鳴が響き渡る。
「ソル!?」
私が問いかけると、ソルが
「ここと村の中間ぐらいで人が襲われてる。」
私はそれを聞いた瞬間森の中に駆けだした。
加護により強化された私は、それこそ光の速度で現場に到着する。
そこには二人の子供が居た。
男の子と女の子。
いずれも村の子供達で、その目の前には大きな熊の魔物が居る。
男の子が木の棒を持って必死に立ち向かっているけれどあれでは足止めにもならない。
私はそのままの勢いで魔物と子供達の間に割り込むと
「子供達には手を出させないわ」
そう叫んだ。魔法少女の格好で、右手に持ったデコデコに装飾された可愛い魔法の杖を魔物に突きつけて。
一瞬、時間が止まる。
子供たちどころか魔物まで困惑しているようだ。
いや、そうですよね。こんな格好の人間なんて見たこと無いですよね。
光の加護の影響で周囲にキラキラのエフェクトまで付いてますもんね。
くっ、もうこうなったらやけだ、私は練習していたポーズをとって、
「ぅ~~~~、魔法少女マジカルスノー参上!悪さをする子は許さないぞ☆」
し~~~~~~~~ん
うん、分かってた、分かってよ。こうなるって。
まるで何もない雪原に放り出されたような孤独感。寒い、心が寒いよパト〇ッシュ。だが、
「かっこいい~~~~~~~~」
私の後ろ、子供達二人から黄色い歓声が上がる。
「すごい、すごい、スノーお姉ちゃんが魔法少女になって助けに来てくれた」
「スノーお姉ちゃん可愛い、すごーい」
その声に思わず頬が緩む。前世のお父さん、お母さん見てますか。ここに幸せはありました。
その声に魔物も獲物を追っていた現状を思い出したのか、
「うがーーーーーーーー」
と両腕を振り上げる。子供達は「ひっ」と怯えた声を上げるが
「大丈夫、この魔法少女マジカルスノーが居る限り、君たちには指一本触れさせないよ」
私は胸を張ってそう言い、両手で持った杖を突き出し、
「ソルビーーーーーーーーム」
杖の先端から極大の光のビームを生み出した。それは魔物を掠る形で飛んでいき・・・。
ビームが通った後には焼け焦げた木々と、1本の道が出来ていた。
私も含め全員の眼が点になる。
しまった調子乗って全力で撃ってみたけど、こんなに威力があったなんて。
眉間に冷や汗が流れる。
だが、それは熊の魔物も一緒だったようで、ビームが通った跡と私を交互に見比べた後、
「きゃひん」
と鳴きながら逃げ去ったのだった。
その後、変身を解いた私は興奮する二人を村に連れ帰って、魔物に襲われていたことを説明した。
子供達の両親は二人の無事を泣いて喜んだ。
一方で、子供達は私の活躍を必死に説明していたようだったが、私は疲れ果て、自宅に帰り泥のように眠るのだった。
翌日、村は一つの噂で盛り上がっていた。それは、
「スノーは魔法少女だった!」
と言うものだった。子供達が描いたのだろうか、わざわざ絵姿まで地面に描いてあった。
村人たちは私を見て、
「あ、魔法少女だ」とか
「マジカルスノーだ」とか
「ビームで全部やっつけるウーマンだ」とか
「今度記念に魔法少女マジカルスノーの像を立てようぜ」
と、言っていた。
思わずその場に蹲り悶絶しそうになったが、皆が好意的に接してくるものだから引き攣った笑顔で手を振るしかなかった。
そして歓声に耐えられなくなった私は、そっと村から脱出したのだった。
・
・
・
「っとね、そんなことがあったのですよ」
私は今、ソルの膝枕に顔をうずめている。
「うん、うん。スノーは頑張ったね」
「でしょ、私頑張った。それなのに、まさかあんなことになるなんて。」
私はイヤイヤする子供の様にソルに甘える。
ソルはそっと私の頭を撫でてくれる。
「でも、後悔はないんでしょ」
「そうね、もしゆっくり向かっていたら子供達が犠牲になっていたかもしれないし。そしたら後悔してもしきれなかったわ」
だから後悔はない、後悔はないが大切な何かを失ったような気がする。
「くすくすくす。大丈夫だよスノー、村の人達から悪意はなかったし」
「でも、村の人達、像まで立てるって言うの。晒し者だわ」
「それも感謝の一種なんだろうね」
「そんな感謝いらないわ」
私がぷーっと頬を膨らませると。ソルがそっとその頬に手を添える。
「でもきっと、スノーの優しさが皆を救う日が来るよ」
「そうかしら」
ソルに言われて私の頬がふにゃっと緩む。
「きっとそうだよ、僕がそうだったから。」
ソルが優しい笑顔で見つめてくる。
「だからスノー」
そして、そっと私に顔を近づけてきて
「これからもずっと一緒に居ようね」
そっと唇を重ねた。
そのキスは優しい味がした。
交差羽です。まずはこの話を読んでいただいた読者の方にお礼申し上げます。ほんわかした気分になる短編を書いてみたくて投稿しました。スノーさんとソルさんの素敵な関係はずっと続くと思います。さて、この話は『中二病スキルで全てを救う』のスピンオフになります。同じ日に別のスピンオフ短編も投稿しますのでもしよければ読んでください。
もしポイントいっぱい入ったら連載するかも?