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「すんまへん、油置いてまっかー?」
しらねが声をかけると奥から兜を被った店員が出てきた。その後ろには弓を構えた人もいる。最初から客が強盗であることを前提に行動するのがここの常識のようだ。
「油ならそのあたりかな」
「植物油ばかりでんな。鉱物油は?」
「ああ、あれは危ないから店頭には置いてないよ。奥から持ってくるが、どんなのがいるんだ?」
しらねが小松島に視線を送る。サンプルを取り出せという意味だ。小松島が合切袋に手を入れた瞬間に、弓を構えていた店員が狙いを小松島に変えた。
「これが見本だ」
なるべく気にしないようにして見本を取り出し、店員に見せる。強盗ではなく買い物に来た客だとわかったのか明らかに態度が変わった。
「ああ、墨油ですか。扱ってますが・・・この見本は随分質のいいものですな。これほどのものとなるとそう沢山はないと思いますが、見てきます」
店員は表に出て、店舗併設の物置に入り、すぐに出てきた。
「誠に申し訳ありませんが、昨日完売しておりました」
「か・・・完売?全部が?」
「はい、全ての在庫をお買い上げいただきまして、次回の入荷は・・・そうですね、早ければ2か月後ぐらいには」
「早くて2か月後・・・他に在庫のある店を知らんか」
「さあ・・・鉱物油の中でも墨油はそれほど需要がないので、うちの他には・・・ああ、もしかするとロイテルさんのところにはあるかもしれません」
知ってるか?と小松島が視線でしらねに問いかけるが、しらねは首を横に振った。シチェルは目的の物とは違う油を手に取ってみている。
「ロイテルさんというのはどこに」
「新函館に本店をお持ちですが、新大坂にも営業所があります。新淀川沿いの・・・えーと、梅ノ橋のあたりです」
もちろん聞いたことのない地名だが、新淀川ならわかる。今日中に行けるだろう。
「ありがとう、そっちに行ってみる」
「お役に立てませんで。そちらの方はお買い上げですか?」
「・・・なー隆二、これ買っていいか?」
シチェルは2つの油を差し出した。ひとつは小瓶に入った粘質の白い油、もうひとつは太い試験管のようなガラス瓶に封入された透明な油だが、色層が分離している。何に使うのかはわからないが、油屋の娘が欲しがるのだから妙なものではないだろう。それに、この店では重油を売っていそうな店を教えてくれたので、情報料として何か買うのがマナーではないかと考え、小松島はうなずいた。
「座証からの引き落としはできるか?」
「座証?あ、はい。ギルドカードからの引き落としでお支払いですね」
メイジニッポン皇国で日本語名が通じるところと通じにくいところがあるというのは時々感じるのだった。
「で、何の油なんだ?」
店を出てすぐに知りたかったことを聞いてみる。
「こっちのは隆二も知ってるんじゃないか?ガソリン」
「あ、そうか」
試験管に入っているのはよく見ると確かにガソリンである。が、ひとつだけ妙な事がある。
「・・・どうやって開けるんだ?」
試験管状ではあるが、上下ともしっかりガラスで封じられており、開ける場所がない。よく見るとガラスを溶かして密封したようだ。これではガソリンエンジンの燃料タンクに注ぐこともできない。
「主はん、これはな、敵に投げてぶつけて割るんや」
「はあ?」
「で、飛び散ったガソリンに点火したら爆発するだろ」
「危ないなおい!」
黄泉の世界の子供の遊びは恐ろしい。
「いやいや違う違う。敵に投げつけるんだよ」
「・・・ああ、敵って本物の敵か」
ごっこ遊びではなく本当にこちらの命を狙ってくる相手のことだった。つまり、この世界版の手榴弾である。火の熱量ではなく爆発力を利用するあたり、火炎瓶とは多少異なるので手榴弾のほうが近いだろう。
ちなみに、史実における火炎瓶モロトフカクテルについては誕生したての時期であり、日本に情報が伝わっているかどうかは微妙。少なくとも小松島はその存在を知らなかった。
「一応銃以外の武器もいるかなと思って」
「なるほど、まあ、あってもいいよな。で、そっちの油は?」




