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松原屋は宿屋ばかりが多数並ぶ通りにあり、少々見つけるのに苦労させられた。日本旅館風の建造物ではあるのだが、色合いが妙にアメリカンだったのだ。裾が赤、屋根が青、白い縦じま模様。もし星が書かれていれば星条旗モチーフと言われても疑うものはいまい。
「こちらに園田一太郎は泊っているのか?」
小松島が名乗り、尋ね人の名を出すと宿の女将が自ら一太郎を呼びに下がり、ほどなくして額に包帯を巻いた一太郎が表に出てきた。
「おっと、無事に再会できたな」
「そちらも無事だったか。そのケガは?」
「ああ、大したことはない。ちょっとした火傷だ。ジェムザたちは宿か?」
「それがな・・・」
ジェムザとリトは行方不明、シチェルが左足を負傷中と伝え、そうなった経緯を説明しようとしたところで「部屋で詳しく聞こう」と一太郎が言い出したため、上げてもらうことになった。
「ヒーナは?」
「あいつも無事だ。今はほら、新京都に置いてきた馬車を回収に行ってる。明後日には戻るだろう」
「ひとりで大丈夫なのか?」
「勿論無理だ、ソロのやつらと臨時にパーティを組んで行ってもらった」
「ソロって誰だ?一太郎の仲間か?」
「普段一人で活動する冒険者のことだ。人名じゃないよ。で、そっちは何があった?」
山を一気に登り、山頂から新大坂方面に下り、追手をかわすためと山火事を避けるため川に入り、突然の増水で流され・・・。
「増水?あの川が?」
「ああ、いきなりだったぞ」
「そんなことが起きる川じゃないはずなんだがな・・・まあいい、続きを聞かせてくれ」
地下水路に流されたのは小松島、シチェル、しらねのみ。ジェムザとリトはどこに行ったか分からず、人魚としらねの助けで地下水路から脱出するとそこが新大坂だった。旅人座を探してようやく一息つけるようになり、さっそく国分寺商店に向かおうとしたがウラシマ祭りと重なり身動きが取れなくなり、人混みでシチェルが負傷。
「で帰ろうとしたときに医師座の掲示を見た」
「てことは俺が松原屋にいるって書いたのは掲示からほとんど時間たってない時か?」
「だな、もしかしたら数分の差かもしれない」
「うまくいけばそこで対面できてたかもしれないな」
「可能性はあったな」
この混雑だ、もしかしたら数メートル差ですれ違っていたかもしれない。
「ジェムザとリトが心配だな」
「あの川のこと知ってるんだろ?流されるとしたらどのあたりか心当たりないか?」
「新京都近くのオアシスに流れ込んでるってことしか知らないな。地下水路につながっていることも初めて聞いた」
「そういえばその地下水路で人魚に会ったんだが」
「人魚?ああ、マーメイド族か」
「その人魚がウラシマ祭りにいた」
「・・・ん?てことはつまり、あの川から新大坂まで水の流れがつながってるってことになるのか?」
「たぶんな」
一太郎はそこで腕を組んで考え込んだ。
「突飛なこと・・・かもしれんが」
「うん」
「新大坂の北に大きな川あるだろ、新淀川」
「名前は知らんがあるな。というか地下水路からその新淀川まで移動して脱出できたんだ」
「ああ、なるほど。それなら話が早い。新淀川のさらに北に大森林があるだろ。その地下には巨大な古代遺跡が存在するらしいんだ」
「らしいってことは、確証は取れていないのか?」
「いや、『存在する』じゃなくて『巨大な』に対しての『らしい』だ。つまり、でかすぎてどのぐらいの大きさなのかもわかっていない古代遺跡がある。なんで何もわかっていないのかというとだ、これが魔法と科学の融合というか・・・侵入者排除のトラップが魔法で発動したり謎の動力源で稼働したりするから、熟練冒険者でも手が出なくてな。その動力がもしかしたら水力なんじゃないか・・・って考えたわけだ」
確かに突飛な発想ではあるが、ありえない話ではなさそうだ。だが、今は遺跡の話をしている場合ではない、という言葉が小松島の顔に出ていたようで、一太郎は慌てて話を再開させた。
「まあつまりだ、もしその通りだとしたら、ジェムザとリトは古代遺跡の中に流された可能性もあるってことだよ」
「む・・・そういうつながりか」
そうだとすると、熟練冒険者でも手が出ない古代遺跡に何の対策も装備もなしにジェムザとリトが放り込まれたということになる。この場合、生存は絶望的と言わざるを得ない。
「・・・最悪の可能性だがありえなくもないか」
「考えすぎかもしれないけどな。逆にあっさり新大坂中心部の水路に流れ着いてたりするかもしれない。マーメイド族しか通れない水路を通ってな」
「とすると、捜索範囲がとてつもなく広くなるな」
最悪、新大坂から新京都までの全域に加え北の大森林もすべてが「可能性」に含まれることになる。
「無事なら新大坂まで来てくれるだろうけどな。遺跡の中じゃどうしようもないが・・・」
「祈るしかない、か」




