87 84話ごろの朝霜
第2主砲のほうが復旧容易であるものの第3主砲を残した方が航行性への影響が少ないという意見を艦長が受け入れたため、修理の方針が確定した。第3主砲は元通りにはならないにせよ、射撃可能な程度にはできるという判断での結論だった。もっとも、砲室の復旧は不可能であり、露天砲塔となる。航行時はキャンパス生地で作ったカバーで覆われているが、緊急時にはそのままでも発砲可能。第2主砲についてはどうせ撤去するのなら重心低下のために完全に除去することになり、その跡に余剰スペースができた。これを女性専用居住区画に充てることができる。多くは亜人であるがひとりだけ人間がいたために寝室だけでも必要との判断である。
後部の問題は解決した。第1煙突については電気溶接ができるエルフによって修理の見込みが立っている。魚雷発射管については2基とも覆いを取り外したほか、自発装填装置は穴をふさいだうえで物入れとして使うことにしたため見た目だけは元通りになった。その次に来る問題は、出撃時から引きずっている機関部の故障である。
「部品はともかく、知識を持った技術者が必要であります」
「俺か」
「はいであります」
というわけで、艦長兼機関長の佐多大尉に機関室復帰が求められた。その時、艦内電話が鳴った。
「今は発電停止時間じゃなかったか?」
「はいであります」
艦内電話は通電状態でないと通話できない。燃料節約のため発電機の使用は時間を決めて行うか、艦長の許可が必要。つまり誰かが無断で発電機を動かしたということだ。佐多大尉は相手を怒鳴りつけるつもりで受話器に手を伸ばしたが、触れる直前にふと気が付いた。
(こっそり発電機を動かした奴が、わざわざそのことを知らせるか?)
理由があって事後承諾での発電機使用かもしれないと考え、一応理由を聞いてから対応することに決め、受話器を取る。
「艦橋」
『機械室の日峰であります』
「誰の許可を得て発電機を動かした?」
『はい艦長いいえ、発電機は動かしておりませんが発電可能となりました』
「・・・どういうことか」
『サラマンダー族の亜人が子を産みまして、その子が発電機内に入ると発電できるのであります』
たっぷり5秒ほど硬直してから佐多大尉は返答した。
「なんだそれ」
サラマンダー族の体は石のような成分でできており、かつ常に発熱している。親がその体の一部をちぎるなり砕くなりして分割し、魂を吹き込むとそれが子となるのだ。欠損部位と、分け与えた魂が再生したらまた子を作ることができる。
ちなみに戦場でサラマンダー族と出会い倒さねばならないときは一撃で頭部を破壊するか、砂利を通り越して砂レベルまで砕くかしないといけない。間違っても急所を外してバラバラに叩き割ることは避ける。でないと、死を覚悟した親が命と引き換えにすべての破片に魂を宿らせ、敵と戦わせることができるからだ。こうなると手に負えない。意志をもって追いかけてくる焼けた小石をすべて叩き割ることなどできようはずもないからだ。
「これがその子か」
「はい」
電話では全く理解できなかったので、佐多大尉は発電機のあるところまで出向いていた。発電機の中に小さなサラマンダー族がいるのが隙間から見える。ガソリンを燃やした熱で発電する発電機なのだから理屈では可能なのだろうが・・・。可能だからであっさり改造してしまう日峰には少々驚かされる。
「えーと、ウィルマだったか」
「はい艦長」
サラマンダー族の名前をなんとか思い出した佐多大尉だった。
「まさか艦のボイラーも動かせるか?」
「あれはさすがに大きすぎて手に負えません。仲間が10人もいればなんとかなりますが」
「やっぱり無理か・・・」
「お役に立てず申し訳ありません」
ウィルマが頭を下げると火の粉がゆかにぱらぱらと散った。
「いや、発電機が動くだけでも助かる。・・・が、火の粉だけはなんとかならんか」
「火力の調節が下手すぎて叩き売られたもので・・・」
ウィルマもご多分に漏れず奴隷として売られていた亜人だったのだが、普通のサラマンダーは無意識に火の粉をばらまくようなことなはない。危なすぎて使い物にならないという理由で売れ残っていた奴隷なのだという。
「仕方ない、火気厳禁の場所にだけは入るなよ。その子にもそう教育するように」
「はい」




