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82 77話ごろの朝霜

「なんちゅう便利な奴らだ」

58歳にして徴兵された機関員の言葉に、佐多大尉は全く異論をはさむ余地がなかった。

「これほど優れた能力の持ち主が冷遇されるのだな、この世界は」

「もったいないちゅうか、どうかしちょりますな」

促成教育を受けただけとはいえ海軍軍人であるから、外国の風習や文化についてケチをつけることは忌むべきとわかってはいても我慢しきれなかったようだ。朝霜が買い入れた亜人奴隷たちはその持って生まれた能力や才能によって朝霜の要求に期待以上の働きを見せてくれた。

ハーピー族は艦内ではなく艦上を移動して情報や小さくて軽いものであれば素早く運んでくれるし、ドワーフ族は簡単に説明しただけで工具機械の扱いを覚えてしまい艦内工作に不可欠な存在となった。

電気の魔法が使えるものの電圧に見合った電流を発揮できず役立たずと言われ続けたダークエルフの少年はなんと素手で電気溶接ができるというとんでもない才能を発揮し、冒頭の評価を受けていた。技量未熟なため少々無駄の多い作業結果を見せてくれるが、内地ではすでに熟練工員が払底し女学生の労働力を動員するありさまであることを考えれば十分に使える人材である。なお、日本海軍で電気溶接技術は高度すぎて扱いきれないという評価を受けている。電気溶接の全面導入を実施して建造された潜水母艦大鯨は船体のひずみが大きく、夜になると船全体がきしむ音が造船所に響き渡るという有様であったため、海軍は電気溶接を船体構造に影響のない部分のみにとどめると決定していた。朝霜でももちろんこの通知どおり、船上構造物の一部の修理に限って任せている。

亜人でありながら日本名をもつ者がやたら多いことに朝霜幹部は最初は戸惑い、結局本人たちに問いただしたところ、どうやら3つの理由があったようだ。1つ目は、日本人と亜人が結婚して子をなし日本名を持った者。2つ目は、日本人のふりをすれば少しはましな生活ができる可能性が高かったため適当に名乗った者。3つ目は、名前すらない最底辺の扱いを受けていところ日本人に名前を与えられた者。理由はこのように複数あったが、この聞き取り調査によって重要なことがひとつ確定していた。つまり、ここが死後・・・黄泉の世界であるという説が裏付けられたということだ。朝霜乗組員の先祖や先に逝った同期らがこの世界に受け入れられ生活していたということがはっきりしたわけだ。もっとも、艦ごと転生するのが普通であれば黄泉の世界の住人の反応が不自然であり、説明のつかない矛盾もある。死後の世界は複数あるのでは説、人類滅亡後文明再建中の未来へのタイムスリップ説、そもそも地球ではない別の星説など、乗組員たちは様々な仮説を立てては議論して楽しんでいた。

「艦長さん、砲術長からの手紙な」

ハーピー族の滝川少年が書類を持って飛んできた。この少年も亜人でありながら日本人名を名乗っている。

「・・・やはり無理か」

手紙を一読しただけで佐多大尉は要旨を理解した。想定の範囲の内容だったのだ。

「返信を書くから待っててくれ」

「あいよ」

砲術長は第2・第3主砲の復旧は不可能と判断したらしい。第3主砲は砲室が全壊し修理不能、第2主砲はバーベットが変形し旋回不能・・・とのこと。使える部品を集めてニコイチし第3主砲を復活させる案もあったが、工作機械の不足により不可能と判断したという最終報告書であった。

「参ったな、撤去するわけにもいかんぞ」

使えないなら邪魔になるからどけましょう、では済まない別の問題があった。艦後部で最も重い主砲2基を撤去してしまうと、船尾が軽くなりすぎて舵の一部が水面から出てしまうとの試算がなされていた。そうなると舵の利きが悪くなり、操艦に支障をきたすのだ。さらに、海が荒れれば舵だけでなくスクリューも海面から飛び出してしまう恐れもある。そうなると、急に水の抵抗がなくなったスクリューが必要以上に勢いよく回転し、ギアやタービンがダメージを受けることもある。これらの問題を予防するためにはある程度の重量物を艦尾に置いておく必要があった。

「旋回不能の第2主砲をそのまま残した方がマシか・・・」

欲を言えば第3主砲を残すほうがより艦尾に近く、かつ低いので重心が下がるため有利であったが、全損状態であるならばやむを得ない。なお、夕雲型駆逐艦のほぼ同型艦である陽炎型駆逐艦のほとんどは第2主砲を撤去し機銃を設置して重量バランスの変化を抑えるとともに対空戦闘力を向上させる改造を受けていた。


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