76
「戦況はどうだ?」
「陽動部隊は無事に撤退完了。死傷者も予定通りに収まりました」
「追跡隊のほうは?」
「遠すぎて音は聞けません、火災のせいで鼻も利きません」
「なんだ、そんなことになるのなら先に言え。仕方ない、山火事を消してやるか」
埋立地連合の司令官は魔法使いに、水の魔法で火災を消火させるよう命じた。だが、それほど大規模に水を降らせるほど優れた魔法使いはこの世界に何人もいるわけではない。命令を受けた魔法使いは雨を作り出すのではなく、そこにある水、つまり地下水の流れを操作して火災を制御しようとしたのである。
小川を見つけた小松島一行は、飛び込むのには少々躊躇していた。いまだに山火事の脅威が身近に迫っていないので、そこまでする必要があるのかと疑問だったためだ。
「ていうか浅いぞこれ」
暗闇なので深さがわからないという理由もあったが、シチェルがおそるおそる足を突っ込んでみたところ膝までもない程度であった。川幅もよく見えないが数メートルほどだろう。
「とりあえず水に浸かっておくことは賛成だな。追手にコボルトがいたら厄介だ」
ジェムザの言う通り、実際に追手にコボルトがいるのだがその可能性に気付くあたりはさすがにベテランといえよう。
「コボルト族は嗅覚が鋭いから、特定の標的を追跡する任務では先鋒を任されることが多いんだ」
「ああ、水の流れでにおいをごまかすわけか」
「なるほど、そういえば昔知り合いにコボルト族がおりましたわ。えろう鼻の利くやつで、頼りになりましたわ」
犬と同じと理解した小松島と、コボルト族の知り合いに話を聞いたことがあるリトが同時に納得した。火はともかく匂い消しのために全員が水に入った。
「さすがに冷たいな」
小松島がぼやいた瞬間、水の勢いが急に強まった。
「おわ・・・なんだこれ」
流されないように全員が踏ん張るが、流れはさらに激しくなる。シチェルとしらねがほぼ同時にバランスを崩し、水中に没した。
「シチェル!」
小松島が慌ててその手をつかむが、小松島自身も足が滑り倒れこむ。立て続けに3人が水の勢いに負けたことに驚いて体を動かしたリトとジェムザも同じ道をたどることになった。
「がぼっ・・・もっ・・・」
誰もが水の勢いに抗えず流され始める。実はこれは山すそのほうで埋立地連合の魔法使いが急激に地下水を地表に滲み出させたため、それによって生じた地下空洞に一気に水が流れ込んだことによってせせらぎが急流と化したのだった。
そして、水の流れも変わっていた。本来なら地下水流へと流れる水はわずかであり、ほとんどの水は地表の川を流れて下流のオアシスに注がれていたが、地下水流の水量が急激に減少してできた空洞に流れ込む水の勢いが地形をも変えた。本来なら小石程度しか流れこまないはずの水路が、人間をたやすく飲み込む大きさまで広がり、そこに引きずり込まれる者と川をそのまま流れていく者とにわかれ、5人は分断されてしまったのだった。




