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山頂からの下りは、道ではなかった。確かにこれはしらねの先導なしで駆け抜けることは不可能だっただろう。

「この先ちょっと大きな落差ありまっせ」

しらねがそう言った数歩先に、1メートルはない程度の段差があった。夜間に明かりなしで突っ込めば間違いなく踏み外していただろう。

「このあたり、地下水が豊富みたいどす」

木々が元気なのだそうだ。

「新京都の水源はオアシスらしいんだが、そのオアシスの水源はどこだかわかっていないらしいな」

「でんな」

ジェムザとリトはそんな事情にも明るいようだ。

「それがこの裏山の地下水?」

「かも、って話だ」

「お?・・・主はん、ちょいやばいかもどす」

「どうした?」

「山火事らしいて、木々が騒いどります」

「山火事?」

火も見えず煙もなく、それらしいにおいもしないのだが。

「ちょっと止まってよろしいか?」

「ああ」

しらねは立ち止まって、付近の木々に触れ始めた。これが植物との対話なのだろうか。

「・・・動物らが逃げ出しよりますな。火元はあちら」

しらねが指した方向は本家丸楠派の拠点方面。戦いの火が文字通り燃え移ったのだろうか?シチェルがふと思い出したことを口にする。

「さっき一太郎が火の魔法を使ってた」

「あの馬鹿」

ジェムザが吐き捨てたが冤罪である。さすがに一太郎もそのへんは配慮し低火力の魔法を使用していた。目くらましのために使った魔法の熱程度で木が燃えることはない。

「結構燃え広がりよります、稜線に沿って・・・あかん、前が塞がります」

「急ぐか?」

「間に合いません・・・ちゃう、こっちならなんとか」

しらねが進路を変更。

「こっちのほうは地下水がさらに豊富なんで、火の回りが遅いと思います」

山火事の燃え広がる速度は想像されているよりもずっと早い。人間の足では逃げ切れないこともしばしばある。ましてや、道なき道をかきわけ進むようではすぐに巻き込まれる。

「この先に川がありますんで、やり過ごせるかと」

水音が聞こえてくるので、川があるのは確かなようだ。

「木たちが悲鳴上げてるのが聞こえよります・・・なんでこないに火の回りが早いん?」

「人為的な火災かもしれないな・・・我々を燻り出すために火を放ったか?」

ジェムザの予想は半分は当たっていた。人為的な火災というのは正解だったのである。

埋立地連合の陽動部隊が、「山に逃げ込んだ本家丸楠派の軍資金輸送隊」を追撃する精鋭部隊の動きを悟らせないために、陽動作戦終了を撤退に見せかけるべく火の魔法を放った。目くらましではなく、撤退する部隊を追撃されるのを防ぐための攻撃であるから十分な火力を発揮できるよう威力が調整されていた。追撃の余力を削ぐ目的で裏山側にも火を放って山火事を起こした。もちろん味方を焼かないように山裾を少々焼く程度にとどめたのだが、そうとは知らない本家丸楠派はこれを消火するために兵力を割かねばならず、埋立地連合は全てを計画通りに進めることに成功していた。ただひとつ、軍資金輸送隊と思われた集団が本家丸楠派とは無関係だったということを除いて。


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