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拠点北側には小さな門がある。その先には一応道と呼んでも恥ずかしくない程度に整備された道があり、拠点の裏山へとつながっていた。この裏山はそれほど高くなく、平時であればハイキングにもってこいの場所と言われていただろう。
その北門に、一太郎・リト・ヒーナが待っていた。
「よし、脱出しよう」
「君ら敵前逃亡とかにならんのか?」
「今休暇中なんだ」
なので逃げたって文句を言われる筋合いはないよと一太郎は言う。そういうものなのだろうか?
「リトとジェムザが先頭を頼む。俺とヒーナが後ろを警戒する」
「わかった」
残り3人は戦力外というのが一太郎の評価のようだ。小松島は一応海軍軍人なのだが。
背中の方から聞こえてくる戦いの音や声をなるべく気にしないように、一行は拠点から距離を取り始めた。
この黄泉の世界には亜人という存在がある。メイジニッポン皇国では比較的寛容に受け入れられているが、多数派とはお世辞にも呼べない程度の数しかいないのは確かである。だから、身近に黒崎しらねという亜人がいる小松島は亜人について十分な知識がなく、一太郎やジェムザもついうっかり忘れていたのだ。
「本家丸楠派の拠点から離れていく連中がおりますぞ」
暗い夜、人間の視界が利かない明るさでも、人間の動きを察知できる亜人がいるということを。
今晩、本家丸楠派拠点を襲撃したのは埋立地連合というグループだった。このグループにはコボルトという人種が数名所属しており、聴覚と嗅覚が人間の数十倍優れていることを生かして効果的な索敵を実施していた。
「数は?」
「5から10というところですな。近づけばもっと正確に掴めますが」
「必要ない。その程度の数ということはやはり、奴らの軍資金を預かる者らだな」
埋立地連合が本家丸楠派を襲撃した目的は、今夜に限ってはずばり金である。本家丸楠派の軍資金を奪うことが目的であり、攻撃に参加した部隊の任務はあくまで陽動だった。
ひとりふたりならただの脱走兵、もしくは伝令兵。大部隊であれば拠点を放棄しての撤退と考えられたが、少人数の移動ということは機密性の高い物品や人員の護衛と考えるのが自然である。
「弓は無理です。山道ですので木々にさえぎられてここからは届きません」
「では追うか。本隊出撃後に陽動隊を下がらせろ。タイミングは任せる」
「はっ」
コボルトを隊長とする部隊がひとつ、本家丸楠派拠点を迂回して裏山方面に向かう。陽動の部隊はまだしばらく戦いを続けて相手の意識を引き付けておく計画だった。
「あそこには金塊が運び込まれたと聞くからな。ここでひとつでも入手できれば、我々を見限った連中を見返すことができる」
偶然にも、その情報を事実としてしまったのが小松島だった。未換金の金塊を持ったまま本家丸楠派拠点に入り、そして今また裏山方面にそれを持ち出した。埋立地連合の目論見が奇跡的に成立してしまったのである。




