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馬車は新横浜が見えなくなったあたりで停車した。すでに暗くなっていて辺りは何も見えないが、森林でも市街地でもないことは確かだ。
「ちょっとここで待っててくれ、後から来る仲間のために目印残してくるから」
イチタローはそう言って馬車を降り、来た道を戻っていった。
「しかし、本当に心当たりねーよな?」
シチェルが腕を組んで考え込みながら言った。
「なくもないな。菊花紋入りの金塊を換金するときに『すでに流通していない』と言われたから、もしかしたら偽造品と思われたかもしれん」
「無断で使っちゃいけないマークってことはないだろ?」
「いけなかったかもしれないってことだよ」
「なあリュージ、そろそろはっきりさせたいんだが」
ジェムザが真剣な顔で切り出した。
「お前、本当に皇室海軍なのか?ダイニッポン帝国とか名乗るところを何度か聞いたが、依頼人の事情に踏み込むのもどうかと思ってスルーしてきたけど、官憲に追われるような事態になるようじゃ曖昧にはしておけない。別に法の執行人になるつもりはないが、それならそれでやり方があるんだ」
ジェムザは口には出さなかったが、自分の立場を守りたいという意向も当然ある。小松島たちが逮捕されるような事態になったときに、知りませんでしたと言い逃れることができるためには事情を正確に把握しておく必要がある。
「・・・皇室海軍という名称は、第三新東京港到着直前に初めて聞いた。が、菊花紋を用いる海軍に所属しているのは本当だ。誰もがうまく勘違いしてくれるから利用させてもらっている」
駆逐艦朝霜の所属は大日本帝国海軍。大日本帝国の国旗は日章旗で、皇室のシンボルマークが菊花紋。大日本帝国海軍の軍艦旗は旭日旗。朝霜が所属していた天一号作戦参加艦のシンボルマークが菊水紋。・・・と説明していく。
「ニッショーキは聞いたことがないな。大日本帝国とメイジニッポン皇国は別の国なのか?」
「それは俺にもわからん。たぶん別の国で、だけど全くの無関係でもない。余裕があればそのあたりも詳しく調べて報告したいんだが手掛かりはこの紋章の扱いの違いしかない」
メイジニッポン皇国の国旗は菊水紋で、皇国海軍のシンボルマークも菊水紋。皇室海軍のシンボルマークは菊花紋で軍艦旗は旭日旗。
「整理されてもよくわからんな」
「国と軍と艦で別の旗やら紋章やらを使ってるからな。だからうまいこと勘違いされるようにはまってしまったわけだ」
「あ、主はん。お話し中すんませんやけど、人が近づいてはります」
「イチタローとは別か?」
「たぶん」
全員が示し合わせたように黙り込む。足音が近づいてきて、馬車の横を通り、去っていった。
「追手ではなさそうだな」
「ただの通行者か」
会話が途切れ、各々が自分の考えを整理していると、今度こそイチタローが戻って来た。
「目印はちゃんと見つけてもらえるのか?」
「それは大丈夫だ。あいつらなら必ず」
イチタローは馬車に乗り込むと、皆に倣って腰を下ろした。




