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報告書を書き上げた小松島は、この世界の手紙の形式に整えるとそのまま就寝した。
起きると昼過ぎで、2つの太陽の重なり具合からすると14時相当というところであろう時刻だった。なぜかジェムザはおらず、シチェルはまだ眠っていた。
「手紙の出し方は出発前に聞いた通りだと、確か・・・」
切手はこの世界にもあるそうで、船員座で購入済みだった。料金は距離によって変わるらしいが、新静岡から第三新東京港までだといくらだろうか。
「あ、起きたか」
ジェムザが戻ってきた。
「どこ行ってたんだ?」
「商会なら地図ぐらい持ってるんじゃないかと思ってな。見せてもらって書き写してきた」
「お、それはすごい」
現代日本では国土の地図は容易に入手可能であるが、軍事国家や戦争中の国にとって自国の地図は国家機密であり、容易に入手することができないのが普通である。例えば韓国では朝鮮半島の地図を購入するには身分証明書が必要であり、また、その地図も敵国に流出した場合の対策として若干事実と異なる記述がなされている。なお、そのせいで自国民が自国の地理を正しく知ることができず混乱を招くというデメリットもあるが、軍事国家であればそのぐらいの不便を国民に強いてもやむを得ないと考えられていることが多い。
メイジニッポン皇国でも似たような状況らしく、国家公認の公式の地図は入手不能であった。だが、国家や大陸全体で商売を行う大企業であれば独自の地図を作製・所持していても不思議ではない。もちろん精度はそれなりなのだが、都市の位置関係を知る程度であれば十分な実用性があると言ってよい。
「ここが第三新東京港な」
ジェムザが手書きの地図の一番下を指す。どうやら第三新東京港はこの大陸の最南端にあるようだ。
「で、北のこのへんが新静岡」
とは言うものの指はほとんど動いていない。地図の縮尺はわからないが、どうやらかなり大きな陸地であり、大陸という表現もあながち大げさではないようだ。
「新横浜はここから北東のこのあたりだ」
目的地の新横浜も大して離れていないように見える。
「ここからここまで歩いて5日ぐらいか?」
「そのぐらいだな」
船員座で聞いた所要時間どおりだとすると、第三新東京港から新横浜まで5日。大陸の北端まではその10倍、単純計算で50日歩き続けてやっとたどり着くぐらいの距離がある。
「シチェルの故郷のハットカップはどのあたりだ?」
「この地図よりさらに上の方だな。新函館から船が出てる」
新函館は大陸のほぼ最北端だった。そこからエトゥオロオプ島まで船で移動して、ハットカップ港に入港するのは60日目ぐらいだろうか。
「そこで油のサンプルを入手して朝霜に戻って、正解だったらまたハットカップまで・・・って、できるわけがないな」
「ちょっと現実味がないな。徒歩では無理だ」
「何か素早く移動する方法はないのか?」
「馬車か馬で一気に駆け抜けるという手もなくはないが。それだと30日で行けそうだな」
それでも30日だ。
「あとこのへん、しょっちゅう内戦やらかしてるから避けた方がいいぞ」
ジェムザは地図の右側をくるくると指さす。大陸西側を一直線に駆け抜けるのは難しそうだ。かといって大陸中央だと山脈にぶつかることになる。山脈にはひときわ高い山が記されており、新富士と書かれていた。
「新東京はどのあたりだ?」
「首都か?このへんだな」
山脈より少し手前、西寄りの地域だ。地図を見る限りでは、中央山脈は西海岸ギリギリまで続いているようだ。
「・・・参ったなこりゃ」
「日程的に厳しいか?」
「厳しいなんてものじゃないよ」
「しかし、これ以上急ぐとなると・・・あ」




