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森の中にも、道らしき道はあった。といっても幅2メートルほどのもので、人が歩くのに苦労しないという程度のものではあったが。

「この国の道ってどこもこんなのか?」

「まあ、メイジニッポンではこのぐらいやってくれてるから助かるな。マソの時代からみると随分暮らしやすくなった」

「ジェムザって名前はこの国らしくはない気がするんだが、出身はどこだ?」

「ああ、私はマソ王国の人間だからな」

マソ王国というのはメイジニッポン皇国成立前にこの地に存在した国だったはず。

「メイジニッポン人らしからぬ名前ったって珍しくはないと思うが」

「そうなのか?」

「そりゃそうだろ」

そういうものなのか、と納得しておいた方がよいようだ。

「メイジニッポン皇国ってのはどういう経緯で出来上がったんだ?」

「私が生まれる前の話だから、私も歴史書にある記述程度の話しか知らないんだが」

ジェムザによると、60年ほど前に突然シントウキョウという都市がマソ王国西方の海岸近くに成立し、メイジニッポン国を名乗って独立宣言をしたそうだ。マソ王国は特に友好的でも敵対的でもなく放置状態であったが、西方都市群が次々とメイジニッポン皇国に国換えしていくのを見て危機感を覚え、王国加盟の都市・領に対し防備を固めるよう命じた。ところが多くの都市がこれに反発。メイジニッポン国はマソ国と比べて税が軽く、経済力も上であったために生活が豊かになっていったからだ。マソの王は従わぬ各都市市長を呼び出し、一部を見せしめのために惨殺。残りの市長らにもきつく脅しをかけた。メイジニッポンはこの行為を非難し、マソ国はその非難に対して軍の派遣という形で応じた。だが開戦後まもなく、メイジニッポン軍の強力な武器によってマソ軍は壊滅。マソ王も戦死した。この戦いの後、旧マソ王国の各都市は次々にメイジニッポン国に属することを宣言し、メイジニッポン皇国が成立した。

「大政変というのが30年前にあったと聞いたが」

「それが今話した戦争のことだ。政変というのは敗戦を認めたくないマソの元権力者たちが言い換えてるだけの言葉遊びさ」

「マソ王国は健在なのか?」

「国としては消えてなくなった。それを認めたくなくて勝手に名乗る人がいるという程度だな。首都だったケルタの町も今では新東京という名前になっている」

「第三新東京港と新東京市の関係は?」

「ないと思う。たぶんあやかってつけただけだ」

メイジニッポン皇国は30年前に突然成立した。その前に皇国ではないただのメイジニッポン国が成立している。となると、大日本帝国との間で何かがあったのは30年前ではなく60年前だろうか。昭和20年の30年前は大正5年、60年前は明治19年。メイジニッポンという国名がつけられるとしたら計算は合う。明治19年に何が起きたのか、さすがに小松島もそこまで歴史に詳しくはない。第一、この世界での年数計算が正確であるという保証もない。四捨五入で60年と計算されているのであれば、たとえウィキペディアを使っても真理にはたどりつけないだろう。

「お、分かれ道だ」

街道が3つ股になっている交差点に到着した。標識が立っており、小松島一行が歩いてきた道には「第三新東京港」と矢印がある。あとの2つの道には「第二新東京港」「新静岡」とある。なお、第三新東京港行の道以外は明らかに整備状態が良い。道幅も車がすれ違えるぐらいはあるだろう。

「新横浜はどっちだ?」

「新静岡のさらに北にある。明日中に新静岡に到着できれば順調なペースってところだな」

「明日中ってことは、今日は野宿か?」

小松島が訊こうとしたことを先にシチェルが口にした。

「そうなるが安心しろ、魔物除けの魔法陣は用意してある」

「おー、さすがはプロ」

ジェムザが再び先頭に立って歩き始めた。

「魔物はどの程度の脅威なんだ?」

「どの程度ってそりゃ、丸腰で勝てる相手じゃないな」

魔物というのはどうも未知の生物という概念ではなく、純粋に学問上の分類が可能な生物のようだ。詳しく聞くと、ごく普通の生物が何らかの原因で巨大化・狂暴化したもので、そのほとんどは生殖能力を持たない。まれに子孫を残す個体が生まれてしまい、そうなるともはや人間が管理・制御できる存在ではなくなってしまう。

「海の上で亀と鳥に襲われたんだ」

「海で亀の魔物というとロックタートルか?よく逃げ切れたな」

「硬いやつだったがなんとか倒せた」

「・・・はぁ?倒した?ロックタートルを?」

ジェムザの声は驚きというより不審の要素が強かった。信じられないのではなく最初から疑ってかかるような。

「雷撃したら一気に燃え上がった」

「燃えるわけないだろ、ロックタートルだぞ」

「いや、燃えてた。めらめらだった」

シチェルも証言を添える。ナナナミネーの船上から見たようだ。

「嘘だろ・・・あんなもん倒せるはずがない」

「本当だって。あたいが見たのは燃え尽きるちょっと前ぐらいだったけどめっちゃ燃えてた」

ロックタートルはかなりの長時間燃え続けていた。そのおかげで夜間の救助作業がはかどったぐらいだ。

「何をしたらあんなもんが燃え・・・ちょっと待て」

ジェムザが会話を遮った。何があったのかと訊こうとすると、声を出すなというジェスチャーをする。しばらく耳を澄ませたのち、小声でこう言った。

「隠れるぞ、たぶんろくでもないのが来る」

そしてジェムザは道を外れて森の木々と藪の中に姿を隠す。小松島とシチェルも続いた。

「魔物か?」

「リュージは聞こえないのか?この音はたぶん馬車だ、それも複数台」

「ただの馬車なのに隠れるのか?」

「尋常じゃないスピードで走ってる。何かに追われてるんだ」

1分もしないうちに、その音は小松島とシチェルにも聞こえるようになった。

「あれか」

「頭下げとけ」

覗き込もうとしたシチェルをジェムザが抑え込んだ。新静岡方面からとんでもない速度で走ってきた馬車は、3人が隠れている場所まで300メートルほどのところで轟音と共に前のめりに転倒、バラバラに分解して中身を路面にぶちまけた。

残骸の中から1人が立ち上がり、仲間を助け起こそうとしている。だがその前に後続の馬車が追い付いてきた。

その馬車からは武装した人間が数名降りてきて、大破した馬車に乗っていた人らを取り囲んでいる。

「匪賊だったか」

「少なくとも6人、馬車の中にも残っているかもしれない。私とリュージだけではどうしようもないな。ことが済むまでここで待とう」


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