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第三新東京港を離れると、港湾関係者の住居が立ち並ぶ住宅街に入った。このあたりには洋風邸宅の間に時々和風建築がみられる。
「なー、何で窓が紙でできてんだ?」
シチェルは初めて障子を見たようで、ジェムザに質問していた。当然小松島のほうが障子に馴染みがあるわけだが、そんなことを知るはずもない。
「雨が降ったらボロボロになるよな?」
「あれは紙に見えるが紙ではないらしいな。木の皮だそうだ」
「へー」
ジェムザの説明に小松島も一瞬納得しかけたが、よく見直してもやはり紙にしか見えない。が、訂正すると面倒なことになりそうなので放置する。
「第三新東京港を出たら、新横浜までは森の中を移動することになる」
「この国には来たばかりでよくわかっていないんだが、メイジニッポンの歴史を簡単にレクチャーしてもらえないか?」
「そういえばギルドの職員からはそう聞いていたな。そもそも2人はどこから来たんだ?」
「大日本帝国」
小松島は正直に答えた。
「メイジニッポン皇国と関係があるのか?」
と、当然こう逆質問を受ける。
「あるかどうかの調査も仕事のうちなんだ」
「なるほどな。シチェルは?」
「エトゥオロオプ」
「また随分と遠いところから来たんだな」
「え、ちょっと待ってくれ。ジェムザはそれがどこにあるのか知ってるのか?」
「行ったこともあるぞ。まあとにかく寒いところだったという感想しかないな。見どころある観光地もなかった」
「なんて偶然だ・・・エトゥオロオプの場所を確認するのも仕事に含まれてるんだ」
「ほう、そりゃいい。新横浜に着いたら仕事は終わりかと思ったが続けて契約してもらえるってことかな?」
「連れて行ってもらえるならぜひ頼みたい」
「よし、これで当分収入の当てができたぞ」
そして、さらに偶然は重なる。
「ハットカップの町知ってるか?」
「知ってるも何もまさにそこに行ったんだよ」
「へー、あたいの出身地だよ。実家は油屋やってんだ」
「油屋?・・・待てよ、確かシチェル・アトイだったっけ?」
「おう」
「確かアトイ商店で油を買ったな」
「まじか」
ここまでくると偶然を通り越して奇跡である。
「あそこの油に信じられないほどよく燃えるやつがあってな。キラービーを巣ごと駆除する仕事の時に本当に役に立った」
「ジェムザ、その店にこんな油あったか?」
小松島は2人の会話を中断させると、重油入りの試験管を取り出す。
「あー、あったあった」
「それ、ハットカップ以外でも買えるか?」
「さあ?見たことはないな」
「うちの独占商売のはずだからたぶんうちでしか買えないぞ」
「現物見本を入手して艦に送りたいんだが」
「現地に行くしかないな」
と話をつづけているうちに住宅もまばらになり、森が見えてきた。




