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朝霜のまわりは人だかりだった。鉄でできた船があるらしいと聞いて皆集まってきたようだ。中には舷梯でもないところからよじ登って乗船してみようとする不心得者もいて、警備隊が引きずりおろしている。

「ちょっと通してくれー」

シチェルが人をかき分けで舷梯に向かっていく。ウシアフィルカスの32と呼ばれていた頃が嘘のようにアクティブになっている。少々口も悪いのだが。

「首尾はどうだ?」

小松島の帰艦を待っていたかのように佐多艦長が姿を見せる。というか、本当に待っていたようだ。主計長や烹炊長まで艦長と共に待ち構えていたのだから。

「はい、報告します。結論から言うと燃料以外は調達完了です」

「やはり油は無理か」

「そもそも流通していないようです。座というのが船に関する一切合切の取引を仲介してくれるのですが、石油はリストにありませんでした」

「油って、菜種油でもいいのか?」

シチェルが口をはさんでくる。この会話の流れをぶった切ってくる度胸は大したものだ。もちろん誉め言葉ではない。

「石油だよ石油。それも重油な」

「ジューユは知らないけど石油なら売ってる場所知ってるぞ」

「何だって?」

「シチェル、それは本当かね?」

「火をつけたら燃える水だろ?だったらあたしの故郷では使ってた」

一同は考え込んでしまった。シチェルが石油というものを正しく理解しているようには見えないが、今はそんな曖昧な情報でもすがりたいというのが本音だ。

「現物を見せてみますか?」

「そうしてくれ、本当なら是が非でも調達せねばならん」

主計長はすぐに重油の見本を取りに向かう。

「ていうか、うちの店で売ってたぞ」

「そういえばシチェルはウシアフィルカスになる前は何やってたんだ?」

この質問は、小松島ほか誰もしたことがなかった。少々聞きづらい込み入った質問になるからだ。

「えーとな、実家は油専門店で末っ子だった。店番とかして暮らしてた。で、ベスプチの偉い人と結婚することになってな。結婚しに行ったらいきなり嫌われてウシアフィルカスにされた」

「その歳で結婚か・・・ていうかシチェルって何歳だっけ?」

「ベスプチに行くときは14だったけど、それから何年経ったかは覚えてないな」

見た目で言うなら今も14で通るが、16か17ぐらいまでなら納得できる。それ以上ということはないと思われる外見だ。次に出身地を確認しようとしたところで主計長が戻ってきた。

「艦長、本艦の重油のサンプルです」

「おう。で、シチェル。これで間違いないかな?」

シチェルは試験管に入った重油を手に取ると光にかざして透かす。続いてにおいをかいでみた。

「間違いねーです、けどこれ結構丁寧に精製したみたいで、うちで扱ってるやつの中では一番高いやつと同等かも」

「本当かよ」

「だとしたらシチェルの故郷に行けば油は手に入るな。で、シチェルはどこの出身なんだ?」

「ハットカップ」

「・・・それはどこかな?」

「エトゥオロオプの港町だよ」

さっぱりわからんのである。

「ここからどっちの方角とかはわかるかな?」

「さあ?」

「・・・小松島上等兵、エトゥオロオプにあるハットカップという町の調査を命じる」

「了解であります」

佐多艦長はシチェルから話を聞き出すのをあきらめた。


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