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ルイナンセーが辞し、小松島一行が残った。
「とりあえず食料の調達だな」
「それだけは最優先ですね」
実は、天一号作戦に参加する艦艇には出撃前に金塊が詰まれていた。もちろん朝霜もである。沖縄到着後に現地で戦費として使用するためだ。この世界でも金に価値があることはルイナンセーから聞いているので、その一部を主計から譲り受け、補給のために使用することになっている。ギルドの受付にこれを持ち込み、食糧と交換したいことを伝えた。
「はい、少々お待ちくだ・・・うぇ?!」
日常業務の一環として金塊を受け取ったギルド職員は最後で変な声を上げた。
「菊花紋入りの金塊・・・皇室軍の方ですか?!」
「えーと」
「すぐに上の者を呼んでまいります!」
受付嬢は慌てて奥に引っ込んでいった。
「あ、こけた」
シチェルがぼそりと言った。誰がこんな言葉を教えたのだろうか。そしてすぐさま上司らしき中年の男性が出てきた。
「これをお持ちいただいたのはあなた方でしょうか?」
先ほど小松島が出した金塊を見せてくる。
「そうですが何か」
「はい、これはちょっと・・・座では扱いかねます」
「価値がないと?」
「そうではなく、ありすぎるというか・・・皇室金庫でないと換金できませんので」
「皇室金庫?どちらにあるのでしょうか?」
「この近くですと新横浜の町ぐらいしかないかと思います」
横浜ではなく新横浜。どうやらメイジニッポン皇国では日本の地名に新をつけた町がたくさんあるようだ。
「しかし、食糧の調達は待ったなしなのです。なんとかなりませんか?」
「それでは、代金の用意ができ次第のお支払いということでいかがでしょう?」
「これがツケで豪遊というやつ」
可及的速やかに、シチェルにいらんことを吹き込んだ人物を特定しないといけないようだ。小松島はとりあえず、カウンターに身を乗り出しているシチェルを下に押し込んだ。
「先に食糧を譲っていただけるということでしたらありがたいのですが、それでよいのでしょうか?」
「勿論ですとも、皇国海軍、しかも皇室艦隊の方でしたら歓迎いたします」
話がまとまった・・・のだろうか。しかし、話が少々うますぎて困るのである。もし皇室軍とやらが朝霜を受け入れてくれなかったらどうなるのか。国家の正規軍を騙った罪がどの程度重いのかもわからないのだ。
「では、こうしましょう。この金塊を『お預け』いたしますので、これに相当する金額を上限として『貸して』いただくということで。」
「承知いたしました。しかし、全額を引き出されますと座の運営に支障をきたしますので、上限額は1万円程度に抑えさせていただきたいのですがよろしいですね?」
メイジニッポン皇国の通貨も大日本帝国と同じく円らしいが、1万円がどの程度の価値になるのかがわからず、小松島は即答できなかったが、どうやら了承するほか手はないようだ。
「それでお願いします。それと、ウシアフィルカス・・・あ、いえ、贄の補充は可能でしょうか?」
「はい、窓口が異なりますが可能です」
「よし、なら金長と中田はウシアフィルカスを担当してくれ。食糧は俺と日峰でやる」
「はい」
「わかりました」
小松島たちは贄ではなくウシアフィルカスという呼び名の方を採用したようだ。ウシアフィルカスの方が発音しやすいのもそうだが、贄という日本語は少々生々しすぎる。
ギルド職員が2人を別の窓口に案内して連れて行った。
「食料は52人分、とりあえず7日分を用意してほしい」
「承知しました、それですとおよそ1000円相当になりますね。他に必要なものがあればどうぞ」
ギルド長が取り扱い物品リストを示してきた。小松島はそれをざっと見てみるが、帆船に必要なものばかりで今のところは必要なさそうだ。
「しかし、なるべく早く新横浜の皇室金庫で手続きをお済ませいただきたいのですが、いつごろになるでしょうか?」
「新横浜までの距離はどのぐらいでしょうか」
「だいたい5日はかかると思います」
往復10日。それだけの期間、艦を離れるとなると艦長の許可が必要になるだろう。
「なるべく早く手続きをしておきます」
「はい、よろしくお願いいたします」
「日峰、あとは任せる。俺は艦長に調達完了のことと支払いについて報告してくる」
「お任せください」
「シチェル、艦に戻るぞ」
「あいよー」
「・・・その返事、誰に教わった?」
朝霜に金塊が積まれていたという設定は創作です。
たしかに天一号作戦参加艦に現地での物資調達用資金が積まれていたという記録はあるのですが、あくまで現金(紙幣)であり金塊ではありません。また、駆逐艦で確実に資金が搭載されたことが判明しているのは浜風のみです。
通貨が異なる外国へ向かうならともかく、同じ日本円が通用する沖縄に向かうのにわざわざ金塊を用意するというのは考えにくいのですが、物語の都合ということでご容赦ください。




