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「接舷開始」
「接舷開始します・・・最微速そのまま」
「おもかーじ・・・ちょい戻せ」
「ヨーソロー・・・ロープ投げっ」
岸壁の作業員は気もそぞろと言った雰囲気だった。船体のすべてが鉄でできた船を見るのは初めてなのだろう。それでも仕事はきっちりこなしており、朝霜は無事に岸壁に係留された。
「艦長、あの・・・あれも人間なのでしょうか?おおむね人間のようですが」
「うーむ、犬と人間のハーフなのかもしれん」
朝霜乗組員はイヌミミキャラの文化などない時代の生まれである。作業員のうち数名には動物の耳のようなものが生えているのが見て取れた。その人物が朝霜艦橋に向かって呼びかけてきた。
「貴船の船名、および代表者名を申告願います!」
佐多大尉はためらいなく答えた。
「駆逐艦朝霜!艦長は佐多盛雄機関大尉であります!」
「駆逐艦朝霜の来訪を歓迎します!代表の方は接舷手続きにお越しください!」
「了解しました!」
そして、待機している小松島上等兵に伝令を走らせ、予定通り先行して上陸させる。小松島は舷梯を下ろさせると、所定の4人を連れて上陸を果たした。
「佐多大尉の代理で手続きを命ぜられました小松島隆二上等兵であります。ご案内願います」
「ようこそ第三新東京港へ。私は4番桟橋第5班班長の四谷と申します。乗員名簿はお持ちですか?」
「はい、用意しております」
「ではこちらへ。ご案内いたします」
四谷と名乗った作業員は小松島たちに背を向けると先に歩き出した。
「・・・え?」
「どうかされましたか?」
「ああ、何でもありません。案内願います」
小松島たちが一瞬固まったのも当然で、四谷作業員の腰あたりからは細長い尻尾が生えていたのだ。なお、犬耳に猫尻尾であるからハーフどころではないのかもしれない。名前が完全に日本人なのも違和感を増強している。
「上海というより昭南島がこんな感じだったな」
「自分は昭南島に行ったことはありませんが、そうなのですか?」
「洋風建築に日本語の看板だぞ」
イギリスの植民地だったシンガポールは、日本の攻撃で陥落したあと占領地として整備された。小松島が言った通りイギリス人が設計・建築した建物に日本人が看板をかけなおしたので、洋風の建物に日本語の文字が載るという様相に変貌した。
「シチェルはどう思う?」
「ここ来たことない。もっと北」
「北?」
「北。ずっと北」
出身地の話をしているのだろうか、微妙に話が通じない。と、四谷が立ち止まる。
「こちらで手続きをお済ませください」
「案内ありがとうございました」
その建物はというと、まわりがヨーロッパ風の建築なのに対してこれだけがアメリカ風、それも西部開拓時代のものに近かった。看板は帆船のシルエットの形をしており、「座」と書かれている。
「何の店なんだこれ?」
店ではないはずなのだが、看板を見てもよくわからない。案内なしではたどり着けなかったであろう。とりあえず中に入る。




