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3日後、船団はメイジニッポン皇国最大の港、ダイサンシントウキョウ港沖合にたどり着いた。
「途中で風が弱まったせいで、1日遅れましたね」
「まあ帆走時代にはよくあることだ。それより、あれをなんとかしろ」
大きな穴が開いた羅針艦橋の天井の上には、かつては見張り台があった。今はその名残の手すりが一部残るだけだが、シチェルは朝からずっとそこにいた。
「自ら見張りを買って出たのですが」
「見物の間違いだろ」
佐多大尉の言うとおり、シチェルが見ているのは一方向だけだった。すなわち、陸地である。
「ベスプチで買われた後はずっと窓のない部屋にいたそうですから」
「入港時にはあそこを使うんだ。それまでにはどいてもらうからな」
「はい。シチェル!下りてこい!」
「見る!もっと」
はっきり拒否された。
「艦長、主計軍曹からこれをお預かりしました」
羅針艦橋に主計兵がやってきて、合切袋(私物入れ用の鞄)を差し出す。
「小松島上等兵に渡せ」
「はっ」
小松島は差し出された合切袋を反射的に受け取ってしまった。
「艦長、これは何でありますか?」
「あとで詳しく話すが、入港後に半舷上陸を許可する予定だ。しかしお前だけは別命がある。上陸許可ではなく命令だ」
「別命・・・でありますか?」
「端的に言うと情報収集を命じる」
いよいよダイサンシントウキョウ港が近づいてきた。遠洋航海用ではない小型の帆船が多くみられる。
「上海あたりでこんなの見ましたよ」
金長はこの光景をそう評した。
「町並みは横須賀に近いですね。あのあたりの倉庫が並んでるところとか」
「ヨコスカ?」
「海軍の根拠地だ」
「コンキョーチ、ヨコスカカイグンの?」
シチェルには難しすぎる単語だったようだ。ナナナミネーから手漕ぎボートが近づいてきた。入港順はまずデッチー、次にナナナミネー、ナアグー、最後に朝霜とのこと。そして、曳舟の要否を確認してきた。直接岸壁に接岸してよいようだ。
「上等兵殿、我々が一番に下船するのでありますか?」
「艦長に先んじてな。正直俺も驚いてる」
小松島が艦長から受けた命令は、まず朝霜乗組員がどう扱われるのかを確認することである。ルイナンセーがこの港の管制部門と仲介してくれることになっていて、合法的に入国・上陸可能と判明してから半舷上陸が認められる。ルイナンセーはベスプチ連合州国の重要人物であるから、メイジニッポン皇国の管制職員も無碍には扱えない。朝霜代表として小松島、金長、日峰、中田、そしてシチェルが上陸することになっていた。
ナアグー号の入港を確認して、いよいよ朝霜の番が来た。現在一番の問題は燃料である。搭載されていた燃料は沖縄に出撃する分だけであり、すでに半分以上を消費しており余裕はなかった。黄泉の国にも石油はあるのだろうか。




