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小松島が不在の間に羅針艦橋要員が生存者の中から抽出され、再編されていたようだ。見知った顔は一人もいないが、素人操艦丸出しだった小松島よりは動きが自然である。
「小松島上等兵、そのウシアフィルカスの名前を聞いておけ」
「名前はシークです」
「それは管理番号なんだろう?上陸して連れまわす時に『32番!』などと呼んでいたら一発でウシアフィルカスだとばれるだろうが」
「あ、そうですね」
「この世界での扱いから見て、もしかしたら名前がない可能性もある。もしそうならお前がつけてやれ」
この黄泉の世界でのウシアフィルカスの扱いはお察しであるから、ウシアフィルカスだと知られた時点で何をされるかわからない。朝霜乗組員が変な目で見られるだけならまだしも、物を売ってもらえなかったり理由もなく暴行を受ける可能性もある。
「ああ、そうだ。名づけるにしても『ともえ』だけはやめてくれよ」
「なぜでありますか?」
「うちで飼ってる犬の名前だ」
小松島の配置部署は羅針艦橋見張り員である。持ち場に戻るならそのまま残ればよいのだが、夜間直はすでに交代要員が配置されている。兵員室に戻って休もうかと思っていたが、シークのためにひと部屋が与えられることになった。なんと、艦橋1階の艦長室だ。現艦長の佐多大尉は機関室を自室と考えているため艦長室を使う者がいないのだ。小松島もそこに泊まることになる。
「ここがお前の部屋だそうだ。わかるかな?えーと・・・アイフ・ウーイ・・・ウムール」
「Usei、ia odnatusaadna」
通じた模様。
「メイジニッポンまで2日かかるらしいから、その間に日本語を学んでくれよ。俺もベスプチ語がんばるからよ」
シークは首をかしげた。今度は通じなかったようだ。
翌日、小松島は佐多大尉から勤務免除の命令を受けた。シークの世話をすることに専念しろとのことだ。世話という言葉には日本語の教育も含まれる。日峰と中田には楽な仕事でいいですねと言われたが、情報収集は重要な仕事だ。
「替わってくれとは言わんが手伝ってくれ」
そう言うと2人とも了承してくれた。朝食はおにぎりと沢庵の缶詰だった。
「これは、握り飯。ウシード・ウジ・ニギリメシ」
「Nigirimeshi、ia タベル」
シークは意外と吸収が早いようだ。まるで、一度忘れたものを思い出しつつあるかのようなペースで言葉を習得していく。
「ウシード・ウジ・タクアン」
「Kore は タクアン」
食事の後、ついに重要なことを決める時が来た。
「シークの名前は・・・えーと」
訳本にない単語を使わないといけないときは工夫が必要。まずは帽子を指さして、
「ウシード・ウジ・ボウシ」
「Boushi」
次に訳本を指さして、
「ウシード・ウジ・ホン」
「Hon」
そして、シークを指さす。
「ウシード・ウジ・・・」
シークが答えるのを待った。
「シチェル」
ウシアフィルカス、シークと次々に呼び名の変わった少女・・・シチェルは、自分の名前を覚えていた。




